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 飛行船の窓際に、三村と──アラン王子とエリカ姫が肩を寄せ合い、立っている。アラン王子の腕は、エリカ姫の腰に周り、エリカ姫は王子の肩口に頭を凭れかけている。

 完全に恋人同士だ。

 あれから三村は、終始アラン王子として振る舞い、エリカ姫に接していた。エリカ姫もまた、王女らしい態度で接し、いつしか二人は傍目にも判る恋心を顕わにしている。

 憤懣やるかたなし、となっているのは騎馬隊長である。ドーデン帝国とバートル国が戦争状態にあるのだから、エリカ姫は敵国人というわけだ。

 しかし三村は、たとえ敵国の姫君でも、婚約は続いているからと、穏やかに説得していた。

 市川は部屋の入口から二人を眺め、小さく「けっ!」と舌打ちをした。癪だが、こうしていると、実にお似合いの二人である。

 三村がエリカ姫と一緒にいると王子の役割にずっぽり嵌まっていると同じく、エリカ姫も、三村と一緒にいるときは田中絵里香ではなく、姫様として完璧に振舞っている。

 市川は、近くに控えている洋子に合図する。

 洋子は打ち合わせ通りに、そろりと室内に入り込むと、軽く「えへん」と咳払いをした。

 二人は洋子に振り向いた。

 洋子は、あらん限りの演技力を発揮して、にっこりとエリカ姫に話し掛けた。

「あのう……エリカ姫さま、今、お話してもよろしいでしょうか?」

 声が上ずっている。しかしエリカ姫は、にこやかな笑みを浮かべ、応えた。

「ええ、よろしくてよ!」

 エリカ姫の返答に、隠れている市川は「くわ──っ!」と、言葉もなく地団太を踏んでいた。まるでお姫様の言葉遣い!

 あっ、エリカ姫はこの世界では本物のお姫様か?

 しかし「よろしくてよ!」とは、尋常ではない。むず痒い思いに、市川は顔を掻き毟りたい気分であった。

 恐らく洋子も吹き出したいのだろう。それでも神妙な態度で話しかけている。

「あのう……、お姫様、ここに来てからお召し物、替えていないと思うんですが。着替えがありますので、選んではどうですか?」

 エリカ姫の顔がぱっと輝いた。

「まあ、嬉しい! 喜んで、お誘いに伺いましょう!」

 洋子はエリカ姫を伴い、部屋から出て行く。

 王族専用の飛行船には、エリカ姫に相応しい衣装も、たっぷりと用意されていた。それを確認して、今の芝居を思いついたのである。

 三村一人になって、市川は廊下で誰も来ないか、見張っていた新庄と山田に合図する。

 市川、新庄、山田の三人は、三村の前に姿を表した。

 三人の気配に、三村は振り向く。

 途端に、三村の態度に変化が表れた。

 さっと顔が青ざめ、きょときょとと視線が落ち着きなく、室内を彷徨った。

「三村……王子様の役が似合っているなあ」

 市川は皮肉な口調で話しかける。三村はおどおどと俯き、両手を意味なく捻くった。

「そ、そんな……僕は、ただ……」

 山田が穏やかな声を掛けた。

「三村君。責めているんじゃない。君の芝居で、おれたちはかなり助かっている。しかし、そろそろ、おれたちの本来の目的を思い出す時分だと思うんだ。君も承知しているように、この『蒸汽帝国』の世界で、我々がエンディングに辿り着かない限り、おれたちは元の世界へ帰れない。判っているんだろうね」

 三村は、消え入りたそうに、細長い身体を、精一杯ぎゅうっと縮めている。

「はい……。判っています……」

 市川は苛々が募った。

「おい! お前、元の世界へ帰りたくないのか? お前はアニメの制作進行だぞ! 王子様なんて柄じゃない」

 市川の言葉に、三村は窓の外を食い入るように見詰めている。唇が細かく震え、何度も唾を飲み込んでいる。

 新庄が囁くように話し掛けた。

「何か言いたいのか? 言えよ!」

 三村の頬がひくひくと痙攣する。息を大きく吸い込み、身内の決意を高めている。

 やがて、ゆっくりと一同に顔を向けた。

 市川は「はっ」となった。

 三村の表情は、王子様の役割を演じていたときと、全く同じだ。

「僕……この世界が好きになってきたんです……!」

 三村の言葉は、絞り出すようであった。それでも背後に「梃子でも動かないぞ!」という決意が溢れていた。

 三村の両手が、ふらふらと彷徨った。

「僕、以前の生活を思い出せなくなっているんです。三村健介という名前は覚えている。でも、どんな部屋に住んでいたか、どんな仕事をしていたか……全然、少しも思い出せない。それに……両親の顔すら思い出せないんです! 両親という言葉で思い浮かべるのは、ドーデン帝国の皇帝陛下と、皇后陛下の顔だけです。僕は、完全に、この『蒸汽帝国』で生きている! 僕の帰る場所は、ドーデン帝国の王宮なんだ!」

 市川は、足下が崩れていく気分を味わっていた。三村の言葉は、完全に三人を打ちのめしていた。

 山田が青ざめつつ、三村に訊ねた。

「それでは、おれたちの目的は……」

 三村は、真っ直ぐに山田に顔を向けた。

「もちろん、あなたがたの目的には、全面的に協力しますとも! あなたがたがいなければ、この戦争はドーデン帝国の勝利を確定できませんからね!」

 市川は度を失っていた。

「せ、戦争っ? 三村っ、お前、何を……」

 三村は、わざとらしく目を反らす。思い入れたっぷりに顔を戻すと、平然と言い放った。

「お忘れですか? 現在、ドーデン帝国と、バートル国は戦争状態にあるのです。飛行船は、味方の空軍と会合地点へ向かっています。しかし、まだドーデン王立空軍は存在していません。なぜなら、あなたがたが設定をしていないからです!」

 市川は山田と顔を見合わせた。山田は呆然とした表情で呟いた。

「そうだ、うっかりしていた! 考えてみれば、ずっと飛行船は空中を旅しているのに、一向に味方の空軍と出会わないのが、妙だとは思っていたんだ……。おれたちが設定をしていないせいなんだ……」

 三村は宣言した。

「さあ、お願いです。ドーデン王立空軍および陸軍の兵器、装備一式を設定してください! そうすれば、この戦争は終結し、すべて目出度し、目出度しとなり、あなたがたが熱望する、エンディングとなる!」

 言葉を切ると、三村はさらに市川たちに向け、止めの台詞を口にした。

「充分、強力な兵器を設定してくださいよ。万が一にも、わが国が負けるなどないよう、素晴らしい兵器をお願いします!」

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