第52話 生傷だらけの魔法士



 キサキが予選会場に戻りついたとき、すでに六試合目が始まってしまっていた。


「はぁ、はぁ……嘘……」


 息を切らしながら競技場に入ったキサキは、目の前で行われている試合を呆然と眺めた。


 ここに戻ってくる途中、自然派に所属する教師に見つかってまたも足止めを食らいそうになった。なんとか振り切って戻ってきたのだが、その時には、六試合目のオープニングフェイズが始まってしまっていたのだ。


 必死で息を整えていると、上から声をかけられた。


「おい比良坂! そんなとこで何してんだ」


 見上げると、佐奇森ヤナセの他、数人の友人たちが観戦席で固まって試合を見ていた。


 キサキはすぐに裏手に回って観戦席に上がると、佐奇森に食い気味に尋ねる。


「ザッキー! 試合、どうなってる?」

「好調、とは言い難いけど、奮闘してるよ。なんでかあいつ、いつも持ってるデバイスを使ってないんだ。だからいつもみたいに魔法が使えてない」


 ずっと観戦をしていたヤナセが、渋い顔をして答えた。


 四試合目――遠宮キヨネとの対戦は、僅差で勝ったという。

 五試合目――神夜カザリとの対戦は、圧勝だったが最後に足を引っ張られたそうだ。


 そんな状態のまま、もう一試合に挑んでいる。


「コウちゃん……!」


 悲壮な表情を隠せずに、キサキは祈るように霊子庭園内のコウヤを見守る。


 見ると、コウヤは右手に拳銃型のサブデバイスを、左手には騎銃型のメインデバイスを握っていた。

 いつの間に銃型デバイスを調達したのか、と驚いていると、横から声をかけられた。


「私が貸したの。試合が終わったあとにね」


 振り返ると、そこには立ったまま試合を観戦する遠宮キヨネの姿があった。

 彼女は厳しい顔でディスプレイを見ながら、ブツブツと文句を言う。


「もう、私のデバイスであんなにボコスカ殴ってくれちゃって。銃型デバイスは鈍器じゃないっての……。使えって言ったのは私だけど、あんな戦い方するなんて聞いてないよ。霊子庭園内のモデリングとは言え、ヒヤヒヤするじゃない」

「き、キヨネちゃん……? どうして」

「鏑木くんに何かあったんでしょう? 比良坂さん」


 キヨネはちらりとキサキを見やると、またディスプレイに視線を戻した。

 その横顔はどこか緊張しているようにこわばっている。食い入るように画面を見つめたまま、彼女は続ける。


「全力が出せなくて負けるなんて許せないでしょ。だから貸したの。でも――そろそろ限界みたいね」

「え?」


 キヨネの言葉に引っ張られて画面を見る。


 試合の様子は、劣勢だった。

 二丁拳銃スタイルで接近戦を挑もうとするコウヤに対して、未髙原スバルという上級生はひたすら距離を取っての遠距離戦を選んでいた。彼のバディであるリオ・マーシャルがスバルを抱えて移動し、二人三脚のような格好で射撃戦を行っていた。


 それは、一つ前の神夜戦を見たからこその作戦である。接近格闘戦を挑んでくることがわかっているのならば、それをさせなければいいという作戦だ。この短時間で対策を組んでくる辺り、さすが上級生ペアと言えるだろう。


 ここまでピッタリとバディがくっついてしまうと、下手に手出しをすることが出来ない。コウヤもテンカもうまく相手のペースを崩せず、スコアは一進一退だった。


 魔力も限界なのだろう。コウヤの魔力弾は、一撃一撃の威力が見るからに落ちている。何より、今の彼は属性攻撃の魔法式を破壊されているので、メインフェイズにおいて、属性クレーを落とすことが出来なかった。


 テンカが目に入る範囲のクレーを全て撃ち落としていくが、これも限界が見えてきた。


 はっきりと、劣勢であると分かる。

 それなのに――


「なんで……」


 思わず、言葉を漏らしてしまう。

 どうして、彼らはあんなにも、勝利を諦めないで戦えるのか。


 コウヤがわざとファントムにぶつかりに行った。タイミングが上手い。三試合目の時と同じで、敵が自殺点を行ってしまう。それによって、一時的にコウヤ側がリードする。


 どんなに不利な状態であっても、コウヤは全く引かずに、自身の持てる手段を尽くそうと、全力で戦っている。


 ――おそらく、彼はずっと、海の向こうでそんな戦いをしてきたのだ。


 六試合目が終わる。

 結果は、四点差で勝利。

 相手の自殺点によるリードを保ったまま、ラストフェイズでのエネミー戦を、テンカが最大スキルで一掃するという形での試合終了だった。


 続く七試合目は、調整の関係で十分後に行われるそうだ。

 最後の最後で、少しだけ時間ができた。

 キサキは、飛ぶようにして控室へとデバイスを持って駆け出した。



 ※ ※ ※



 控室で、コウヤは荒れた息を懸命に整えていた。


 テンカの方も、さすがに疲労が溜まってきているのか、ぐったりと横になっている。身体の体温を極限まで下げて、因子の回復に務めているのだ。


 そんなところに、キサキは息を切らせながら入ってきた。


「コウちゃん! 遅れてごめん。これ、デバイス」

「……、は、ぁ。はぁ。はは、待ちくたびれたぜ。サンキュー」


 辛そうにしながらも、コウヤは笑顔でデバイスを受け取った。


 キヨネに借りた騎銃型デバイスは使い心地の良いものだったが、いかんせんこのデバイスを最大限に使いこなすだけの魔法式がない。コウヤが持つ魔法式のメモリはほとんどが破壊されてしまっているのだ。

