第1章 レジスタンスの少女【4】

「まずは深呼吸して、ほら、スーハーって」


「ぐうううう……すーはー……すーはー……」


 僕の指示に、最初は抗ってくるかと思ったが、意外と素直に、彼女は僕の指示通りに深呼吸を数回してみせた。


「よし……落ち着いたかい?」


「……ちょっとは」


「そうか、なら十分だ……あっそうだ」


 僕は首に巻いているストールを外し、それを彼女に手渡す。


「これで隠したらいい。というか、隠してくれ。見たくなくても、その姿じゃ自然と目に入ってしまう」


「なによ……そんなに迷惑そうに言わなくてもいいじゃない」


「実際迷惑なんだよ……さっきも見えたせいで僕、思いっきりビンタされたし」


「それは……アンタが見たのがいけないのよっ!」


「見れたのはいいけど、僕もうちょっと大きい方が好みだし……」


「さいってえええええええっ!!!!」


「ぐわあああああああっ!!!!」


 右足のつま先を思いっきり踏みつけられた。


 彼女を襲っていた男達には、無傷で勝利を収めたというのに、何故その襲われていた当の本人から、ここまでの傷を負わされなければならないのか……。


 それから彼女は、ブツブツと何か文句のようなものを言いながら、僕から受け取ったストールを首元に巻き付け、破れた個所が見えないように覆い尽くした。


 どうにか機嫌が取れたと思っていたのに……でもこれで彼女は、なにを気にすることなく逃げ延びることができるだろう。


 一応、僕が彼女にしてあげられることは全てやったかな。


「うん、それで完璧に見えなくなったね。じゃあ、僕はパトロールのフリに戻るからこれで……」


 踵を返し、僕は先程この路地裏に入って来た道と同じ道を辿っていく。 


「ちょっと待ちなさいよ」


 しかし、僕の行く手を阻んだのは彼女だった。


「助けてくれたのはその……感謝するわ。でもあなた王都の兵士なんでしょ? レジスタンスを目の前にして、みすみす取り逃がしてもいいわけ?」


「……興味が無いんだ」


 彼女の疑問に、僕は足を止めるが、振り返りはしない。


「興味が無い? どういうことよ?」


「僕は別に、このまま王政が続こうと、レジスタンスが革命を起こそうと、どちらでもいいんだ。僕にとっての、人生の最大目標はもう叶わないからさ」


「人生の最大目標? なによそれ?」


 せっかくいい感じに言葉をまとめ上げて、去ろうと思ったのに、妙に食いついてくるなこの子……。


 なんだか長丁場になりそうな気がしたので、僕はそこでまた、彼女のいる方へと振り返った。


「なにって、そうだな……君達レジスタンスが王政を崩すのが目的なのと……」


「いやそうじゃなくて、アンタのその最大目標ってのは、一体なんなのよって訊いてるのよ」


「ああ……そっかそっか」


「アンタ……ちょっと抜けてるわよね、色々と」


「抜けてる? 何が?」


「はあ……もういいわよ、話を続けてちょうだい!」


「?」


 何故僕が、なにを咎められているのか分からないけれど、いいと言われたからまあ、いいのだろう。


「僕……勇者になりたかったんだ」


「勇者?」


「そう、世界を救うような英雄に憧れてたんだ……というか、本気で目指してた。そしてあと一歩ってところまでは来れてたんだ。だけど……」


「だけど?」


「だけど……間に合わなかった。その前にこの世界が、英雄のいらない世界になってしまった……」


 剣の腕が立たずとも、魔法が上手く使えなくても、引き金を引くだけで、強力なモンスターもあっという間に倒せてしまうような、そんな世界。


 例え魔物が集団でかかって来ようとも、兵隊が新型兵器を携え、最近開発されたという戦車というものを数台用意したら、一瞬で返り討ちに出来るような、そんな世界にここはなってしまったのだ。


 だからもう、誰かに世界の行く末をゆだねるとか、そういうことは一切無くなった。しいていうなら、軍を使って魔物の敵地に侵攻するか、それとも国を守るため防衛をするかという、そんな時代となったのだ。


 一人の勇者はいらない、一つの軍隊があればそれで事足りる。


 そういう世界に、ここはなってしまったのだから。 


「だから僕はもう、何もする気にはなれないんだ。どんなに頑張っても、英雄なんて呼ばれる日は二度と来ないからさ……」


「ふうん」


 食い気味に尋ねてきたかと思ったら、かなり素っ気ない返事をされてしまった。


 まあ、呆れるよなそりゃ。このご時世に、勇者を目指してただなんて、そんな口にするのもはばかれるようなことを本気で言われちゃあ。


 別にそれでもいいさ……誰かに理解してもらおうなんて、そんな気さらさらないし、もう果たせぬ夢、終わった希望なんだから。


「ねえ、質問がてら、もう一ついいかしら?」


 興味が無さそうにしている割には、色々と質問の多い子だなぁ……。


 まあ、急ぎの用事も無いし、むしろ暇なくらいだから、付き合うのはやぶさかでもないんだけど。


「なんだい?」


「アンタ、勇者になれないって言ってるけど、アンタにとっての勇者ってなんなのかしら?」


「僕にとっての……勇者?」


 軽く受け流す程度で、質問を返そうかと思っていたのだが、これはなかなか深い問いを出されたものだ。


「勇者と称されて、人々にあがめられたいから勇者になりたいのか、それともこの世界を救いたいから、勇者になりたいのか、アンタはどっちなの?」


「えっ! ああ……ううん……」


 急に選べと言われてもと、戸惑いながらも僕は少しの間、考える。


 そして考え抜いた結果、僕はこの二択からある答えを導き出した。


「……でもさ、この二択って同じことなんじゃないかな?」


「えっ!?」


 さすがにこの返答には、彼女も度肝を抜かれたようだった。


「同じことって、どういうことよ」


「いや……世界を救うからこそ、勇者と称されるのであって、かといって世界を救うだけじゃなくて、名誉もそりゃあある程度は欲しいだろうし、だから結局この二択って、同じところに行きつくんじゃないのかなって思うんだよ」


 僕の言ったことを、彼女は唸り声をあげながらしばらく、じっくり咀嚼するようにしながら考える。


「う……ううん……確かにそうね……アンタの言う通りだわ」


「でしょ?」


「だったら質問を変えましょう、アンタはこの世界では英雄になれないって言ったけど、ズバリアンタはこの世界、救われていると思う? それとも危機に瀕していると思う?」


「ええ? この世界が救われてるか、救われてないかぁ?」


 最早、質問の根本から挿げ替えられた気がするが、この子は一体僕に、どんな答えを求めているのだろうか……。

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