第14話「赤い乱狐と緑の鈴々」


 5月6日 AM08:35 裏ノ界 W.E本部


 雲一つない快晴のブルータウン。ここ最近の裏ノ界は、W.Eの英雄達の活躍により異品の暴動や事件が発生していないらしく、街には活気が溢れていた。その賑やかさに誘われてか、カモメに似た「メモカモメ」というアーツも数羽、楽しげに空を飛び交っている。


 ジャスティ長官は、そんな彼らと平和なブルータウンを見守るようにW.E本部の長官室から眺望していた。


「気分は晴れたかな。真城君」


「……お陰様で。綺麗さっぱり忘れ去るとまではいきませんけど。なぁシロ?」

「ほへあぁ〜〜〜〜……――んむぐっ」

「大欠伸するんじゃないの……!」


 重たい目蓋を擦りながら長官の前で欠伸を堪える創伍と、欠伸全開の大きな口を彼の手で塞がれるシロ。


「それでいい。どんなに引き摺っても過ぎたことは取り消せない……大事なのはこれからだ。破片者現れる所に斬羽鴉ありならば、次に捕えれば良いだけのことだ」


 現界の外出禁止令により学校は未だ閉鎖中のため、二人にとってこの時間帯はまだ熟睡中であった。

 しかし『真城創伍の破片者マシロズ・デブリ』との数々の死闘の裏に斬羽鴉が糸を引いているという新事実が判明したことで、今日までの振り返りと今後の対策を話し合うべく急遽呼び出されたのだ。


「そうだよそうだよー。アタシだってミスったら次で挽回する派だもん。細かい事にいちいちガッカリしてたら英雄なんて務まんないって」

「乱狐はミスを起こしすぎなのよ……まったく」


 同席している乱狐とアイナも前回の出動時、創伍のサポートに回っていた為、当時の状況確認や有力な情報共有のために呼び出されていた。



「オッホン……では全員揃ったことで本題に入ろう。昨日までに我ら特別チームが出動し、遭遇した異品は――7体。その内全てが『真城創伍の破片者マシロズ・デブリ』であり、全て真城君によって撃破され、新たな惨劇を未然に防いでくれた。実に素晴らしい活躍だ」


「すばらし……っ、いやいや……皆のサポートがあったおかげですって」


 長官からの率直な評価にこそばゆくなる創伍。傷心の彼には、この上ない特効薬になったようだ。


「しかしその破片者達は、斬羽鴉という男の指揮により駒の如く動かされていたという。星の数ほど居るであろう異品の中から、何故真城君の作品だけを選定したか……撃破した破片者のデータと、真城君が取得した能力・記憶を洗いざらい見直そうと思う。これを見てくれ……」


 長官は書斎机から、破片者の原典ともいえる創伍のスケッチブックのイラストを取り出す。倒してきた破片者のイラスト一枚一枚には、W.E側でまとめた細かいデータが添付されていた――



 破片者No:16

【ヒュー・マンティス】:大自然界だいしぜんかい出身。

 道化英雄の初陣を飾った蟷螂種の異品。惨劇の日に大量殺戮を決行したことで、他の異品をも触発させ、現界に多大なる被害を齎した張本人。惨劇の日以前から人間社会に長期間潜伏しており『未知秘めし道化師ワイルド・ジョーカー』を襲撃していたことからも、恐らく斬羽鴉と連絡を取りながら、現界へ違法入界いほうにゅうかいしようとする異品達のパイプラインになっていたかと思われる。


破片者No:69

【オボロ・カーズ】:不死界ふしかい出身。

 妖怪朧車をコミカル風に描いたような異品。創伍達が創造世界へ来たタイミングを狙い、現界の刑事二名の暗殺を目論む斬羽鴉の脚となって同行。形勢不利と見た斬羽鴉が戦線を離脱したことにより一気に劣勢。道化英雄の前に敗れる。


破片者No.062

【バーガリアン】:美食界びしょくかい出身。

 ハンバーガーのような頭に手足を生やした異品。ファーストフード店のアルバイトを喰い殺すという猟奇的殺人犯。現界支部の大神おおがみ 明日羅あすらとの共闘で撃破。


破片者No.64

【ガスプレー・スプラッタ】:映画界えいがかい出身。

 いくつもの汚れた作業着を縫い合わせた服装にガスマスクを着け、両手に硫酸入り着色スプレーを装着した異品。『壁面の芸術家』と自称し、現界の至る所で落書きを敢行。芸術を理解しないものは硫酸スプレーで溶かし殺すという狂気的な殺人者。紅蓮魔ヒバチとの共闘で撃破。


