第21話 復讐の黒バラ

「よく来たな」

 砦の中、一階のホールともいえる場所に階段の上から叔父が話しかける。

「グレアム・ウエストガーデン、貴方の行った行為は決して許されるべき事ではない、だけどこれ以上同じ国の者が倒れる姿は見たくありません。武器を捨てて降伏してください。」

「言いたいことはそれだけか? お前ももう分かっているだろう、私達の戦いは決して避けて通る事は出来ないのだ」

 やはり無理だった、だけど心の何処かでそれを喜ぶ自分がいる。目の前の人物は父を殺した敵なのだ。


「さぁ掛かってこい、私を倒して親の仇を取ってみろ!」

 私は大きく一度深呼吸をして前へと出る。

「下がっていなさい」

「えっ?」

 そう言って私を遮り一人前へ出るローズさん。見れば今まで一度も見た事のないような鋭い目つきで叔父を睨め付けている。

 一瞬背筋が凍りつくような感覚を味わい、とても声をかけられる雰囲気ではなかった。

(ローズさんが怒っている姿なんて初めてみる)


「私が相手をするわ」

「ほぉ、良い表情をする。私を殺したくてたまらない顔をしておるわ」

「勘違いしないで、殺したいんじゃなくて切り刻みたいのよ!」

 早い! 風の力を使っているのだろうか、走り出したと思ったら一足飛びで叔父の所まで跳躍した。


***************


 ガキンッ

 私の最初の一撃は、その場から一歩も動く事なく難なく受け止められる。

「流星槍!」

 着地と同時に風の流れに乗せて連続の突きを繰り出す。

「ほぉ、七星槍術を扱えるか」


「何故、何故両親を殺した!」

 流星槍から風神槍、さらに流れるように槍を回転させながら連続攻撃を繰り出す。

「お前には関係のない話だ、この国を変えるためには多少の犠牲はやむ得ない事だ」

「ふざけるな! そんな理由で両親を、この国の人々を苦しめて何の意味がある。国を変えたいのであればもっと別の方法があったはずだ」


 私は自身の怒りを抑えきれなかった。フィーナを後方に下げたのは今の自分を見られなくなかった意味も含んでいる。

 ここまでミレーナを助け導いてきた想いに偽りはないが、もし両親の仇が目の前に現れたとしたら、冷静でいられない事も分かっていたのだ。

 幼い頃はこの強大な魔力で聖女の生まれ変わりだと言われていたが、自分では一度たりとも思った事はない。私は聖女でもなければ正義の味方でもないのだ。


「風の聖剣……アペリオテレス!」

 魔法陣から一筋の風の刃が大気を切り裂く。

「ぐっ」

 だが刃本体を避けられ、吹き荒れる風をもその場で踏みとどまれてしまった。風はそのまま砦内部の装飾品を吹き飛ばし、壁に大きくその傷跡を残す。


***************


 何という威力だ、一瞬反応が遅ければ今頃風の刃に切り裂かれていただろう。これが双子の姉の、リリーナの力だというのか。

 それゆえに惜しい、この者は怒りを自身で押さえ込む事が出来ずにいる。強大な力は正しく使えば繁栄につながるが、一度扱い方を誤ると破滅へと導いてしまう。


 それも仕方がないか、私はこの者の父親を殺しているのだ。

 自分が恨まれていないとは思っていないが、上に立つ者としてはどんな時も感情を抑え込まなければならない。せめてこの戦いで怒りの全てを吐き出してくれればいいが。


***************


 魔法は避けられたが元々魔法で止めを刺すつもりは全くない。こいつの命を奪うのはこの手でと決めているのだ。

 自分でも分かっている、今の私はただ復讐の怒りだけで命を奪おうとしており、これが如何にい愚かな行為であり、間違った考えたということも。だけど止められないのだ、私には二人の両親がいて、その全てが帝国軍の襲撃で命を落としているのだ。

