後日談 いつかの少年少女たち
エピローグ
そして。
月日は流れて。
久良岐魔法クラブの入り口に一人の女性が顔を見せた。
二十歳前後の栗色の髪をした女性は、キョロキョロと挙動不審な態度で受付の近くをウロウロしていた。
受付に立っていた矢羽タカミは、その姿を見て目を丸くした。
「こんにちは。――あら、もしかしてハクアちゃん? 久しぶりね」
タカミの声かけに、女性は硬直して真っ直ぐに見つめ返してくる。すると、彼女の側で魔力が動く気配がした。
すぐに理解したようにうなずくと、その女性――龍宮ハクアは安堵したようにうなずく。
「あ、タカミだったのね。良かった、見知った顔が居て」
顔をほころばせながら、ハクアはすぐにタカミの側へと近づく。そのすぐ後ろでバディである風見ジュンが実体化して追従する。
眼の前に立ったハクアを見て、タカミは懐かしそうに目を細める。
「来るって聞いてたから待ってたけど、ずいぶん大きくなっちゃってたからびっくりしちゃった。何年ぶりだっけ? もう立派な大人ね」
「三年ぶりくらいですよ。ご無沙汰しています」
「あら。敬語もうまくなっちゃって」
クスクスと笑いながら、タカミは腰に手を当てて言う。
「私が相手なんだからもっと砕けてくれても良いのに」
「私もいい歳ですから……でも、ちょっとだけお言葉に甘えます。……久しぶりね、タカミ」
照れくさそうに笑いながら、ハクアは肩の力を抜いて軽くあたりを見渡す。
懐かしの久良岐魔法クラブは、ハクアの記憶よりもずいぶんときれいになっていた。
内装も少し変わっているようで、懐かしい場所のはずがなんだか違和感を覚える。
「改装したの? なんだか見覚えがなくなっててびっくりしちゃった」
「そうなのよ。えっと、アキラって覚えてる? あいつがちょっと前にドルイドリドルの大会で優勝してね。うちの専属選手が優勝したことで有名になって、新規会員が一気に増えたの。プロチームも組むことになったから、どうせなら改装しちゃおうって久良岐さんが言ってね」
立ち話も何だし奥に行こうか、とタカミはいうと、近くのスタッフに交代を頼む。
受付から立ち上がったタカミは、ハクアを連れて奥の事務所へと案内する。古参のファントムであるタカミは現場のトップのようなものなのだろう。
昔から変わらないその雰囲気に、ハクアはなんだか子供の頃に戻ったような気分になる。
「そうそう聞いたわよ。ハクアちゃんも大活躍らしいじゃない」
「それほどでも……最近はちょっと不調だし」
「そう? 確か英国リーグで三十位以内に入っているんでしょ。今度のイングランド杯の予選にノミネートされてるって聞いてびっくりしたんだから」
「マギクスアーツの本場はどちらかというとアメリカの方だから、イギリスだと少し勝ちやすかっただけ。ほんとはもうちょっといい成績残せる予定だったんだけど、明星とかいう化物みたいな日本人選手のせいでレーティングが上がっちゃって」
五年前に契約したイギリスのデバイスメーカーとは、今でもプロリーグの所属組織としてお世話になっている。そこでマギクスアーツを中心に世界中の大会に出場し、少しずつ結果を残してきた。
そんなハクアの成長をタカミは純粋に喜んでくれる。
親族でもないのに、我がことのように嬉しそうにするタカミを見ていると、なんだか実家に帰ったような心地よさを覚えた。
「みんなハクアちゃんと会うの楽しみにしているよ。昨日から集まってるんだけど、今日も朝からずっとクラブの機器使って遊んでるの」
今年は、コウヤたちの成人式があり、それを理由に旧知の仲で集まることになったのだ。
ハクアも久しぶりに彼らに会いたいと思ったため、予定を調整して帰国したのだった。
「コウヤとはたまに話してるんだけど、キサキとは入院の直前に会ったっきりね。――まだ詳しい結果は聞いていないんだけど、調子はどうなの?」
どうせ会えばわかることだが、それでも尋ねてしまう。
キサキが目の治療のためにロシアへと旅立ったのは三年前の話だ。
手術自体は一年ほどで終わったらしいが、調整のために何度も日本とロシアを行き来していると聞いていた。なにせ世界初に近い治療法なので、後遺症なども含めて慎重に治療を進めているらしい。
一応、治療は終わったと聞いた。
その結果はどうだったのだろうか。
ハクアの質問に、タカミはニッと笑って親指を立てた。
「バッチリよ」
トレーニングルームの扉が開く。
そこでは、すでに霊子庭園が展開されていた。
青いベールに包まれたミニチュアの世界。その中で、二人のプレイヤーがしのぎを削っている。
その周囲では、沢山の観客が集まっていた。
顔が認識できないハクアの代わりに、そばに立つ風見ジュンが一人ひとりについて念話で教えてくれた。
アキラやシノブと言ったクラブの関係者はハクアも覚えている。オリエントの関係者については三年前に少しだけ会話をした程度だが、それでも好感を覚える人たちばかりだった。また、自身の兄であるクロアや、宿敵であるキリエの姿などもそこに混ざって騒ぎに参加しているようで、なんだか不思議な気分である。
彼、彼女たちは、一様に霊子庭園内で行われている試合に向けて声援を飛ばしている。
よっぽど盛り上がる試合展開なのだろう。白熱した観客達は誰もが楽しそうで、自然と混ざりたい気分になった。
「ねえ、ジュン」
ハクアはその騒ぎの渦中に近づきながら、わかりきったことを尋ねる。
「試合しているのは誰?」
答えは聞かなくてもわかった。
霊子庭園の中では若い男性と女性が次々に魔力弾を放っている。フィールドを縦横無尽に駆け巡るその二つの影は、まるで楽しいダンスでも踊っているようだった。
その姿を見て、ハクアはつぶやいた。
「おかえり」
※ ※ ※
引き金を引くたびに魔力が弾丸となって空間を切り裂く。
次々と現れる的を的確に撃ち抜いていく。
青いベールに包まれた仮想空間の中で、仮初の身体が一撃ごとに熱を持ち、意識が擦り切れそうなくらい高揚していく。
「ねえ、コウちゃん」
フィールドを駆ける女性が、同じく走ってきた男性と交錯する瞬間、そう声かけてきた。
「なんだよ、キサキ」
背中合わせに立ち止まった男性は、手に持った銃型のデバイスを持ち替えながら尋ね返す。空中を飛ぶクレーからは一時も目を離さない。
互いに同じ的へと銃口を向ける。
全身の魔力を励起させ、デバイスに通す。起動する魔法式は至って単純な魔力弾の術式。コンマ秒とかからず、引き金を引くと共に魔力弾が発射される。
二つの魔力弾は宙を駆けて行く。
それを見送りながら、女性は満面の笑みで何かを言う。
同じく男性も、興奮を隠しきれない表情で答えた。
二人の姿は、まるで中学生のように生き生きとしていた。
END
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