第16章 旅は道連れ世は情け

第16章 旅は道連れ世は情け【1】

 マグナブラ大陸横断の旅、三日目。


 僕達はマグナブラ大陸の中で三番目に大きいとされる湖、ミスリル湖という湖のほとりにまでやって来ていた。


 空はもう茜色にすっかり染まりきっており、もう少ししたら宵闇が訪れそうな、そんな時間となってしまっていた。


 そろそろ、今日宿泊するための宿を探さないと、また一日目のように野宿をすることになってしまう。


 荒野での野宿よりかは、まだこの湖のほとりの方が快適なのかもしれないが、しかしやっぱり宿の快適さを一度覚えてしまうと、苦しむより楽な道を取りたいと流れてしまうのが、人の心情というやつだろう。


 まあ……そういう苦しいのが好きな特殊な人間もいるから、そういう人達のことはこの際、除外ということで。


 そういうこともあって、僕達は一度バイクを停車させ、マジスターの持っている地図で周囲に村や宿泊できそうな施設が無いか、確認しているところだった。


「ねえ見てロクヨウ、あっちの方に列車が見えるわよ」


 僕のすぐ隣にいる、ルーナの指さす先を見てみると、平原の先で、何十両と長い蛇のように連なる列車が通り過ぎていく様子が見えた。


 行く先は、僕達の向かっている方向と同じだったため、おそらくアクトポートなのかもしれない。


「確かあの列車は……話で聞いたことしかないけど、マグナレールっていう、マグナブラ大陸を横断する鉄道だった気がする」


「へぇ~……じゃああれに乗ったら、わたし達みたいにバイクに乗らなくても、この大陸を横断できるんだ」


「うん、しかもあの列車だったら確か、二泊三日で横断することが可能とか……」


「そうなの……じゃああれに乗ったら、今頃わたし達、アクトポートに居たかもしれないってことね」


「そうだね……」


 しかし僕達は……というか主に僕のせいで、あの列車には乗ることができない。あれに乗る時は、テロ対策として必ず身分証明書を提出することが義務付けられている。


 マグナブラで指名手配を受けている僕が身分証明書を渡すなんて、それはわざわざ自分の居場所を知らせて、逮捕してくださいと言っているようなものだ。


 本当に、肩身の狭い思いをする身分に落とされてしまったものだ……いつかこの恨み、晴らさざるや。


「列車の旅もやってみたいけど、でもわたしはこうやって、バイクで旅ができて良かったと思ってるわよ?」


 ルーナは僕に向けて、やんわりとした笑みを浮かべた。


 多分察して、僕の気を遣ってくれたのかもしれないな……。


「ああ、僕もそうだよ。ルーナとバイクで旅ができて良かった」


 天邪鬼な僕達……以前ならお互いに、ルーナは照れを隠すため、僕は彼女の気持ちに気づいてなかったため、こんなことを言い合える間柄では無かった。


 だけど今は違う。もうお互いの気持ちが、ハッキリと一致している今なら、こうして穏やかに、自分達の思い思いのことを真っ直ぐ言い合えるような、そんな仲になれたのだ。


 だから心底思う。僕はマグナブラを出て、本当に良かったと。


 この時間が訪れてくれて、本当に感謝している。


「はんっ! すっかりアベックを気取りおってからに。我のおかげだということを重々忘れるでないぞ!」


 そう言って僕達の間にずかずかと入って来たのは、およそ十歳の姿をした元魔王、ライフ・ゼロだった。


「お前……そうだお前っ! ルーナによくもあんなワケの分からない、何だっけ? 男を虜にする方法だっけか? そんな意味分からないこと教えやがったな!」


 ルーナが僕に近づくためにということで、ライフ・ゼロから教わった男を虜にする方法。


 しかしその実態は、腰に手を回したり、体を異常に密着させるといった、まさに色欲に直接訴えるような、トンデモナイ手段だったのだ。


「キッキッ! 人間の三大欲求である、性欲を見事に狙い撃った良い作戦だっただろう?」


「性欲を引き起こすのと、恋愛は全然違うものだからな!」


「我から見たら同じようなものだ。子孫を残すための一行動に過ぎん」


「ぬ……ぬぬぬ……確かに単純に言ったらそうなのかもしれないけど……でもそういうもんじゃない! もっとこう……夢のあるものだと、僕は信じたい!」


「そりゃあうぬの願望だろうが。うぬの世界観を、我に押し付けようとするな」


「くうう……」


「それにうぬ、ルーナの胸がくっついて鼻の下伸ばして幸せな気分になっていたではないか」


「ぬわああああああっ! お前! それは言わないって言ってたじゃないか!!」


 ルーナのために黙っておくって言ってたのに、こんなに易々と暴露するなんて!


 コイツの口は、水でふやかしたパンよりも柔らかいんじゃないのか!?


「馬鹿かうぬは。あれはルーナがうぬに、我が教えた方法を実行しているということがばれてなかったから、そのまま秘密にしようとしたのだ。しかし今はこうして、うぬにばれてしもうた。さすれば我が黙っておく道理もあるまい」


「僕への配慮ってものは……」


「無い!」


「秒で答えるなっ!」


 僕はげんなりとして、おそるおそるルーナの表情を窺う。


 しかし彼女は僕が思っていたものとは異なる表情をしており、以前のように見境なく僕を睨むことも無く、何食わぬ、平然とした顔をしていたのだ。


「あの……ルーナ、そのう……」


「別に今更気にしてないわよ。それにわたしは、アンタがそういう気持ちになるように狙って、あんなことしてたんだし」


「いやそれは……」


 それはそれで、赤裸々過ぎる告白ではないかと、僕は思ってしまう。


「むしろあれだけやって、何の反応も無かったっていう方がわたしは悔しかったわ!」


「そんなところでいつもの負けず嫌い発動させなくていいからっ!」


 そもそもこういうことに、勝ち負けがあるかどうか分からないけれど、多分ルーナとしては、僕の淫らな気持ちを引き出したことこそが、今回の勝利条件だったのだろう。


 まあ……僕としては、勝っても負けてもどちらにしろ幸せな気分を味わえたし、良いこと尽くめでまったく文句は無いんだけど。


 しいて言うなら、手玉に取られたって感じがするのがちょっと嫌かな?

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