第05話「日常との訣別」3/3


 無人の街と化した花札町の中を歩く創伍達は、創造世界の旅路へと向かう。

 誰にも見送られない寂しい旅路だが、創伍にとってはあまり気にならなかった。


「るんるんるん♩ ランランラン♩」


 アイナと創伍に手を繋がれ、健気に歌を歌いながら歩くシロのおかげで、気不味い空気は幾分か紛れていたからだ。


「……やっぱこう見ているだけだと、ただの子供よね」

「ハハ、可愛いらしいだけじゃないけどね。それを言うならアイナだって……なんでうちの学園の制服着てるの?」


 今のアイナは魔法少女のような服装ではなかった。(道中で着替えたのだろうか)短いスカートと花札学園の白い制服に身を包み、見ているだけなら人間の女子高生と何ら変わらない。


「変装は、私達アーツが現界で行動する際の常套手段なの。正装のまま人に姿を見られちゃいけないでしょ……まさか似合ってないとか?」

「……まぁ、似合ってるけど」

「フフ♩ ありがと」


 アイナの言う通り、もしも正装のまま歩かれて誰かに見つかったら不都合しかない。創伍はそれ以上言及しないことにした。



 PM17:54――



「さぁ、着いたわよ」


 アイナに言われるまま付いていき、辿り着いた場所に創伍は思わず拍子抜けしてしまう。


「……ここって、駅?」

 

 到着したのは花札駅だった。惨劇の日の時と変わらず、ロータリーも改札通りも無駄に広い無人の地のままである。


「まさか電車に乗るつもりか? 全線止まってるんだぞ??」

「ここでいいの。仲間と合流するから、なのよ」

「はい……?」


 言葉の真意が掴めない創伍を余所に、アイナは何食わぬ顔で駅の改札口へと向かい、遂には無断で改札機まで通り抜ける。そして何故か駅のホームに繋がる降下用エレベーターへと乗り込んだ。


「早く来て。あまり目立ちたくないんだから」

「あのさ、そのエレベーター……駅のホームに降りるだけなんだけど」

「いいから早く来なさい!」

「えぇ……?」

「創伍っ、早く行こうよー!」


 改札機の向こう側でアイナが呼び、その手前で混乱する創伍が立ち止まる。そして間に立つシロに手を引っ張られ膠着状態だ。


 創伍が立つ場所は、今まさに現実と非現実の境界線。「ただの真城創伍」として生きてきた現実から「道化英雄」として生きる非現実に踏み込むこととなる――二度と帰れないかもしれない。もしや明日にでも死んでしまうかもしれない――軽い気持ちで越えられる一線ではないのだ。


 そんな躊躇する彼の背後で――



「そこのキミ、ちょっと待て」



 男の声が、どっちつかずな創伍を現実に引き戻す。

 振り向くと紺色とグレーのコートを着た二人の男が立っていた。一人は三十歳程のオールバックの髪型をした長身。もう一人はサッパリとしたショートの黒髪で、その男の後輩といったところか。


