高天原中学オカルト部 リューダちゃんは吸血鬼なの?

藤村灯

第1話

 高天原たかまがはら中学オカルト部、部員二号巌須弥いわお しゅみ。ぼくは今、力の限り扉を叩き続けている。

 ボロボロの枠に似つかわしくないそれは、エボニー製の頑丈なしろもの。改装中の近所の喫茶店から廃材として出たのを、無理を言って貰ってきたものだ。合わない枠に取り付けたのが悪かったのか、どれだけ押してもびくともしない。


『お城みたいでカワイイよねえ。秘密基地に付けられないかな?』


 それを気に入ったのは部長の武美たけみののか。確かにしゃれたデザインで、壊してしまうのはもったいなく思えたけど、譲ってくれるよう交渉したのも、ここまで運んできたのもぼくだ。そうしないとののかはずっと廃材置き場にしゃがみ込んでいただろうし、何より今回の調査には必要なものだ。けれど、何か釈然としないものを感じる。


 地元の名家である武美家は、幾つかの山を所有している。都会暮らしの人間は驚くかもしれないが、この辺りではそれほど珍しい話ではない。文字通りの山林で何があるわけでもなく、ののかの祖母が、たまに孫を誘って山菜摘みに行く程度。その山の一つに、一軒の物置小屋が建っている。

 もとは泊まり込みの作業をする際使っていたものらしい。用もなく荒れるに任せて放置されていたそれを、ののかはオカルト部の部室替わり――ののかが言うには秘密基地――として使っている。


『残り30分しかありません!』


 ののかがアプリか何かで計っていたのだろうか。中からぼくを急かす声が聞こえる。

 体当たりしてみようか? でも、下手をするとこの小屋の方が崩れてしまいそうだ。

「どなたですか? 開きませんよ、鍵を掛けてありますので?」

 扉の中ほどにある郵便受けがぱかりと開き、覗いたののかがのんびりと声を掛ける。

「なんで鍵かけるの!? 開けてよののか、ぼくだよ須弥だよ!」

 ぱかりと閉じる蓋。しばし無言の間が流れる。

「あれ……なんで無視? ついさっき一緒に来たでしょ? ののか、ぼくだってば!」

 かちりと小さく鍵の音がして扉が開く。

「だめだよしゅみちゃん。人間なら二回呼び掛けるものだよ?」

 ポッキーをかじりながら、ぷいとそっぽを向くののか。そういうことか。でもののか、今日はなんか機嫌悪くない?

 どうにも心当たりがない。ぼくは内心首を捻りながら、秘密基地の中に入った。


「うん、カワイイ! やっぱり玄関素通しじゃあ、気になるもんね!」

「う~ん? そうかな……?」

 満足顔で頷くののか。先日の台風で建付たてつけの悪くなっていた木戸が壊れてしまい、よしずを垂らすだけになっていたのを、ずっとぼやいていた。まんが日本昔話に出てくるような和風の小屋に、そこだけ洋風の扉は、ぼくにはちぐはぐに見えるのだけど。

「それじゃあ、ぼくはここに隠れてるからね」

 ふんふんとおざなりに返事をするののか。本当に大丈夫なの?

 部屋の隅、いつもは腰かけたり鞄を置いたりしている長持の中に入り、ぼくは中から蓋を閉じた。


 今日の活動はいつもとすこし違う。

 調査対象は吸血鬼。ののかの祖父、龍彦たつひこさんの遺したノートにも、ペナンガランやアープなど、血を吸う妖怪の記述はあったが、それらは主に南洋のもの。今回はノートに記述のない、東欧の吸血鬼が相手。おまけに調査対象はクラスメートだ。


「ののかちゃーん、いるー?」

 軽いノックの音に続く女の子の声。長持に開けた覗き穴から様子をうかがう。

 ののかは聞こえない風に鼻歌まじりにお菓子を食べている。天然みたいだが、演技――のはず――だ。

「ののかちゃーん?」

 鍵の掛かっていない扉が、きしみながら開かれ、隙間から黒髪の少女が顔を覗かせた。

 スラブ系の顔立ちで目は青い。ルーマニアからの転校生、吸血鬼だと噂のリュドミラ・イリッチだ。


 彼女が転校してきた直後、数人の子供が朦朧もうろうとした状態で病院に運ばれる騒ぎが起きた。リュドミラの口数少なく物静かな性格に、事件が彼女の家の近くで起こった事が重なって、噂は一気に広まった。普段から周囲とテンポのずれているののかは、特に気にする様子もなく、仲良くしているのだが。


 リュドミラは二度呼び掛けた。ギリシャの伝承にあるヴリコラカスという吸血鬼は、短気なため一度しか呼び掛ける事がないという。確か日本でも、けものが化けた場合、同じように上手く返事ができないって話があったはず。

 それに、ののかは『夕方5時くらいなら、たいてい秘密基地にいるよ!』という伝え方しかしていない。吸血鬼は招かれない限り家には入れないという。ここに来るまでには小川を飛び越えなきゃいけないし、道の途中に芥子けしの種をばら撒いておいた。流れ水を渡り、目にした植物の種も数えずにいられるなら、やっぱり吸血鬼じゃあないんだろうか?


「いらっしゃいリューダちゃん! すわってすわって!」

 いつものほほんとしているののかのこと、先ほどの対応も特に不審に思われていないようだ。土間に靴をそろえ、板間に上がったリュドミラに、ののかは座布団をすすめた。

「へえ……ここがののかちゃんの秘密基地なんだ」

 物珍しそうに、山仕事の道具やランプ、ののかの持ち込んだぬいぐるみなどを眺めるリュドミラ。ののかはお菓子をすすめながら、にこにこ顔で問いかける。


「いいでしょ? それで、リューダちゃんは吸血鬼なの?」


 話の振り方下手すぎか!?


