第16話*参 外側_
アシモは苛立っていた。
あの男――ダルシスの為すがまま、事態が動いていくことに対して。あるいは、あまりに不確実な現状に対して。
自分たちの国は、滅んだのかもしれない。不意にそんなことを思う。
一国の王が死ぬ。それは滅亡と同義ではないのか。長き平穏の終焉ではないのか。何故、あの男は平気でいられる。国を失い、立場を失い、そしてなにより家族を失った。
どうして、平然とそれを語れる。何故、憎しみに瞳が曇らない。自分が同じ立場であれば、正気を保てない。少なくとも、ハルトを――家族を失うくらいなら死んだほうがましだ。
ハルトという
あの男の意のままに動くことによって、再びハルトの身に何かが起こることが、現状最悪の事態だ。あの男は信用できない。あの男は――。
「はあ、ったく俺らしくもねえ」
そう言って大きく頭を振る。
「とりあえずハルトは無事だ。これから危険なことに巻き込まれなければそれでいい」
視界に入るのは、一面の清潔な白。滅菌処理をしてあるこの部屋には、一切の有機物が存在していないかのようだった。ただ一人、自分を除いて。片隅に置かれた観葉植物も、よく見れば精巧につくられた作り物であることがすぐにわかった。
「しかし遅いな。簡易的な検査って言ってたが、一体何を――」
その時、通路へと続く扉が開く。
「アシモ、お待たせ」
ハルトがセプティを伴い、部屋へと入ってくる。そのすぐ後ろには、ダルシスと、もう一人見たことのない女が立っている。
「おう、なんともなかったか?」
「うん。汚れた服も変えてもらったし、検査の後シャワーも貸してもらったんだ。生き返った気分だよ」
「私も!『シャワー』っていうのは暖かいのね。とっても気持ちがよかったわ」
「そうか、後で俺も借りていいか?」
アシモは後ろのダルシスに声をかける。
「好きにするといい。ここの施設は自由に使って構わない」
ダルシスは答える。
「お二人とも、そこにお座りください」
後方に控えていた女性がすすめるままに、ハルトとセプティはアシモの目の前の椅子に腰かけた。
「んじゃあ後で俺も使わせてもらうかな。……と、その前に」
確認しなければならないことがある。
「ここはどこだ。ハルト達には何の検査をしたんだ」
「それは――」
「私から説明しよう」
口を開きかけた女性を制止して、ダルシスは言う。
「ルクスより西の大洋。ここはその海洋内にある第四永久動力炉の施設内だ」
「第四永久動力炉……!」
「まさか、ここが!?」
ダルシスのその言葉に、二人は当惑する。
「驚くのも無理はない。永久動力炉の所在は一般に、ルクスの
「じゃあ、その情報は……」
「
確かに、国家が大きく依存する機関にしては、情報が公にされ過ぎている。その手の情報操作をするのは至極当然だ。
「そうか、ここが第四永久動力炉……」
「で、なんでその秘匿された永久動力炉に来た」
アシモが訊ねる。
「ここの位置情報は前ルクス国王——すなわち私の父と、私。そして一部の臣下にしか知られていない。身を隠すには一番適していると判断した」
「なるほどな」
「それなら安心ですね」
ハルトが安堵したように息をつく。
「そうとも言い切れないがな」
「え、そうなんですか?」
その言葉に、二人の間に再び緊張が走る。
「当面は問題ない。だが、一つ不確実性を孕んだ
「誰だ、その不確実な人間ってのは。あんたは置いておいて、その臣下たちってのに信頼できない人間がいるのか?」
「ああ、そうだ」
ダルシスは頷く。
「ルクスの臣の中で最も異質な男。その男は、君たち二人の情報を私によこした人物であり、私をイシルドアによる政変から逃した者だ」
「僕たち、二人のことを……」
「それって、まさか……」
脳裏を一人の男が過ぎる。間違いない、その男の名は――。
「サーペント。掴みどころのない、蛇のような男だ。もっともその外見は蛇に似ず――」
「俺に似ていた、か?」
ダルシスの言葉を奪うように、アシモが言った。
「サーペント――あの男に子がいたという話は聞かないが。アシモ、君は彼の何だ?無関係というにはあまりにも外見的類似が多いが」
「俺が知りたいくらいだ。全く、あんな不快な奴と見た目が一緒だなんて最悪の気分だぜ」
「でも、本当によく似てたよね」
ハルトが半ば感心したように言う。
「要するに、だ」
アシモがぶっきらぼうに遮った。
「そいつ――サーペントは
「そういうことだ」
「はぁ……」
アシモ一つ大きくため息をついた。
「で、サーペントに俺たちのことを聞いていたから、ハルトの力を知っていたのか」
「概ねその理解で正しい。イシルドアの計画を知った私は、すぐさま逃走の用意をした。父を殺すのであれば、当然私もその対象になるはずだからな」
その言葉に、アシモは眉を不機嫌に釣り上げた。
「親父と一緒に逃げようとは思わなかったのかよ」
「薄情に思うか?だが仮に、父はそのことを知ったとしても、決して逃げたりはしなかっただろう」
「それはどうして、ですか……?」
生きていれば、運命は変わったはずだ。少なくとも死ぬことはなかった。
「父に与えられた選択は二つ。王として玉座で死ぬか、人として逃走の果てに死ぬかだった。恐らく、父は玉座で死ぬことを選んだだろう」
「なんでそれが分かる」
アシモが刺々しく言い放つ。
「私が、王を継ぐものだからだ」
「……」
静寂。沈黙が何もない部屋を支配する。
――『王を継ぐもの』
その者が負っている使命を、もしかしたら自分たちは甘く見ていたのかもしれない。
「そんなことを言うくらいだ。王子さまは、むざむざこのまま王位を渡しておくつもりはないんだろ?」
そういうアシモの言葉には、もう敵意はなかった。
「無論だ」
ダルシスが答える。短いその言葉には、確かな決意があった。
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