第25話 赤点

 自分の机には、全教科のテストが置いてあり、近くにいた山田の表情は曇っていた。

 あ、こいつダメだったんだな。

 瞬時にそう判断すると、右手に持っていた生徒指導室で貰った紙を先生に渡した。


「ったく、遅刻するなんて馬鹿なことをして……。テストは机の上だ、確認し次第赤点あれば直して持ってくるように」

「はーい」


 今日この授業を担当するのは、谷津気やづき はまという名の女の先生だ。

 優しく気品のある先生として、生徒からの人気は高い。

 もちろん俺も好きだ(先生として)。

 あの優しい先生は基本、赤点の話など、生徒が嫌がりそうな話を一体一でしない。

 このセリフが何を意味するかというと、俺に赤点があったということだ。

 今回は2年の二学期最後のテスト。

 特に重要性もないし、気軽に見ようか。


 ──ふむ、そこまで損害なし。

 真紅高校の赤点ラインは30点。

 それを下回ったのは国語一教科のみだった。


「ん? もしかして蒼眼サファイアには赤点があったんですか?」

「あぁ、あったよ。な、なんだよニヤニヤして。気持ち悪いなー」


 席が隣同士ということで、教室に入って一番最初に話した生徒は師匠だった。

 にやけている表情に引きながら俺は、自分の席につく。


「なんでニヤニヤして……」


 と、俺が言いかけたその時だった。


「こら、高梨君。今は授業中です。静かにしなさい」


 もう手で口を抑えなければ笑いが漏れてしまう状況の師匠をちらっと見ると、これまた腹立たしい!

 席を立ち、先生に頭を下げて再び座る。


 五限目を終え、六限目が始まる前の十分休み、俺は師匠に何故ニヤニヤしていたのか訊くことにした。


「何で笑ってたんだ?」

「赤点一つあると、追試しなければならないらしいんです。ま、頑張ってください」

「たった一つでか!? なんて学校だ……。まあいいや、そんな疲れた心を叶美に癒してもらおーっと」

「妹さんのこと、好きですねー」

「あぁ、めっちゃ好きだよ。だけど叶美が一番好きなのは、エロゲー製作者の『キツネ』? だっけか。そいつが好きらしい」

「!?」


 どうした? と、俺が訊こうとした瞬間、教室のドアが開けられた。

 きっと走ってきたのだろう、頬に一筋の汗を流し、息を荒くしながらドアの向こうに立っているのは那月だった。

 教室内がシーンとした空気にした張本人は、詫びることもなく空気の読めないことを言う。


「ここここ、浩ちゃん! ど、どうしよう、赤点とっちゃったよおおおおおお!」

「お前はいつものことだろ」


 俺の的確且つ冷たい一言で那月を黙らす。

 ちょっと言い過ぎたか……?

 俺が自分の発言を取り消そうと、今のは失言だ、そう言おうとした時。


? ということは、浩ちゃんも赤点あったの!? こっちの先生曰く、明日の授業は午前中に終わって、その後追試らしいよ。一緒に受けようね!」

「え、明日……?」


 小さく呟きながら師匠の方に目をやる。

 と、同時に師匠は俺から目を離す。

 こいつ……!

 ったく、明日ってことくらいちゃんと伝えてくれよ。


「まぁ俺だけじゃなく、山田も赤点だ。三人で受けようや」


 これまで静かに座っていた山田がいきなり立ち上がる。

 くるっと方向し、真っ直ぐ俺達の元へやってくると、俺の顔を覗き込むようにし、


「うち、赤点じゃないよ」


 そう言って席に戻り、再び表情が曇る。

 いや、その表情で!?

 ツッコみを入れたかったが、深刻な雰囲気なのでやめた。


「キーンコーンカーンコーン」


 チャイムがなると同時にみんなが席へ座った。


 ──学校の帰り、学校で勉強すると那月が言ったので師匠と二人きりにした。

 俺は多分大丈夫だが、那月の場合頭がなあ……。

 ……いや、今は自分の立場をはっきりさせよう。


 緊張している。

 帰路が同じだから俺は、山田と一緒に帰ることになった。

 尚も表情を曇らせている山田に何を言えばいいか分からず、辺りを見渡しそわそわしていると、隣にいた山田が俺の指を優しく掴んだ。

 ……え?

 いきなりですか!?

 告白とかそう言った順序を踏まず……いや、あれか、優しく掴んだ手を話さず、良い雰囲気を作り出してから告白されるのか。

 ふむふむ、流石モデル並の美少女、こういったことは経験済みってか。

 ふふ……ふふふふふ、思わずニヤニヤしてしまう口を抑え、いつ言うのか期待を胸に山田の方を向くと。


「ど……うしたんだ?」


 告白どうこうを訊く前に先に、そんなセリフが口から出た。

 手を掴まれてからは、表情が曇っている理由を照れ隠しだと思っていた。

 が、その考えが間違っているのだと思い知らされた。

 曇る……で、表現するにはぬるいと思ってしまう。

 今の山田を正しく表現するならば、何が乗り移った、だな。

 悶々と考え続けるのはよくないと思い、なぜそんな表情をしているのかを訊こうとした、その時。


「うちじゃ……ダメなのか?」


 弱々しい声。

 だが、確かにはっきり聞こえた山田の声。

 何が良く、何がダメなのかが、俺にはさっぱり意味が分からず、聞き返……、


「妹さんではなく、私じゃダメなのか……?」


 その瞬間、意味を理解した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る