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 最終兵器!

 この言葉を聞いて、どのような兵器を思い浮かべるだろう?

 猛火を噴き出す巨大な火炎放射器? 人の身体ほども巨大な砲弾を打ち出す、ウルトラ・サイズの大砲?

 はたまた、瞬時に都市の人間を殺戮する、猛毒ガス?

 いいや、違う。

 市川と山田は、自分たちが行動している「蒸汽帝国」という作品世界の基本設定に立ち返った兵器を考案したのだった。

 スクリーンの中では、戦いが続いている。粘液と、クリームまみれになって、まともな戦いが不可能になっても、まだ少数の部隊は生き残り、果敢な戦闘を繰り広げていた。

 特に後方に控えていた、魔法使いの部隊は士気も盛んで、遠くから稲妻や、火球を繰り出し、効果を上げていた。

 対するドーデン軍の主力は、蒸気機関を利用した兵器の数々を繰り出し、対抗している。しかし、全般的に、バートル軍の魔法部隊の攻撃が、勝っているようだった。

 魔法!

 奇妙である。

 なぜ、科学技術を誇るドーデン帝国と、魔法が使えるバートル国が両立するのか?

 つまり、アニメの裏設定だ。

 人気のあるアニメ、あるいは実写のSFシリーズには裏設定があるものが多い。例を挙げれば『機動戦士○ンダム』とか『スター・ト○ック』などのSF色が強いシリーズには、ファンが深読みをして、画面には現れない作品世界の、基本設定を補完する裏設定を作り上げる行為が、まま見られる。

 制作側でも、シリーズ立ち上げの前に、裏設定を作って、作品世界を確固たるものにする努力をする例も、幾つかあった。

 続編が作られる場合、制作側もファンの意向を勘案し、裏設定に沿ったストーリーを展開し、それが更なるファン活動を促し、さらなる裏設定が考え出される。

 最も有名な裏設定は、『シャーロック・ホームズ』の〝シャーロキアン〟と呼ばれるファン活動であろう。

 コナン・ドイルが創作したシャーロック・ホームズは、完全に想像の人物に関わらず、ファンはシリーズを隅から隅まで読み解き、人物の相関関係から、当時の時代背景まで考証を尽くし、まるで実在の人物を語るがごとく、ホームズ作品を楽しむのである。

 市川と山田、新庄たちは、なぜバートル国に魔法が存在するのか、理由を考えた。

 それには〝声〟の、「多数が信じれば、作品世界は現実になる」という言葉がヒントになった。

 言い換えれば、多数が魔法を信じていれば、『蒸汽帝国』の世界では魔法が実在する。

 ならば、魔法を打ち破るためには、信じなくさせればいい。つまりは、信仰の問題である。

 戦いは長引き、夕闇が近づいた。

 市川たちの最終兵器投入には、絶好の時間だ。

 輸送飛行船が静々と戦いの場に近づき、ゆっくりと高度を下げ始めた。

 戦闘中のバートル軍と、ドーデン軍は、新たな飛行船の接近に気付き、隊形をゆるゆると変え始めた。

 バートル軍は新手の攻撃を予想し、無事な部隊を前面に配置する。ドーデン軍は兵力の増強を期待して、傷ついた兵士を後方に下げ、バートル軍と向かい合う形を取る。

 両軍の真ん中に、飛行船は着地した。バートル軍側に横腹を剥き出しにした態勢だ。バートル軍が大砲などの、火砲がないのを確信した、大胆な行動である。

 もし、バートル軍に砲弾を撃ち出す大砲、砲車があれば、飛行船は即座に集中砲火を浴び、炎上している。

 飛行船の、唐突な行動に、戦闘は一時中断し、しーんと戦場は静まり返っている。

 と、出し抜けに、飛行船の全体が、目映く輝き出した。赤、青、黄色、緑、ピンクと、あらゆる色調のネオンが、電飾がぴかぴか、ちかちかと瞬き、ついで巨大な音量で、この場にふさわしくない、陽気な音楽を奏でる。

 軽薄で、豪華で、しかも、あまりに騒々しいが、耳にしたら身体が勝手に踊り出そうとするような音楽である。おまけに、あまりにも陽気すぎ、何度となく聞いても憶えられないほどだ。

 両軍の兵士は、意外な展開に、戦いも忘れ、ポカンと馬鹿のように口をぱかりと開けたまま、見守っているだけだ。

 飛行船の扉がぐぐーっ、と開き始めた。内部からは、さらなる光芒がこぼれる。音楽がさらに高まり、絶頂を迎えている。

 現れたのは、ステージだった。フルバンドが演台に向かい、指揮者が踊るような仕草で指揮棒を振っている。

 上手から、一人のひょろりとした姿の男が、飛び跳ねるような足取りで駆け込んでくる。

 真っ赤なタキシードに身を包み、馬鹿でかい蝶ネクタイを首に締め、頭髪はぺたりとポマードで固め、なぜかピンと両端が三角形になった、伊達眼鏡を掛けている。全身、すべてスパンコールがびっしりと埋め込まれ、身動きするたび、照明にきらきらと輝いた。