破片者No.76

警報霊けいほうれい】:不死界ふしかい出身。

 赤い球体に一つ目や手足が生えた異形の怪物。都内の小学校で使われてなかった廃校舎を拠点とし、人間を捕食することで神隠しが起きるという噂を作ることで誰も寄り付かない居住地を築こうとした。睦月むつき 天狐てんことの共闘で撃破。


破片者No.106

【ロードオブロード・シルベー】:裏ノ界出身。

 あらゆる道路標識を鎧の様に纏った異品。自らを『道路の支配者』と呼称。交通ルールを守らない人間を車から引き摺り下ろし惨殺するという限定的な条件で現界を練り歩いていた。白蓮華 つららとの共闘で撃破。


破片者No.83

針剣ハリケンザック】:大海界たいかいかい出身。

 惨劇の日、ヒュー・マンティスに次いで多くの犠牲者を出した殺戮犯。手足と頭部が黒いウニのような棘皮に覆われ、人間態の状態で相手をハグした後、姿を変えて刺殺を行う『死の抱擁』と呼ぶ技を使う。アイナ・トリシエルと美影 乱狐との共闘で撃破。



「いっやぁ〜、それにしても……やっぱ並べて見るとどれも個性的だよねぇ。創伍の絵って」

「うんうん! そこが創伍のいいところでもあるんだよ!」


「二人とも……お願いだからじっくり鑑賞するのはやめてくれって」


 以上の7枚のイラストを乱狐とシロに眺められ赤面する創伍。

 破片者を倒せば能力が増し、断片的な記憶も蘇る。それはつまり自分が描いたという現実も改めて受け止めねばならないという事になる。


「――しかし惨劇の日に出現したのは、なにも破片者だけではない。割合でいうなら一割にも満たず、後は全て他の人間が創った異品ばかりだ。その大多数の足取りは、現在各支部の各英雄が追跡し奮闘してくれているが……斬羽鴉がオボロ・カーズを連れて現れた4月20日以降、破片者のみが立て続けに現界に現れているのだよ」


 そんな創伍の気持ちも露知らず、乱狐の手からイラストを摘み取って見返す長官。彼の場合は、同じ破片者に括られている者として何か理由が見つからないものかという淡い期待混じりであったのだが……


「ただの偶然――で片付けたくはないですよね」

「そう思ったんだよアイナ君。だから私は情報部に調査を依頼し、この破片者達の特徴や、出現時間、場所、行動パターンなど共通点が無いか隈なく調べさせたんだが……」


 長官は首を横に振るだけ。結果は言うまでもないようだ。


「やはりダメでしたか……」

「ただし皆無ではない。これらはあくまで形として残せるデータだけだ。より有力なヒントは……やはり真城君さくしゃに直接伺うに限るだろうと思ってね」


「え……俺??」


 全員の視線が創伍へ集まる。長官が言わんとしているのは、道化英雄の能力で破片者の魂を取り込んだ際に蘇る記憶の欠片の事であり、そこに共通点があるかもしれないのだ。


「真城君、これまで破片者鎮圧後の報告の際、私に何回か伝えてくれたね――吸収した破片者の記憶の回想に違和感を感じたとな」


「あぁ……はい。確かに伝えました。どれも全く同じではないんですけど、不鮮明な映像とノイズの中で、時折誰かが俺を呼び続けるという変な記憶でしたって……」


 破片者が持つ創伍の記憶は、過去の自分が鮮明に思い出せるものと、不鮮明なものとで大きく分かれている。

 回想の中では誰かが創伍を呼び、創伍がその声を追って終わるというもの……無論その声の主に心当たりもない。似たような回想の連続に、当事者の創伍も不穏を感じ取っていたようだ。


「それだよ――私はその一連の回想に胸騒ぎがするのだ。破片者を差し向けて真城君に能力を与えるなど、敵にとっては何のメリットも無い。となると、もしやその斬羽鴉はそれぞれの破片者が持つ記憶を把握しており、真城君に特定の記憶を思い出させて何か画策しているのではないか……とね」


「長官、俺もそんな気が少ししてたんです。俺達のことをもっと知るためなんて言ってたけど、俺はアイツの思惑通りに破片者を倒しているだけで、このまま自分の本質に触れた時には恐ろしい事が起きるんじゃないかって……」