「えっ……」


 最初は何者かと思ったが、ここ数日の出来事と服装からして刑事であることは創伍でも見当がついた。


「……何ですか?」

「そう堅くしなくていい。こういう者だ」

「今、都内の見回りをしててね。駅からキミ達の声が聞こえたもんだからさ」


 案の定、真坂部まさかべ 健司けんじ舘上たてがみ 京磨きょうまという名が記された警察手帳を出される。


「今は東京全域、一般市民は外出を禁止されているはずだ。何故こんな所でウロついている?」

「あぁ……すいません。急用でどうしても行かなくちゃならなくて……」


 エレベーターで待つアイナの顔色がよろしくない。アーツや創造世界の存在を人間に知られることだけはタブーであると、忠告されたばかりなのだから……。


「急用か。まぁ俺達も理由ワケあって花札町ここまで車を飛ばしてきたんだ。いくつか質問に答えてくれたらすぐ終わるよ」

「は、はぁ……一体何でしょうか。急いでるんで簡潔にお願いします……」


 このまま刑事を振り切ることは簡単だが、その後の現場を抑えられる訳にもいかない。危険な橋を渡れない創伍は、うまくやり過ごすことを選択した。


 そして早速、一つ目の問いをどう返そうかと考えた矢先に――



「キミは――真城 創伍君だな?」


「っ――」



 出だしから不意を突かれた。

 なんと真坂部という刑事は、創伍の存在を既に知っていた。ご丁寧に学園から生徒手帳用の写真も預かっていたようで、言い逃れもできない。


「惨劇の日、正体不明のテロ集団の襲撃から人々が逃げ惑う中、一人の少年だけが犯行現場に向かって走っていくという目撃情報があったんだ。その少年の服装は、この町の花札学園のものだったという」

「……!」

「真城 創伍――花札学園在籍のキミだけが、この学園の緊急連絡網で、未だに安否確認が取れてないと聞いているよ」


 あの時、我を忘れたかのように疾走していた創伍の様子は、逃げ惑う周囲から見れば異様であることは事実。事件解決の糸口に繋がりそうなものを、警察が見逃すはずもない。


「単刀直入に訊く。キミはあの日に犯人を見たのか? キミはどうやって生き残った??」

「それは……その……」


 創伍は事件の被害者だ。アーツと関わりを持ってなかったら、いくらでも証言しただろう。


「ショッキングな質問だったかな? 思い出したくないなら構わない。なら、質問を変えよう。疚しい気がなければ答えられるはずだ」

「………………」


「――今からどこへ向かうつもりだったんだ?」


 答えたくとも答えられない質問責めとその歯痒さに、退路が少しずつ塞がれていくようであった。


「おかしいよな。全路線が停止しているのに、改札なんて渡って何をするつもりだ? 鉄道オタクにしちゃ、カメラの一つも持ってないのは有り得ない。それに隣の子と、向こうの女の子は兄妹か? 友人か? それとも他人なのか??」


 シロのことも触れられ、状況は更に悪化していくばかり。創伍は言い逃れする気も失せてしまい、ただ口を閉じるしかなかった。


「どうした、何故答えられない? 俺はどうしても一昨日の不可解な事件を解明したいだけ。捜査に協力して欲しいだけなんだがな」

「………………」

「黙秘権か。これではキミも犯行グループの一員と見なされかねんが、嫌なら話さなくても良い。しかしどうしても話さないのなら――」


 なんと真坂部は、懐から遠慮なしに拳銃を出してきた。


「今だけは――コレで吐かせられる」

「せ、先輩!!」


 拳銃を翳して自白させる。もはや脅迫という手段に、後輩の舘上も驚きを隠せない。だが真実を探るには手っ取り早い手段でもある。


「……権力濫用ですか」

「国家機能が崩壊した今の日本じゃ法も権力もない。だから俺は拳銃を持ってるんじゃない。ただ真実を吐かせるか血を吐かせるかの道具を持ってるだけだ」


 この刑事は現実主義者リアリストだ。刑事として順当な段取りで調査せず、自らの目で物事を捉えて解決しようとする。


 非現実に向かう直前で、現実主義者という壁に阻まれ、もはや万事休すかと思いきや――



「創伍っ」


 シロが小声で呼び、繋いでいた手を引っ張る。創伍がそれに気付いて振り向くと、彼女はおもむろに創伍の右腕を指差してウインクをし、何かを示唆した。


(あぁ……)


