第六話 怒涛の香盤表

1

 王宮内の、装備支給所で軍服や、装備品を受け取り、市川たちは着替え所に入った。洋子は女性用に入る。

「なんだ、おれの服は? こりゃ、どう見ても、コックの服じゃないか!」

 憤懣を顕わにして、山田は不平を洩らした。

 市川は自分の軍服を着用するのに手間取り、山田の着替えなど眼中になかった。

 支給されたのは十九世紀風の、肋骨服と言われるものである。色は目の覚めるような青に、ズボンは真っ白な中に、赤いラインが入っている。まるで玩具の兵隊のようである。

 頭に被るのは、天辺に羽根飾りのついた帽子であった。どう見ても、儀典用としか思われない軍服であった。

 軍服は、市川がキャラクター・デザインしたときに同時に描いたものだ。とはいえ、自分で着込む事態など、まったく考えに入っていなかった。様々なボタンや、ベルトがややこしく、実に手間取る!

 目を上げると、確かに山田の着ているのはコックの服装である。コック帽に、前掛け、足下は長靴であった。

 市川は、思わず吹きだす。

「似合うじゃないか、山田さん」

「受付の奴、おれが応募のとき、市内で酒場をやっていたと聞いていたから、おれをコックにしやがった!」

 山田はむすっと呟いた。じろりと市川の軍服を見やる。

「君はいいよな。なんだか、昔のグループ・サウンズの衣装みたいだが」

 市川には山田の言葉が判らない。

「なんだい、そりゃ?」

 山田は「聞き流してくれ」とでも言うように、片手をひらひらさせる。時々、山田は市川の知らない過去の思い出話に浸るのが癖で、それが少しばかり市川には鬱陶しい。

「そろそろ宮元さん、着替え終わったかな?」

 市川は、つい、洋子を姓で呼ぶ。山田は「かもな」と受けて、着替え所の出口へ向かった。

 着替え所を出ると、不機嫌ありありの洋子の出迎えを受ける。

 並んで洋子の出で立ちを目にした市川と山田は、同時に顔を見合わせた。

 洋子は顔を赤くさせた。

「なによ、二人とも!」

「いや、どうも……」

 山田は素っとぼけて、首の後ろを撫でる。

 市川はニヤニヤ笑いが浮かびそうになるのを、必死に抑えていた。

 洋子の軍服は、胸元が大きくはだけた、実に色っぽいものだった。庇つき革製軍帽を被り、両足は剥き出しで、膝小僧を覆うブーツを履いている。

「なんだか、ナチの女看守って感じだな!」

 つい、市川は正直な感想を述べるという、おそろしく馬鹿な真似をしてしまった。市川自身、自分の口の軽さに、ついつい後悔するが、もう遅い。

「馬鹿っ!」

 ぱあん! と大きく音が鳴り、目の前に極彩色の火花と、星が幾つも散った。

 きいーん、と耳鳴りがして、市川は踏鞴を踏む。

 洋子のビンタが市川の頬に炸裂したのだ。じんじんと市川の頬から顎にかけ、痛みが沁みてくる。

「本当っに、男って馬鹿なんだからっ!」

 どすどすと大きく足音を立て、洋子はくるりと背を向けると歩き出す。

 山田を見ると、横を向いて肩が震えている。

 笑っているのだ。

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