第8章 血を喰らう怪物【2】

 すると突如、さっきまで大人しかった吸血コウモリ達が一斉にギャーギャーという耳障りな鳴き声と共に羽ばたき始め、そして僕達が今まで進んで来た通路を逆走するように飛び去って行く。


 吸血コウモリ達はまるで、何かに怯え、その何かから逃げ出すような、そんな風に僕には見えたのだが、次の瞬間、穴の奥から何かがうごめくような音がし、それは段々と僕達に近づいて来ていた。


「どうやら洞窟の主のお出ましのようだ……」


「おいおいマジスター! お出ましとか悠長に言ってるけど、僕達まともな装備を持ってないんだぞ? 僕は短剣だし、あんたに至っては丸腰じゃないか!」


「うむ……しかしコヨミ、ここを突破できなければわしらはどちらとて死ぬ運命。もうわしらに、引き返す道など無い」


「くっ……ホント、ついてないよな僕達……」


「まったくだ……」


 まさか武器を奪われたことが、ここで大きく響いてくるとは……一体誰が考え出したんだ、こんな理不尽なシナリオ。


 そんなに僕達を、殺してしまいたいのか。僕達が何をやったというんだ。


 この世界は、僕をどこまで追い詰めれば気が済むんだ。


「ふっふーん……なに二人とも弱腰になってるのよ!」


 そんな僕とマジスターがメランコリーな気分に落ちている中、ルーナは威勢良く言い放ち、ホルスターの拳銃を取り出し、構える。


「わたしだって一人前の戦士よ! こうなったら魔物をさくっと倒して、さっさと洞窟を抜け出しましょ!」


「でもルーナ、お前の持ってるそれ、普通のリボルバーじゃないか! 魔物相手に拳銃だけじゃ物足りないような……」


「フン、コヨミこのハーミットはただのリボルバーじゃないわよ。この子の力、見せてあげるわ!」


「ルーナ! コヨミ! 来るぞ!」


 マジスターの声と共に、暗闇の奥で蠢いていた魔物ブラースティが、ついに僕達の目の前に現れたのだ。


 大きさは多分、四メートル程といったところか。その体表面の上部はこげ茶色の毛で覆われ、下部は白い皮膚を剥き出しにしており、そしてその皮膚部分は、まるでカタツムリのような吸盤状となっており地面にしっかりと吸着している。


 足は無いようだが、両手が存在しており、その手には、おそらくこの大穴はその爪で掘られたのだろうと、そう彷彿させるような巨大で、強靭な爪が存在していた。


 そして頭部にはコウモリのような耳があるのだが、それよりも特徴的なのがこの魔物、顔全体が全て口になっているのだ。


「ギュルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!」


 ブラースティの咆哮と共に口の中が露わとなり、口には幾千……いや、幾万ほどの牙が生えている。そしてお食事の最中だったのか、所々に血肉がこべりついていた。


 もしここで僕達がブラースティに殺されたのなら、多分あの口の周りに着いている血塊と同じようになるのだなと、そう考えただけで背筋がぞっとしてしまう。


 これはもしかしたら、過去最高にマズイものと出くわしてしまったのではないのだろうか。


「カッカッ……食事そっちのけでわしらを迎えにわざわざ出てきたというわけか。実に好戦的だな」


「わ……笑えねぇ……」


 さっき羽ばたいて行ってしまった吸血コウモリのように、僕もこの場から逃げ去ってしまいたいような気分だが、しかしそうもいかないだろう。


 僕は短剣を抜き取り、構える。


 剣ほどのリーチがあれば、僕だって自信を持って戦えるのだが、よりにもよって短剣。刃先は十七センチほど。これほど短いリーチだと、近距離戦闘どころか、近接格闘で魔物と立ち向かわなければならない。


 頼りになるのはマテリアルガントレット……しかし魔物には、魔力への耐性を持ったものが多く、相手の弱点に合わせた魔法を使わなければ大したダメージは与えることができない。


 それを見極めるのも困難だが、それ以上に僕の持っている三つの魔石の欠片の中に、奴の弱点属性の欠片が存在しているかが心配だ。


 とにもかくにも、勝ち筋のまったく見えない勝負。しかし勝たなければならない勝負。


 デッドオアアライブ。生きるためには、目の前の化物を死ぬ気で倒すしかない。


「ギュルオオオオオオッ!」


 ブラースティは両腕を挙げ、その鋭い爪を僕達に向けて振り下ろしてくる。


「コヨミ、掴まって!」


「えっ……! おうっ!」


 右手には短剣を握っているので、僕は左腕をルーナの腰に回し、しっかりと固定する。


「アクセルぜんかあああああああいっ!!」


「どわああああああああっっ!!」


 バイクのエンジン音が唸り、このままだとブラースティに急接近してしまうが、とにかくやつの一撃を避けるためにバイクは前進する。


 次の瞬間、ブラースティの両腕は振り下ろされ、僕達が先程まで佇んでいた地面は、奴の強靭な爪によって、まるでケーキをフォークで切り崩すかの如く、スッパリと切り裂かれてしまっていた。


 もしあの場にいたらと思うと、それだけで背筋がゾッとするね。


 爪の攻撃を避けることはできたのだが、しかしこのまま直進してしまうとブラースティに急接近してしまい、最悪の場合捕食されかねない。


 どうするつもりだ、ルーナは……!


「ルーナ! こっちだ!」


 瞬間、聞こえてきたのはマジスターの声だった。


 声のした方を振り向くと、マジスターはブラースティの丁度側部に向かってバイクで突っ走っていた。


 なるほど、通常時だとブラースティの両腕によって側部は守られており、通り抜けることはできないのだが、しかし僕達を攻撃しようとしたために、今ブラースティの両腕は前方に伸びており、側方には空間がある。


 そこを一気に走り抜けて、逃げ切るということか……勝機の見えない戦いなど、端っから挑まないと。


 しかしそれが正しい。


 僕達の装備状態もままならない。そして主戦場となるこの洞窟はブラースティの巣穴だけあって、相手にとって全ての有利な条件が整っている場所……どれをとっても、僕達が不利な戦況に立たされているのは明々白々である。   


 そんな状態で正面切って戦うなんて、まさに愚の骨頂。命を投げ出す行為。


 そういえばマジスターは引き返すことはできないとは言っていたが、逃げないとは言ってなかったからな。


 突破とはすなわち、ブラースティに挑むのではなく、ブラースティの隙を見て突っ切るということだったんだな……そこに気づけないなんて、僕もまだまだ未熟だな。

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