第27話「奇襲の鴉」2/3


 PM12:41 ショッピングモール・アモーレ花札


 天然芝と砂利、そして白煉瓦を敷き詰めた開放的な緑化スペースに憩いを求める人々が集う。

 その場所から一人でも多くの客を招こうと、ありとあらゆる店舗のスタッフが店先を賑やかして施設内を活気付けている。


 此処は自然との調和という花札町のコンセプトに沿いつつ、約200軒の店舗を併設させている花札町で最も知名度の高い商業施設だ。


 異品の大規模な襲撃を受けた後でも、生活必需品を取り扱う店舗などは営業を再開しており、人混みは少ないが平常時と変わらない盛況ぶりだ。


「ったく……幼馴染を放っておけない言い分も分かるけど、こっちだってアンタを監視しろって命令を受けてんの」


 その入り乱れる人々の中に、W.Eの許可なく織芽の護衛に入った創伍を追いかけて、美影乱狐が潜入していた。


 乱狐はメンバー内で唯一現界に入り浸っており、人間社会に通じている。そして狐の耳と尻尾を隠し、流行りの服に身を包めば堂々と人前を闊歩出来るのだ。

 ただし織芽が居る手前、創伍の前に突然現れては事態が厄介になる。なので二人に見つからぬよう、ある程度の距離を取って二人を監視していた。


「だけど一応今日はオフでもあるからね。しっかり御勤めはしますけど、これくらいの満喫はさせてもらわないと……」


 と言いながら、彼女が今居る場所は『ディアーズ・ツリー』という喫茶店。映えスイーツに敏感な女子達に大好評の店で、期間限定スイーツ『キング・エレファント』というイギリスパンの上にアイスクリームを三個乗せて象の顔と耳を模したハニートーストが話題になっている。


「うひゃ~~これ絶対バズるってー! 鈴々に送って自慢してやろうっと♪」


 任務とプライベートを上手く両立出来ているつもりの乱狐は、誰がどう見てもSNSに投稿する為の写真撮影に精が入っていた。


 それはいつしか、はす向かいのイタリアンカフェに居る創伍達のことも意識の外にやってしまう……。



 * * *



「ソウちゃん、奢りだからって勢いよく食べないで。行儀悪いわよ……」

「っ――わ、悪ぃ」


 日用品や補充の食料品の調達を無事に終えた創伍達は、洒落たオープンカフェのテラス席でランチを取っている。

 特に昨日から丸一日何も食べてない創伍は、織芽の奢りをいいことに、普段食べる機会のない数々のイタリア料理に我を忘れていた。


「でも今日はありがとね。荷物持ちしてくれてとても助かった」

「ん、いいよ。俺も買い出しに行く手間が省けて昼飯にありつけたし。結局買う食料自体は大きく変わらなかったけどな」

「変わらないって……ちゃんと栄養バランス考えてるんでしょうね? あんたの不摂生にシロちゃんを巻き込んじゃダメだからね」

「……分かってるって」


 シロの名を聞くたびに耳が痛くなり、創伍は再びパスタを口に掻き込む。


 あの後、シロやクロはどうなったのかを乱狐から聞いていない。仮にこの買い出しを終えて二人に会っても、彼女らをどう向き合わせればいいか、契約の主である創伍にも見当がつかず悩んでいたのだ。


「…………」


 そんな苦悩の色を浮かべている彼の事情を知らない織芽は、幼馴染として何かしてやれないか不安げに見つめていると……


 一人のウェイターの男から声が掛かった。



「――お注ぎしましょうか?」


 男は紺色の髪をし、白ワイシャツに黒いギャルソンエプロンを着た二十代くらいの顔立ちの良い青年。織芽のグラスに入った水が残り僅かだったので、気遣って注ぎ足しに来たようだ。


「へ……あっ! ありがとうございます」


 それに気付いた織芽は、少し慌て気味にグラスを手に取って受ける。

 ウェイターはニコリと笑顔を返し、水を注ぎ終えると――


「随分お買い物されて、お疲れって感じですか?」


 二人に声を掛けてきた。


「「え??」」


「いやぁ、仲良さそうなカップルなのにお互い疲れてそうな顔をしてたのが気になりまして……」


「ちっ、違います!! 私は最近カラスが家の周りに集まっちゃったからカラス避けを買いに来ただけで、創伍コイツはついでに食料品の買い出しをしに来た、中学からの幼馴染なんです! だから決して仲が良いとか、デートとかじゃありませんからぁ!!」

