いや、零すな

井伊藤里

1 いや、零れるから

 センター試験があったとかなかったとかそういう話の流れで、日頃ツイッターで幼女の太腿を愛でている友人紳士がサラッとナンタラ語族がナンタラだからスウェーデンはナンタラだよね〜みたいな軽いノリで例のスヌーピーだかちびっこ海賊だかなんだかの問題の解説をしていて、かつ他のフォロワーたちもああ〜なるほど〜そう言われると〜みたいななっとくをしており、感じるこの低学歴と低偏差値。馬鹿だって生きている。今日も元気に生きている。当たり前のように流れてくる「ノルウェーと海賊の関連がナンタラ」とかいうツイートを読んですら「ノルウェーって何県?」って顔しているのがこちらの俺です。


 こういう時に常々感じるのは学歴というか知識というか脳みそが世界を変えるんだなということだ。センター試験の数学だの物理だので満点取る民とかそういうのが見る世界と、そもそもセンター試験の仕組みを理解していない俺が見る世界はさぞかし違うんだろうなと思う。俺が神経を切った笑顔で客に酒を出してるとき、仕事終わりにジビエ料理〜っつってBL妄想とともにインスタ並のお洒落な皿をアップする腐女子と思想を共有できることは一生ないのだ絶対。彼女らが「巌窟王の宝具の名前と似てる名前だな」とか思いながら飲んでるシャンディガフを、俺はアレ何のビールで割ってんだろうなみたいなことをおもいながらご覧になるわけである。アンフィルシャンディガフである。

 このネットの世界とかいう場所では頭のいいやつがあまりにも多いので、逆に俺はとてもレアな人間のような気持ちになってしまう。こういうラノベあったよね? お嬢様学校に庶民サンプルとして選ばれた俺みたいな。高偏差値に馬鹿サンプルとして選ばれた俺かよ。



 プロフィールにも惜しげもなく書いているんだが俺はいわゆるウェイターという職で日々の糧を得ている。ウェイターってカタカナでいうと格好いいような気もしないような気がするけど、いやするか? 普通に職業:ウェイターって字面やばいな。この世の終わりみたいだ。大体、飲食業なんて正気なら携わるもんじゃない。まして飲食業の正社員なんて概念、意識もしたことがない人だって少なくないだろう。やばくない? 俺はやばいと思います。

 ただ狂気の沙汰ほど面白いというもので、何も面白くはないが楽しくもないがクソのような労働環境ではあるが、嫌な仕事ではない。俺のような馬鹿でも出来る仕事だけど、俺のような馬鹿だからこそ出来る仕事でもあるし、大体こんな仕事、人より賢かったら俺はやりたくないけどダメだな褒め言葉がでてこないな。ただ低学歴で低偏差値で馬鹿の俺には優しい世界ではあると思う。

 もっとグレードの高い店舗なら話は違うのかもしれないが、如何せん俺が今働いているのはそうめっちゃ高価でもないホテルのレストランだ。フロアチーフなんて外ではメチャ良い声でワインのご説明なんてしているけど一歩バックヤードにはいったら出てくる言葉といえば「大五郎が一番コスパよくね?」である。酒覚えたての大学生かよ。「色々酒飲んだけどもうホント最近アルコールならなんでもいいから大五郎でいいわ」消毒用のエタノールでも飲んどけよ。

 これだからこの世界はたまんねぇな。突然センター試験の話なんて始めない。そういうところは信頼できる。厨房の同期はコロプラ関係で任天堂に噛み付いてるし、コック長は麻婆豆腐しか作らねぇし、バイトの大学生は隙あらば客の品定めを始める。パートのババアは既製品のパンにどれだけ保存料が含まれているのかって話を店長にするのに忙しい。地獄。でも多分此処が俺の見る世界なんだろうと思う。閉店後のフロアーで明日の花の注文しながらTwitterを覗いて感じた。なんだろうな、この人らは本当に違う世界を見ているんだな。

 俺はムーミンを見てもスウェーデン語がどうのとかウンダガナンダガ言語がどうのとか思うことはないし、高校地理の記憶ときたら「肥沃な三角地帯って言葉エロくない?」ってだけである。なんなら四十七都道府県もその位置も怪しいとかいうレベルである。

 不思議だなぁと思った。この頭の宜しく人として優秀そうなフォロワーたち、の多くは、ありがたいことにとある場所で俺が発表していたものを読んでくれた上にそれを面白いと言ってくれたのがきっかけでつながっている。そんな頭いい人達、俺の作ったものみて面白いの? ぼんやりとした不安もあるが、それはもう、庶民サンプルを見て「あなた面白いわね」って言ってくるお嬢様みたいなものなんだろう。毎日フォアグラのテリーヌをバケットに塗ってエクストラバージンオイルとアンデスの岩塩を添えてみたいなの食べてるお嬢様がマクド食って「こんな……肉の質も悪くてパサパサだし……味のバランスもとれていないわね。このソースは何? 塩が効きすぎじゃない? レタスもまるで紙みたい……なのに……どうしてかしら。あなたと一緒に食べてるって思うと、……不思議とおいしいわ」って微笑む的な話。

 そんなんなったらもう庶民サンプルこと俺も「な、何急に恥ずかしいこと言ってんだよ! っていうか、お前が食べてみたいって言い出したのに、そんな酷評……」これも旨いと思うんだけどなぁ……とか呟きながらポテトをモムモム食うしかないわけで。「でも気に入ってもらえたんなら良かった! もう店のシステムもわかったろ? 今度は友達と来てみたら?」とか言って「な! ……い、嫌よ! こんな店、恥ずかしくって学友の皆さんとなんて!」って顔を赤らめられて「こ、こんな店ってな……」ってガックリして小さく付け加えられた「あなたと、いっしょじゃなきゃ……」って言葉を聴き逃すモーションをね頑張っていきたいです。



 それはそれとして、あまりにTLのが頭いい感じの流れになっていたので堪えきれなくなって「肥沃な三角地帯って言葉エロくない?」って呟いたらさっきまで小難しい言葉を駆使して論議していたフォロワーが一斉に「わかる」「超興奮する」「濡れる」「擬人化したら完全に未亡人」って言ってくれてほんとたまんねぇな。いっぱいちゅき。

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