その力士、外国人じゃなくてオークだろ!?

ロリバス

第1話「オーク、土俵に立つ」

 千糸ちーと部屋親方『千糸無双ノ助』の奇行は今に始まったことではない。

 出身部屋の名跡を継がず一代年寄となり自分の部屋を開いたのも、その破天荒さについていける力士がほとんど居なかったからだ。

 その時も、親方は一ヶ月近く部屋を留守にしていて、俺たち千糸部屋の数少ない力士達はいつものことかと呆れながら日々稽古に励んでいたところだった。

 それは朝の7時頃、幕下力士が基礎練習を終わらせる辺りのことだった。


「おうい!新入りを連れてきたぞ!」


 稽古場の扉が乱暴に開かれ、溌剌とした様子の親方が飛び込んできた。


「親方ァ。またでやんすか」


 一ヶ月ぶりに顔を見せた親方に、呆れた言葉を返したのは俺と同期の力士『丸眼鏡 解説太郎』だ。才能はあるのだが、立ち会いの衝撃で眼鏡が外れるととたんに視力が0.01になるため伸びあぐねている。

 

「おうよ!こいつは逸材だぜ!」


 親方がそう言って新人を連れ帰ってくるのは今に始まったことではない。

 視力を理由に大相撲入りを諦めていた丸眼鏡も、特に見るところがなかった俺――『平凡川 苦郎』を連れてきたときも、親方は大層上機嫌に『こいつは逸材だぜ!』と言っていた。


「それで、その新人はどこにいるんですか?」

「おう!ほれ、入ってこい!先輩たちに挨拶しな!」


 親方が手招きをすると、扉の後ろから何者かが出てきた。

 その男は毛深く、猪のように曲がった鼻で、猪のような牙が生えていて、猪のような顔をして、やや背が低く、二足歩行していた。

 そこに居たのは、ファンタジーとかでよくザコ敵として出て来る種族。オークだった。


「こいつがうちに入る新しい外国人力士『豚田ぶただ 大九おーく』だ」


 いや、しかし親方が外国人力士と言っているのだ。そういう外国人なのかもしれない。

 俺達は固唾を呑んで豚田を見た。

 親方に促され、豚田は。


「フゴッ」


 と鳴いた。


「オークだー!」

「おう、いい四股名だろ?」


 俺が叫ぶと、勘違いした親方は胸をはった。

 

「いや!違いますよ!なんでこんなの拾ってきたんですか!?」

「ああ……まあ、そうなるよな。平凡川、お前の言いたいことも分かる」


 親方はオークの肩をばしっと叩いた。


「確かに豚田は外国人力士にしちゃ背が低い……だが、力士の才能はそれだけじゃない。それはお前だって知ってるだろ」

「そういうことじゃない!」


 なおも俺が疑問を叫ぼうとしたところで、後ろからぐいっと肩を引かれた。


「そうヨ、親方!もっと大事な事あるヨ!」


 俺に変わって親方の前に立ったのは、千糸部屋唯一の外国人力士『桜田さくらだ 府亜美理亜ふぁみりあ』だ。2mを超える長身は今なお伸び続けており、伸び悩む成績に反してその成長は終わらないと言われている。

 

「外国人力士枠は一部屋二枠しかないのヨ!僕が居るのにそんな奴入れることないヨ!」


 もっと大事なことがある。俺はそう言いたかったが、桜田にとっては死活問題かもしれないのでぐっと我慢した。

 

「ふ、わかったぜ。桜田、平凡川。つまりこいつの実力が知りたいんだろ」

「いえ、俺は種族が知りたいです」

「だったら話は早ぇ。桜田!こいつと立ち会いな!力士同士、土俵で話をつけるのが筋ってもんだろ」

「あの、こっちの疑問に答えていただきたいのですが」


 俺をほっといて、話はどんどん進んでいった。


「面白いネ。僕が勝ったら、その新入りの入門はなしにしてもらうヨ!いいね!」

「分かった!お前が勝ったらこいつはその辺に放り出すぜ!」

「放り出すな!元いたところに返せ!自然環境を何だと思ってるんだ!」


 捨てられそうになっている豚田外来種は全く動揺した素振りを見せない。そもそも俺は未だにこいつに言葉が通じているのかも良くわからない。


「だが……こいつが勝ったら文句は言わせねえぞ。さあ、お前の力を見せてやりな、豚田!」


 親方が豚田が纏っていたボロ布を剥ぎ取ると、その下にはまわしを締めた毛むくじゃらの肉体があった。

 ちなみに乳首は12個有った。

 やっぱり豚じゃねえか、と俺は思った。


「ハン!背が低い分体重で補ってるみたいネ。でも、今時アンコ型のデブ力士なんて流行らないヨ」


 そういう桜田は典型的なソップ型、絞った体型の力士だ。豚田の頭は桜田の胸辺りまでしかないが、横幅は桜田の倍ぐらいある。対照的な二人だった。

 そして、仕切りのために地面に手をつくと本格的にオーク……というか豚にしか見えなかった。


「見合って見合って、はっけよい……のこった!」


 立ち会いと同時、鈍い音が稽古場に響いた。

 桜田の長身が弾き飛ばされている、豚田がぶちかましたのだ。


「なるほど!豚は人間のような背の高い動物を見ると頭から突っ込んでいく習性があるとインターネットの無料百科事典サイトに書いてあったでやんす!つまりそれは相撲で言うところの『ぶちかまし』!」


 スマートフォン片手に丸眼鏡が叫んだ。


「でも桜田とてフィジカルの弱い力士でないでやんす。それがなぜああも一方的に弾き返されたのか平凡川くんは疑問に思ってるでやんすね?」

「俺は豚田が自然に豚扱いされてることを疑問に思ってる」

「豚の体脂肪率は13%前後!これはアンコ型力士の30%を大きく下回り……ソップ型と並ぶほどでやんす!筋肉量では二人の間に大きな差はないでやんす!」

「俺は豚田が自然に豚扱いされてることを疑問に思ってる」

「けれど……豚は特に背筋が発達しているでやんす。それが活かされるのはぶちかまし……そしてかちあげ!そもそも桜田と豚田の二人では豚田の方が圧倒的に重心が低いでやんす!あの低位置からのかちあげを食らったらバランスを崩すのは必然でやんす!」

「俺は!豚田が!豚扱いされてることを!疑問に思っている!!」


 体勢を崩してはいるが、それでも桜田も一人の力士。すぐに豚田のまわしへと手を伸ばそうとした。だが。


「そして豚の習性はぶつかるだけでないでやんす……ぶつかり、頭を捻る!本来は牙で相手の肉をえぐるために行われる行為でやんすが……これを相撲ではこう言うでやんす……」


 豚田が頭を捻ると、そのまま桜田は体勢を崩し、地面に倒れた。


「頭捻り!」


 桜田は呆然と天井を見ていた。豚田はそれを見下ろし「ふご」と鼻を鳴らした。


「どうだ、桜田。こういうタイプとやるのは初めてだろう?」

「ええ……そうネ、親方」


 異世界転生でもしないとやる機会はないのではないか、俺はそう思った


「こいつには才能がある……そして、こいつとやることは、お前たちにとっても経験値になる……だから俺はこいつを入門させることに決めたんだ。文句あっか」

「……ないヨ。よろしくネ、豚田」


 豚田はわかってるのか分かってないのか「ふご」と鼻を鳴らした。

 俺は経験値っていうと雑魚モンスターみたいだなあ、と思った。

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