望まぬ栄転 窓際三課から色物二課へ



「すいませんでしたぁぁぁ!!」



「いいよ。自分の力量不足も確認できたし、何よりこれは自分の判断ミスだからね」




 開口一番土下座である。

 自分で言うのもなんだが頭を擦り付けるぐらいの勢いはある。



 対策庁演習場に備え付けられた救護室で、先程殴り飛ばしてしまった試験官への謝罪。

 担架に運ばれた試験官を見送った後、どうすればいいのか判らない俺はとりあえず試験会場を後にした。


 受験者出入り口を通り抜けた際に次の受験者からは何か化物を見るような目で見られたが、その時の俺はそんな視線を気にする余裕はなく、電光掲示板に示された試験中断の知らせを確認して申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。


 そのまま逃げるように会場を飛び出し三課に帰ろうとして、運ばれていった試験官のことを思い出した。

 流石に試験とはいえ、此方の誤解で殴り飛ばしたままでは色々とマズイ。

 ボーナスとか、試験結果とか色々。


 そんな打算まみれなのは否定しないが、謝罪の一つでもしないとよろしくないと思ったのは事実だ。

 そうして進路を急いで救護室へと変え、治療の終え目を覚ました試験官へと土下座を敢行して今に至る。



「寸止めとか色々出来たはずなのに本当に申し訳ないっ!」



「いや、此方も熱くなって砲撃なんてモノをぶっ放したからおあいこですよ」




 ベットから上半身を起こした試験官は苦笑いを浮かべながら許してくれた。

 とりあえず今日の試験が中止になってしまった責任を取らされることがなくてよかったと思う。

 試験内容を間違えて試験官をノックアウトしましたとか言い訳のしようがない。




「とりあえず君はCランクに居るほうが危険だと思うから、僕の方でも押しておくよって言うかノックアウトまでして落ちるわけがないけど……」



「いやーほんと申し訳ない」



 ホントは内緒だけどね。と先程までとは違う笑みを浮かべながら本来は後日知るはずの結果を教えてくれた。


 なんとか資格剥奪とかにならなくてよかったと胸を撫で下ろす。

 これで生活の心配もしなくて済む。

 二重の意味で安心した為身体から力が抜ける。




 そうして最後にもう一度試験官へ謝罪を繰り返し救護室を後にする。

 三課へ戻る際に試験を受けられなかった受験者達とすれ違う中、先程と同じくどこか怯えるような、化物でも見るかのような視線を受けた。



 解せぬ。


 俺より強いやつなんて腐るほど居るだろ。

 お前らも一度AAAランクと訓練とはいえ手合わせしてみろ。

 住んでいる世界が違うことを嫌でも実感するから。



 そうして何時も通り書類と格闘して帰路についた。









「葵っ! おめでとうございます。約束通り恥ずかしいですが私を自由にしていいですよっ!!」



「黙らっしゃいっ!」



「きゃうんっ。いきなり激しいっ!!」



 帰宅してまず最初に飛び込んできた縁を躱すと同時に首根っこを引っ掴み、リビングまで直行してソファーへと投げ飛ばした。



「おかえり……。お頼み申し上げますっ!」



「だが断るっ!!」



「現実は、なんて非情――――っ!!」



 ソファーに投げ飛ばした縁がどこか艶めかしく身体をくねらせている中、いつの間にか隣に居た雫が星座でエロゲーのパンフレットを数枚差し出してくるがキッパリとNOを叩きつける。




「あ、おかえり葵。いっぱいご飯できてるよ」



「うん、普通の反応なのに今泣きそう」



「……うん。お疲れさま」



 膝を着いて何かを悔やむように両手を天に掲げる雫を無視して、台所からオタマ持って顔を出した燈火に涙が出そうになる。



 これが正常なのだ。

 帰宅して一発目に目にするのが色ボケ少女やエロゲーのパンフレットなのは間違っている。


 リビングの惨状を確認して燈火は何も言わずに苦笑いと共に台所へと引っ込んでいった。



「おい、お前ら。燈火からも呆れられてるぞ」



「そんなっ、燈火の前でなんて……」



「燈火……この両手は……届かなかったっ!」



 俺の投げかけた言葉は二人には正確に届いて居ないのかもしれない。

 顔を更に赤くさせてクッションを抱きしめくねくねしている縁と、天に掲げた両手を噛み締めるように握り言葉を絞り出している雫。



「はぁ……どうしろってんだ」



 とりあえず未だネタに走っている二人に盛大な溜息を吐きながら天を仰いだ。

 




 その後やたらと豪勢な夕食を三人と共に囲み、風呂場まで着いてこようとする縁を再びソファーに放り投げ、諦めずに別のパンフレットを差し出してくる雫を一蹴して、上目遣いで添い寝を要求してくる燈火を断りきれずに承諾させられた。


