第11話 ひとときの休息

「部隊を二つに分ける?」

「はい、ミレーナ様はこのまま北上してプレデミー領の制圧を、私は西のガイウス領へと向かいます。幸い兵の数も当初の倍以上にも膨れ上がっておりますし、各地で反抗勢力が立ち上がっていると聞きます。そのせいで帝国軍の部隊は各地に分かれておりますので、この機に乗じて一気に領土の解放に打って出ます」

 セレスティナの救出から一ヶ月、私たちはここクアド砦を拠点として軍部の増強に取り組んでおり、帝国からは二度ほど軍を派遣されたが、いずれも返り討ちに成功し、今や1000人を超える兵が集まってきている。


「しかし将軍、折角ここまで膨れ上がった部隊を二つに分けるのはどうかと思いますが」

 将軍の提案にアドルが難色をしめす。

 彼とクラウスは今まで私を支えてきてくれた功績で、先日バイロン将軍から隊長の地位を指名された。


「確かに兵の数が多い方が敵にとっては驚異に映るだろうが、戦いにおいてはいい事ばかりではないのだ。

 大部隊になればなるほど移動には時間が掛かるし、補給の問題も出てくる。そして何より指揮系統が隅から隅まで行き届かなくなるのだ。

 それに今は如何に帝国側といえ、大部隊を動かすだけの余裕はないだろう。この国にどれだけの兵が派遣されているいるかは分からないが、自国の防衛を疎かにするようは愚行はしておるまい。例の戦いで帝国側は3000もの兵を失っているのだ、今は向こうも慎重に動かなければならない時なのだ」

 例の戦い……今の私たちの流れを作ったのは間違いなくあの戦いの勝利によるもの。お陰で志願兵も増えているし、隠れていた元騎士たちも合流してくれている。


 そして何より帝国側が警戒しているのが私たちだけでは無いと言うこと、あれから各地で力を蓄えていた元レガリアの領主達がそれぞれ奪還に立ち上がっており、中でもノースランドではジークハルト公子が率いる部隊が怒涛の勢いで帝国兵を苦しめていると言う。噂では妹のフィーナ公女が持つ光る剣が驚異になっているんだとか。

 一瞬ノースランド領に伝わる聖剣を思い出したが、今は帝国側に奪われていると聞いているので詳細まではわからない。


「しかし上手くいくでしょうか? ガイウス領は帝国領に面しておりますし、プレデミー領に至っては王都からも比較的近い地域です」

 クラウスが心配するのも無理は無いだろう、この二つの拠点は帝国側にとっても重要な場所となるためそれなりの戦力は置いているだろう。


「ガイウス領と帝国領の国境沿いには侵入防止用の強大な砦があるのは知っているか?」

「はい、長年帝国軍の侵略から守ってきたと聞いております」

「あれは帝国側からだと守りに固く攻めるに難しい作りになっているが、逆にこちら側からだと簡単に奪還できる作りになっているのだ。あそこを奪還できれば敵の補給路を断つこともできるし、今後帝国兵が増えることも無い。」

「ですがその場合、内側から再び奪還される恐れがあるのではございませんか?」

 帝国領からの補給路を断てることは望ましいが、この領地は未だ大半が帝国軍が支配している。内側からの攻撃に弱いのなら、逆に再び奪還される可能性もあると言うことだ。


「恐らく帝国側も砦奪還に乗り出してくるだろう、その場合一番近い場所から兵を送り出すことになるはずだ。その隙にそこを奪い取る。」

『!!』

 ガイウス領に一番近くてもっとも兵力を蓄えている場所、ウエストガーデン最大の街スザク。つまり私の生まれ育った街。


「ミレーナ様にとってはキツイ行軍となるでしょうが、プレデミー領を押さえておかねば背後から攻撃を受けることになります。ですが、スザクを抑えることができればウエストガーデン領の2/3を取り戻すことが出来るのです」

