第5章 抵抗者達【4】

 彼女はマジスターに、土下座とまではいかないが、深く、深く、頭を下げて謝っていた。


「一体何故抜け出したんだ? マグナブラは今危険だから、独断で近づくのは禁止されていたはずだろ?」


「だって……お母さんが心配だったから、様子を見に行っただけよ。それこそあの爆破テロ以来、一度も様子を見に行けなかったんだから……」


「うむむ……お前さんの境遇を知ってるが故に、そう言われてしまうと弱ってしまうが、しかしお前自身の安全もあるからな……もし今の状況で兵士に捕まったりしたら、どんな仕打ちを受けることになるか……」


「うっ…………」


「マジスターさん、この子実際捕まりかけてましたよ」


「ちょっとアンタ! なにちゃっかり横から告げ口してるのよ!!」


「なにっ! お前兵士に捕まりかけたのかっ!?」


「捕まりかけたっていうか……その……」


「あー……捕まりそうになって、その後兵士に強姦されかけたんだっけ? あっ……これ言わない方が良かったかな?」


「ちょ……ちょちょちょっ! ちょっとアンタァ!! そんなドストレートにトンデモナイことを、軽く口滑らせた感じに言ってんじゃないわよっ!!」


「ぬわにいいいいいいいいっ! ご、強姦だとおおおおおおおおおっ!!」


 マジスターは声を荒げ、倉庫中に響き渡るような怒号に、目の前にいた僕とルーナは驚きのあまり目を丸くした。 


「ルーナ誰だ! どんな奴だ! そんな兵士はもう兵士ではないっ! 今すぐそいつの全身という全身の毛をむしり取って八つ裂きにしてやるっ!!」


「ちょ、ちょっと冷静になってマジスターさん!」


「というか、何で八つ裂きにする前に全身の毛をむしり取るんだ?」


「いやアンタも呑気に考察してないで、マジスターさんを止めるの手伝いなさいよ!!」


 まるで友の敵討ちに行かんがばかりの勢いで、先程乗っていたバギーに戻るマジスターを、ルーナが全力で食い止めている。


 やれやれまったく……血の気の多いおっさんに元気の良い女の子なこって。


「マジスターさん、許可無しに今マグナブラに行くのは禁止されてるって彼女に言ったのはあんたでしょ? 今からその兵士を八つ裂きにするのにマグナブラに戻るっていうのは、その約束に違反するってことじゃないのかな?」


「うっ……ぬぬぬ……はぁ……すまん、つい激昂してしまった」


「おっさんでそれだけ怒れるパワーがあるってのは元気な証だよ」


「くっ……カッカッカッ! そりゃあ良い解釈だコヨミ! カッカッカッ!!」


「な……なになに急に怒ったかと思ったら笑ったりして……」


「えっと……ルーナさんだっけ? もう大丈夫だから、離してやりな」


「えっ……あっうん……」


 目の前の状況に困惑していたルーナだったが、とりあえず僕の指示通り、マジスターの腕を掴んでいるその手を離してくれた。


「それに彼女への強姦は、僕が割り込んだから未遂で終わってる。その時軽く連中を痛めつけてやったから、あんたの出る幕は今更ねぇよ」


「そ……そうだったのか……なんというか、わしはそういう卑劣な、醜悪染みたものが大っ嫌いでな。兵団にそんな奴がいたと考えるだけでも身震いするわい。それに、今の仲間がそんな仕打ちを受けたとなると、そう易々と許せるもんじゃないわ」


「マジスターさん……ごめんなさい! わたしが勝手に砦を出たせいでこんなに心配を掛けちゃって……」


「うむ……ルーナ、君はレイヴン一族の数少ない生き残りなんだ。どうかその身、大切にしてくれ」


「……はい」


 マジスターからの忠告に、ルーナは肩を落として頷く。


 数少ないレイヴン一族……ということは、彼女の一族は何らかの理由で滅ぼされかけたということになるのだろうか?


 しかし、一体何故滅ぼされかけたのか……そもそもそのレイヴン一族とは、どんな一族なのか、あまりにも世界のことに無関心だった僕には、その知識は皆無だった。


 あの怠惰な日々が、今になって僕の足枷に徐々になりつつある。


 ツケというものは、いつかは支払うことになるのだが、今がその支払う時だと言わんがばかりに、僕はそれなりに、無知でいた自分を今恨んでいる。


 まあ、本当にそれなりにだけど。


「それでマジスターさん、何でこの人をここに連れて来たんですか? 確かこの人マグナブラの兵士だったような……」


「んん? まあそうなんだが、わけあってこちら側に着いてもらうことになった」


「わけあってって……リーダーはこのこと知ってるの?」


「モチロン、というより、ここにコヨミを連れて来るのはリーダーからの命令だからな。まあ所謂、引き抜きというやつだな」


「ええっ引き抜きっ!? しかもリーダーからの命令でって……でもそういえば、あの最低兵士共もアンタのこと、次世代の勇者候補とか言ってたわね」


「カッカッ! 何百人と居る兵団の中で、コヨミはトップクラスの剣の腕を持っとるからな」


「へぇ~……アンタすごいのね」


「ん……まあね」


 トップクラスっていっても、今や剣を扱ってる人間がいないからな。そりゃあ自然とトップクラスになるだろうさ。


 まあ……とは考えつつも、やっぱり女の子に褒められると嬉しいものだな。


「それで、今からリーダーの元に連れて行くって感じなのかしら?」


「うむ」


「ふうん……ねえマジスターさん、えっとコヨミくんだっけ? 彼この後何かしなきゃならないこととかあるの?」


「む? いや特に無いが。しいて言うなら、わしがこのユスティーツフォートの案内をしようと思っていたのだが……」


「じゃあそれ! わたしがその案内してあげる!」


「んん? ルーナがか?」


「ええ。だってマジスターさんは他にもやらなきゃいけないことがあるでしょ? わたしは今日任務が無いからさ」


「ふむ……む? ……ああ、そういうことか! よし、いいだろう! 施設案内はルーナに任せるとしよう」


 そういうことって、どういうことなんだよと、僕が切り返そうとする間もなく、僕の砦のガイド係はルーナに譲渡されてしまった。


 僕のガイド係なのに、僕に選ぶ権利は無いのか……まあ、どっちがやろうが、僕にとって特に問題は無いんだけどね。

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