第09話「英雄の条件」1/3
「はっ……はっ……!」
「創伍しっかりして! 今のうちに傷の手当てを……」
斬羽鴉の戦術に苦戦を強いられ、万事休すかと思われた創伍――そこへヒバチ、つらら、乱狐の到着が間に合ったことで九死に一生を得た。
「オイオイオイオイ! どうなってんだこりゃ! なんで真城達が俺達より先に到着してんだよ?!」
「あらホント。まさか瞬間移動ってやつ? 最近の子にはご都合主義な能力が多いって聞くけど……やっぱ移動手段に長けてるのが一番羨ましいなぁ」
「はぁ〜!!? ちょっとそんな能力があったなんて聞いてないんですけどぉ!」
……しかし駆け付けたヒバチ達にとって、目の前に広がる光景は全く予想だにしてないものだった。創伍の安否など眼中にないどころか、まるで
「こいつら……一体何なんだ? 俺は夢でも見ているのか!?」
一方、真坂部は彼らが敵か味方以前に今起きているのが現実と受け入れられず、半ば錯乱状態のまま蚊帳の外に置かれていた。
防音壁から飛び降り、三人が創伍とシロの駆け寄ると、まずは鬼のような顔をした乱狐が創伍の襟首を強く掴んで怒鳴り出す。
「みんな……って、うわ!?」
「ちょっとアンタ! 手柄欲しさに手の内見せずに抜け駆けしようなんてセコいと思わないの? それでも男なの!?」
「違うよお姉ちゃん! これはシロが用意した手品の所為で、創伍は悪くないんだ」
シロが弁明しようと間に入るが、乱狐の怒りは収まらない。
「関係ないね! アタシ達W.Eでは手柄や功績が物を言うの。倒した数が多いほど世界に名を連ねられるんだから、それを何も知らない奴に横取りされたらアタシらが馬鹿みたいじゃん!」
長官が漏らした小言を思い出す。倒した敵の数が多いければ英雄の名は大きくなる。各々の野心や目標は違えど、功績を荒稼ぎすることが我の強いアーツのモチベーションになっているのだと……。
「まっ、先走った結果がコレじゃあ自業自得だよね。負けたんなら早くここから離れてシロちゃんとよろしくやってなよ。足引っ張るんだから」
「まぁまぁ乱狐ちゃん、そのくらいにしときな。キミらは命が一つしかねぇんだから、ここはヒバチ様に任せて……」
「だからそれは私も同じ条件でしょうがよっ」
「――痛ぁぁぁい!!」
先輩風を吹かすヒバチと、慣れた手付きで氷塊を叩き付けるつらら。年長者且つ大英雄としての自信に満ち溢れているが、彼らも知らず知らずその価値観に突き動かされてるのだ。
「そうゆうことだから、ここはお姉さんたちに任しときなって♪ 勇敢なのもいいけど、死んだら元も子もないからね」
「創伍、行こ」
「……あぁ」
やはり思うところはあれど、結果的に足を引っ張ってしまっているのは事実。つららに諭され、二人は大人しく戦線を離れることにした。
……
…………
こうして三人の英雄が一堂に会し、追い詰められたかに見える斬羽鴉――それでも彼は慌てるどころか、凍らされた手に息をかけながらまたも悪態をつく。
「はぁ~……ったくぅ、冷てぇったらありゃしねぇ。俺の手ぇ凍らせたの、そこの美人なお姉さんの仕業かい?」
「そっ! W.Eの二枚看板って言えば、田舎から来た異品でも名前くらいは分かるでしょ」
「ほう……じゃあアンタは白蓮華つららで、もう一人の男は紅蓮魔ヒバチか。殆ど不死身の双璧―― 築き上げてきた武勇伝の数々は、そりゃあもう異品達の間でも有名だぜ? 今じゃアンタらどっちかと戦っただけでステータスになるからな」
「んなーっはっはっは!! 聞いたかよつららちゃん! 俺達の名前もだいぶ広まってきたようだねぇ!」
「……はいはい」
二人を熟知している斬羽鴉から挨拶代わりに褒め称えられ、呑気に受け止めて大笑いするヒバチの一方で、つららは呆れて言葉も出ない。
「じゃ、じゃあ私は!?」
「あ?? 誰だよお前」
そこへ乱狐も便乗するが……
「乱れ尾の女狐、美影 乱狐! 名前くらいは異品達の中で取り上げられてたり?!」
「…………………………」
「ねぇちょっとどうしてスルーすんの」
「……とにかく俺を相手に大英雄さんと
「ねぇ今おまけって言ったよね絶対今おまけって言ったよね!?」
無名という悲しい現実を告げられるのであった……。
しかし呑気に世間話をしに来た訳でもない。怒る乱狐を差し置いたまま、つららとヒバチは構えを取り、斬羽鴉を打たんとする――
「しっかし残念……折角のイイ男なのに、異品なんかに与したおかげで今日までの命になるんだからさ。大人しく投降するなら、命までは助けてもいいけど?」
「お生憎さま、こちとらダメ元でこんなチャチな事請け負ってる訳じゃないんでね。やることはきっちりやらせてもらう」
対する斬羽鴉は先の戦いで使った銃に弾を装填し、引き下がる様子もない。
「オイオイ……まさかこのヒバチ様とつららちゃんを前にしてもまだ勝算が有るってのかい?」
むしろ彼らが来ることを予見していたかのように、笑みさえも浮かべるのであった。
「あぁ。世界の眼たるW.Eが、人に隠れて異品を討つなら妥協なんてしないかんな。不死身のお前らが来るということまで見越しとかねぇとよ……目には目を、歯には歯を、
その叫びざま、斬羽鴉はつららに氷漬けにされていないもう片方の手で拳銃を取り、空に向かって引き金を絞ると――
「カアアアアアアァァァッ――!!」
響く銃声の直後に、耳を