「ふむ……恐ろしい事か。するとこの7体を撃破し、すぐに記憶を取り戻したのはまずかったかもしれん。相手が停戦に応じない状況だったのは承知しているがね」


 破片者が共通で隠し持っている断片的な記憶、それらが繋がって創伍が自らの本質に触れる事こそ鴉の真の目的――快進撃を続けている創伍には、まるで誘いに乗って敵の陣中深くまで足を踏み入れた気分だった。そこには濃霧が掛かっていれば状況も判断できず、後にも退けない。そんな霧の奥深くで嘲笑う鴉の姿が浮かび、思わず額から冷や汗が滴ってしまう。


「だが記憶はまだ回復していない。故に今の真城君は別れ道の前に立たされているのだ。もし次に破片者が現れた時に、戦線に加わるか否かだ。目の前で誰かが襲われているのなら、闘うのがW.Eの掲げる正義でもあり英雄としての義務でもある。しかしキミが破片者と闘うことで取り返しがつかない事態に陥ったりしたら、それこそ敵の思う壺だ」

「俺は闘わない方が良いってことですか……」

「極論だよ。私には元々キミの身柄を監視保護する責任があるが、W.Eの一員としても見ている。命を賭して闘っている以上、軽率な行動で命を危険に晒してほしくない。時には踏みとどまって、遠回りしなくてはいけない時もあるのだ」

「………………」


 記憶という形を持たない情報だけでは進退が定まらない。思い悩む創伍は自ら判断することが出来ず、長官や乱狐、アイナも介入のしようがなかった。


 誰もが口を閉ざしてしまう中で……



「――大丈夫!!」



 傍で聞いていたシロだけは、そんな重苦しい空気を笑顔で塗り替えてしまう。


「順番が違うだけだよ。創伍にとって今は、一つでも多くの記憶が戻らないといけないでしょ? いずれ訪れる運命ならさ、カラスのお兄ちゃんが何か悪い事を企んでても……受けて立てばいいんだよ!」


「……シロ」


「創伍は道化英雄だもん。誰が相手だろうと絶対負けないから!!」


 根拠はない。ただ創伍と一緒に居るだけで無敵を誇るシロの自信と笑顔に、創伍達も釣られて笑みを溢す。


「そうだよな。こんな所で立ち止まってられねぇよな。それに俺には、どんな時でも心強い相棒がいるんだ。長官、迷わず闘いますよ……俺!」


「ハハハ。創伍ってば、シロちゃんに教えられちゃったねぇ」

「でも本当に……その通りだと思うわ」


 何があろうと記憶を集め、己を見つめ直す――避けては通れない道を前に、二人の揺るがぬ意思を確かめたことで長官の腹も決まった。


「うむ……確かに憶測ばかりで使命から逃げるわけにもいかん。ならば真城君の意を酌んで我々W.Eは斬羽鴉の確保に専念しよう。破片者の出現時に一般市民を退避させた後、半径5km以内に探知系能力者を十二か所に一人ずつ配置。探知した隊員に近いメンバーは敵の退路となりそうな場所を封鎖しよう」


「「了解っ」」


「そして真城君は破片者との交戦中、加勢中のメンバーにバトンタッチしてその場を離脱し、斬羽鴉の確保を優先してくれ。破片者を差し向けたつもりが、自分が狙われていると気付く頃には既に包囲され、こちらの手中に落ちるはずだ」


「わかりましたっ」

「は~いっ!」


「では各自解散。次なる破片者出現に備え警備を十分に――」


 全員が一体となり、鴉の確保を優先にした作戦内容で方針が固まる。特に彼に煮え湯を飲まされた創伍は、今度こそシロと力を合わせて捕えてみせると強く心の中で誓う――




「お待ちなさあああああいッッッ!!」




 ……そんな彼らの背後から、突如耳障りな大声が割り込んでくる。


「な……なんだ?」



 ――ズガンッ!!


