アニメのお仕事
万卜人
第一話 嵐を呼ぶ企画会議
1
「お早う御座います……」
都内某所、杉並区の青梅街道から少し奥まった住宅街にあるアニメ制作会社「タップ」のドアを開け、
「お早う」とは声を掛けたが、時刻は真夜中である。
アニメ業界では、昼だろうが、夜だろうが常に「お早う御座います」と挨拶をするのが慣わしだ。
身長百六十五センチ、体重は五十キロを切っている。なんとも形容のしようがない色合いのジャージの上下に、肩からは重そうなショルダー・バッグを掛けている。
両目はぎょろりと大きく、やや前屈みの姿勢と、顔に架けている古臭い黒縁の眼鏡のせいで、どことなく昆虫っぽい雰囲気を漂わせていた。
顔付きは、まだ高校生に見えているが、実際のところ、今年で二十二歳になる。
職業は作画監督。今回「タップ」が制作する、新シリーズの作画監督を引き受けている。今夜が、第一話の打ち合わせである。
時刻はすでに深夜十一時を半分過ぎ、真夜中である。とはいえ、アニメ業界では、珍しくない。珍しいのは市川の若さだ。普通、もう少し上の年齢になってからなるものだが、市川はこの歳ですでにベテランであった。
何しろアニメ業界に飛び込んだのが、中学卒業と同時である。大抵、高校を卒業して専門学校を通過してアニメ業界に入る例が多いため、ほとんどの新人は二十歳過ぎだ。
最初に市川を面接した動画会社の社長は、両親を伴って面接に来た市川を言下に断ろうと決意していたそうだ。
が、市川が持参したスケッチ・ブックを一目見て、仰天した。中学のころから描きためた市川のアニメ・キャラは、すでにプロと同等のレベルにあったのだ。
その場で就職が決まり、入って数ヵ月後には早くも原画を任されるほどだった。原画はアニメの鍵となる動きを表した絵であるから、相当な熟練と、観察眼が要求される。
市川を知る者は「神童」とすら形容した。
その市川が「タップ」の正面玄関に立ち、躊躇いがちに、制作室を窺っている。
制作室には人気が無く、天井の蛍光灯が煌々とした明かりを投げかけている。市川は玄関でスリッパに履き替え、制作室の中へ、ひょろりとした痩躯を踏み入れた。
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