 察するのに数秒要したが、創伍はこの事態を乗り越える方法に気付く。


 そして今度こそ、この現実世界と訣別する覚悟を決めた。今の創伍は道化の英雄として、自分を取り戻す為にシロと契約を交わし、新たな地で戦うことを決意したのだ。


「おい、どうした。何とか言ったらどうだ!!」

「刑事さん――」

「ん……?」


 故に、こんな所で止まっていられないのだ。


「真実は話せないけど、これだけは言えます。俺は人間を誰も殺してない――それだけです。だから、その拳銃を使うのは無意味だ。だってそれはもうからね」

「……? 何が言いたいんだ!」


「撃ってみれば……分かるさっ!!」


 パチン――


「っ!?」


 何のつもりかと、瞬きした真坂部がフリーズする。

 何故か創伍は、右手を真坂部の顔面に向けて指を鳴らしただけだった。そして一目散に改札を抜け、アイナの元へと駆けていく。


「なっ……? 止まれっ!!」


 脅せば口を割ると高を括っていたが、予想外の行動に出遅れた真坂部。だが思い切った彼は拳銃をしっかりと握り、創伍の右足目掛けて――発砲。



『PANG!』



「……あぁ!?」


 しかし拳銃から撃たれたのは弾丸ではなかった。何故か銃口からは紙吹雪やテープが舞い上がり、そして『JACKASSマヌケ』と描かれた間の抜けたイラストが撃鉄に挟まっていた。


「アハハハ! 創伍ってば、ナイス想像力!」

「お褒めの言葉どうも!」


 創伍自らが使用したのは道化英雄の能力――想像した物を具現化させる右腕の異能――創伍は脳内で、クラッカーを模したオモチャ銃を想像し、それを真坂部の拳銃に適用させたのだ。結果として絶好の時間稼ぎとなった。


「先輩……? それオモチャ銃だったんですか??」

「……なわけないだろ! 早く追え!!」

「は、はいぃ!」


 焦る真坂部達は、改札機を越えて創伍達を追いかけてきた。


「二人とも、早くこっちへ!」


 シロと創伍は全速力で走り、アイナが待つエレベーターへと乗り込む。ここからどうやって創造世界に向かうのか、現実世界こっち側での常識では理解出来ない。しかし、もう成り行きに任せるしかなかった。


「アイナ! 早く扉をっ!!」

「今やってる!」


 その間にアイナは何をしているのかと言うと、ホームに繋がる階や一階、緊急用の通話ボタンなど、エレベーターの壁面ボタンを目にも止まらぬ速さで適当に押し続けている。創伍はそんな意味不明な行動を見守るしかなかった。


「これで……よし!」


 全てのボタンが点灯しており、アイナが最後のボタンを押すと、ようやくドアが閉まった。


「げふぅ!」


 ギリギリのところで舘上が閉まるドアにぶつかり、小窓越しに変顔を晒す。


「アハハッ! 変な顔~♪」


 シロに笑われた刑事達を見送り、エレベーターは下の階へと降りて行った。


「アイナ、下の階へ行ってどうするんだ!?」


 下はただのホームだ。刑事達が猛ダッシュで階段を駆け下りて、彼らを待ち伏せするはず。


「大丈夫よ。もう創造世界に向かっているとこだもの」


 アイナの余裕の表情を不思議に思い、創伍はエレベーターの小窓に目をやった。

 するとどうだろう。ホームで止まるはずのエレベーターは止まらず、さらに地下へと降りて行ったのだ。


「え、はい!?」


 本来、駅にこれ以上下の階なんてものは存在しない。小窓の外は次第に暗くなっていき、エレベーターの降りる速度も少しずつ上昇していく。


なのよ、創造世界への入り口は」

「灯台下暗し……?」

「ほら、着いたわよ。まだ少し歩くけどね」


 エレベーターの扉が開く。

 扉の外は、真っ暗で先の見えない廊下であった。タイル床や天井、壁までもが全て赤錆びており、地下街だとしても殺風景が過ぎる。人の気配もせず、ただ暗闇の向こうから静かな風が顔に当たってくるだけだ。


「何だよ……ここ」

「わー……真っ暗闇だねぇ」

「ほら、早く降りて。エレベーター、んだから」


 創伍は改めて実感した。自分はたった今、日常の世界を離れて創造世界へ第一歩を踏み込んだのだと……。



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