 次に轟音が鳴り響く。特別メンバーの召集中は作戦内容などを外部に漏らさないため人払いと施錠をしているにも関わらず、ノックにしては礼節に欠ける重い衝撃で長官室の扉を破ろうとしていた。


「長官、まさかは……!」

「しまった……今に入られては大変なことに……! 諸君、すぐに食い止めてくれ!」


 青ざめる長官とアイナ。長官室の前に居る存在を恐れて慌ただしくなり、急いで入室を阻止しようとしたが……



「――どっ……せいぃぃぃぃっ!!」



 青銅色の物体が叩き込まれ扉を半壊させる――よく見るとそれは200kg以上は有るであろう釣鐘であった。亀裂で出来た隙間から、その持ち主が顔を覗かせる。



「ちょっと鈴々りんりんっ! 一体どういうつもりよ!?」


「――鈴々ですわよっ!!」



 怒鳴るアイナに対し怒鳴り返すのは、甲高い声とお嬢様口調の少女。


「さっき耳にしましたわよアイナさん。近頃現界を巻き込んだ大規模な事件の解決に向けて特別チームが結成されたことを……! 守凱大隊長を筆頭に、大英雄のヒバチさんやつららさんも入っているというのに、私という超優秀戦乙女スーパーエリート・ヴァルキュリアを差し置いて、ポッと出で見た目だけの牛女である美影 乱狐を特別チームに加える事こそどういうおつもりなんですのよ!?」


「ひっ――!?」


 しかし鈴々と呼ばれる者の顔はお世辞にも少女とは言い難く、某映画にてドアから顔を出すジ〇ック・ニ〇ルソンの様な狂気じみた顔……むしろ本人の顔そのものであった。

 あまりの表情と声のギャップに、驚愕した創伍は腰を抜かしてしまう。


「だから私は、このふざけた人選に対して直談判しに来たんです……のっ!!」


「――うわっ……ちょ、どあがっ!!?」


 そして鈴々が勢いよく蹴破った扉は宙に飛来し、不幸にも創伍の上へ落下して彼を下敷きにした。


「ふぅ……!」


 釣鐘を背負い上げ、制服に付いたいくつもの鈴を激しく鳴らしながら創伍の上を踏み歩いて部屋へと押し入る鈴々。ギャグ漫画の主人公である彼女は威嚇という用途でよくパロディの一環でモノマネをするらしく、顔をこねくり回すと元の顔に戻った。


「おー! 久しぶりじゃーん鈴々! どんどんモノマネの質が上がるから見違えたけど、あんた段々昭和時代に逆行してない?」

「そういうあなたはしばらく見ない間に随分と大出世したようですわねぇ美影 乱狐すわん……! それ故驕ってきたのでしょうか、少し肉付きも良くなったようで……」


 凍り付いた空気の中で乱狐だけが親しげに話し掛けるが、鈴々は殺気立っていた。

 その理由は逆恨みもいいところ。二人の原作は同時期にコミック誌に掲載されており、鈴々の作品は今も連載中なのだが、人気度では読み切り掲載で登場した乱狐の方が未だに男性読者からの好評が高い。よって鈴々は(一方的に)乱狐をライバル視しており、こっちの世界では乱狐より自分が優位に立っていないと気が済まないのだ。

 そのため本部内では、馴染めない者同士が任務の際にグループになってしまった時の例えとして「赤い乱狐と緑の鈴々」という諺まで生まれたという。


「そうかなぁ……もしかしたら長官が作る料理が美味しいからかもね。あんたもちゃんと栄養バランス考えて生活してる? なんだか以前会った時よりみすぼらしく見えるよ??」

「グギギギギ――ッ!」


 そんなこと知る由もなく、乱狐は相変わらずマイペースな返しをするため鈴々の火に油を注いでしまう。一方的な口喧嘩でも鈴々が乱狐を言い負かした試しはないらしい。


「まぁまぁ釣鐘君落ち着きたまえ……キミの用件に関しては、2週間程前から本部内で周知していることで――」

「ちょ~~きゃ~~~~ん……♡ じゃあ理由を教えて欲しいんですにょ~。この私よりも先にこ~んなアバズレをメンバーに加えたのは、きっと深い理由があるんですわよね〜?でなきゃ、こんな間違いある訳無いですわよねぇ~~ん??」

「こ……これは私も悩みに悩んだ末なんだ。キミには本部の守備役を全うしてもらう方がバランスも取れて、組織全体が安泰になると思って……」


「――黙らっしゃいっ!!」


 猫なで声のエ〇ック・カー〇マンから横○ 光輝の「三○志」のキャラへと巧みに顔を変えて怒鳴る鈴々。怒りの矛先はそのまま長官へと向けられた。


「特別チームには、優れた実力に確かな実績を積んだ者が招集されていると聞いていますわ! つまり実力、美貌、名声――どれを取っても優秀と言えるこの釣鐘 鈴々が選ばれるのが当然ではございませんこと!?」