 もしあの日、裏切りから国を変えるという方法をとらなければと思うと、今でも両親たちは生きているんじゃないかと考えてしまう。


 この国が崩壊の道を歩んでいたという事は以前より聞いていた。

 長年続いた平和のせいで貴族たちの中では不正や横領が横行し、徐々に国民の不満が溜まりつつあった。だけどそれを改善しようと努力している人たちも確かに存在していたのだ。

 それなのに……


「何故周りの人を見なかった、内側から変えようと努力している人だって大勢いたんだ!」

 槍と槍がぶつかり合い火花が飛び散る

「何も知らない小娘が粋がるな、この国は再生が不可能なまでに壊れていたのだ、今更修繕しようが腐りきった貴族たちの動向は変えられんよ。ならば一度全てを壊して作り直した方が、より強固な国へと生まれ変われる。

 お前も知っているはずだ、帝国軍が国に乗り込んできた時、公爵家以下の貴族たちが何をしたのかを。ある者は帝国に奪われる前に国民から略奪をし、ある者は民を見捨ててまっ先に逃げ出し、我が身可愛さに寝返った者すらいる。こんな国に未来があるとでも思っているのか!」

「だけど、それが人の命を奪ってもいい理由にはならない!」

「それは何も知らない子供の考えだ」

「子供の考えで何が悪い、私は貴方の考えは認めない!」

 間合いを取り大きく跳躍する。


「龍牙槍!」

 体重を乗せ一気の押し込む。

「そんな雑な技が通用するとでも思っているのか!」

「あっ」

 私の渾身の一撃は繰り出される槍の一撃によって吹き飛ばされた。

「ここまでだな、今父親の元に送ってやる」

 私はただ迫り来る槍を眺める事しか出来なかった。


***************


 やっぱりおかしい、あんなの何時ものローズさんじゃない。

 思い返せばここ数日様子がおかしかった、一人で考え込む姿を何度も見たし、やたらと戦いの後の事を私に話しかけてきた。

 それにセレスティナの事だって……私はてっきり彼女をこの戦いに参加させ、心の区切りをつけさせるものだと思っていたのだ。だけどローズさんが出した答えはスザクの防衛。

 たしかに普通の指揮官ならその判断は妥当だろう、だけど彼女はいずれ叔父の後を継ぎこの領地を治めなければならないのだ、裏切り者の娘として。

 ならばせめて父親の最後を看取らせてやるぐらいの温情はあってもいいのではないか、彼女も父親の死は避ける事が出来ないぐらいは分かっているのだから。




 戦いは終盤に差し掛かっていた。

 恐らくローズさんはこのままでは負けるだろう、先ほど放った強大な魔法は当てる気がなかったのか、あれ以降一度も使っていない。

 今は速さと連続攻撃だけで押しているように見えるが、その全てを難なく受け止められている。そもそもローズさんの一撃は軽すぎるのだ。

 これがもし戦場で縦横無尽に戦わなければならない状態なら、彼女の技と速さは驚異になっただろう、だけど同じ技で自分より力がある者が相手ならばローズさんの槍術では勝てない。

 槍術の実力だけを言えば、今の私の方がローズさんより確実に強い。

 七星槍術最大の特徴は炎を纏わせた強力な一撃、風では炎には勝てないのだ。


「龍牙槍!」

 ローズさんが大きく跳躍しながら叔父に襲いかかる。

 ダメだ! いくら体重を乗せたとしても彼女の重さでは跳ね返されてしまう。


 立ち上がれないローズさんに叔父が近づき槍を真上に構えた。

「ここまでだな、今父親の元に送ってやる」

 槍が振り下ろされる瞬間私は飛び出していた。




 キンッ!

「何しに来た」

「貴方を止めにです。お父様」

 セレスティナ!?

 槍の刃を止めたのは私の槍ではなく一本の剣だった。

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