第4話 デート
5月下旬の金曜。中間テストが終わり、勉強、課題、テストという息苦しさから開放されたからか、いつになく俺は気分が良かった。たぶん周りのみんなもそうだっただろう。気が付くと俺は、青葉さんテストどうだった?と話しかけていた。
「うーん、可もなく不可もなくって感じだったかな。橘君は?」
「俺もそんな感じ。成績も中の中くらいだし」
「そうなんだ。橘君、成績良さそうだけど」
「かいかぶりだよ。青葉さんはどう?やっぱ有名人だけあって秀才?」
「青葉さんは中の上から上の下って感じだったと思うぞ。ね、青葉さん」
優斗が会話に入ってくる。
「だから、なんでお前はそういうこと知ってるんだよ」
「ほんとなんで知ってるの。村田君」
自分の成績が知らていることが恥ずかしいのか、青葉夏菜は笑顔で優斗を小突く。
「テストも終わったことだし、この後みんなで打ち上げでもやらない?」
そう提案したのは意外にも優斗だった。最近から青葉夏菜に変な距離をとるのをやめたのか積極的に絡んでくるようになった。青葉夏菜とのぎこちない感じも面白かったけど、これはこれで面白くなりそうだったのでツッコミは入れないでおくことにした。
「いいね。私、ローリエに行きたい」
「すっかり気に入ったみたいだね」
「うん、あそこのメニューを制覇して、本を網羅するまで通う」
そう言うと、ふんと鼻息を荒くしていた。どうやら、青葉夏菜もテスト明けの開放感で気分が高揚しているようだった。
「あぁ、あそこのお店いいよね」
「え、村田君も行ったことあるんだ」
「おいおい、そんな意外そうな顔しないでくれよ。青葉さん」
そうして俺たちはローリエへ向かった。
ローリエでの雑談はとても楽しかった。優斗は青葉夏菜が相手でもその変態さを発揮しており、青葉夏菜もその変態さ負けず、会話を楽しんでいるようだった。なんだか見ていて、話していて不思議な感覚だった。なんの接点もなかった学校の有名人と放課後こうして遊んでいるなんて。店内には終始、俺たちの笑い声が響いていたと思う。まだ早い時間で、客もそんなにいなかったため咎められることはなかった。50代くらいの男性店長は時折、俺たちのことを微笑ましいという風に見ていた。やっぱり、このお店は落ち着く。
最近、ローリエに長居することが多かったため、今日は早めに帰ることにする。
じゃあね。また来週と、青葉夏菜と別れの挨拶をしながら俺たちは帰路に着く。
「お前、楽しそうだったな」
優斗が静かな声でそう言った。
「お前も楽しかっただろ」
「あぁ、楽しかった。久しぶりにお前の気持ち悪いにやけ顔も見られたしな」
「喧嘩売ってんのか」
「お前、いつも俺にきもいきもい言うのに自分が言われたらキレるのかよ」
「俺は言われ慣れてないから耐性がないんだよ。お前はきもいのが普通だろ?」
「ただキレやすいだけじゃねぇか。俺のは弁えたきもさだから」
「なんだそれ」
くだらない会話をしていると家が近づいてきた。じゃあなと言って俺と別れる優斗になんとなく声をかける。
「今日はありがとな。まぁまぁ楽しかった」
優斗にまた気持ち悪いと言われるかと思ったが、優斗は片手を上げてどういたしましてと言うだけだった。
家に帰りリビングに行くと、妹がソファに座りテレビを見ていた。
「ただいま」
「んー、早かったね」
「最近遅かったからな」
「ふーん」
妹は一度もこちらを見ずに返事をする。
俺は冷蔵庫から飲み物を取り出して一口飲み、部屋に向かおうとする。すると、妹がこちらを向き、声をかけてくる。
「なんか、お兄ちゃん最近変わったよね」
「変わった?」
「表情が柔らかくなった気がする」
「そうかな」
「うん。気持ち悪い」
妹はそう言ってそっぽを向いてしまった。
俺の表情はそんなに変わったのだろうか。ベットに横になりながら考える。もし本当に変わったなら、それは間違いなく青葉夏菜と話しをするようになってからだ。青葉夏菜のように笑うことはできないと思っていたけど、もしかしたら、あいつらと一緒にいる時は俺も幸せそうな顔をしているのかもしれない。今日は優斗と妹の2人に気持ち悪いと言われてしまったしな。思わず苦笑する。なんだか悪い気はしなかった。