 思わず長持に頭をぶつけ出してしまった音に、リュドミラはびくりと身をすくめる。

「何?」

「イタチかな? ハクビシンかも。それより、どうなのかな、リューダちゃん?」

「……ののかちゃんはどう思ってるの?」

「んー、どっちでもいいけど」

 上目遣いで問い掛けるリュドミラに、ののかは足を崩して投げやりに応えた。

「気にする子はいるみたいだけどね」

 ぼくの隠れる長持に視線を投げる。

 なんだろう……出たほうが良いんだろうか?

 ぼくはやきもきしながらも、こっそり用意しておいた道具を手探りで装備する。


「それじゃあ、リューダちゃんのお誕生日はいつかな?」

「……12月の27日……」

「クリスマスといっしょにされちゃうタイミングだー。ギリシャじゃクリスマスから1月6日までの降誕節こうたんせつに生まれた子は、カリカンザロスっていう吸血鬼になるっていうね。あ、わたしは3月3日のうお座!」

 リュドミラは膝を手に俯いている。差し出したポッキーを手にしないのを見ると、ののかは自分でつまんで口にした。

「ひょっとして、生まれたときは身体よわかった?」

「……羊膜に包まれたままで……息してなかったから……お母さん心配したって……」

「イストリアのほうの伝承のクドラクは、羊膜に包まれたまま産まれた子がなるっていうね。でも、元気に育ってよかった!」


 なんでそんなに直球ばかりを!? 


 リュドミラの答えは不穏なものばかり。いったいののかはどういうつもりなんだろう。長持の中からでは背中しか見えず、ののかがどんな顔をしているのか分からない。


「……わたしが生まれた土地は迷信深かったから。ほんとはね、わたし……赤毛なの」

「赤い髪に青い瞳。ルーマニアだと、心臓を二つ持つ、ストリゴイイって吸血鬼の特徴だね」


 俯いたままのリュドミラが立ちあがる。 

 慌ててぼくが長持から飛び出すのと、ののかが彼女の手を取るのは同時だった。

「でもストリゴイイは、7年活動して国を移ると、人間になるんだってね!」

 泣き出しそうな顔のリュドミラは、ぼくとののかをせわしなく見比べている。そりゃあ首にニンニクのネックレスを巻き、十字架を手にした男がいきなり現れたら、誰だって驚く。ぼくだって驚く。


「リューダちゃん肌白いから、赤い髪のほうが似あうよ!!」

 真剣なののかの声。

 リュドミラは膝から崩れ、ののかの胸に顔を埋め、こらえ切れずに泣き出した。

「やなこと言ってごめんね。お誕生日プレゼント何がいい?」

 ののかは泣きじゃくるリュドミラの背中を、赤ん坊をあやす母親のように、優しくたたいている。

 空気を読んでこっそり外そうとするぼくに気付くと、目を細めてぼそりと呟いた。

「しゅみちゃんちょっとカッコわるい……」


 後でリュドミラが話してくれたことだが、今回の吸血鬼騒ぎは、日本人である彼女の父方の祖父が引き起こしたものだったらしい。

「自生してた大麻が原因なんだって!」

 帰国する息子夫婦に使わせるため、永く放置していた家土地を自分で整備したのだが、敷地に生えていた草木を野焼きしたのだという。近くで遊んでいた子供達がたき火で遊び、煙を吸い込んだのは間の悪い偶然だ。


「警察には、栽培していないことはすぐに分かって貰えたけど、野焼きのほうですごく叱られたってはなしだよ?」

 自生する大麻目当てに胡乱うろんやからが集まらないとも限らない。だから、この話自体あまり広がらないよう、緘口令かんこうれいが敷かれていたようだ。


            §


「リューダちゃん! お誕生日おめでとう!」

 年の瀬も押し詰まった冬休み。秘密基地に集まったぼくたちは、オカルト研部員三号となったリュドミラのお誕生日会を開いている。ののかが言うには、『お誕生日を聞かせてもらったら、お祝いするものでしょう?』ということらしい。


『しゅみちゃん、わたしはオカルト研部長として恥ずかしいよ! 確かめもしないでひとを化け物扱いしちゃダメ。反省した?』

 あのあと、ぼくはののかにこってりと絞られた。UMAやUFOとは違い、相手は感情のある人間だ。ののかを心配してのこととはいえ、阻害そがいされていたリュドミラには酷いことをしてしまった。ぶしつけに思えたののかの対応のほうが、彼女にとっては余程誠実なものだったに違いない。


 ののかは最初から噂話を信じていなかったようだが、仮にリュミドラが本物の吸血鬼だったとしても、この結末はそんなに変わらなかったようにも思う。ののかが気にせず、傷付けられることもないのなら、ぼくも同じように振る舞いたい。


「はい、わたしからのプレゼント! オカルト研の一員として、勉強してね!」

「ありがとう!」

 リュドミラは、ののかから手渡されたムーのDVDセットに、満面の笑みを浮かべている。あれ? 本当にそれ嬉しいの!?

 初めてするののか以外の女の子へのプレゼントに、何日も頭を悩ませたぼくが馬鹿みたいだ。

「はい。これはぼくから」

「ありがとう……」

 まだ少し距離がある。ぼくのプレゼントを、おずおずと受け取るリュドミラ。

 ケーキと共に、お小遣いをはたいて買った白いマフラーは、きっと彼女の明るい赤い髪に似あうはず。

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