創造世界の英雄達・紅蓮魔 ヒバチ・


 炎獄界えんごくかい・高級サウナ『地獄の桃源郷』


 幾億にも枝分かれした創造世界の一つたる炎獄界。

 気温800度の赤茶けた大地にはマグマの海が広がり火山が聳える。朝という概念は無く、常に火山灰と黒煙が空を包んで光を遮り、マグマだけが闇を照らす世界。生きる者は皆、炎熱に耐えられるように出来ているのは言わずもがなだ。


「んがーっはっはっはっ! ほらぁ焼酎足んねぇぞぉ姉ちゃん!! 次の酒を早くヒバチ様の元へ持ってこーい!」

「きゃーん!!」


 この世界で有名な「地獄の桃源郷」と呼ばれる高級サウナにて、酒宴が開かれている。甘ったるい芳香を撒いた混浴マグマの大浴場に、火炎人かえんじんと呼ばれる全身を燃え滾らせた艶やかな美女達を侍らせ、紅蓮魔ぐれんまヒバチは浴びるように酒を飲んでいた。


「今日は機嫌が良いんだ。ここの姉ちゃん達全員にお酌してもらうまで、とことん飲んでやろうかねぇ!」


 ヒバチは黄色い鉢巻を巻いた額から上は、真紅の頭髪。そして惜しげもなく晒した逞しい筋肉質な身体は、全てが橙色に染まっている。まさに見ているだけで暑くなってしまいそうな外見をしていた。


「ねぇヒバチさーん。また冒険のお話を聞かせてくださらなーい?」

「今日はどうしてこんなに御指名をくださったの?」

「なぁに、桃太郎が腹壊したってんで代わりに鬼退治に行ってくれと頼まれてな。小遣い稼ぎに行っただけさ」


 冗談混じりに語るが、鬼退治をしたことは事実。地獄の鬼は、どうもデザイン的に炎獄界に生まれやすい傾向にある。


「鬼ヶ島に着いた後は、俺一人の独壇場よ。鬼ども全員無条件降伏。略奪した宝を全て没収して襲われた村に返し、ほんの気持ちだけ受け取ってやったってわけ」

「お供の犬と猿と雉は?」

炎獄界ここが暑すぎるから報酬はいいんで帰してくれって、逃げ出しちまった」


 浴場に笑いが沸き起こり、ヒバチはまた焼酎を浴びるように飲む。

 こんな具合に彼は、この世界で弱者を虐げる無法者を懲らしめては報酬を貰い、酒と女と博打に興じて好き勝手に暮らす道楽生活を……凡そ200続けているのだ。


 だが――


「きゃああっ!!」

「どわっと!! 何だ何だ! 何が起きた!!?」


 その彼の道楽生活に終止符が打たれる。天井から凄まじい轟音が響き、浴場が崩壊。美女達の悲鳴が響き渡る。

 立ち込める湯気からは、何かがゆっくりと蠢き這い上がってきた。どうやら生物が落ちてきたようだ。


「こ……こりゃあ」


 ただ生物にしては、極めてこの場に不釣り合い。


「……雪だるま??」


 雪だるまだ。三メートルはあろう巨大な雪だるまが、不気味な笑みを浮かべて這い上がる。


「ウヘヘヘヘヘヘ」

「…………!!」


 雪だるまは歯を見せたまま笑い続け、ヒバチの前へと歩み寄る。しかし雪だるまは今居る場所に気付いていないのか、足から少しずつ溶けている。何せ此処は炎獄界……並の生物が耐えられても、雪の塊となれば一分ももたないだろう。


「ウヘヘッ」


 それでも雪だるまは自分のことなどお構いなしに、白い手から何かを差し出す。


「ん?? 紙……って冷た!!」


 一枚の白紙——それを手に取ると、紙に書いてあった文にヒバチは驚愕した。



赤壁せきへきの紅蓮魔ヒバチ。至急裏ノ界へ来い――貴方の永遠の恋人より』

「…………っ!!」



 ヒバチの全身を震わせる。その一文と、この手紙を届けに来た雪だるまだけでヒバチは今この世界に起きている事態を大方察したのだ。

 そしてその震えは、武者震い――英雄として血湧き肉躍り、彼の中の炎が燃え滾っている!


「うおぉぉぉっ……そうかい、そうかい。このヒバチ様の出番って訳だなぁ!?」


 一人昂るヒバチは、今の生活に即決で別れを告げた。そしてこの手紙を届けるためだけに生み出された、溶けかけの雪だるまに礼を述べる。


「すぐに向かう! お努めご苦労だったな、ありがとうよ!!」

「ウヘ……ヘ……」


 溶けていく最後の最後まで笑みを絶やさず、雪だるまは完全に蒸発した。


「あ、あのヒバチ様……?」

「一体今のは何でしたの??」


「……お開きってことさ」


 唖然と眺める火炎人達を余所に、浴槽から上がったヒバチは人が変わったようだった。サラシをきつく巻き、絶対に燃えない不知火しらぬいという白の道着と、黒炭の下駄を履いて、地獄の桃源郷を後にする。


「あぁっ! ヒバチ様、お会計を!!」

「悪ぃ、ツケといてくれい!!」


 山々を全力で疾走する紅蓮魔ヒバチ――彼はこの炎獄界最強のの英雄である。


「待ってろよ! マイハニー!!」



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