創造世界の英雄達・美影乱狐・


 AM10:00 福岡県 博多


 東京大殺戮から幾日経っても捜査が儘ならない中、直接的な被害が大きく出ていない博多は意外にも平和であった。

 人間はなるべく危険なものからは目を逸らしたい。肉親や友人ならともかく全くの他人なら無関心でありたがる生き物だから……。


「ねぇ見て、あの子! すごくない……?」

「えー! なにアレ可愛い〜!」


 だが無関心なのは、人間だけとは限らない。弱肉強食な創造世界の住人も、自己中心的で人間に無関心だったりする。例えその者が正義の味方であろうとも……。


「ふっふふ~ん♪ インスタ映えー」


 その一例が彼女――美影みかげ 乱狐らんこだ。博多で有名な屋外カフェにて、呑気にスイーツの写真をスマートフォンで撮影している。最新のファッションに身を包み、優雅に食事を嗜むも、その実態は御影みかげ 嵐子らんこという偽名で遊び歩いている『戦乱界せんらんかい』出身の作品だ。

 元々は少年誌で掲載された『乱狐忍法帖らんこにんぽうちょう』という、現代の女子高生が忍者となって妖怪と戦うという読み切り漫画の主人公として生み出された。その原作通り、女子高生に扮してこの人間社会で好き勝手に遊んでいる。


「"いいね"増えるといいな~♪」


 見た目だけなら人間の少女と何ら変わらない。ただ豊満な胸やスラリとした抜群のスタイルは、二次元出身ゆえの理想的な女性体型として通り行く人々の注目を集める。


「お待たせしました。フォンダンショコラパンケーキです」

「うっひゃー! こりゃまた美味しそう!」


 加えて信じられないぐらいの大食い。異様に積まれた皿の山も、まさに注目の的の一つとなっていた。


 誰もが羨ましそうに見るその視線に酔いしれる中――



みだ女狐めぎつね――貴様いつまで遊び呆けるつもりだ」

「いただきまぁ〜……ぁ?」



 乱狐の耳元で、男の低い声が囁かれる。発したのは、乱狐の下へスイーツを届けに来たウェイターであった。


「あ、ありゃあ……なかなかイケメンさんと思ったら、もしかして機関の監視員の人?」


 英雄連合機関にはいくつもの部隊があり、監視隊とは人間の姿に近い隊員が人間社会に潜伏して世界の動向を日夜報告する部隊だ。100人に1人くらいは誰もの日常に潜んでいるという。


「長官から直々にお達しが来たはずだ。何故返答しない?」

「え~~、だってぇ……」


 乱狐はスマートフォンに来ていたメールを見返す。乱狐も英雄連合機関に登録をしているが、ヒバチやつららと違い、読み切り漫画だけで生まれた新人ルーキー。まだ実績を多く出してない者は、招集への参加自体は任意なのだ。


「名前だけ登録したらギフト券貰えるって言われたから登録したんだもーん……なのに緊急事態が起きたら死にに行けって、タチの悪い有料サイトより悪質じゃない?」

「それは規約を読んでないお前が悪い」

「だとしてもヤダ!そもそも私が登録したのは、花嫁修業の一環なんだよ」

「花嫁修業?」

「そそ。強い奴と戦って私というイイ女を磨く為の良い機会だから参加したの。でも今回って、ちょっと規模が大きい反乱ってだけで創造世界の存在がバレた訳でもないじゃん? そんなの近場の新人達に処理させれば良いんだから、私の出る幕無いと思うけど」


 しかし機関に所属する英雄・女傑の数は、万ではくだらない。その中から実力を見込まれての直々の指名だ。受けた以上は応じなければならないのだが――


「作品を生む条件がもう少し緩ければ、ポッと出のお前を指名などしない。統計情報を十分に考慮した上で戦力にカウントしたのだぞ」

「そりゃそうだ。何でも創造されるならとっくにこの世界は平和だし、誰だって平和賞貰えるわ」

「その人材を死ぬ前提で招集するほど、長官は人選において節穴ではない。お前を真に必要としているんだ」

「それ誰にでも言ってそうだよね~。胡散臭いんですけど」

「ええい……あぁ言えばこう言う。お前本当に来ないつもりか!?」


 乱狐は他人から指図を受けない。いつの時も自分の意思だけで動き、自由奔放に生きてきた無頼者。戦乱界でも、その性格によってわざと追放されたのだ。


「行かないよ。命懸けの戦いをさせられてチンケな小遣い貰うより、その辺でバイトした方が全然割に合うからさ。まぁどうせなら? 話題性が高くて、私の魅力が世界に広まると見込める特A級任務なら考えてもいいけど?」


 だが彼女がそう易々と頷いてくれないことは、機関も承知していた。


「ほう、それなら仕方ない。嘗て世を騒がせたあのオーギュストの化身が現れたらしいから、機関の二枚看板であるヒバチ殿とつらら殿まで動いている大事件なんだがなぁ……」

「えっ?」


 誰にも縛られまいと誇示していた乱狐の表情が弛む。


「三人をお迎えして特別なチームを結成し、そのメンバー用のVIPルームなど良き待遇を約束している。そして事件を無事解決した者には莫大な報酬を用意しているのだが……」

「えっ、えっ」

「残念だが仕方ない。長官に事情を説明し、次の候補者に頼むとしよう――」


「わあああああっ~~!! 待った待ったぁ! 乱狐、喜んで馳せ参じますうぅ!!」


(チョロい……)


 乱狐が現金な人物と知った上での然るべき対応により、こうして三人の英雄・女傑が集合となる。


「監視員さん! ここから本部に一番近い経路は!?」

「……あの屋上の貯水タンクからだ」

「ありがとっ……これお会計っ!!」


 吸う込むようにスイーツを一気に完食し、大急ぎで身支度を終えると、乱狐は会計の紙幣を置いて走り出す。そして隊員が示したビルに向かって壁を蹴り、屋上を転々と飛んでいく。


「やれやれこれで一段落だな……って、うん?」


 監視員が任を遂行すれば、人間に扮した甲斐があったというもの。これで後は長官に報告をすれば良い……はずだった。


「……これは、木葉このは!?」


「ごっめーん! 立て替えといてー!!」


「あ、アイツ……! なんであんな奴が現界担当の特別チームに選ばれたのか、全くもって解せないぞ……!!」


 福沢諭吉を映していたはずの紙幣は、いつの間にか緑色の木葉へと様変わり。そして走る乱狐も煙に包まれ、偽りの衣を脱いで本来の姿へと戻った。


 可能な限り素肌を露出させた朱の浴衣に、腰まで伸ばした長い黒髪と黄金色の狐の耳と尻尾を靡かせる。創造世界へと向かう姿は、まさに艶やかなくノ一そのもの。


「ほんじゃま、参りますか!」


 美影 乱狐——彼女は数ある英雄・女傑達の中で、誰よりも我流に拘る主人公である。



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