「今更そんなに焦る必要無いだろ……」

「だってそうでしょうがっ! 私とソウちゃんはただの幼馴染でしょー!?」

「他人からは紛らわしく見えてんの。それが嫌なら最初から誘うなっての……」

「なっ……わっ……私はアンタの生活習慣を正そうとだなぁ!!」

「それが余計なお世話なんだよ」


 顔を真っ赤にする織芽とは真逆に冷めていた創伍。学生の男女二人がこんな場所で食事を取っていたらそう思われるのも当然なのだが、中学時代から一緒に居ると仲が良いねと周りから言われていたのが慣れてしまい、否定するのもしんどくなっていた。


「アッハハハ! 喧嘩するほど仲がよろしいんですねぇ」


「「………………」」


 いつの間にか周囲の客から笑みが溢れ、注目の的になった二人は赤面し沈黙してしまう。


「ですが恋人未満でも友達以上だ。こんな物騒なご時世ですから、大切な人はしっかり気遣ってくださいね――これはちょっとしたサービスです」


 いろんな意味で口直しのつもりか、男は二人の前にデザートのジェラートを置いた。


「これ……注文してないっすけど?」

「えぇっ! こんな、悪いですよ!」


「お気になさらず。私にとっても、あなた方は大切なお客様だ。どうぞごゆっくり……楽しんでってくださいね」


「「……ありがとうございます」」


 男はウィンクと軽い会釈をすると、二人の前から立ち去り、別の客の席へと歩いていく。


「なんか、変わった人だったね……」

「……だな」


 一店員にしてはあまりの接客力の良さに、唖然とさせられる二人。

 そして青年の言った言葉に、創伍は少し感心していた。



(大切な人を気遣え……か)



 自分はそれが出来なかったから、今の状況を招いたのだろうと悔いていた。


 創伍はシロと出会ってからの境遇をただ受け入れるので精一杯だった。道化英雄の使命に従い、W.Eの参列に加わって破片者と闘う。そうすることで誰も死なないならそれで十分良かったのだ。


 だが各々がしっかりしているW.Eのメンバーはまるで身内の様な距離感で創伍をサポートしてくれる。現界ではそこまで親密に接してくれた身内も……記憶も無いのだから、そんな立場に甘んじていたのだろう。


 普通の人間が巡り合うことのない貴重な出会いなのに、失いたくないのに……もし奪われるようなことがあったらどうしようなんて考えもしなかったのだ。


 だったらこうして悠長に食事をしていられる程、此処も安全ではない。


(朱雷電アイツの言う通りじゃないかよ……。なのに俺は、また……!)


 口には言い出しづらいが、織芽だって失いたくない大切な人だ。早く食事を終えて家まで送ってやろう――そう思い立って創伍はウェイターの善意も無駄にしないよう目の前に出されたジェラートが溶けない内に、残っていた料理を平らげようとした。


「ぶぐっ――!」


 その勢いあまって、喉を詰まらせてしまう。慌てた織芽が差し出したグラスを取り、急いで水を流し込んで事なきを得た。


「だから勢い抑えろっての〜! 腹八分目って言うでしょ。一気に食べ過ぎるとぶっ壊れるわよ!?」

「むむっ……ごめん。でも残すのは悪いからよ……」

「もう! たくさん注文するなって前以て言ったのに……どうすんのよコレ~!」


 これはまた周囲から笑われるだろう――不幸ではなく自業自得だ、と観念した時だ。


 

「ねぇ――アレ何??」



 結果は違った。一人の客の声に反応し、周囲の客がざわつき始める。全員の目が、創伍達よりも、ある一点の方へ向いていた。


「ちょっと何……不気味」

「オイオイ、気味が悪いな……警備員とか呼んだ方がいいんじゃねぇか?」

「ヤダーこわーい」


 施設内の天窓と、白い天井の辺りをカラスが飛んでいたのだ。その数およそ三十羽ほどで、騒がしい鳴き声をモール内に響き渡らせる。


「ソウちゃん……どうしたんだろ……」

「なんでこんなにカラスが……」


 創伍はカラスの侵入経路を目で追うも、窓はどこも開放されていない。入ってくるとしたらモールの入口しかなかった。

 しかしそこからカラスが侵入しようとすれば警備員が追い払ったりするはず。でもしない限り、この数は異常だ。


(……? あれは……)


 更に異常なのは、どのカラス達の足にもが抱えられていた。自分達よりも半分程の大きさ、同じ体色をしたような物を鋭い爪でがっちり掴みながら、順次に庇や手摺などの上へ留まっていく。


 やがて店内に居る誰もが、その不穏な空気に気付き始めた頃――



『ガァーッ!!』



 一羽の鳴き声が号令となり、カラスの軍勢が一斉に飛翔を開始する。


 直後、各々が足に付いた物を不規則に放し、落下させてきたのだ。



(飛行機……?)



