少女眠るスイートルーム




 デバイスと格闘してる間に目的地へ着いていた。

 電子クレジットを管理しているデバイスは、メンテナンスモードの為使えないことを思い出し、財布から現地の通貨を取り出し会計を済ます。



――まいど~!――と陽気な調子で運転手が車を出していく。

 本部から今までほとんど座りっぱなしだった為、固くなった身体をひねったりして軽くほぐす。




 よく考えたらあの運転手、日本語だったなぁ……。

 今更気づいた事実に如何に自分が上の空だったかを理解した。




 下りた場所、これからニ週間滞在する予定のホテルである。

 ただ、出向班が使っていた所ではなく、自分が新たにとったホテルだ。




 気候としては一年を通し、熱い部類に入る地域な為、日差しが強い。

 ホテルに向かいながら袖をくり、制服であるシャツのボタンを開けていく。


 上着は着ていない。

 本来はダメなのだが、この国の気候で上着を羽織ろうものなら熱中症で倒れる可能性がある。

 その為、上着を着ていなくても、何かを言われることはない。

 事実、仲間で着ているものはほぼいない。暗黙の了解というやつだ。




 入り口を抜けて、ロビーへ向かう。

 受付の女性が昨日と同じであることを確認し、片手をズボンのポケットに入れながら空いた手を上げ、挨拶を交わす。


 此方の顔を確認した女性が初対面の様に振る舞い、予め取っておいた部屋にチェックを入れた。

 会計を済まし、カードキーを受け取る際に他人やカメラから見えないように数枚の紙幣を渡す。



 去り際にを頼み、ロビーを後にする。


 エレベーターに乗り込み、最上階へ到着。

 カードキーに書かれている番号に従い部屋へと向かう。

 部屋に辿り着き、扉を開けた所で先程頼んでいたルームサービスのワゴンが到着した。

          

 運んできたボーイのにチップとして紙幣を数枚胸ポケットに入れる。

 ワゴンごと部屋に入り、後で取りに来るよう伝えたボーイが退出し、鍵を閉めた。




 これで契約は終了。後は何一つ関係のない客と従業員になる。




 ワゴンの上には簡単な軽食と飲み物。

 下の段は布に隠されて見えないようになっている。

 用があるのはワゴンの下、布をめくり中を覗くと、幾つかの袋があるのを確認。

 指定した物が有るかを確認、不備が無いことに安堵する。



 袋の一つから黒い、大きめのブレスレットを取り出しデバイスとは逆の右腕に装着。

 魔力を通し、起動する。

 最近まともに使っていなかったデバイスなので、きちんと起動してくれるか不安だったが、何事もなく起動が完了してくれた。

 一息つき、改めて部屋を確認する。



 最上階の部屋というだけあって結構広い。

 備え付けのベッドの上には誰かいるのか、布団が盛り上がっている。




 それも三つ……大きさからして子供だろう。




 子供用の着替え・・・・・・・が入った袋をベッドの近くに放り投げ、溜息をつく。




 馬鹿なことをするやつもいたもんだ……。




――――そーです、バカは此方です、ここにいます。俺には無理でした。


 ああ、そうだよ!

