第9話 テスト当日

「おい、叶美どうしたんだ!? 何があったか今すぐ言ってくれ!」


 現在電話してる場所はクラスの一番後ろ。

 そんな所で大声出してれば当然皆こちらを見るだろう。俺でもそうするし。

 そんな皆が見てる中、人目もくれず電話に夢中の俺。


『担任の先生が……ちょ、やめてください! 叶美になんてことするんですか!』

「まじで大丈夫か!? 待ってろ、今すぐ行くから!」


 勢いよく電話を切り、先生の方を向き一言。


「今すぐ家に帰ります! 先生、帰りの会もう終わりですよね!? さいなら!」

「こら! まだ終わってないぞ! っておい、聞く耳を持たないってか!? とことん問題児だな、お前はあああ!!」


 先生の姿を尻目に、大慌てで帰って行った。


 走ると意外と家が遠いことに気づき、疲れて家まであと五分くらいのところで座り込みながら休憩をしていた。


「くっそ、俺ってこんなに体力落ちていたのか……。でも、叶美が家で先生とあれやこれやしていたら俺もう泣くぞ! 叶美、待ってろよおおおおおお!!」


 人前でそんな宣言をしながら、死にものぐるいで走り、家に駆け込んだ。


「か、叶美! ……はぁはぁ、だ、大丈夫か!?」

「あ、兄さん。やっと来た、助けて」

「あんたが高梨……いや、叶美さんのお兄さんなのか? こいつ……いえ、叶美さんを学校に行かせるように促してくれないか!?」


 なんだこの状況……。

 修羅場と呼ばれるやつなんじゃないのか?

 叶美はいつもの態度。先生は叶美から何かを奪おうとしている。

 ソファー上で叶美が下、先生が上に覆いかぶさるような感じで。


「えーと、担任の先生ですよね? 一体何やってるんですか?」

「……変な誤解されては困るぞ!? これは叶美さんを学校に行かせるため、エロゲーを取り上げてるだけなんだ! ……本当だぞ、やめろ、そんな目で見ないでくれ!」


 初めて人を見下したような目で人を見たわ。

 もはや何が正解か俺にはわからないような状態に陥っているな。

 さてと、どう解決していこうか。


「兄さん何してるの? 叶美の命のように大切なエロゲーをこの人は盗もうとしてるんだよ?」

「ぬ、盗むって人聞きが悪いな! 私は正々堂々取ろうとしてるんだ!」

「あんまり意味変わってないと思いますよ、先生」


 状況は確かに理解はしたが、解決策は全く思いつかない。

 単純に考えれば、叶美のエロゲーを全て奪い取り、学校に行かせるのが一番だろう。

 だが、本当にそれでいいのか?

 妹好きが妹を最優先に考えなくていいのか?

 ダメだ! 考えるべきに決まっているんだああああ!!


「先生! やはりここは叶美を最優先に考えてはもらえないでしょうか。贔屓とかではなく、先生がここまでするのは間違っていると思います」

「間違っている……か。傍から見ればそうかもしれないな。だが、ここまでするのにはちゃんとした理由があるんだ」


 理由か、ありがちな展開にいったな。

 退学は免れたんだよな? じゃあ一体何があるっていうんだ……。


「理由を知りたそうな顔をしているな。よし、教えてあげよう。明日に学校来なければ『退学』になってしまうのだ!」

「「え!?」」

「……なんで叶美まで驚いてんだよ! 普通驚くの俺だけじゃね!?」

「兄さんだけって訳じゃないよ、叶美だって今知ったんだから。それより、退学の話は大丈夫になったんじゃなかったんですか?」

「それがな、ちょっとした手違いがあってな」


 手違いだと?

 先生方の勝手なミスで退学にさせられた日には俺ガチギレするぞ?