 今、スザクにいる帝国兵はおよそ3000と言われている。奪還作戦に2000の部隊を派遣したとして残り1000、私たちの部隊を二つに分けたとしてそれぞれ500人の部隊だ。如何に知り尽くしている領地だとしても中々難しいのではないだろうか、せめてあと一つ何かがあれば……


「少し考えさせてもらっていいでしょうか?」

「構いません、ですが攻めるならなるべく早く行動に移らなければ雪が降ってしまい、解放は雪解けを待たなければならなくなりますぞ」

「えぇ、分かっているわ」

 私の発言には皆んなの命がかかっている、戦うからには負けることは絶対に許されないのだ。






「ミレーナ、将軍が提案された作戦の事を考えているの?」 

 一人砦で風を浴びていたらセレスティナが話しかけてきた。


「将軍の作戦は確かに魅力的よ、今の私たちは連戦連勝で指揮も高く、例え倍の兵力であっても負ける気はしない。だけど攻める側は敵の三倍の兵力はいると言うし、負ければ領地奪還はもっと先になる。

 このままここで兵力を蓄えてから打って出た方がいいんじゃないかって考える自分がいるのよ」

「でもそれは帝国側も一緒でしょ? 時間が経てば本国からの増援も送られてくるし、体制を取り戻して攻めてくるかもしれない。そうなれば各地で立ち上がった領主達が再びチリジリになってしまうわ。

 今はミレーナの軍が帝国軍を引きつけているから戦えているのに、増援が来ては一気に捻り潰されてしまうのよ」

 今が反撃の好機だと言う事は私にもわかるが無駄に兵達の命を奪っていいわけではない。こんな時あの人ならどう言うだろう。


「全く、考えすぎるのは昔から変わらないのね。いいわ、それじゃ行くわよ。」

「えっ? あ、ちょっと」

 何がなんだかわからないまま、セレスティナに手を引っ張られて連れて行かれてしまう。




「で、何でこんな所に来ているのよ」

 あのまま無理やり連れてこられたのは砦近くの割と大きな街。少し前まで帝国兵が居座っていたのだが、クアド砦を奪還してからは逃げるようにして居なくなった。


「たまには息抜きも必要でしょ? それに私も少しは服が欲しいしね」

「それでなぜ私までご一緒する事になったのでしょうか?」

「いいじゃない、昔はよく三人で遊んでいたじゃない」

 語弊があるようだから訂正しておくが、私とカリナは間違いなくセレスティナに振り回されていた。昔から強引な性格の彼女は、よく私たちをお屋敷から連れ出しては街に遊びに出かけていた。そして一番とばっちりを受けていたのがカリナで、いつも帰ってからメイド長に怒られていたのだ。


「もう、今は戦争中なのよ。呑気に買い物なんて……」

「お嬢様?」

 きゃー、何これ可愛い!

 露天で売られている小さな星型のイヤリング、色違いでいくつかあるが私的にはシルバーのが好み!


「あら可愛いじゃない」

 セレスティナも気に入ったのか手に持って確かめている。

「カリナならこの青色が似合うんじゃない?」

「私ですか!?」

「そうね、カリナは青色だね。それじゃセレスティナはこのゴールドかな?」

「いいわね、どうせなら三人でお揃いにしましょ。」

 そう言ってお金を払おうとするセレスティナ。


「わ、私は別にイヤリングなんて」

「いいじゃない。せっかく街まで来たんだから思い出に何か欲しいわ。」

 カリナは嫌がるけど何かお揃いの物があってもいいのかな、っと思ったのは本当の事。今はまだ死ぬつもりなんてないけど、いつ私が死ぬかなんて誰にも分からない。

 それにもし私の身に何かあったとしても公爵家の血を引くセレスティナがいる。ローズさんがこの場にいれば叱られるかもしれないけれど、今後あの時と同じような事があれば今度は私が皆んなを守ると決めているんだ。