思いの外疲れていたのか、徐々に眠くなってくる。このまま寝てしまおうかと思ったとき、メールの着信が鳴った。
それは香里先輩からのメールだった。
明日は6月1日の土曜、香里先輩と遊びに行く日だ。その集合場所と時間が書いてあった。
先月、確かにテストが終わって来月って言ったけど、テスト終わってすぐの6月1日って、どれだけ遊びたいんだよ。これにも思わず苦笑してしまう。
今日はもう寝よう。
翌日、水樹は朝早くに目を覚ました。
香里先輩との待ち合わせは10時だし5分前くらいに着いてればいいか。そうしてゆっくりと準備を始める。少しはオシャレして行くか。身だしなみは相手への気遣いでもある。何かの本でそう読んだことがあった。何のどういう本だったかは覚えていないが、水樹は確かにその通りかもしれないなと思ったのである。
準備が整い、玄関を出ようとすると弟が声をかけてきた。
「お兄ちゃん、出かけるの?」
「あぁ、帰りは夜になると思う」
「そうなんだ。行ってらっしゃい」
なんだか、ほんの少し寂しそうだった。たまには弟とも遊んでやらないとな。
「行ってきます」
香里先輩との待ち合わせ場所に着くと、時刻は9時50分。約束の10分前に着いてしまった。どうやって時間をつぶそうかと考えていると、その3分後、両手にコーヒーショップのカップを持った香里先輩が現れた。髪を軽く巻き、伊達眼鏡をかけている。首元にはあまり主張しないネックレス、服は白いTシャツに薄手のグレーのカーディガン、黒のタイトパンツ、5センチほどのハイヒールという感じだった。
「おはよう。早いね水樹」
「おはよう。少し早く起きちゃって」
「今日が楽しみだったから?」
微笑みながらそう言うと、香里先輩は片方のカップを俺に渡す。
「ありがとう。昨日、早く寝ちゃっただけだよ。テストで疲れてたから」
「ふーん。ま、いいや。早く行こ」
香里先輩は少しむくれた表情をするが、すぐに笑顔に戻り、歩き出す。
なんだか、今日は表情がよく変わるなと思った。
俺たちはこの町で1番大きなショッピングモールに来ていた。映画は昼過ぎからだったので、俺たちはいろんなお店を周ることにした。最初に入ったお店は女性ものの服を売っているお店で、店名は何て読むのか分からなかった。香里先輩は店に入ると、いろんな服を手に取り、更衣室へ向かった。
「こういうのどうかな?」
そう言って、更衣室のカーテンを開けた香里先輩はあざとい格好になっていた。
白のYシャツに首元は青色のリボンで締めており、上から軽い紺色のジャケット羽織っている。下はグレーのミニスカートにニーハイソックスという、少し制服を着ているような姿だった。あざとい。
「これはどう?」
次は先ほどとは正反対で、ストリートファッションだった。
キャップを被り、英語が書かれている白いTシャツの上からモノクロのストライプが入ったブルゾンを羽織っている。下はショートパンツにタイツという恰好だった。かわいい
その後もファッションショーは続き、香里先輩が服を見せる度に感想を言った。正直、どれも似合っていた。もともと容姿が整っているため、どんなジャンルの服装でも似合うだろう。
結局、香里先輩は1つも買わなかった。なんで買わなかったのか聞くと。
「だって、水樹全部に似合ってるって言うし」
「...よく分からないんだけど」
「1番似合ってるって言う服を買いたかったの!」
「そういうこと。でも本当のことだし」
「もう」
香里先輩はそう言ってまたむくれる。でも本気で怒っているわけじゃなく、これは所謂パフォーマンスだ。
歩いていると、若いカップルをよく目にした。傍から見たら俺たちもカップルで、デートをしているように見えるんだろうか。でも、これはそんなんじゃない。香里先輩だってそういうことは一切思っていないだろう。
しばらくお店を見ていると、12時過ぎになったため、どこかで昼食をとろうということになった。どこで食べようかと案内図を見ていると、横から声をかけられた。どうやらお店のスタッフらしく、アメリカで有名なハンバーガーショップが最近オープンしたということだった。香里先輩は躊躇いを見せたが、俺たちはほかに行きたいところもなかったため、そのお店に行くことにした。