「手違いというのは、出席日数の件です。思った以上に出席日数が少なかったので、明日辺りには来てもらいたいのです」

「え、じゃあこの前はなんで退学にならなかったんですか?」

「あの時は叶美さんからすべての事情を聞いたのです。香美さんとの関係をね。ですが、それで全てが解決しなかったもので……」


 なるほど、例えイジメがあったとしても出席日数が一番大切ってことか。

 当たり前のことかもしれないが、先生は解決しようとしなかったんだろ?

 第三者としてみると、悪いのは香美が一番だが、先生も同じくらい悪い気がする。

 いや、その前に一つ。


「先生、そろそろ叶美の上から降りてもらえませんか? 俺キレそうです」

「え、あ、ああすまな──」


 先生の言葉を遮りながら聞き馴染みのある声を聞いた。


「浩ちゃん! 元気? いきなりリビング入っちゃってごめん……ね? 叶美ちゃん、流石に浩ちゃんの前で大人の人と一線越えようとしないでよ」

「那月、多少なりとも君には誤解があるようだ」


 俺は今起きている事を全て那月に話した。


「そういう事だったんだー。じゃあ叶美ちゃんが学校に行けば全て解決じゃん! もうその話は終わりにして、テスト勉強しよーよー」

「そういや明日テストだったっけか。そうだな、勉強しなきゃ俺が留年するわ」

「兄さん、この状況どうするの?」


 俺は叶美の肩に軽く手を置き、軽く笑みを浮かべながら。


「学校……いきなさい?」

「お兄さんいいこと言った! 最低保健室にいるだけでいいから、来てくれないか?」

「本当に保健室に行くだけでいいの? それならまぁ……いいけど」

「ありがとう! 交渉成立ってことでいいよね!? じゃあまた明日、学校出会おうな」


 そのまま先生は家を出て行き、叶美は自分の部屋に向かい、俺と那月は勉強をし始めた。

 那月普通に賢いから、自分の頭の悪さが分かっちゃうなあ。


「浩ちゃん大丈夫? 私が勉強を教えてあげなきゃいけなさそうだね」

「で、出来れば頼む……」


 スポーツ万能で勉強も完璧で美少女!

 こいつの弱点って何かあるのか、逆に知りたくなってくるな……。

 あ、性格だわ──


 さっきの発言取り消した方が良さそうだな……。

 純粋に賢いし、そのうえ教えるのも上手い。

 非の打ち所がないってこういう人のことをいうのかな。


「ちゃんと理解してる? 一緒に卒業出来ないとか嫌だよ?」

「見くびるな、やる時はやる男なんだぞ俺は! 多分な!」

「多分とか自信もって言わないでよ!」


 なんか、最近色々あって疲れてたからか、こうして普通に友達というか幼馴染と喋るのがとても楽しい。

 やっぱり高校生っていうのはさ、こうして普通に友達と喋るのが一番なんだよ。

 異世界に行きたいやら、ラブコメの主人公のようにちやほやされたいやら考えずに、のんびり生きていこうや。

 和気あいあいとしながら時間は過ぎていき、気づけば九時だった。

 前なら叶美がドンドンしてくるのに、丸くなったなあ。


「じゃあね! 明日からのテスト、一緒に切り抜けようね!」

「あぁ、もちろんさ、俺達ならきっと大丈夫」


 最後にそう言い残し、那月は帰って行った。

 テストかー! めんどいよなー。

 あの静かな雰囲気、ものすっごい嫌いだわ。

 クラスの人はテストが終わり、暇になった時間をどう過ごしているのだろうか。

 寝る? 絵を描く? その程度の事しか出来ないだろうし、他に何かあるなら俺も知りたいくらいだ。

 仮にもあるなら、とてつもない大発見になるんじゃないか!?