 男は、ニタニタ笑いを浮かべながら、くねくねと上半身を動かして、手にでっかいマイクを握りしめ、真っ白な歯を剥き出した。

「おこんばんわ~っ! どちら様も、戦いの手を止め、ほんの少し、ミーの話を聞いておくんなまし! 拙{せつ}の名前は、トミー・タミーと名乗り申し上げまするはべれけれ……。おやっ! そちらにいらせられまするは、バートル軍のお兄がたさんじゃ、あーりませんか! いや、お懐かしい……。と言っても、あたしゃ初対面でござんす」

「ミー」「拙」「あたし」と、トミーと名乗った男は、ころころと自称を乱発する。

 胡散臭さの国から、胡散臭さを広めに来たような男であった。

 全員が呆気に取られ、ただただトミーの次の台詞を待ち受けている。トミーは、この場を完全に支配しているのを確信し、自信たっぷりな態度で、兵士たちを眺め渡した。

「そこの人! そう、あなたでござんす!」

 トミーがさっと腕を伸ばし、ボケッと佇んでいるバートル軍の兵士を指さした。

 さっと飛行船からサーチライトが動いて、指さされた男の姿を照らし出す。兵士は吃驚仰天し、キョロキョロと辺りを見回す。

 ずんぐりとした身体つき、日に焼けた顔は、長年の農作業を物語る。もじもじと意味なく捻くっている指先はごつく、土にまみれた生活を示していた。典型的な農民の顔である。

「なーに、ポカンとしているんでござんすか? あーた、あーたのこってすよ! ちょっと、こっちへ、いらっしゃいまし!」

 ステージのどこからか、若い女の子のアシスタントが姿を表した。頭にウサギの耳を付け、カジノのバニー・ガールのような衣装を身に着けている。女の子は二人で、満面に笑みを浮かべて、トミーが指さした兵士に駆け寄った。

 若い女の子の出現で、指差された兵士は、どぎまぎして顔を真っ赤に染めた。アシスタントは両側から男の腕を抱え、軍隊の中から引きずり出す。

 引っ張られ、兵士はトミーの待つステージに、おずおずと近づいていく。トミーは両腕をぶるんぶるん振って、兵士をステージに上げるよう、アシスタントに指示をした。

 兵士がステージに無理矢理ぐいぐい引き上がらされると、トミーはぴょんと一跳びで近寄り、手にしたマイクの筒先を突き出す。

「お名前を頂戴願います!」

「えっ?」

 兵士は、ぎょっと仰け反って、まじまじとトミーを見つめた。トミーは少し、苛立つ仕草を見せた。

「お名前でござんすよ! ああたのお名前。お聞かせ下さいましな……」

 兵士は、あわあわと口を虚しく動かした。やっと、絞り出すように返事をする。

「バド……」

「バドさんでござんすか! 男らしいお名前でござんすねえ~っ!」

 トミーは大袈裟な仕草で、頭の天辺から劈くような甲高い大声を上げた。

 バドと名乗った兵士は、真っ黒な顔を上気させ、視線をうろうろと彷徨わせている。どう行動していいのか、途方に暮れているようだ。

 トミーはバドの耳元に口を擦り付けるようにして囁きかけた。もちろん、マイクを通しているので、トミーの言葉は一言たりとも残らず、はっきりと周囲に聞こえている。

「ああた、大変に幸運なお方でげすよ! 今、この時、この場所で、ああたに驚きのプレゼントを、お贈りしたいと思ってるんですよ!」

「プレゼント……」

 バドは、目を剥き出した。欲望に、両目がぐいっと見開かれる。バドの欲望が刺激されたのを確信したのか、トミーは悪魔的な笑いを浮かべた。

 その場から一歩さっと下がると、片手を大きく、円を描くように動かす。

 たちまちフルバンド演奏が始まり、ステージの奥に奈落が開き、下からもう一つのステージが迫り上がって来た。迫り上がりに載せられたのは、数々の家庭用品である。

 冷蔵庫、オーブン・キッチン、掃除機、洗濯機……。どれもこれも、流線型の優美なデザインで、ぴかぴかに輝いている。どの製品にも、太いパイプが繋がれていた。これは、蒸汽を動力源とする、家庭用蒸汽製品なのだ。

「ああたの生活を便利に、快適にする、わが蒸汽帝国自慢の品々! この冷蔵庫は、一ヶ月分の食糧を保存でき、冷たい氷を、いつでも提供できます! オーブン・キッチンは、固い肉でも、すぐに柔らかく、奥様の強い味方になりますぞ! さあ、こちらは蒸汽で動く掃除機と洗濯機! これさえあれば、ああたのお宅は、いつでも爽やか、ぴかぴかの新品のような毎日が約束されます!」

 トミーはぴょんぴょんと飛び跳ねながら、出現した蒸汽家庭用品の間を動き回り、早口に説明を続ける。

「それだけじゃ、ござんせん! こちらをご覧あれ!」

 叫ぶと、ステージ下手から、どっしりとしたデザインの、豪華な四輪車が出現した。蒸汽自家用車だ!

