第21章 大海賊の娘

第21章 大海賊の娘【1】

 大海賊、ネプクルス・ロジャース。


 彼はかつて、ターミルオーシャン中に蔓延はびこっていた無数の海賊を次々に制圧していき、それらを従えていた大海賊であった。


 その力は、当時のマグナブラの王族が恐れ戦くほどのものであり、彼を恐れたマグナブラの当時の王は、ロジャースと敵対しようとはせず、むしろこちら側に引き入れるために、アクトポート総督という称号を彼に直々に与え、当時平凡な漁村だったアクトポートの監視をさせていたそうだ。


 勿論その監視というのは、ロジャースが海に出て暴れ回ったり、王国に刃を向けさせないようにするための、一種の楔であり、そのことはロジャース本人も熟知していたそうだ。


 しかしそんな、王族の見え見えの下心を知っていてもなお、ロジャースは彼らに弓を引くことは無く、その代わりに彼は自らの権限を駆使し、このアクトポートに大きな町を作ることにしたのだ。


「海賊はこの大海のように、自由でなければならない。だからここには、そんな世界一自由な者達が集まる、民衆のための、民衆の街を作らねばならないのだ!」


 この言葉をキッカケに海賊達はおろか、元々その漁村に住んでいた者達も巻き込み、立ち上がり、アクトポートはただの平凡な漁村から、世界一自由な交易都市へと一大進化を遂げた……のだそうだ。


 ちなみに今までの知識は、マジスターから全て教えてもらったものだ。


 そしてこれから僕達が会いに行く相手は、そんな大海賊の一人娘……名前はテティ・ロジャース。


 今は亡きネプクルス・ロジャースの、唯一血を受け継いでいる子供であり、ロベルト曰く、ただの大海賊の二世というわけではないらしく、まだ父親が健在の際、彼女は父親の船で航海士をしていたらしく、その能力は父親をも凌駕するほどの、そんな優秀な航海士だったらしい。


 しかし、そんな優秀な航海士であるはずの彼女が今居る場所は、海の上では無く、陸の上。


 彼女は今、このアクトポートから更に東の外れにある、イニツィア岬にある灯台で、一人灯台守をしているらしい。


 イニツィア岬へは、このテールタウンからだと百七十八キロメートルもの距離があり、そこへ向かうサブウェイはおろか、地上の鉄道も存在しないため、僕達は一度宿屋へと戻り、バイクに乗って、そしてまた再びハンバーガーショップへと戻って来た……のだが。


「おおっ!」


 ハンバーガーショップの駐車場には、先程まで停まっていなかったトライクという、三輪のバイクがあり、そしてその前には、ハンバーガーショップのエプロンではなく、私服を着用し、ヘルメットを被っているロベルトの姿があった。


 彼は鈍く黒光りするライダースジャケットに、青いジーンズと、ライダー感を漂わせる服装をしていたのだが、むしろエプロンの姿よりかは、そっちの方が断然似合っていた。


 エプロンの時は、その姿と彼の恐い顔面がマッチしなかったのもあり、そのせいでむしろ恐い雰囲気を焚きつけてしまっていたのだが、しかし今の格好だと、あの顔と姿が一致しているので、むしろカッコイイおじさんといった、そんな感じに見えなくもない。


