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 陸軍部隊を運ぶ、輸送飛行船は降下を開始し、国境部隊の背後に着地した。着地と同時に、後甲板の扉が開き、搭載されていた地上兵器が続々と姿を表す。

 地上部隊の姿を艦橋のスクリーンで確認して、市川は思わず「やった!」と小さく小躍りして、指を鳴らした。隣の山田も「よしっ」と両拳を握りしめている。

 まさに市川と、山田が額を寄せ合い、知恵を出し合って設定した兵器であった!

 ごろごろと軋る無限軌道クローラーに搭載された、巨大な砲車が最初の兵器だ。バートル側の兵士たちは、ずんぐりとした砲車のシルエットに、ぎくりと一瞬、攻撃の手を休め、まじまじと見上げている。

 搭載されている大砲は、奇妙に太い。直径が二メートルは優にあり、砲身の底部は真ん丸く膨らんでいる。

 重装騎兵の隊長らしき人物が、片手を挙げ、全体を停止させた。見慣れぬ兵器に、慎重を期したのだろう。

 ううーん……、と微かな機械音を立て、大砲が砲台の上で狙いをつける。砲身は思い切り仰角で、ほぼ四十五度になっていた。

 バートル国、ドーデン帝国、両方の兵士たちが息を飲み込んで見守っている。

 ずばーんっ!

 恐ろしい砲声が轟き、砲身から空中に向け、何かが飛び出していく。両方の兵士たちは、呆気に取られ、見とれていた。

 狙いをつけられているバートル側の兵士たちも、逃げるという動きを忘れ果てているようだった。

 何か、不定形の固まりが空中を飛んでいく。

 どすん! と、意外な大きな音を立て、固まりが地面に落下した。

 どよん、どよんと不定形の固まりは、地面を跳ねるような、或いは踊るような動きで、バートル側へと転がっていく。

 やっとバートル国の兵士たちは、逃走行動を開始した。何か判らないが、危険を感じたのだろう。

 ずばん、ずばっ! と、立て続けに砲身から、不定形の固まりが空中に発射された。不定形の固まりは、全体として、やわやわとゼリーのような質感を持っていた。地面をぶよん、ぶよんと何度も跳ねて、まっしぐらにバートル側へ転がった。

 すでにバートル国の兵士たちは、泡を食って退却を開始していた。しかし、転がっていく不定形の固まりは、意外な速さで接近していく。

 固まりはねばねばとして、粘液のような性質を持っているらしく、転がっていく途中の小石や、砂利を吸いつけていく。

 べちゃっ、と固まりが兵士たちの上に覆い被さった。

 うわあーっ、とバートル国の兵士たちから悲鳴が上がっている。

 ぐちゃぐちゃ、ねちゃねちゃした不定形のゼリーに絡め取られ、兵士たちはもがいている。

 だが、足がべっちょりとした粘液に取られ、身動きがほとんどできないでいる。

 味方の窮地を見て、粘液の攻撃を免れた他の兵士たちが駆け寄り、助け出そうと悪戦苦闘する。

 しかし、粘液の吸着力は恐ろしいほど強い。引っ張り出そうとするが、ゼリーはゴムのように伸張して、救出の努力を完全に邪魔している。バートル軍の主力である、岩の巨人も粘液に捕まり、無力にされてしまっている。

 スクリーンに見入っていたボルト提督は、背を反らし、思い切り高笑いを続けていた。

「わっ、はははははっ! 見ろ、あの見っともない格好を! いい気味だ! あれでは、どうあっても、脱出はできまい! ゆっくり料理できるわい……」

 司令長官の椅子に座っている三村と、隣のエリカ姫は黙りこくり、ひっそりと見守っている。顔には一切、感情を表していない。

 ボルト提督は、ちらっと二人を見て、慌てて目をスクリーンに戻した。

 市川は、三村とエリカ姫の二人を見上げ、何か冷やりとした感覚に襲われた。

 三村は、もう、完全に別人だ。かつての、オドオドとした、臆病そうな瞳は、今の三村の目には、欠片も浮かんではいない。

 身も心もアラン王子になり切っているのだろうか?

 すらりとした上背に、彫りの深い顔立ち。高い鼻と、ほっそりとした顎をした姿を見るたび、市川の心に「気をつけ!」と促す衝動が走る。思わず、背筋を正したくなる自分の気持ちを、市川は無理矢理どうにか押さえつけた。

 あいつは、ただのアニメの制作進行じゃないか! 何の怯みがあるものか!