「快適な居住性、どんな悪路も走破する、四つの車輪! そうです、蒸汽帝国特性の、自家用蒸汽自動車です! これさえあれば、どんな遠くへも、家族全員を乗せて連れて行けます。どうです、欲しいですか?」

「おらに、呉れるっちゅうのけ?」

 バドは田舎丸出しの喋り方で、トミーに食いつくように話しかける。もはや、当初のおずおずとした態度はかなぐり捨てて、爛々と目を輝かせ、目の前の品々に見入っていた。

 トミーは、大きく頷いて答える。

「もちろんですとも! バドさん、奥様はいらっしゃるのですか?」

 バドは、無言で頷く。視線は数々の商品に張り付いたまま、動かない。もはや、頭の中は、目の前の品々で一杯のようだ。

「それは、よござんした! 奥様に、これらの品々をプレゼントしたら、さぞお喜びなさるでしょうね?」

 じろり、とバドはトミーを睨みつけた。

「おれに呉れるっちゅう話だが……」

「そこです! ただし、タダという訳にはいきませんよ! 何、簡単な質問に答えていただくだけで結構!」

「質問……?」

 バドは渋面を作った。さっと顔色が優れなくなる。

 トミーは朗らかに話し掛けた。

「難しい質問じゃありません。あなたなら、簡単に答えられる質問です」

 バドは、たじたじとなった。トミーの笑顔がさらに邪悪さを増した。

「第一問! 犬が西向けば、尾は?」

「東!」

「素晴らしい! 第二問! 蛙ぴょこぴょこ三ぴょこぴょこ! ぴょこは、いくつ?」

 バドは口の中で数を数えて答えた。

「七つ……?」

「ご名答! さて、最後の質問です! 今日は、何曜日だったでしょう?」

「水曜日……かな?」

 バドは自信が全然なさそうに答える。

 トミーは、ぴょんと飛び上がると、空中で踵を三度、打ち合わせ、床に着地してくるりと身を回転させた。

「やりました! バドさん、ああたは、全問正解です! ここにある総ての賞品は、今から、ああたのもので御座います!」

 トミーは両腕を伸ばし、バドの手をがっちりと握りしめて、何度も上下に動かした。バドはぽーっ、と上気し、目も虚ろになっている。

「ほ、本当けえ? 本当に、おらのものになっただかね?」

 バドの表情が、一瞬にして貪欲なものになった。それだけではない。ステージを見上げている、他の兵士たちの顔にも、物欲しそうな感情が表れている。

 トミーは兵士たちに向き直り、大声で叫んだ。

「皆さーん! バドさんのように、帝国の蒸汽家庭用品を欲しいと仰る方は、おられませんか? 簡単な質問に答えて頂ければ、これらの品々は、あなた方の物ですぞ!」

 効果は覿面だった。

 たちまち、兵士たちは我先に立ち上がり、ステージに殺到する。全員の顔に、欲望が滾っていて、もはや戦争の真っ最中である状況など、頭の中には欠片も残っていない。

「おらもやるぞ!」

「おらもだ! おらを先にしてくんろ!」

「あに言うだよ! おらが先に声ぇ掛けたんだぞ!」

「お前は引っ込んでろ!」

「なにいっ!」

 殺気が充満し、兵士たちはお互いの顔を、親の仇のような視線で見合った。さっと、腕が引かれ、ぽかりと殴る音がして、どさりと誰かが地面に倒れ伏した。

 それが切っ掛けとなり、あっという間に、辺りは騒然となった。殴る蹴る、引掻く、首を絞めるの大騒ぎである。

 乱闘を、トミーはニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべ、見渡している。

「やめいっ! お前たち、帝国の罠に掛かっておるのだぞ!」

 凛然とした声が、その場を支配していた。

 声に、兵士たちは、ぎくりと身を強張らせた。しーんとした静寂が戻ってくる。

 兵士たちを掻き分け、魔法使いの一団が怒りの形相物凄く、のしのしと周囲を睥睨しつつ歩いてくる。

 ぱっと魔法使いの一人が兵士たちに向き直り、叫んだ。

「お前たち、バートル神聖王国の臣民ではないか! このような有様を「導師」様がご覧になられたら、どのようなお怒りを受けるか、考えてみるがいい!」

 魔法使いに叱責され、兵士たちはこそこそお互いの目を見合っている。

 時々、物欲しそうな視線を、ステージの品に送ってはいたが、魔法使いたちには逆らえない様子だった。

 魔法使いたちは、じろりとステージに目をやり、手にした杖を突き出した。

「このような悪しき品々、我らが破壊してくれるわ!」

 杖を突き出した魔法使いたちは、ぶつぶつと口の中で呪文を唱え始めた。

 気合が高まり、杖を鋭く振り上げる。

 その場に戦慄が走った。

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