 もうエプロンはやめて、あの姿でハンバーガーを売ってる方が良いんじゃないかなと、僕は乗ってきたバイクを駐車場に停車させながら、ふと思ってしまった。


「うわあああああああっ! スッゴイ! トライクなんて珍しい物に乗ってるのね!!」


 バイクの助手席から降りたルーナは、真っ先にロベルトの黒のトライクに駆け寄り、目を輝かせている。


 彼女、ああいうバイクとか車とかが好きらしいからな……ロマンは男だけの物じゃないとか、熱く語るほどに。


「ええ、二輪よりも安定する三輪の方がわたしは好きなので」


「でもカーブで遠心力に引っ張られるから、運転技術の無いビギナーは手を出せない代物なんでしょこれ?」


「そう言われてますね。ですがそれは、スピードを出し無茶な運転をした時です。普通に運転をしていれば、そんな横転をすることなんて滅多にありません」


「そうよね……二輪だって調子乗って減速せずにカーブしたら横転するんだし、ようは扱い方よね」


「そういうことですね」


 決して笑ったりはしていないのだが、しかしルーナとトライクの話をしているロベルトは、少しだけ楽しそうにしているように僕には見えた。


「ではこれから出発しますが……しかしその前に、交渉をよりスムーズにするために、一つ寄っておきたい場所があるのですがよろしいでしょうか?」


「交渉をスムーズに……ですか? いいですけど」


 ロベルトの提案を、僕は首を縦に振って了承する。


 というか、交渉が上手く進むのであればこちらとしても好都合だし、断る意味も無かった。


「ありがとうございます。ではわたしが先導しますので、着いて来てください」


 そう言ってロベルトはトライクに跨り、エンジンを掛ける。


 すると重量のあるエンジン音が響き、その音を聞いてルーナは「カッコいいわね~」と言って、うっとりしていたのだが、僕達もロベルトの後を着いて行かなければならないので、そんなルーナの手を僕は引き、彼女を助手席に乗せて、僕はバイクのエンジンを起動させた。


 まあ……確かにロベルトのに比べたら、こっちの方が軽いエンジン音だと思うが、それのどこがどのように良いのか、僕にはよく分からなかった。


 それからハンバーガーショップの駐車場を出て、ロベルトのトライクの背後を着いて行く。


 ちなみに僕は着替える暇が無かったので、女装をしたままバイクを運転しているのだが、当然の如く尋常じゃない風が吹きつけ、その風のせいで今にもスカートが捲れそうになるのだが、しかしルーナがスカートの上の部分をしっかりと掴んでいてくれているお蔭で、なんとか翻らない、ギリギリの位置を保つことができていた。


 もし一人で乗っていたら完全にアウトだった……やっぱりバイクを運転する時くらいは最低限、ズボンを穿くべきだな。


 ……あれ? これって常にスカートを穿く前提での話になってないか?


 そんな、既に女装をすることに何の抵抗も感じなくなった自分に気づいたところで、ロベルトがある店の前で右折するためのウィンカーを出し、その店の駐車場へと入って行った。


 僕もその誘導に従うため、駐車場へと入っていくのだが、そこは煙草の専門店だったのだ。


 ロベルトとマンハットは駐車スペースへ、僕とマジスターは駐輪スペースへと、それぞれ停車させ、僕はバイクから降り、ロベルトの元へと向かい、彼に問いかける。


「ロベルトさん、ここで煙草を買うのか?」


「ええそうです。しかし彼女が好むのは紙巻きタバコシガレットではなく、葉巻タバコシガーですのでここへやってきました」


「なるほど」


 僕は煙草を吸わないので詳しいことは分からないのだが、しかしシガレットとシガーの違いくらいは知っていた……細いか太いかくらいの違いは。


 ただシガレットはどんな店でもよく見かけて販売しているのだが、シガーを売っている場所というのはそれほど見たことが無い。


 だからロベルトはシガーの買える、この煙草の専門店へと立ち寄ったのだろう。


「では参りましょう」


 そう言ってロベルトは先に店の中へと入って行き、その後を僕とマジスターの二人で追いかけていく。


 ちなみにマンハットは、「買い物をするだけなら車の中に残っておくよ」と言って、ライフ・ゼロと共に車内で待機をすることを選び、ルーナは行きたそうにしていたが、まだ未成年だからダメだとマジスターに説得され、居残ることとなった。


 扉を開き入ると、その煙草専門店の中は外装通り狭く、しかしその狭い空間のところかしこにある棚には、ずらっと色々な種類の煙草が並べられており、シガレットやシガーの他にも、パイプやキセル、更には水タバコなる物も幾つか置かれていた。


 こんな場所に大所帯で入ったら、もしかしたら店側に迷惑をかけることになりかねなかったので、あの三人を置いてきたのは正解だったな。


 まあ……大所帯って言っても、たった六人なんだけどね。

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