第06話「異世界の門」


 点滅する蛍光灯の下、三人は薄暗い通路を歩いていた。


「アイナー、ここどこ??」

界路かいろ――異世界間に設けられる通行用の境界線よ。他の世界へ渡る時は、創造世界中のあらゆる場所に張り巡らされたこの界路を渡らないといけないの」

「しっかし薄気味悪いぜ……それに汚いし、変な臭いもするぞ」


 壁や天井は黒い煤に覆われ、今にも崩れそうな亀裂が走っている。ろくに清掃されてない公衆トイレのような臭いが鼻につく。まるで何十年も前に忘れ去られた廃墟のようだ。


「悪いけど我慢して。異品でもない限り普段は誰も通らないから、もう何年も掃除されてないの。でもちゃんともあってね。敢えてこのままにしてあるのよ」

「理由って何だ? 面倒臭がりだとか??」


 考えもなしに発言する創伍に、アイナは呆れてしまう。


「……もっとよく考えて。創造世界への入り口は灯台下暗しである分、人間があのエレベーターなどを使って界路へ辿り着く可能性も万に一つ有る……それに備えての牽制ってワケ。誰だってこんな所に来たら、そう簡単に好奇心で進もうだなんて思わないでしょ?」

「……もしその人間が怖いもの知らずだったら?」

「実力行使。捕獲して記憶を消して追い返すわ」

「アハハ……なるほどね」


 まさに自分が良い例だと、創伍は苦笑いする。


「へぇ、アーツって不便だね。シロみたいに一瞬でテレポートできればいいのに!」

「シロのそれは正式な通行手段じゃないの。だから私達に疑われるのよ」

「えへへ♩ どういたしまして」

「褒めてないって……」


 創伍のもとへ辿り着く前、シロはアイナや守凱にその身を追われていた。アーツはここを通らずに他の世界へ渡ろうとすると、異品に見做されてしまうようだ。

 いずれにしてもここはもう現界じゃない。人間が異世界へ入ったからには、どんな扱いをされるかも分からない。創伍は気を引き締めねばと、肝に銘じておくのであった。


……


…………


「さぁ着いたわ――」


 しばらく歩いて辿り着いた先には、錬鉄製の巨大な門が聳え立つ。鉄錆に塗れているが、この空間とは明らかに違う――まさに異界への入り口というような雰囲気を帯びていた。


 アイナは、その境目の前で最後の意思確認をする。


「創伍、心の準備はいい? ここから先は全て夢でも幻でもないからね」


「ここまで来て、今さら引き返せねぇよ」


 創伍の意気込みを聞き届け、アイナがドアノブに手を触れる。すると門は彼女を認識したかのように重い音と立てて左右に開き始めた。


「…………っ」


 創造世界の入り口を直前にして息を呑む創伍。


「創伍、怖いの?」


 それを安心させようとシロが彼の手を強く握る。


「あ、えっ……? まぁ怖くないって言ったら、嘘になるかな」

「大丈夫っ。創伍は私が守るから!」


 献身的な彼女に応えるつもりで、創伍も手を握り返した。


「……ありがとな。でも無理はするなよ。シロだけの力じゃないんだからな」

「うんっ!」


 門から広がる眩い光に包まれる中、振り向いたアイナが創伍に言葉をかける。



「創造世界へようこそ――歓迎するわ、真城創伍」



 その言葉に迎えられるように、創伍は創造世界へと第一歩を踏み入れた。



 * * *



 創造世界 裏ノ界



「すっごーい……」

「な、何だこりゃ……」


 扉の向こうは、御伽の世界だった。


 目の前には、煉瓦造りの家々に囲まれた賑やかな露店市場。松明で夕闇を照らされた通りは異人で溢れ返っている。

 まるでテーマパークに来たかと錯覚するような光景に、創伍の開いた口が塞がらない。ゴブリン、スライム、オーク、魔女、宇宙人……おおよそ人間の想像力で生まれた典型的な姿をした生き物達が、種族という垣根を越えて一堂に会しているのだ。

 これが、アイナの言っていたアーツというものだ。


「奥さんどうだい!? 本日獲れ立ての『ブルシシ』の肉だぁ! 今晩のおかずにするなら大特価で売るよ!」

「そうねぇ。200ワルドまけてくれるなら、買っちゃおうかな♪」


「おい。今週初連載の『ASURA』読んだか!? 」

「おうおう読んだとも。続きが気になるが、あんな展開がこの世界で現実の物になったら一大事もいいとこだぜ」


「ドーダ、六ノ目ダァ! コレデ逆転ダナ、ギャン坊」

「く……くそっ! もう一勝負だギャン!!」


 楽しそうに言葉を交わす彼らのやり取りは、現界の人間と何ら変わらない。人間そっくりな者も居るけれど、いずれも奇抜な服装をしており、会話の内容は現実離れしている。


「アイナ……ここが創造世界って奴なのか……?」

「世紀末の荒野でもイメージしてた? ここが創造世界の中枢である『裏ノ界』の中央都市――現界のベネチアをモチーフに人間によって創造された『アンダーアイズ・ブルータウン』よ。あらゆる世界のアーツが情報収集や物々交換をしに集まってるのよ」


 創伍は辺りを見回しているうちに、気が遠くなってきた。


「まさかと思うけど……こんな人混みの中で俺の破片者を探すってのか?」

「……もっと広い視野で物事を見なさい。あなた以外にも、大昔から何十億もの人間が想像力でアーツを生んできたのよ。創伍のなんて微量に過ぎないの。ここ裏ノ界は、他のジャンルの異世界へ分配されなかったアーツ達が多く集まるために、現在も宇宙規模で拡大している世界なの。しらみ潰しに探してたら、生涯かけても終わらないわ」

「じゃあどうすんだよ」

「まずはさっき教えたW.Eの本部へ向かう。機関の科学技術を駆使すれば、異品の絞り込みや追跡だってお手の物だけど、次の襲撃が来る前にチームメンバーを集めて迎え撃つ準備をするのよ」

「……チームメンバー?」

「今回の暴動はあなたの異品だけじゃないわ。他の原作の異品も蜂起したのだから、他のアーツ達が本部でチームを結成し、鎮圧に向かってるの。私達のメンバーはここで集まる予定なんだけど……」


 十人十色のアーツの群衆の中では、誰がメンバーなのか創伍には見分けもつかない。

 しかしアイナだけが必死に探していると、近くの噴水広場から……



「——さぁさぁこっからは見世物じゃねぇぞぉ!! この紅蓮魔ヒバチ、一世一代の大道芸! 見たい奴ぁ100ワルド、たったの100ワルドで奇跡をご覧に入れて見せようぞぉぉぉ!!」



 やけにテンションの高い男の叫び声が、群衆の声も掻き消してしまう程、町中に響く。

 そう、その声の主こそが――



「見つけた! やっぱりヒバチだわ!!」



 アイナの言うチームメンバーらしい。声を頼りに追ってみると、大人から子供までのアーツ達で人集りが出来ている。



「さぁさぁ〜! 今宵でしか見られんこのヒバチの大道芸! 見たい奴はいねえかぁあ!?」



 その中に、誰よりも特徴的で、極めて異質な姿をしたアーツが一人仁王立ちしていた……。



 * * *

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