店内はオープンしたばかりということもあり、とても綺麗だった。家族連れが多く、子供たちのはしゃいだ声が店内に響いていた。
初めて来たお店なので、お互い冒険せず、看板メニューを頼んだ。
ハンバーガーが席に運ばれてくると、その大きさに流石はアメリカと感心した。全部食べられるかなという心配もあったが、とりあえず食べてみることにする。おいしい。思ったより食べ進められそうだった。でも女性にこの量はどうなんだろうと香里先輩のほうを見る。香里先輩はその大きなハンバーガーに一所懸命かじりつき、口をもぐもぐと動かしていた。その口元には大量のソースが付いていた。そんな香里先輩の姿に水樹は思わず吹き出してしまう。
「私、ハンバーガーとかサンドイッチとかホットドッグとか、そういうの食べるの苦手なの」
「すいません。あまりに予想外だったもので」
そう言って水樹はまた吹き出す。
「女の子のそういうところ見て笑うなんて最低よ」
「ごめんごめん。でも俺はそういうところかわいいと思うけど」
「そんなこと言われても嬉しくない」
そう言って、ふんっとそっぽを向く。香里先輩の意外な一面を知ることができて、なんだか俺は得した気分になる。
結局、香里先輩はハンバーガーを3分の1残し、俺が残りを食べることになった。なんとかハンバーガーを食べ終えたときには少し吐きそうになっていたため、少し休憩する。
「先輩なんで映画のチケットなんて持ってたの?」
「本当は大学の友達と行く予定だったんだけど、その子が行けなくなっちゃって。それで、水樹を誘ってみようかなって」
「なるほど。そうだ、チケット代」
「別にいいよ。これその友達からもらったんだけど、なんかの景品で当たったらしくて、私もお金払ってないんだ」
「そうなんだ」
「タダで映画が観られるなんてラッキーだよね」
そう言って、目の前でチケットをひらひらと振る。
5分ほど経ったところで俺たちは映画館に向かった。
映画館に着くと、何を観ようか。と香里先輩が声をかけてきた。
「え、先輩観たい映画があるんじゃないの?」
「うーん、考えてなかった」
ごめんねと笑う
「先輩から誘ってきたから何か観たいものがあるのかと思った。じゃあどうしよっか」
悩んでいても、上映時間が迫るばかりだったので、あらすじを見て面白そうなアクション映画を見ることにする。
「先輩、飲み物買ってくるけど何がいい?」
「え、一緒に行くよ」
「混むしいいよ。並んでて」
「じゃあ、アイスティー」
「分かった」
アイスティーを2つ買い、席に座りながら1つを香里先輩に渡す。
「はい」
先輩は飲み物代を渡そうとする。
「いいよ。朝のお返し」
「分かった」
「...途中で眠ったらごめん。お腹いっぱいで」
「私も。途中で寝たらごめんね」
眠気が来るのと同時に映画が始まった。
映画が終わり、外に出ると2人は興奮していた。
「あの映画面白かったね!」
「主人公カッコよかった!」
「アクションシーン迫力あったね!」
「話しの展開にハラハラした!」
など、お互いに感想を言い合う。眠ったらごめんなんて言っていたが、映画が始まるといつの間にか眠気は吹き飛んでいた。
時刻は16時。今は2人でショッピングモール近くにある、湖がある大きな公園を歩いていた。
「この公園初めて来たんだけど、大きいね」
「俺も初めて来た。いいところだよね」
湖の周りを歩いていると、ベンチがあった。そこに2人で座る。
「今日は付き合ってくれてありがとう。とっても楽しかった」
「俺も楽しかったよ」
俺は、今日を振り返ってみて思ったことを素直に口にする。
楽しかった。
だからこそ聞かなければならない。
「先輩。なんで俺を誘ったの?」
「ん?さっきも言ったじゃん。友達が」
「そういうことじゃなくて」
「...」
「なんで今更、俺を誘ったの?俺を突き放して、拒絶して、そのままいなくなったのは先輩なのに」
俺は先輩の顔を見れなかった。きっと先輩も同じだろう。俺たちはお互いの顔を見ずに話しをする。
「俺はあの時、中学の時、本当に辛かった。なのにどうして」
「...ごめんなさい」
香里先輩は、震えた声で一言そう呟くだけだった。
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