「おい!」と、隣で呆けたようにスクリーンを注目していた山田が声を掛けてきた。

「戦いが始まるぞ……」

 市川は、慌ててスクリーンに視線を戻す。

 バートル兵士の半分ほどが粘液に絡め取られのを見て、ドーデン帝国軍は勢いを取り戻した。輸送飛行船から飛び出した味方の兵士たちと合流して、反撃に転じる。

 輸送飛行船から飛び出したのは、軽快そうな動きを見せる四輪車であった。四輪車の屋根には、機関砲そっくりの武器が搭載している。

 四輪車の周りには、国境警備隊と、輸送飛行船に乗り組んでいた歩兵隊が付き従い、じりじりとバートル側に向けて進軍している。バートル側も、ドーデン帝国軍の動きに気付き、無事な部隊が隊形を整え、迎撃の構えを取った。

 四輪車の屋根には、機関砲を操る兵士がいる。兵士はバートル側に向け、機関砲の筒先を向けた。

 機関砲が火を噴いた。

 ぽんっ! ぽぽぽぽっ……ぽんっ!

 いやに軽い音を立て、機関砲から真っ白な蒸汽が吹き出した。これは蒸汽の力で弾丸を発射する、蒸気機関砲なのだ。

 機関砲の筒先からは、真っ白な弾丸が飛び出していく。真っ白な弾丸は、バートル軍に飛び込んでいった。

 べちゃっ! べちゃっ、と真っ白な弾丸が、バートル軍の兵士にぶち当たる。

 兵士たちは帝国軍の攻撃に、ポカンとした顔を上げ、お互いの顔を見合っていた。表情には、大きく疑問符が浮かんでいた。

 全然、応えない。

 べちゃっ! もう一度、白い固まりが兵士たちの顔を汚す。兵士はたらたらと顔に垂れて来た液体を手で拭い、べろりと舐めた。

「パイだ! こりゃ、ただのパイ・クリームだぜ!」

 一人の兵士が、大声を上げた。

 べちゃっ、と大声を上げた兵士の顔に、もう一度べっちょり白いパイがへばり付いた。

 たちまちバートル軍は、真っ白なパイ・クリームに包まれてしまった。

「糞ぉっ! 奴ら、ふざけているのかっ!」

 クリーム攻撃に怒ったバートル軍は、接近してくるドーデン軍に向き直った。兵士たちは思い思いに手に剣を持ち立ち上がる。

 つるり!

「うひゃっ!」

「あ、歩けないぞ!」

 口々に言い合う。

 もはや、地面が見えなくなるほど、一面の真っ白なクリームに埋もれている。クリームが滑り、バートル軍はまともに動けなくなってしまっている。

 進もうとするが、足はべっとりと広がったクリームの上で、虚しく足掻くだけだ。

 襲い掛かるドーデン軍は、歓声を上げていた。

 バートル軍の兵士たちの顔に、恐怖が浮かんでいた。殺戮の予感!

 しかし、身動きが不自由になるのは、ドーデン軍も同じだった。血に飢えた兵士たちは、真っ白なつるつる滑るクリームの上で、あっちにうろうろ、こっちですってん! もはや、戦いではない!

 戦いの帰趨を見て、苛立っているのは、ボルト提督も同じだった。ばんばんと音を立て、手近の机を何度も叩き地団太を踏んでいた。

「何と言う阿呆らしい戦いだ! これは、まともな戦いとは、言えん! いったい、誰がこのような馬鹿らしい兵器を持ち込んで来たのだ? 処分してくれる!」

「わたしだ」

 氷のような冷静な声が、茹蛸のように真っ赤に上気した提督の顔を、一気に白くさせる。提督は驚きの表情を浮かべて、長官の椅子に腰掛けている三村──アラン王子を見上げた。

「王子殿下が持ち込んだと仰るのですかな?」

 提督の呆れ声に、三村は静かに頷いた。

「そうです。わたしがあの新兵器を試すよう、手配したのです。この戦いは、なるべく犠牲者を出さぬよう、工夫したつもりです。何かご不満でも?」

 提督は、たらたらと汗を額から噴き出させた。

「い、いや……王子殿下、おん自らのお考えとあれば、わたくしは何も……」

 三村は顔を挙げ、スクリーンに向き直った。

「提督、よく御覧なさい。戦いの決着をつける、最終兵器が登場しますよ」

「最終兵器……」

 三村の「最終兵器」という言葉に、提督は瞬時に気色を取り戻した。提督の頭の中には、敵を一挙に葬り去る、恐ろしげな武器の姿が浮かんでいるのだろう。

 市川は密かに北叟笑んだ。

 お生憎様! 三村の言う「最終兵器」とは、とてもとても、そんな恐ろしげな兵器であるものか!

 もっと馬鹿らしい、もっと途轍もなくとんでもない、市川と山田が頭を捻って設定した兵器なのだ。

 楽しみだ……。

 市川は一人、ニヤニヤ笑いが浮かぶのを抑えきれない。

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