「それは誤解だ! 私は私なりの考えをもって選出している。贔屓したりなどせんよ! これから実力をつけようとしている真城君が居るのが、その証拠だ!」


 ……というのは建前であり、長官は口が裂けても言えなかった。鈴々の傲慢且つ傍若無人ぶりでは全体の和を乱しかねないので厄介払いで門番にしたという事を……。


「ほう! ではその真城とやらは何処に居るんですの!?」


「ご……ごごでず……!!」

「お姉ちゃんの真下にいるよー。早く降りてあげて!」


 いつまでも扉の上で仁王立ちする鈴々が、ようやく下敷きになってる創伍とその傍らに立っているシロの存在に気付き、目を疑った。


「……何なんですのあなた達?まさかこの薄汚くて轢かれたカエルみたいに倒れた少年と白髪しらがの少女が?? 新人の子たちが言ってた道化英雄とやらですの!?」


「……薄汚くて悪かったな。一応そういうことになってるよ」

「お姉ちゃん誰ー??」


 既に彼らの噂を聞いていた鈴々は、果たして如何程の人物かと見定めるべく、舐め回すような視線のまま二人の周りをぐるりと一周。彼女の物差しで測り終わると、なんと鼻で笑い出した。


「はっ、実に個性に欠けますこと……。出来の悪いライトノベルの主人公の劣化版ってとこですわね」

「初対面にしちゃ随分と態度Lサイズだな。そう言うキミは何なんだよ」

「ほーう! 私をご存知ない? では教えて差し上げましょう!」


 大の字に立って天井を仰ぎ、ブレザーを広げた鈴々の服には、数え切れないバッジや勲章が並ぶ。


「私は釣鐘 鈴々! 戦乱界一の天下人で『全異世界戦う美少女は好きですかコンテスト』優勝。『戦乙女一番会会長』並びに『全異世界オリジナリティー女性キャラグランプリ』優勝。その他多種多様な種目で有終の美を飾っておりますの! 以後お見知り置きを!!」

「…………」


 創伍の頬が釣り上がる。これまた濃いキャラが出たもんだと反応に困り、言葉が出ないのだ。その称号の価値が分からないシロだけは、素直な感想を漏らす。


「キラキラしてるのがいっぱい! いいないいなー!」

「ふっふっふーん♪ まぁここに有るのは代表的且つ知名度の高いものばかりですから? 私の家にはこれより更に幾百もの称号がありますのよ」

「すごいね! でも創伍もキラキラしてるもの持ってるよ! これに負けないくらいの!!」

「お、おいシロ……」


 シロが言わんとしているのは、創伍の両腕だ。実力でなら対等に渡り合えるかもしれないが、鈴々はまだ彼の実力を目にしていない。


「ほう? この私よりも優れた能力をお持ちとでも??」

「……シロがくれた能力だ。対等に闘えるくらいのものとは思うよ」


 シロの助力あっての二人の能力を創伍は卑下したくなかった。ましてこの鈴々に対して引き下がるのも……だ。


「ほう~そこまで言う! そーこーまーでー言う! ならば丁度良いですわ。真城さんとやら、今この場で私と勝負なさい!」


「えっ……ま、まま、待って待ってどうしてですか!?」


 出過ぎた杭は打ち込む……まさにNo.1に拘る鈴々の悪癖だ。背負った釣鐘を軽々と振り回しながら、創伍に勝負を挑むのであった。


「ちょっと何勝手なこと言ってるの鈴々! やめなさい!」

「ここは私の部屋だぞっ! 暴れるなら五十階の闘技場でやりたまえっ!!」


「問答無用~~!!!!」


 長官とアイナの制止を振り切り、鈴々が高らかに釣鐘を振り上げる。


 その一触即発に――



『ジャスティ長官! 緊急事態発生です!!』



 無線機でもある長官の腕時計から隊員の声が響き、緊急事態という言葉に全員がピタリと固まって耳を傾ける。


「……一体何事かね?」

『はい! ただいま本部周辺を飛んでいたメモカモメの一羽に、斬羽鴉と名乗る者から――「本日の午後11時に現界・東京都の平成記念公園で破片者を差し向けて攻撃を開始する。それでも俺を捕まえるのならどうぞ」……という予告が書かれていたのです!』


