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どれほどの時間が経ったろうか。
木戸は蹲った姿勢からようやく立ち上がり、自分がぶん投げた椅子を、のそのそと取り上げた。椅子を演出机の前に置くと、不貞腐れたように、ぐったりと座り込む。
じっとそのまま、絵コンテ用紙を見詰める。
ぱらぱらと、自分が描いた絵コンテのカットを眺める。
自分が描き上げたとは、今でも信じられない。あれほと苦吟していたのが、嘘のようにすらすらと描き進める自分に、ただただ驚くばかりだ。
何だか、どこか別の場所で『蒸汽帝国』の主人公が活躍して、自分は主人公たちの行動を背後からじっと見ていたような気分である。自分は主人公たちの行動を、そのまま描き写していたような感覚があった。
第一話の最終カットは、主人公の三人が帝国軍に入隊する場面で終わっている。
木戸は目を細めた。
しげしげと、自分の描いたカットを見直す。
妙だ。
なぜか、主人公三人の顔が、作画監督の市川、美術監督の山田、色彩設計の宮元の顔に似ている。
確かに自分では、もともとのキャラクターを描いているつもりだった。ところが、見直すと、三人の顔に変貌していた。
机の棚には、キャラクター表がある。
木戸は顔を上げ、キャラクター表を見直して、驚愕のあまり叫んでいた。
「なんだ、こりゃ……!」
主人公のキャラクター表が、さっきの三人の顔に変わっていた。
木戸は考え込んだ。これには自分でも想像がつかない、とんでもない訳がある!
どう対処すべきか……。
木戸は諦めて、鉛筆を握りしめた。
とにかく描き進めるしかない。
新しい絵コンテ用紙を取り上げ、机の上に広げる。鉛筆の先を白紙に押しつけ、さらさらと最初のカットを描く。
あとは自動書記のごとく、勝手に手が動いて、カットを描いていった。
ぱた、と鉛筆を握る手が止まる。
白紙の動画用紙を取り上げ、ある一人のキャラクターを描いていった。描いたのは、女性のキャラクターだった。
ほっそりとした身体つきに、挑戦的な意志の強そうな瞳の美少女である。
木戸は、うっとりと自分の描いたキャラクターを見詰めていた。いつか『蒸汽帝国』のストーリーに登場させようと考えていたキャラクターである。
美少女には、モデルがあった。木戸の脳裏には、モデルとなった少女の顔がハッキリと焼きついている。
「
木戸は、ぽつりと呟いた。
と、不意に自分が描いた動画用紙をくしゃくしゃと丸め、壁に投げつける。両手で顔を覆い、込み上げる悲痛に耐えていた。
未練だ! 執着だ! いい加減、諦めたらどうだ? こんなキャラクターにして自分のシリーズに登場させても、本当の相手を振り向かせるなんて、金輪際できる訳ない!
ぐいっと溢れた涙を拭い、木戸は再び絵コンテへの挑戦を続けていった。
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