 あんだけクールにキメようとしてたのに、最終的には少女を三人共助けちまったんだよ。




「どうやって日本に帰ろう……」




 ここまで運ぶのも一苦労だったのに、どうやって出向班を誤魔化して連れて行くんだよ。



 というか飛行機乗れないだろ。

 なまじ連れて帰っても戸籍どうすんだよ。

 デバイスは壊れるし、異能の反動で体調悪いし。

 バレたら確実にクビ、最悪犯罪者だぞ。

 いやまあ、もう絵面的に犯罪者みたいなものだがら余計にタチが悪い。

 連れて帰らないにしても、今更処分するとか後味が悪すぎる。



 あの時、悩んだ末に拳をポッドの土台に叩きつけ、ヤケクソ気味に少女三人を救出。

 白衣の予備を見つけたので三人を包み、壊れたコンソールにデバイスを通して無理やりハッキングした。



 後続班が来ていたため、時間的余裕も無かったが、それでも今後の為と可能な限りデータを取り出して、証拠となるHDDを叩き壊した。

 その後、証拠隠滅用と思われる起爆装置を見つけたので、これ幸いにと爆発する順番を弄り、時限式で起爆するように設定する。




 急いで後続班に連絡を入れ、あたかも間に合わなかったていよそおいつつ、味方が避難した場所とは別の場所から脱出。

 爆発により慌てる味方の隙を突き、近場の林に三人を隠した。

 その際、発見されないように異能と魔導を使って現場に戻る。


 味方の位置はブリーフィングで把握していたので、あたかも命からがら研究所から脱出してきたさまを演じ、合流した。


 この時点で異能の反動により、虚脱状態にかかっていたため迫真の演技となるが、実際は死ぬほど辛かったのであながち間違ってはいない。

 そして自分の犯行と三人の事は伏せ、簡易的な報告を上げた後、負傷を名目にその場を後にした。



 後は異能を使い、味方の目を掻い潜り三人を回収。

 更に魔導も合わせて異能を酷使し、三人を隠しながら現在のホテルに放り込んだ。

 その際、受付嬢とボーイを懐柔かいじゅうして、チェックインの偽装と子どもたちの着替えを手配してもらう。



 基本的にホテルの従業員達は薄給の為、余計な詮索はせずに袖の下を包めば、余程ヤバイ事以外なら何でもしてくれる。



 そんな自分の黒さに辟易へきえきしながら、一旦本来の宿泊施設に戻り、怪しまれない程度の荷物をまとめて、診察の為と偽り再び外出。

 道中ボーイに荷物を一部渡し、抜き取ったデータを頭に叩き込みながら病院へ直行。

 到着と同時にデータを完全に消去して「魔導力過剰使用まどうりょくかじょうしようによる、虚脱症状きょだつしょうじょう」という、ありがたい診断書を貰う。


 頭痛と倦怠感けんたいかんと戦いながら本部へ向かい、すぐさま仮眠室まで足を運び、そのままぶっ倒れた。

 そして目が覚め、会議室での報告を終えて現在に至る。





 正直言うと、研究所攻略より仕事したと思う。



 未だ続く、倦怠感や頭痛がそれを証明している。

 原因が異能を使いまくったせいだとわかっているが、今回の脱出劇で大活躍したのだから仕方ない。

 非常にピーキーな代物である。




 それが俺の異能【蒼白の天秤パレーバランサー


 一応【片鱗ピース】らしいが、俺以外の天秤なんて一人しか知らない。しかも超大物。


 実際、変異したぽっと出の異能に、その大物後見人が適当な名前をつけた事実しかない。

――天秤さえ名前に入ればなんでも良い。と、此方に投げてきたのだから、適当以外の何物でもないだろう。もちろん名前も含め、詳細は隠している。


 そもそも天秤を継ぐ家系が無いのだから、天秤なんて名乗ろうものなら、笑いものにされる事請け合いだ。在るのなら今頃十二家に連なっている。


 大方、子供がいなくて寂しい後見人が面白半分で決めたのだろう。



 しかし、【片鱗ピース】と言われるだけあってか、能力自体は優秀の一言。

 だが、それをおおい隠してお釣りが出るぐらい使い勝手が悪い。




 あらゆる事象に増加と減少を掛ける事ができる。

 飛んできた物の速度を落としたり、逆に加速させる事ができる。

 刃物の切れ味を落としたり、殴られた瞬間に相手へ返る衝撃を増加させ、蹌踉よろめかすことも可能だ。

 想像が及び、自分が納得できる範囲ならなんでもできる。



 なんだったら身長だって伸ばせるし、体重だって減らせる。



 これだけ聞くと、アニメや物語の世界に出てくるチートキャラみたいな能力だが、もちろんデメリットも半端じゃない。


 まず起動した時点で何かを持って行かれたのか、身体が死ぬほど辛い。

 ひどい倦怠感に襲われる。

 減少を使用すれば、身体のいたる所で痛みが発生し、頭痛がする。

 しかも能力を使い終わっても残るという糞仕様。

 増加を掛けた場合は倦怠感が酷くなり、貧血の様な症状で倒れ意識不明になることもある。


   