 よし、明日ちゃんと周りを見渡そう。カンニングにならない程度に。

 そんなことを心の中で決意しながら、リビングに戻りテレビを見始める俺。

 そんな俺の元に現れたのは……。


「わからない場所あるんだけど、教えてくれない?」

「……そうか、叶美も学校に行くから勉強を教えて欲しいのか! 俺も高校生だし、中学生の範囲なら普通にわかると思うぞ!」


 案内されるように叶美の部屋に連れてこられた。

 部屋に入るたび思うが、理性はちゃんと保てるのだろうか。

 中学生の妹を犯して捕まりましたとか、恥ずかしくて死にたくなるしな。


「これ……なんだけど」

「どれどれ? 俺になんでも聞きなさ……い……と言いたいが、これは専門外だな」


 さっきの威勢はどこへやらといった感じに捉えるかもしれないが、エロゲーについては詳しくないもんでな。

 俺もまさかエロゲーについて聞かれると思ってなかったから、驚きを隠せないのだ。


「兄さんなら、エロゲーでも勉強でも完璧でしょ!?」

「か、叶美、それは目を輝かせていうものではないんだ。俺もな、得意不得意があるんだよ。何が言いたいかというと、エロゲーは不得意分野なのだ!」

「頼りなさすぎ」


 さりげなく言った言葉かもしれないが、今日一心に刺さったんですけど!

 部屋出るまでに精神回復間に合うかな……。


「何も出来ないなら出てって」


 間に合いませんでした。

 折角のチャンスを棒に振っていいのか?

 よくないだろ、ここは何としても食い下がるべき──


「今すぐ出て行かなかったら、キレて家壊すから」

「出ていくんで勘弁してください」


 怖い……。

 なんか日に日に嫌われてる気がするんだが。

 扉を軽く閉め、風呂に入ろうと歩き出した時。


「何であんなこと言っちゃったんだろう。叶美、本当は兄さんの事を……」

「なんか言ったか? すまん、聞こえなかったからもっと大きな声で頼む」

「兄さんの……ばかあああああ!!」


 ええええええええええええ!?

 俺が怒られる場面なの!?

 純粋な気持ちで聞いただけだったのに、あそこまで憤るなんて思わなかった……。

 女心って複雑なんだなあ。

 妹に学ぶのはどうかと思うが、女心を教えてもらえたことの喜びを噛み締めながら、翌日を迎えた。


 ──学校へ行く時間。

 外へ出てみると。


「おっはー! 今日は一緒に行こっか!」

「あぁ、頼む。なんか……緊張とかいうヤツに俺今やられてるところだから……」


 うぅー……やっばい、吐きそう。

 落ち着け俺、テストと赤点と補習さえ考えなければ大丈夫だろ。

 そうだ、好きなものを考えれば……。

 好きなものって何だ? 叶美以外何にも浮かばない俺はシスコンなのか?

 ……シスコンではないか、ロリっ子好きなんだ俺は!

