第8章 血を喰らう怪物
第8章 血を喰らう怪物【1】
僕は昼間に、このエトワール・ロックの全貌を見ていたわけだが、そりゃあ大そうな大きさであり、これ自体は一枚岩らしいのだが、一つの大きな山ほどの大きさと思ってもらってもいい。僕も最初は、その大きさから岩山なのだと思っていたのだから。
その一枚岩の外周をぐるっと半周する洞窟を、今僕達はバイクに乗って走行しているのだが、とにもかくにも長く深い。
外の光など全く入らず、まさに内部は暗闇となっており、バイクのライトだけが唯一の闇を照らし出す光となっている。
正直、一人だったら例えバイクに乗れたとしても、こんな穴に入ろうとも思わないけれど、目の前でバイクを運転している女の子は、ユスティーツフォートを抜け出す際、毎回一人でここを走っていたんだよな……。
性根が据わってるよ、この子は本当に。
「なあルーナ、この大穴って君以外のレジスタンスの戦士は知らないんだよね?」
「えっ? 多分そうだと思うけど、それがどうしたのよ?」
「いや……だったらこの大穴、どうやってできたのかなって思ってさ」
「ああ……そういえばそうね。そんなこと考えたことも無かったわ」
「無頓着だな……」
「女の子の脇腹を平気で摘まもうとするやつに言われたくないわね!」
「まだ気にしてたのか、そんなことを……」
「気にするわよっ! これから一生、ことあるごとに言い続けてやるわっ!」
「変なところねちっこいなぁ。そういうところは小ざっぱりしてた方が良いのに」
「フン……わたしは尻軽じゃないってことよ」
「そうかな……君のお尻はずっしりというよりは、ほっそりして軽そう……グフッ!!」
運転中に、腹を肘打ちされた。
でもさっきよりも軽めだったから、容赦はしてくれたようだ。そこら辺は考えてくれているらしい。
「でも、便利が良いからわたしも何も考えずに通ってたけど、アンタの言う通りこの穴ってどうやってできたのかしら……分かれ道も無いし、ただ真っ直ぐに繋がってるから、自然の物とは思えないわよね」
普通自然の洞窟なら、どこかしらが入り組んだり、枝分かれなんかして複雑なものになりそうなものだが、今のところそれっぽいものも見当たらなく、ずっと真っ直ぐに穴は伸びている。
洞窟というよりかは、通路に近いような、そんな感じもしなくはない。
本当にここは、ただの便利の良いだけの抜け穴なのだろうか?
そんなことをぼんやり考えていると、突然バイクはブレーキを掛けストップした。
「わっ! きゅ……急にブレーキ掛けてどうしたんだよ!」
「マジスターさんが止まってるから、わたしも止まったのよ」
右隣を向いてみると、ルーナが言っていた通りマジスターがバイクを停車させ、何故か上の方をずっと見ていた。
「どうしたのマジスターさん? 急に止まったりして」
「天井を見てみろ……どうやらここは、ただの大穴というわけじゃなさそうだ」
マジスターに言われた通り洞窟の天井を見てみると、そこには岩の壁が見えるのではなく、真っ黒い物体が逆さ吊りになって、びっしりと天井を覆っていたのだ。
「な……なんだこれ、気持ち悪っ!」
「ああ、コウモリじゃない。そりゃあこれだけ深く大きい洞窟ならいるでしょうに」
確かにルーナの言う通り、間違いなく天井に群がっている生物はコウモリなのだが、しかしマジスターは首を横に振った。
「否、あれはただのコウモリではない。吸血コウモリだ……」
「きゅ……吸血っ!? じゃああいつら僕達の血を吸ってくるんじゃ!」
「うむ……しかし吸血コウモリ程度なら、バイクで飛ばせば逃げ切れることができるだろう」
「じゃあさっさと行きましょうよ?」
「コヨミ、ルーナ、問題はそこではない。この大穴と……そして今、わしらがこうして立ち止まっているというのに、あの吸血コウモリ共は一向にわしらを襲ってこない。気になりはせんか?」
「あっ……そういえば……」
そう、僕達は今止まっている。
確か吸血コウモリは、生物から出ている熱を感知することで獲物を捕らえるとかなんとか、そんなことをどこかで聞いたことがあるような気がする。となると当然、こうやって呆然と突っ立ってる僕達にこいつらは気づいているはずだ。
しかしここまで大群を成していて、その中から一匹たりとも僕達に襲ってくる気配はない。ずっと天井にぶら下がったまんまだ。
せっかくの餌を目の前にして、我慢ができるほど利口な奴らでもないだろうし……確かにそう考えると、この現象は不自然だった。
「わしが思うに、この洞窟の中ではこいつらは餌を獲ることができないのかもしれん。この洞窟を制する、親玉がそうさせないのだろう」
「親玉? 吸血コウモリの主みたいなのか?」
「主……というよりは、もしかしたらこのコウモリ共も畏怖する、この洞窟自体の主がいるのかもしれん。コウモリじゃない、魔物がな」
「魔物……じゃあもしかしてこの洞窟って……」
「文字通り、巣窟というわけだな」
「えええええええええええええええええっっ!!!」
洞窟に響き渡るような大声で、僕は悲痛な叫びをあげた。
僕は今までずっと人間に追われていたから、敵は人間だけだと思っていたのだがそうではない。この世界には魔物という、厄介なもう一つの敵が存在していたのだった。
モチロン魔物といっても、人間と同じで一概に全てが敵であるというわけではなく、敵性のものもいれば、人と共生しているものもいるのだが……しかしこの大穴に潜んでいるやつは、多分僕達と仲良くしてくれるようなそんな魔物ではないのだろうな。
一難去って、また一難。
僕の安息の地はいずこへ……。
「でもマジスターさん、わたしここを何度も通ってるけど、そんな魔物なんて一度も見たこと無いわよ?」
「……ルーナ、お前はこの洞窟を夜間に通ったことはあるのか?」
「ないわよ。いくらお母さんに会うためにっていっても、ただでさえ昼間でも真っ暗なのに、夜にこんな気味の悪い洞窟に一人で入りたいとも思わないわ」
「そうか……だから遭遇したことが無いのかもしれないな」
「どういうこと?」
「うむ……わしがここに潜んでいるだろうと検討している魔物は夜行性だからな。だからルーナは一度も遭遇したことが無いのだろう。それにアレは眠る時、天井に張り付くから、もしこの洞窟を普通に通っているだけでは気がつきまい」
「えっ……じゃあ……」
「ここにはおる、間違いなくあの魔物が……肉を食うだけでは飽き足らず、その生物の血液をも全て喰らい尽してしまう魔物……ブラースティが!」
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