第12章 破皇の再臨【2】

「とりあえず今日のところは色々あったし……バイクの指導はまた今度ってことで、ね?」


「…………」


 また僕を睨みながら、ルーナの人差し指の周りを回るキーホルダーの回転の速さが増す。


 グルグル、グルグルと。


「……まあそうね。そんな気分にもなれないし、また今度ね」


 そう言って彼女は回していたバイクの鍵を握り締め、前を向いて歩き始めた。


 僕はそんな彼女の姿を見て、安堵の溜息を小さく吐いた。


 さて……一難回避したところで、また一難とならないように、ここを去ってしまおうと、僕が一歩踏みだそうとした時だった。


『おい、人間』


 どこからか、誰かの声が突如として聞こえてきたのだ。


「ん?」


 立ち止まり、振り返る。しかし、僕とマジスターとルーナの他には、ここには誰もいない。


 気のせいだろうか?


「どうしたコヨミ?」


 そんな挙動不審な僕を見て、マジスターとルーナが僕の方を振り返る。


「いや……誰かの声が聞こえたような気がしたんだ……」


「誰かの声? しかしここにはわしら以外、誰もいないだろ?」


「そのはずなんだけど……」


「アンタもしかして……魔力で頭やられちゃったとか!?」


「おいおい、さすがにそれは無いだろ……それだったらここに居る全員がおかしくなっちゃってるだろ?」


「それもそうね……あっでもアンタって、元からちょっとおかしいもんね色々と」


「酷いなそれ……」


 ルーナの返しが雑というか、冗談が冗談のように聞こえないのだが……あれ? もしかして本気でそう思われてる……なんてことないよね?


 まあそれはそれとして、どうやら僕は、幻聴が聞こえてしまうほど疲れてしまっているのは確かだ。 


 肉体的疲労といい、精神的疲労といい、もう既にキャパシティを超えて、いっぱいいっぱいだからな。


 こういう時はさっさと寝て、全快するまで休むべきそうすべきだ。


『周りにはわれの声は聞こえん。聞こえるのはうぬだけだ』


「どわっ!!?」


 まただ……また何処からか声が聞こえた!


 一体どこから? もしかして魔法を使ってるとか……。


『キッキッキッ……! 魔法などではない。近いものではあるがな』


 僕の考えていることに返答してきただと!?


 もしかしてこの声の主……僕の思ってることが分かるのか?


『ああ、分かるとも。我とうぬは、どうやら同類のようだからな。同じニオイを嗅ぎつけたから、我もこうやってお前に念波を発しているのだ』


(同類だと……? もしかしてお前は、人間なのか?)


『そうではない。物体として同じなのではなく、性質が同じなのだ』


(性質が?)


『そうだ。もう何百年もあれから経ってしまったようだが、突如振って来た強力な魔力と、うぬの魂があの厄介な剣から我を目覚めさせたのだ』


(何百年もって……お前は一体……一体何者なんだ!?)


『キッキッキッ……我に名前など無い。ただ、数百年前に人間どもが勝手に呼んでいたものならあるがな……』


(人間が? 人間はお前のことを、なんと呼んでいたんだ?)


『確か……ライフ・ゼロだったか』


(ライフ……ゼロ!!)


 その名前を聞いた瞬間、僕の背筋が凍りつき、全身に寒気が走った。


 かつて唯一、世界の完全支配にまであと一歩というところまで辿り着き、その出来事から数百年経った今でも人々から畏怖され続け、その名が語り継がれている、最強にして最恐の魔物の名……ライフ・ゼロ。


 その名の意味は、まさに名の通り、全ての生命ライフを息絶えさせ、ゼロに還すということからきている。


 一部ではその凶悪性と破壊への徹底ぶりから、破皇はおうなんて呼ぶ者もいたとか……。 

 

「コヨミ、さっきからお前様子がおかしいぞ!?」


 僕がはっと我に返ると、マジスターとルーナが心配そうな表情を浮かべながら、僕のことを窺っていた。


 そうだ……この二人にはヤツの声が聞こえないんだっけか……。


「ああ、ごめんマジスター……でもやっぱり聞こえるんだ、僕には声が」


「うーむ……そいつが誰だか分かるのか?」


「ああ……たった今、名乗ってきたからね。だけどいくらマジスターでも、言ったところでこれは信じてくれないと思う……」


「むう……信じるか信じないかはともかく、とりあえず言ってみろ」


「……そいつは自分のことを、ライフ・ゼロだと言ってる」


「ライフ・ゼロ!? そんなバカな……あれは数百年前、勇者ワーハイト・ルージが倒したはず……」


「うん、僕もそう思っているんだけど……」


 伝説では確か、ライフ・ゼロは当時の勇者ワーハイト・ルージに太陽の剣で斬られ、消滅したとなっていたはず。


 もし今、僕に話しかけているライフ・ゼロが本物なのならば、その伝説自体が偽物だったということになりかねないのだが……。


『キッキッ……聞こえておるぞ人間。言ったであろう、うぬの考えていることは、我には筒抜けだとな』


(なら教えてくれ。あの伝説は嘘だったのか?)


『そうだな……答えは半分真実で、半分が虚偽といったところか』


(半分真実で、半分が虚偽?)


『そうだ。ワーハイト・ルージが太陽の剣を使って、我にとどめを刺した……それは真実だ。だが、消滅させたという点がまったくのデタラメだというべきだな』


(消滅させたのがデタラメ? じゃあワーハイト・ルージはお前をどうしたんだ?)


『ヤツは我を、太陽の剣の中に封印したのだ』


(封印だと!?)


『そうだ。ヤツは我を消滅させることが不可能であることを、前もって知っておったようだ。だからヤツは、我を殺しにくるような真っ向勝負は一切せず、坦々と弱らせていくような、そんな姑息な戦いを仕掛けてきたのだ。ああ……今思い出しただけでも虫唾が走るわっ!』


(……もう昔の話だろ? 過ぎた話じゃないか)


『それでも腹が立つものは、いつまで経っても腹が立つものなのだ! 数百年経ったとしてもな!!』


(アンタが本物のライフ・ゼロなら、それはかなり説得力のある言葉になりそうだな。まあそれはいいとして……じゃあ何故伝説では、消滅しただなんてことになってるんだよ?)


『それは簡単な理屈だ。太陽の剣とはすなわち、我を倒したという唯一の勇者の証だ。その証を守るための嘘だったのだろう』


(証を守るための……)


『そうだ。我の魂が太陽の剣の中に封印され、宿っていると人間の民衆に知られたら、それこそ我の封印がいつ解け、復活するか分からないという、人間共の不安を掻き立てることとなってしまい、太陽の剣を処分しようという話が持ち上がるであろう?』


(まあ……そうなるだろうね)


『しかしそれでは、勇者が勇者である証を後世まで残すことができなくなってしまう。それを恐れたが故に吐かれた嘘が、伝説となって残ってしまったのであろう。キッキッ……お前ら人間の英雄伝は、伝説どころかただの偽り言だったというわけだな』


(そんな……バカな……勇者の伝説が、嘘だったなんて……)

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