 まだ中学ニ年生世界一バカな生き物だった頃。

 夏休みの始めに身長を伸ばすため、決死の覚悟で使用した時は酷かった。

 一ミリ伸ばしただけでニ週間もの間、意識不明の重体で生死の境を彷徨った。

 残りの夏休みの間にニセンチも伸びた事、貴重な夏休みをニ週間も無駄にした事。




 冷えた病室で目が覚めた時に最初に目にした後見人の姿に


――事情を知り、腹を抱え、此方を指差し大爆笑していた――


 なんともやるせない気持ちを抱き、涙を流したのは覚えている。





 しかも増加と減少を掛けれる限界も決まっており、ある一定上行くと、それ以上増やしたり減らしたりできなくなる。



 名前だけとは言え、同じ天秤でも後見人の天秤とは天と地程の差があるのだ。



 これでもまだ使いたいと思えるだろうか、俺は思えなかった。

 使いすぎれば最悪死ぬ能力とか誰が好き好んで使うと思うか。



 だが、今回は使わざる負えなかった。



 光の吸収、屈折、反射を減少させ、見える光景をあやふやにして、その上から魔導による迷彩を貼り付けた。

 常時変化する色彩に処理が追いつかずにデバイスはオーバーヒート寸前。

 少しでも時間を稼ぐために身体を強化しまくった結果、

 真面目に魔力が枯渇こかつしそうになるわ。

 異能の副作用で死ぬほど頭痛はするわで、

 三人を包んでいたのが単色の白衣じゃなかったら多分無理だった。



 よしんば出来たとしてもおそらく反動で幼女三人を誘拐している姿という最悪な絵面で死んでた。






 余談だが、そもそも異能と言われているモノは魔導で再現が不可能な、

 もしくは理論上可能でも事実上不可能な事象を扱う能力の事を指す。



 事実、異能の大部分は、魔力を源としている。

 魔導でも炎を出すことができる。

 それは魔導式を通し、変化させた魔力を炎として現しているのに対して、異能は魔力を出す感覚で魔力の代わりに炎を出せるという。

 一種、異能をもつ個人そのものが魔導式みたいなものなのだ。



 強力な異能を持つ者は、得てして優秀な魔導士となる傾向が高い。

 依って、魔力の総量は異能の強弱を量る目安になる場合が多いのだ。

 中には魔力に依存しない例外も在るし、魔力が低くても強力な異能は存在している。

 使いこなせるかは抜きにして。




 【蒼白の天秤パレーバランサー】も魔力を必要としない例外に入るが、使いこなせる気がしない。

 俺自身の魔力も中途半端な物で、御多分に含めるなら微妙な異能か、使いこなせないたぐいのモノなのだろう。




 いつまでも突っ立って居るわけにもいかないので、少女達の様子を見るためベッドに近づく。





 瞬間、炎が目の前に出現した。





 生存本能か、はたまた日々の成果か、

 反射的にデバイスを起動して障壁を張るが、紙の様に突き破って来た。


 一秒も拮抗しない。

 稼げた時間はコンマ数秒だろう。久しぶりのデバイスとかそういう言い訳もない。

 人生で最高潮の自分を持ってきたとしても結果は変わらないだろう。


 それは明らかに高位の異能。

 科学的に生み出された炎じゃない。

 妙にゆっくりと迫ってくる炎が映る。






――――あ、やべ。これ死んだわ。






 灼熱を放つ炎。あかく、あかく、あかに染まる視界。

 迫る炎に肌を焼かれる感覚が、脳を刺激する。

 確実に助からない。動こうにも遅い。

 自分が何か行動を起こすより早くあの紅い炎は自分を焼き尽くす。


 いつか憧れた背中に追いつけると信じて努力し、報われず、

 擦れていった自分には、このような無意味な死がお似合いなのだろうか。



 立ち上がるのが遅かったのかもしれない。



 唐突に訪れた人生の終焉に、やけにゆっくりと感じる時間の中、

 所詮自分なんて道端の石ころと同じ。死ぬ時はあっけなく死ぬ。

 そんな現実に、諦観ていかんに似た感情が胸を過る。




 だが、唐突に訪れた死の具現は、突如として消え去った。





「…………はっ?」





「申し訳ありません。暴漢と間違え、危害を加えようとしたようです。

回復に時間がかかり、事情を説明するのを忘れておりました。」








 声の主に視線を向けると、布団で身体を隠した銀色の髪を持つ、幼い少女が手を掲げていた。

 その隣には、頭を抑えた茶髪の少女がうずくまっていた。


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