3

 市川はもう一度、呟いた。デスクには動画用紙の束がずしりと鎮座している。

 胸の奥で、怒りの導火線がぶちぶちと火花を散らして燃えているのを感じる。今にも爆薬に点火し、爆発しそうに思える。

 その時、山田が、のんびりとした声を上げた。

「ところで三村君は、どこにいるんだ?」

「へっ?」

 市川の怒りの炎が、呆気なく消滅した。山田の場違いともいえる、呑気な声を耳にすると、いつもこうなる。山田の声を聞いていると、怒りを持続させるのが難しいのだ。

 洋子が小さく頷いて、口を開いた。

「そうよね。あの〝声〟は、五人で揃って行動しろって命令してたわ。三村君が加わって、五人になる計算よ」

 新庄は。ぎろぎろと両目を光らせた。

「どうやって見つければいいんだ? この広い世界で、たった一人の人間を」

 山田はなぜか自信満々に、にやりと笑った。

「それなら心配ない! あの〝声〟が言っていたろう。おれたちは『蒸汽帝国』の主人公だって」

 市川は、がしがしと頭を掻いた。

「判んねえなあ! それが何の関係がある?」

「つまりだな」

 山田は相変わらず、のびやかな口調である。

「おれたちが主人公なら、おれたちの行動がストーリーを作る。主人公の一人に三村君が加わるなら、おれたちが行動していれば、そのうち勝手に登場するはずだ!」

 市川は呆れて、ぽかんと口を開いた。判ったような、判らないような、奇妙奇天烈な論理である。

「それじゃあ、何かい? おれたちが無闇無鉄砲に動けば、そのうち三村が、おれたちの目の前に現れるって、あんたは保証するのか?」

 山田は大きく頷いた。

「おれは、そう思っているがね」

「ふうん」と市川は唇を突き出す。と、ある事実を思い出した。

「それにしちゃ、ちょっと変だな」

 洋子が市川の様子に顔を上げた。

「何が変なの?」

 市川は洋子に顔を向け、答えた。

「木戸さんの絵コンテ。ほら、演出部屋でたった五枚しか描かれてなかったろう? 多分、最初の場面だと思うんだが、おれが見た絵コンテは、原作と全然、違ってた」

 市川の言葉に「え?」と反応したのは、新庄だった。新庄は市川を睨みつけるようにして話し掛けた。

「そりゃ、本当か? 原作と違っているって……?」

「うん。原作は皆、知っていると思う。まず、酒場でおれたちが出会う場面だ。実際、おれは酒場で、最初に山田さんに出会って……」

「あたしを見つけた」と洋子が市川の話を受ける。

 市川は頷いた。

「そうだ。全く、原作と同じだ。だが、木戸さんの絵コンテは、違ってた。おれの覚えのない場面だったな」

「どんな場面だった?」

 新庄は真剣だった。身を乗り出し、市川の言葉を全身で聞いている。

 市川は新庄の態度に少し気押され、考え考え答える。

「えーと……確か、森の中でおれたちと同じ主人公たちが目覚めるんだ。そこで、お姫さまを襲う怪物と戦って、やっつける……」

 山田は顔を顰めた。

「なーんて月並みな出だしなんだ。お姫様を襲う怪物だって? それを主人公が戦って救うのか? 百万年前も昔のパターンじゃないか!」

 新庄は、ぽつり「そうか……」と呟いた。どこか放心したような表情に、市川は不審を抱いた。

「どうしたんだい、新庄さん。木戸さんが原作と違う絵コンテを描いたのが、そんなに気になるのか?」

 新庄は市川の質問に、ぐいっと顔を上げて、ぶるぶるっと大きく首を振る。

「知らん! おれは、何も知らん!」

 大きく叫ぶと、べろりと顔を撫でた。気を取り直したように肩を竦め、宣言する。

「さあ、おれたち、元の世界へ戻るため、頑張ろうじゃないか! もっとも、何をどう頑張ればいいのか、さっぱり判らないがね」

 にやりと笑いかけると、それまで腰掛けていたデスクから、ぴょんと床に飛び降りた。

「君たち、おれの手配で近衛中隊に入隊するんだ! いいな? これは原作どおりだぞ」

 じろりと全員を見据える。市川たちは、新庄の気迫に、一斉に点頭をした。

 市川は、新庄がさっきの話題を大急ぎで変えようとしているように思えた。木戸が原作と違う展開で絵コンテを描くのが、新庄にとって大問題であるようだった。

 なぜだろう?

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