 目を凝らして見えたそれらは、発泡スチロールで組み立てられた玩具の飛行機であった。丸目をしたカラスのデザインで、模嘴の先にプロペラが付き、胴体部分に黒い筒状の物が接着されている。

 カラスは散り散りになってモールの出口から飛び去るが、放たれた飛行機は水平に且つ緩やかに、不特定多数の人間達が集まったあらゆる店先へと落下していく。



(これって……もしかして……!)



 ――その異様な光景に、創伍の第六感が危険を察知した。



「みんな逃げろ――!!」



 瞬間、腹の底から叫び出す創伍。モール内に居る全員に聞こえるくらいの大きさで、外へ出るよう促し始めた。


「みんな早くっ!! お店の人にも伝えて、早く此処から逃げるんだっ!!」

「ど、どうしたのソウちゃんっ!! 一体どうゆうこと!?」

「いいから早く逃げろっ!! みんな急いでっ!!」


 全員の目は否が応でも創伍に集まるが、何が起きているのか分かっていない人々は、辺りを見回したり互いの顔を見合って狼狽えるだけだ。



(まさか、こんなやり方で仕掛けてくるなんてよ――)



 しかし創伍一人は確信していた。これは異品からの攻撃――しかも自分を襲う為に周囲の人間をも巻き込む卑劣な手段を使ってきた、と……この異様な状況から凄まじい殺気を感じ取っていたのだ。


 その張本人は……



(――斬羽鴉……!!)



 かつて差し向けられた破片者を倒した後、逃げる彼を追い詰めた果てに、こう宣言された。



『いいぜ――お望み通り俺から正々堂々と勝負を申し込んでやる』



 日時や場所は予告されていない。だが彼の言葉に、嘘や強がり、ハッタリは一切感じられなかった以上、次に会う時は破片者を介さず直接対決だろうと覚悟していた。


(こんな大衆の前で闘うわけには……。ひとまず避難させないと……!)


 もし斬羽鴉の仕業なら、恐らくあの飛行機は凶器を仕込んだ飛び道具。それを投げた後の自分の反応を見るべく、この施設内の何処かで監視しているはず。創伍は人混みの中や物陰などに彼が隠れていないか、注意深く見回すが……



 ――耳を聾するような高い音に妨げられる。


 そして直後、花火のような破裂音が炸裂した。


「っ!?」


 立ち止まっていた者は揃ってしゃがみ込み、テラス席に着座していた者は椅子から離れ出す。


 鳥型の飛行機が墜落していった店の中から火花が迸り始めた。最初はイタズラなどに使われる爆竹に思えたが、爆発は収まるどころか段階を重ねて大きくなっていき、止まることを知らない。どうやらあの飛行機に接着されていたのは小型爆弾らしき物のようだ。


「――きゃあぁっ!!」


 遂には店先のガラスも吹き飛び始め、店内から炎と黒煙を舞い上がらせる。

 飛び交う爆音と織芽の悲鳴が後押しとなり、我先にとモールの出口を目指して一目散に走り去っていく人々。


 結果的に避難をさせることに成功はしたが、此処はあまりにも場所が悪過ぎる。調理場のガスや油に引火して大きな爆発に巻き込まれたりでもしたら、それこそ鴉の思う壺だろう。


「……織芽! こっちだ!!」

「あっ、ソウちゃん待ってよ!」


 織芽の分の荷物も両腕に抱えながら、火の手が回っていない且つ比較的人混みが少ない出口を探し誘導する創伍。もし鴉が襲ってくるのなら、標的を自分へ絞り易くし、周囲への被害を最小限に抑える為だ。


 次なる攻撃に備え、警戒を維持したままモールの中央に位置する中庭へと抜け出るのであった。



 * * *

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