第27話 父さん

 全然帰ってこなかった父さんが帰ってきた……のか?

 キッチン前の椅子に座り、少し重苦しい空気の中、父さんが口を開いた。


「大きくなったな」


 そのセリフを聞き、俺が口を開こうとすると、何を言おうかで留まった。

 素直にお帰りを言うべきなのか? ……でも、なんだろうこの感情は。

 喜び、悲しみ、怒り……いろんな感情が自分の中を駆け巡る。

 父さんに対し、どう思っていたのか。

 それが今よくわかる。

 下を向き、立ち尽くしていると。


「話は以上だ。今日は叶美とゆっくり話なさい」

「どういうこと?」

「いいから」


 そのまま二階にある自室へと戻っていった。

 意図が全く分からないが、叶美と話せるチャンスを作ってくれたことは純粋に嬉しい。

 二人用の椅子に座り、叶美と会話をする。


「今日さ、山田に告白されたんだ」

「ブフッ!」


 唐突の俺の告白に、叶美が吹き出した。


「え、え!? どどどど、どうしたの!?」

「もちろん振ったよ。好きな人がいるしな」

「誰!?」


 珍しい、ここまで感情的に来られたのは久しぶりだ。

 もう幾度となく言ってきたんだがなぁ。


「好きな人は叶美、お前だよ」

「そう……なんだ」


 少し声のトーンを落とされた。

 え、これ振られるの? まじか、めっちゃ泣きたいんだけど。

 ヤバい、この状況はヤバい!

 100%振られる!

 話題を変え……、


「叶美の好きなキツネさんってフルネームわかるか?」


 ふとそんなことを言った。

 何で訊いたかは自分でもわからないけど、なんか口から出た。


「分かるよ、ってプロフィールに書いてあったから」

「橘狐……どこかで聞いたような……」


 考えながら頭に浮かぶのは、師匠、師匠という自分の声。

 そうか、師匠がその名前なんだ!


「それ、俺の師匠だわ」

「えぇ!?」


 俺の告白の時とは一変し、喜びに満ちた表情をする叶美。

 師匠に負けた気分……。

 でも、元気になってくれてよかった。


「よかったらサイン貰ってこようか?」

「いいの!?」

「あぁ、いいよ」


 叶美の喜ぶ顔は癒しだなぁ。

 ソファーで飛び跳ねて喜ぶ叶美の元へ父さんがやってきた。


「早く寝なさい」

「は……はぃ」


 一気に気落ちする叶美に、声を掛けようとすると、バッと振り返り、一言。


「何があってもサイン、渡してね!」


 この時、このセリフの意味が分からなかった。


 次の日、俺はベッドから飛びを起きる。

 ベッドの上に立ち、手を上に上げて大声をあげる。


「俺の名は高梨浩介! 本日、キツネさんからサイン頂いてきます!」


 カッコつけたはいいが、誰も反応しないのは悲しいな。

 午前六時、きっと皆寝ているのだろう、そう思いながら叶美を起こしに行くと。


「いない……」


 部屋はものけのからだった。

 パソコンもなく、というか、家具一式なくなっていた。

 父さんの部屋も同様になくなっていた。


「空き巣……? それとも泥棒? 誘拐? この場合どれが正しいんだ!?」


 頭を抱えたままリビングに行くと、置き手紙があった。


『父さんは叶美と共に引っ越します。浩介を置いていくことをご了承ください』


 達筆に書かれたその手紙を読み、全てを把握した。


「あのクソ親父があああああ!」

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