「オイ、こっちに来い」

 遠くの方から男性の声が聞こえて来る、それに伴って徐々に人だかりが増えてきた。


「何かあったのかしら?」

「さぁ? まだ治安は戻りきっていないからね、何かのゴロツキかしら」

 街が解放されてからまだ一ヶ月程度、治安用に兵を出してはいるが隅まで行き届いていないのが現状だ。

 このまま知らぬふりを決め込むのもどうかと思い、三人で人だかりの中へと入って行くと、そこには薄汚いフードを被った子がイカツイ男に取り押さえられていた。


「あれは物取りね、あの子が店の物を盗んだんじゃないかしら?」

 セレスティが言う通り周りに果物が落ちている所を見ると、恐らくそういう事なんだろう。戦争で両親を亡くしたり、仕事を失ったりした者がこの街にも大勢いる。

「だからといって放っておくわけにはいかないわね」

 人垣の中から私たちは言い争っている二人に向かう。カリナはすぐに男性の方へと近寄り何かを話したかと思うと、ポケットから数枚の貨幣を取り出して渡していた。


「大丈夫あなた?」

「お腹が減っていたのは分かるけど盗みはよくないわよ。教会や警備の詰所に行けば食事ぐらいは出してもらえるんだから」

 お店を経営されている人たちも自分たちの生活がある、それを黙って盗まれると怒るのは当然だろう。今の男性も別に暴力を振るおうとしていたわけではなかったから、警備兵にでも引き渡そうと思っていたのだろう。この程度では捕らえることはないだろうし、飢えをしのぎ住むところも紹介してくれる。


「あ、ありがとうございます」

「女の子?」

 フードを被っていたから分からなかったが、振り向いた素顔は髪を後ろで束ねた可愛い女の子だった。

「あなた、もしかしてシルメリア?」

「えっ、私をご存知なんですか?」

 セレスティナが彼女の顔を見て驚いているが、シルメリアにとっては初めてなのだろうか? どうも身に覚えのないような様子だ。


「知ってるの?」

 私が不思議そうに尋ねると、呆れたような表情でこちらに返してくる。

「相変わらず人の顔を覚えるのが苦手なのね、この子アメリアにそっくりでしょうが」

「アメリアってサウスパーク公爵家の? でも私会ったのって王都のパーティーぐらいしかないわよ」

「普通、一度会ったら忘れないでしょうか。しかも同じ公爵家なんだから」

 うっ、それを言われると何も言い返せない。よくパーティーなんかでお久しぶりですとか声を掛けられるが、正直こちらはほとんど覚えていない。その場は失礼のないように話しを合わせているが、結局最後まで思い出せない事は多々あるのだ。


「あの、ウエストガーデン解放軍の方ですか? 私はサウスパーク公爵家の次女、シルメリア・サウスパークと言います。お願いです! ミレーナ様に合わせていただけませんか」

 切羽詰まった様子はよくわかったから、せめて場所と声の大きさも考えて欲しい。

「えっと、とりあえず場所をかえようか。ここで名前を名乗るのはちょっと騒ぎになりそうだから」

 シルメリアが大声で自分の名前や私の名前を連呼するものだが、周りではちょっとした騒ぎになり掛けていた。

「わ、ご、ごめんなさい」

「あぁ、まぁいいから、さっさと移動しよう」

 そういって彼女の手を握りしめながら人垣の中をかき分けて行く。

 アメリア公女がたしか私より二つぐらい上だった気がしたから、この子は同じ年ぐらいか少し下といったところだろうか。背丈は私より少し低い感じ。

 フードのせいで男の子だと思っていたから分からなかったが、女の子ならこれぐらいの背丈でも納得ができる。それにしてもよく一人で隣の領地までこれたものだ。



 私たちは彼女を連れて一旦砦へと戻った。

 そこで聞かされた内容はサウスパーク解放軍への援軍要請、だけど今の私たちには要望に応えるだけの余裕はない、ただ彼女を絶望の底へと落とす事しか出来なかったのだ。

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