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 トランペットが朗々たる行進の合図を奏で、数百人の軍靴が一斉に上がって、大地を踏みしめた。

 玩具の兵隊のような軍服に、真っ赤なラインが入った真っ白なズボン。全員が銃剣つきの歩兵銃を手にし、両手は真っ白な手袋に包まれている。

 先頭を歩く指揮官は、指揮刀を掲げ、演壇にずらりと居並ぶ顕官、貴族、将軍に対し、敬意を表している。

 演壇を通りすぎる兵士は、さっと右手を挙げ、きびきびとした敬礼をして通過する。将軍たちは鷹揚に片手を挙げ、それに応えている。

 空は晴れ渡り、日差しが兵士たちの装備に反射して眩しいほどだ。

 暑い!

 市川の被った軍帽はむしむしと蒸れ、額からは後から後から汗が湧いてくる。

 首筋はきつい詰め襟で締め付けられるようだ。軍服の背中には、滝のように汗が流れているだろう。

「酷い汗だな」

 見かねて、新庄が小声で囁いた。

 市川は無言で頷く。新庄はこの世界では市川の上官であり、しかも中佐という階級だ。他人目がある今の状態で、気軽な口調で会話するわけにはいかない。

 ちらりと市川は隣の洋子の胸元を覗き込んだ。洋子は平気な様子で、汗もかかない。もっとも、あんな露出の多い軍服だから、涼しいのかもしれないが。

「何を見てんのよ!」

 唇の端で、洋子がぴしゃりと決め付けた。市川は思わず首を竦めた。

 閲兵式であった。

 王宮前の広場には、閲兵式を見物にドーデン市の市民が詰めかけ、見物している。

 市川と洋子は、新庄と一緒に演壇に立ち、通過する兵士の列を眺めている。一応、警備兵として立哨しているのだ。

 新庄が自分の個人的な部下として、市川と洋子を登録し、便宜を図ったのである。閲兵式は王宮の重要な祭典で、ここに参加すればストーリーが進行するのではないか、という新庄の推測であった。

 山田は調理人として、王宮のキッチンで腕を揮っている。妙なのは、山田はキッチンで一人前の調理人としてすぐ通用した。今まで厨房に立った経験すらないのに、持たされたフライパンや、包丁を器用に操って、料理を瞬く間に調理している。

 おそらく、調理人という役割をあてがわれているため、習った覚えのない料理をできるのだろう。

 同じ理屈で、市川と洋子もまた兵士としての適性があった。刀を抜いた経験すらないのに、支給された軍刀を楽々と扱え、訓練に参加できたのである。

「来たぞ! 第五王子だ!」

 新庄が小声で緊張した声を上げた。

 市川と洋子は、ぐいっと背筋を反らせ、近づく蒸汽自動車を待ち受ける。

 閲兵式は、王族のお披露目でもあった。

 新庄の説明によると、王宮には五人の王子、王女がいるという。今日は、末席の五番目の王子が成人となり、市民に姿を表す大事な日でもあった。演壇にはすでに成人となった四人の王族が居並び、堂々とした佇まいを見せている。

 近づいてくる蒸気自動車は、絢爛たる装飾を施されている。

 車体は目にも鮮やかなロイヤル・ブルーで、ボンネットにはドーデン王室の紋章が描かれている。金のモールが車体を取り巻き、日差しに金色の光を帯びている。

 後席に話題の王子が座り、手を振る市民に愛想良く手を振っている。王族が通過すると、市民の間から歓声が上がった。

 自動車がついに市川の目の前を通り過ぎていく。

 後席の王族を見て、市川は「あっ!」と小声で叫んだ。

 ひょろ長い身体つきに、これまた長い顔。高い鼻筋、彫りの深い顔立ち。身に着けているのは真っ白な軍服で、肩の肩章が目映く光っている。

 しかし、あの顔は……。

 むらむらと市川の胸に怒りが満ちてきた。

 おれがこんな兵士の格好をしているのに、あいつは王族だと! 王子様だって?

 冗談じゃねえっ!

 市川は大きく息を吸い込み、叫んだ。

「おいっ!」

 王子の態度が急変した。それまで身につけていた王族らしい物腰が、市川の叫びに呆気なく剥げ落ちたようだ。

 きょときょとと、二つの目玉が、落ち着きなく辺りを見回している。

 市川は、もう一度、思いっきりの大声で叫んだ。

「三村健介っ!」

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