二章 銀と黒の邂逅と金欠バカと金髪強者《ダブルナンバー》
プロローグ。朝駆け一番、迎撃縛り
午前七時二十五分。
仕事へ向かう為の支度が終わり、台所で後片付けをしている少女へと出かける旨を伝えようと声を掛ける。
「燈火ー。行ってくるわ」
「はーい。いってらっしゃい」
踏み台に登りながら皿を洗っている少女は、まだ幼さの残る顔を此方に向けたことで、茶髪のポニーテールを揺らしながら元気よく返答をしてくれる。
彼女は遠野 燈火。
とある事情により四ヶ月前に保護した三人の少女の内の一人だ。
血は繋がっておらず義理の兄妹というわけでもなく、ましてや子供という訳でもない。
一応は遠野の家に戸籍があるという複雑な状態だ。
しかしだからといって家族でないと言うわけでもない。
自分に取って三人は紛れもなく家族である。
そうなった経緯を語りだすと長くなるので割愛させてもらうとして、色々と騒いで戦った末に擦った揉んだを繰り返して今に至ると言っておこう。
「葵ー。ちょっと聞いていい?」
「ん?なんだー?」
挨拶を終え出かけようと俺に何かあるのか疑問を投げかけてくる燈火。
エプロンを着けている姿が大分様になっている今日この頃。
我が遠野家の台所事情は全て燈火が握っているといってもいい。
大黒柱である俺ですら台所という聖域に手を出すことは躊躇われる程だ。
いつの間にか一歩引いて健気に料理を作ってくれていた少女は約十三歳程の見た目にも関わらず、家事万能オカン型少女になってしまっている。
いや、まぁ助かるし有り難いんだけどさぁ……。
「なんで雫は簀巻にされてるの?」
洗い物をしている為に水に濡れた手――でテーブルの横でぐるぐる巻きにされ、口にも布を噛まされて居る為に喋ることも出来ず、バタバタと床で呻きながら暴れている――青髪少女を指差した。
「あぁ、朝駆け仕掛けてきたから身の危険を感じて縛り上げた」
「あぁ…………葵のスケベ……」
「解せぬ」
本当に解せぬ。
どちらかと言えば俺は被害者のはずなのに唐突なスケベ扱いは勘弁して欲しい。
未だ暴れている青髪少女の名前は遠野 雫。
燈火と同じく色々あって遠野の家に住むことになった少女だ。
間違いなく家族なのだが、出会った当初と比べると三人の中で一番キャラ、というか性格が汚れた人物た。
その物静かな見た目とは裏腹に倫理シールを貼ることを義務付けられたゲームやライトノベルといったサブカルチャーをこよなく愛する、所謂オタクとなってしまった。
時折、隙を突いて口走る見た目十三歳とは思えない下衆な、つまり下ネタを平気な顔してぶっ込んでくる、というか実行してくる。
今縛られているのも、寝ている自分に夜這いならぬ朝駆けを仕掛けてきた事が原因なのだ。
最初はただのシュークリーム大好きな小動物みたいな少女だったのに、どこをどう間違えばこうなってしまうのか未だに謎である。が、その謎を解くことはしない。
何故なら解いてしまえば自分もそちら側に引きずり込まれそうな気がしてならないからだ。
永遠の謎のままで居てもらおう。
少し過去を振り返ったことで遠い目をしている内に、なんとか口に噛まされている布を外すことに成功した雫が何かを訴えるように叫んだ。
「フェ◯はっ!朝のご挨拶って名作に描いてあったっ――!!」
「それ名作じゃなくて迷作だからっ!!」
欧米の挨拶がキスとかならまだ文化の違いってことで納得は出来るが、それは流石に許容できない。
というかお前らは一応一般常識は刷り込まれているだろう。
――――働け貞操観念っ!
なんとかもう一度雫を縛り上げて台所に放置してきた。
その際、燈火になんとなく白い目で見られる事になったが、俺の精神安定上どうしても必要な措置なので勘弁してもらいたい。
仕事に行く前から疲れてきているが休むわけにも行かないので、なんとか玄関にたどり着き靴を履いていると後ろから声を掛けられた。
「今日も仕事でしたね。いってらっしゃい」
靴を履き終え振り返った先には、長い髪が光を受けて銀色に輝いている少女。
遠野 縁が微笑みながら見送りの言葉を掛けてくれていた。
三人の中で見た目も含め一番年上の縁は、見た目が十五歳とは思えないほど大人びた雰囲気を出しながら何か思いついたのか、ほんの少しあどけなさが残る綺麗な顔には若干のイタズラ心を含めて微笑みを浮かべた。
「では、いってきますのキスしましょう」
「あ、自分十八以下はNGなんで……」
冗談の様に聞こえるが、目が本気の色を湛えている。
マズイと思い急ぎ足で玄関を出ようとするが、気づいた時には後ろに居たはずの縁が目の前に突然現れた。
そのまま飛び上がり首に手を回されて避けること出来ずに唇が触れる。
どこにとは言わない。年長者としての意地に掛けて。
「おまっ!? やっと使えるようになった能力の使い道がそういうのって言うのはおにーさん許しませんよ!?」
「欧米なら挨拶なんですから、そこまで焦らなくてもいいでしょう?」
最近今までの遅れを取り戻すかの様に成長したことにより、彼女達は本来持っている異能を使うことが出来るようになってきている。
しかし、こんなことにバレたらマズイ代物を使うとは思わなかった。
なんとか縁を振り払って距離を取る。
まぁ本気を出されたら距離なんか意味ないんだけどな、能力的に。
「照れてるなら何故やったし」
「溢れ出る感情を抑えきれなくて」
自分の肩を抱きしめるように腕を回して頬を染める縁に――もう少し控えてもらいたい。と切に願った。
最初は大和撫子然とした芯のある女の子だったのに、どうしてこうなった。
気づいたら色物筆頭みたいな事を平然とやりおおせる様になってしまった。
このまま玄関にいたら他の二人も来てしまい収集が付かなくなると感じ、逃げるように仕事へと向かう。
「――――いってらっしゃい」
走っている中、背中に掛けられた声に自然と広角が上がるのを自覚する。
――――はぁ……やっぱりバカだねぇ。俺……。
職場に向かうバスに乗り込むため、バス停へと歩く中そんなことを考えながら静かに天を仰いだ。
今日もどうやら平和みたいだ。
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