「カッカッカッカーッ! ようやく出番が来ましたカーッ!! まさかここまで斬羽の兄ぃの言う通りに事が運ぶとは、誰が予想していただろうカーッ!?」
「俺の狙いはあくまでも道化英雄だ。お前達の相手は――俺の『
彼の銃を合図に唐突に現れたのは、先程まで刑事達を追跡していた斬羽鴉の
「流石は斬羽の兄ぃ! この絶好のタイミングでミーを呼び出すとは、勝つ為に緻密な計算を怠らない戦闘のプロフェッショナルってカーッ?!」
「出番だぜオボロ。不死身と名高い英雄のお出ましだ。可愛がってやれよ」
「カーッカッカ! お任せあれぃ! どいつもこいつもスクラップにしてやるってカー!!」
甲高く笑う四輪バギーは斬羽鴉の命令を快く受け入れると、驚くべき行動を取った。
前後輪のタイヤの側面からメカニック調の手足が生え、地に足を付けて立ち上がると、車体から炎柄のバンダナとグラサンを付けた髑髏頭が飛び出て、そして背中代わりとなる座席からは提灯を垂らした瓦屋根の牛車が突き出る――
「オ~レェイ、オレオレオレェ~イ!! いよいよこの『オボロ・カーズ』様の晴れ舞台ってカー!?」
見上げるばかりの体躯はジャスティ長官と良い勝負。変形し終わり、腕を交互に回して奇妙に踊るその不気味な異品は……まるで妖怪「
「……何だアイツ?」
「そういやさっき、二体のアーツの反応を確認って聞いてたけど……」
「まさかアレがそのもう一体??」
予期せぬところで起きた異品の加勢。しかもそのあまりの個性の強さと、まるで自分達のことはお構い無しなテンションの高さにヒバチ達も唖然としてしまう。
……
…………
その頃、ヒバチ達から少し離れた場所でシロがちょうど創伍の傷を治し終えていた。
「創伍、もう痛くない?」
「ありがとう……大丈夫だ。でも面目ないな俺。シロに助けられてばかりでさ」
「気にしないで。お互い様だもん! でもまだ戦いには不慣れだから、今は私の言われた通りにしてくれればいいよ」
「……あぁ、分かった」
一発の銃弾で致命傷に陥り、シロに介抱までされていた創伍は立つ瀬がなかった。
しかし自分だけでは斬羽鴉には勝てない――それを確信出来た今、自分を支えてくれるシロにもっと応えねばと強く思う……。
「あと刑事さん達も助けないとね。特にあのおじさん、腰抜けてて動けないみたいだし」
そう、まずはここへ戻ってきた何よりの理由である真坂部と舘上の救護が優先だ。
舘上は気絶しているとはいえ、真坂部はペタリと座り込んだまま、このアーツが集う修羅場を目撃してしまっている。
せめて自分が敵ではないことだけは理解してもらおうと、創伍は真坂部に近付いた。
「刑事さん――」
「お、お前……? さっき銃で撃たれてただろ……どうしてもうピンピンしてやがるんだ?!」
「…………」
「まさかお前も、アイツら化け物の仲間なのか……!?」
人間は見たことのないものを拒絶したがる――だったらこれはごく自然の反応。そう割り切った創伍は、まずは真坂部達を巻き込まないようにし、この戦いを終わらせようと決意した。
「刑事さん。もしお互い生きて帰れたら、時間が出来た時に全部説明します。ここは危険なんで、今のうちに逃げてください」
「は……?」
「話せば長いんです。だから日を改めて、喫茶店とかでゆっくりと一から説明しますから」
「お前……ふざけるなよ!」
しかしその配慮を、真坂部の刑事としてのプライドが許さなかった。
「あの日の殺戮で何人死んだと思ってる!? お前がどこまで関わっているか知らないがな……あの日の犠牲者の中には俺の同僚や知り合いだっていたんだぞ!!」
「………………」
「俺は刑事だ……俺には
「——お願いします……どうか」
真坂部の言葉には、一人ではどうにもできない無力さへの怒りや悲しみが混ざり合っている。その悔しさは創伍にも痛いほど理解出来た。
だが創伍も譲れない。自らの使命のために、これ以上誰かを巻き込んで犠牲を増やしたくない。それは真坂部とて例外ではないのだ。
「……ぐっ……!」
創伍の揺るがない瞳に、自分とは違う強い意志を感じ取った真坂部は、窮地を救われた恩を思い出し冷静になったことで彼の要求を呑む。
「ありがとう刑事さん……」
不本意ながらも聞き入れてくれた真坂部に感謝し、創伍も戦いへ戻ろうとした――
「さぁ、そろそろ第二ラウンド開始いこうぜ」
振り向けば、既に創伍の視線の先では斬羽鴉が待ち構えている。まだ創伍達からは大きなダメージを一つも受けていないため、余裕綽綽としていた。
「三人の相手はオボロに任せた。一時は形勢逆転と内心ホッとしたろうが、結果はこの通り……お前達は数分生き長らえただけだ」
「…………」
「まぁあんな仕込み銃くらいで死なれても困るがな。さっきのは謂わば小手調べで、あらゆる状況に備えて用意された俺の武器と戦術を見切らない限り、お前らに勝ち目はないぜ。ここからどうするつもりだ?」
「それは分からないな……でもどんなピンチを迎えても、舞台の最後にはどんでん返しがあるもんだろ。俺とシロはそれに賭ける」
「そーだもん! 戦いはこれからだもん!」
「そうかい。なら
「………………」
戦況は覆ることなくまた振り出しに戻り、斬羽鴉と道化英雄の対決の第二幕が開かれる――
* * *
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