 大人になったら捕まりそうだなあ──


「浩ちゃん……あ、やっとこっち向いてくれた! もう学校だよ? 十分以上も何考えてたのさ」

「叶美の事だけど」

「変態!」


 変態かー……。

 間違ってはないな、うん。


「じゃあもう学校着いたし、お別れだね。頑張ってね、浩ちゃん!」

「任せとけ!」


 教室に入ると、なんかピリッとした空気を感じた。

 テストにどんだけいろんなもんを賭けてんだよ。

 ふぅー……、この空気に呑まれないようにしないとな。


 朝の会も終わり、先生の合図で一斉にテストを開始した──


 この真紅高校では、中間テストは国語、数学、化学、社会、英語、五教科だ。

 中学生みたいだな……。

 一日で全教科やろうとするから、この高校が嫌いだ。

 腹とか鳴ったらどうするんだよ……。


 これで一限目の教科は終わったかな……。

 あと十分も余ってるのか、人間観察するか。


「へぇ、隣の人は漫画かいてそうだな。お、右斜め前の人はイラストレーター並の描いてる! すげぇ……」


 小声でブツブツいう俺に、先生の視線が向けられたが、テスト解いてる風を装い、どうにか誤魔化した──


「「「「やっとテスト終わったぜ!」」」」


 クラスの仲本当にいいよな。

 でも、この意見に関しては俺も同意見だわ。


「浩介っち、どうだった!? 俺悪いと思うんだよなあ」

「なんだかんだお前いい点取るじゃねーか。俺は赤点じゃなきゃいいんだよ」

「浩介、この学校の赤点ライン何点なの?」

「そっか、山田は知らねーのか。三十点以上ならセーフだよ」


 なんか……俺の周りの人賢い人多くない?

 あれ、なんだこれ、ものすごく泣きたくなってきた。

 虚しいな、俺って。


「そんな不貞腐れてないでさ、もう帰ろうよ。帰り道一緒だし、付き合うよ」

「……浩介っち、ごめんな俺は違くて。泣かないでくれよ!」

「気持ち悪いな! 志賀が一緒だろうと違くても気にしねーよ」

「ひっどいなー」


 全く、どうしてこいつはこんなやり取りを毎日のようにしていても飽きないんだ。

 こいつはほっといて山田と大人しく帰ろう。


 帰り道にて、山田がボソッと呟くように話しかけてきた。


「テスト大丈夫かな……、うち勉強嫌いなんだよね」


 この時、どういう事を言うのが正解なんだろうか。

 俺が言った答えはこうだ。


「そうか、赤点取ったらそん時に諦めろ」


 めっちゃ悲しそうな顔されたので、間違いだったんだなと気づいた。

 が、もう取り返しつかないし、そのまま放置して家に帰った。


「……そういや叶美は学校に行ったのだろうか。家入ってから思い出すって、テストの重圧に押しつぶされてたのかなあ」


 玄関で独り言言うのもあれだと思い、恐る恐る叶美の部屋を覗こうとした。

 すると、部屋から漏れ出すくらいの大音量でエロゲーをする妹の姿を見てしまった。

 しかも兄に色々されちゃう系のヤツを。

 これって望んでるってことか? されたいのか? 言ってくれればいつでもしてあげるのに……!

 今日は一言も会話せず、そして学校から連絡も来なかったので、退学はないと安心した。



「テスト返すぞー」


 テストした週の金曜日、テストが返された。


「……! 良くはないけど、全部六十点位をキープ出来た! よかったあー!」

「俺もよかったぞ。全部九十越えだ」

「スポーツ出来て勉強出来る友達は一人で十分だから、志賀はどっちか下の存在になれ」

「……一体何の話してんだよ」


 それより俺が心配してんのは山田の方だ。


「山田大丈夫か? 顔が真っ青だ……ぞ……って、え? マジでこんな点数あるのかよ」


 俺が目にしたのは、オールゼロ点のテストだった。

 やばいなこれは、アニメやマンガの話だと思ってたんだが、ちゃんとありえる話なんだなー。


「あのさ、テストが全てじゃないよ? 世の中勉強出来なくても、女子は可愛ければ結婚して楽して生きれるでしょ?」

「そ、そんな生き方したくないっ! うちは真っ当に生きていきたいの! 浩介がこんなこと言う人だとは思わなかった……グスン」

「ちょ、え!? 泣かないでくれ、多分俺が悪かった、すみません!!」


 謝ったことでとりあえずこの場を収めた。

 放課後、那月の点数を知るべく、一緒に帰っていた。


「那月、何点だった? どうせ良かったんだろうなー。頭いいヤツは羨ましいよ」

「ん? オールゼロ点だよ?」

「へっ?」


 思わず変な声が出てしまった。

 あんなにも教えるのが上手だったのに、何故だ?


 理由は、俺に教える時、俺に見えないようにしながら答えを見ていたからだそうだ。

 そこまでしていたのに、点数悪いのかこいつは。

 そして一つ思うことがあった。


 明日、志賀に謝ろう。



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