 いや、打算も悪意も無い純粋な視線には勝てなかったわ。

 なまじ家事の一切合切を頼り切りになっていることもあって断れなかったのもある。



 そうして例の如く少女三人に囲まれた状態で床に就く。

 燈火だけを許すと後に遺恨が残りそうと、そんな大層なものではないが、三人共平等に扱いたいという俺の意思がある為致し方ない。



「葵は奥手ですね――わっ!」


「良いから寝なさい。またソファーに放り投げるぞ」



 未だに自分に迫ろうとする縁の頭を掴んで揺らす。

 右腕を使った為に腕に抱きついていた燈火からどこか寂しそうな瞳で訴えかけられた。

 縁への制裁をそこそこに切り上げ、右腕を燈火の前に差し出すと嬉しそうにくっついて来るのを眺めながら溜息を吐く。



「…………んっ」



 雫の方は見ない。

 多分まだ諦めていないはずだからだ。

 さっき布団に入り込む前に紙束を持ち込んでいたのを目にしたから。

 寝る前に二次元とはいえ、アダルティーな物を見たくはない。



「ま、ありがとな。おやすみ」



「「「おやすみ」」」





 三人なりに俺を祝ってくれたのだろう。

 まぁ色々と方法が間違っているものが多かったが……。


 それに未だ結果がはっきりしていないモノをどうやって知ったかは聞きそびれてしまったが、それはそれ。

 嬉しいことに変わりはない。



(ま、頑張った甲斐はあったな……)



 

 三人に身を寄せられている為に身動きが取れない中、確かに感じる三つの暖かさに自然と意識が落ちていった。









 そうしていつもの様に騒ぎながら家を出た翌日の昼下がり。

 Bランクに上がったことで増える年収に皮算用をしていると課長から呼び出しが掛かった。



(あれ? 結果を伝えるにしても早くね?)



 呼び出しに応じて課長のデスクへと向かう中、疑問が浮かんだ。

 ここは一応国という後ろ盾のある大組織である。

 中小企業の様にフットワークが軽いわけではない。

 昇級するにしても色々と手続きがあるはずだ。

 昨日の今日でいきなり通達が来るとは思えない。



「遠野、只今到着しました」



「お疲れ遠野君。では、早速なんだが……」




 普段ニコニコとしている課長がやたらと真剣な眼差しで此方を見つめてくる。

 いつもと違う様子に少しビビりながら続きを待っていると、衝撃を受ける内容が飛び出してきた。



「君、明日から来なくていいから」



「はっ……?」



 え? 俺クビ?

 突然の解雇勧告に何も反応を返すことが出来ずに間抜けな声だけが漏れる。

 あれ? 三人を養うどころか路頭に迷う事になるのか?



「あぁ、ごめんごめん。来なくて良いのは三課で明日から二課に転属という辞令が降りたんだよ」



「えっ……?」



 言い方が悪かったのを自覚したのか、謝罪と共に辞令を下してくる課長に今度は別の意味で固まってしまう。

 

 


「……はっ? はぁぁぁぁぁっ!?」



「それとまだ非公式だけどBランク昇級おめでとう」




 唐突な異動。

 まだ納得できる。部署の移動なんて年数を重ねれば可能性としては出てくる。

 自分も三課に所属して長い。移動してもおかしくはない頃合いだ。


 だが、いきなりあの二課への異動は納得できない。

 抑えることが出来ずに大きな声が出てしまい、周囲の視線が集まるがそんなことはどうでもいい。

 少し早いとは思うが、Bランク昇級の件も課長なら知っていても不思議ではない。

 何度でも言うがあの二課へは行きたくない。




「悪いけど拒否権はないよ。特対室からの推薦だからね」



 その言葉を聞き脳内に電流が走った。


 何故、こんなにも早くBランク昇級が知れ渡ったのか。

 どうして対策庁と関わりの無いはずの三人が昇級を知ることができたのか。

 そして、突然の異動となったのか。


 全ては特対室が絡んでいたのだ。

 正確に言うのなら、あの通常時がキチガイとしか言い表させない後見人が。

 きっとランク考査以外は面白半分で決定したに違いない。

 此方を指差して笑う光景が目に浮かぶ。




「あぁんの、クソがぁぁぁぁぁぁぁあぁっ!!!」 



 あの後見人キチガイに謀られたかもしれない。




 最上階に居るであろう後見人キチガイに吠える中、二課に転属という知らせを聞いた周囲の反応が

これからの苦労を如実に表していた。



 憐れむ視線。

 関わり合いに成りたくないという視線。

 そして何故か俺なら仕方ないという視線。



 解せぬ。




(三人共済まない。俺、色んな意味で死ぬかもしれない……)



 家で帰りを待つであろう少女達に向けて、届かないと分かりながらも意味のない謝罪をする。

 静かに目を閉じて十字を切る同僚が目に映るが、大げさとは思えなかった。



 俺に下った辞令の転属先。

 優秀なのは間違いない。様々な事で社会に貢献している。

 しかし、そこは色んな意味で距離を取られていた。


 曰く、一般人には早すぎた場所。

 曰く、個性の掃き溜め。

 曰く、常識の外に住んでいる豪傑集団。


 一部では一課よりも優秀な人員が揃っているとまで言われている。

 上手くやっていけるのかと不安もそうだが、自分まで色物に見られる未来を垣間見て絶望する。




 俺の転属先。


 対策庁、対策二課。

 特殊捜査係。




――――通称、色物二課。


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