「――何だって?!」


 メモカモメは、長官が先程部屋の窓から眺めていたアーツだ。ペンでよく書ける羽毛が特徴で、伝書鳩代わりに使われることもある。


『申し訳ございません……周辺の監視をしていたのにいつの間にかこんなものが……!』

「……過ぎたことは良い。メモが書かれた一羽の飛行経路を監視カメラから辿り、斬羽鴉の足取りがないかを調べてくれ」

『了解しました……』


 オペレーターが申し訳なさそうに無線を切ると、長官室は一気に静まり返る。


「そんな……私達の会話が筒抜けになってるなんて……!」

「ど、どっかに盗聴器とか仕掛けられてるんじゃないでしょうね!?」


 たった今話し合っていた作戦内容を鴉に見透かされたのだ。アイナや乱狐が動揺するのも無理はない。


「いいや。これは私のによるものだ」


 長官はやけに冷静ながらそれでも悔しそうに足早に歩き、部屋のカーテンを閉める。


読唇術どくしんじゅつだよ……恐らくそのメモカモメの一羽は斬羽鴉に飼い慣らされており、足に小型カメラなどを付けてあるはずだ。そして窓から覗くように撮影を命じ、自分は離れた場所でこの部屋の中継映像を……我々が話している時の唇の動きを見て、会話の内容を知ったのだ」

「そんな……!」


「なになに? 一体何の話ですの??」


 途中から入ってきた鈴々以外、開いた口が塞がらない。


 戦闘・武器開発のプロである鴉だから成し得る業と言える。防音に徹した空間の中に居ても、外の世界の野生生物には無警戒である隙を突いたのだ。


 しかし今回は少し違う。創伍達の作戦を見切るだけならまだしも、挑発するかの様に予告状を残したのは初めてのことだ。これまで予告なしに起きた異品からの攻撃が、今度は事前に告知されてきた――その真意は一体何なのか……誰にも見当がつかなかった。


「ともかく敵が現界に攻撃を仕掛けるのなら、我々は防がねばならん。真城君、出動してくれるね」


「――はいっ!! 今日も頑張ろうな、シロ!」

「あいあいさー!」


「アイナ君は、痕跡抹消部隊を率いて現場周辺の住民に避難勧告と痕跡抹消の準備を。真城君のサポートには乱狐君――キミが同行してくれ」


「了解しました――」

「あいよ! 乱狐にお任せぃ!」


 それでも受けて立つしかない。たとえ筒抜けの作戦だろうと実行するしかないのだ。避けて通れぬ道なのだから……。


 早速攻撃開始の時刻までに出動準備に取り掛かろうとした――その時だ。



「お待ちなっさぁぁぁぁいっ!! 私も同行させていただきますわっ!」



 シリアスな場面をぶち壊しにするような鈴々の同行宣言に、別の意味でまた全員が固まってしまった。


「何やら新たな任務が舞い込んできたようですもの。『全異世界この人になら是非大仕事を任せたい選手権』優勝の私なら簡単に解決出来そうですが、他人の仕事を奪うような野暮は致しません。でも乱狐さんだけでは頼りないですし? 仕方ないので真城さんのサポートを私もやらせていただきましてよ! でももし私のおかげで生きて帰れたら、このチームに正当な昇格として入らせていただきますわ!」


「ななな、何と!?」

「ちょっと鈴々! 何を勝手なことを――」


「――黙らっしゃああいッッッ!!」


 また顔を変えて怒鳴る鈴々にアイナと長官が立ちすくむ。


 身勝手もいいところだが、こうなってしまっては鈴々は何を言っても聞かない。長官は手を顔に当てて深く項垂れてしまう。


「――だって? 乱狐姉ちゃん」

「う~~~~ん……なんかよく分かんないけど、いつも鈴々ってあたしが居ると張り合いたがるんだよねぇ。でもまぁ、仲間は多い方がいいか!」

「俺はキミの役職にどうこう言えないけど、好きにすればいいんじゃないかな……」


 創伍達には協力してくれる仲間が増えるだけで困る事はない。同伴を認めさせた鈴々は一人勝手に盛り上がり始めた。


「じゃあ好きにさせてもらいますの! 今から私がルールですわ! それでは皆さん、私に着いて来てくださいまし!」

「……出動は夜なんだけど」

「なら私は先に現場へ行ってますわ! それでは皆さん御機嫌よう! オーホッホッホ!」


 勝手にリーダーを名乗り、勝手に部屋から出ていった鈴々。シロ以外の全員が彼女のテンションに着いていけず、長官室に再び静寂が訪れると同時に全員が疲弊したような溜息を漏らす。


「長官……私、頭痛がしてきました」

「やれやれ面倒なことになったな……」


 鈴々の実力を創伍はまだ知らない。しかし少なくとも現場が騒がしくなりそうなことだけは間違いないと、肩をすくめるのであった。



 * * *

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