 その上、二丁拳銃スタイルは武闘派の相手には使いづらい。


 次の相手は、あの龍宮クロアなのだ。

 疲弊しきって手札も限られている今のコウヤが、あの上級生を相手に勝つには、遠距離からの狙撃戦しか手段はない。


「キサキ。テンプレートの術式を教えてくれ」


 小銃ライフル型デバイスを手に持つと、コウヤはすぐさま電子端末と接続して、魔法式のデータを確認し始める。

 ディスプレイには、内部データが次々と表示されていく。


 その意図を汲みとったキサキは、横から口を挟んでいく。


「一番ブロックは、オーソドックスな魔力弾の生成。チャージ時間で威力が上がっていくように構成している。二番ブロックは、狙撃用ね。自動照準はついていないから、その時々でマテリアルをコンバートする必要がある。その二つは、コウちゃんが使っているのとほとんど同じだから問題ないと思う。問題は、三番以降。属性と、強化弾。概念属性の方は、ちょっと複雑だから、すぐには使えないと思う。ごめん」

「何謝ってんだよ。こいつを貸してくれるだけで、十分すぎるっての」


 軽口を叩きながら、ぽんとデバイスを叩いてみせる。

 コウヤは全ての魔法式に目を通すと、メモリスロットを入れ替える


「コンバータは基本的にこのままでいいとして、マテリアルは少し入れ替えたほうが良いな。無事だった『枯草』と『弾道補正』の魔法式を入れよう。五番ブロック以降の魔法式は使えなくなるが、その分はその場で組み上げるしか無い」

「……行けそう?」

「さあな。なにせ、相手は俺の知る限り、最強の敵だ」


 個人競技で言えば、龍宮クロア以上のシューターは海の向うにたくさん居た。が、バディ戦となると、ここまでの相手は経験がない。


 何より、彼には成長した今でも、マギクスアーツで負けている。

 リベンジという状況で、ハンデがあるのは精神的にも重い。


「状況は最悪……だけど、こんなのはいつものことだ。アウェイでの試合は慣れてる」


 そう、強がりを言うコウヤに、キサキは心配そうに話しかける。


「コウちゃん、デバイスが壊された時にも、ちょっと言ってたけど……あっちでは、いつもこんな試合ばかりしてきたんだ」

「ここまでのピンチは中々なかったけどな」


 コウヤは昔を懐かしむように、目を細める。


「賞金がかかっている試合ほど、ルールなんてあってないようなもんだ。アマの大会なんか、嫌がらせや裏工作はしょっちゅうだったよ」


 始めの頃は、貴重なデバイスを物理的に破壊されてまともにゲームにならなかった。親が反対していたので、新品のデバイスを買うお金なんてなかった。だから、ジャンク品を自分で買い集めて、組み立てるところから始めた。


 例え万全の状態でゲームに参加しても、今度は八百長が横行した。

 クレーを破壊しても得点を得られず、プレイヤーアタックを食らっても、マイナス得点にならない。ひどい時には、ゲーム開始の時点で、相手プレイヤーの周囲にフラッグが集中していたこともある。


 國見キリエによる妨害などなくても、アマチュアの試合なんてものは、そういった不正行為であふれているのだった。


 いつからだろうか。

 そんな中で戦うのが、当たり前だと感じるようになったのは。


 ティーンエイジャー相手に、大の大人たちが、全力でイカサマをしかけてくるのだ。それらの相手を、試合相手ではなく『敵』だと認識するまでに、時間はかからなかった。


 デバイスの管理は、例え運営相手でも人には任せなかったし、試合会場では誰とも話をしようとはしなかった。プレイは大げさに、そしてはっきりと分かる形で。例えイカサマが裏で進行していても、それで結果が覆らないくらいに、派手で正確な結果だけを残してきた。


「誰も信用なんてできなかったさ。だって、そもそも家族が信用ならない。だったら、とことんまで割り切って行くしかなかった」

「……どうして、そこまでして」

「さあ。なんでだろうな」


 悲壮な顔で尋ねるキサキに向けて、コウヤは肩をすくめてみせる。

 それから、ちらりと、休んでいるテンカの方を盗み見て言った。


「誰かさんの言葉を借りるなら、多分俺にとって、だったんだろう」



 帰りたい。

 日本に帰りたい。

 日本に戻って、約束を果たしたい。


 ただその一心で、泥に塗れ、汚泥を飲み込み、卑怯な手段を覚えていった。

 途中から、何のためにそこにいるのかわからなくなった。



 元は、肘を治すためだったか? いや、そもそも親に連れて行かれただけだったんだっけか。何が好きだったのか。何が譲れなかったのか。色んな物をなくしてしまうくらいに、追い詰められた日々を送った。知略にまみれ、謀略に巻き込まれ、横暴を振るわれた。賞金を手にした帰り、襲撃されたことは一度や二度ではない。警官すらも、敵だった。被害届を出したら、反対に有り金をむしりとられた。子どもと見るやいなや周りはすぐに自分を侮ってきた。自衛を考える毎日。何のためにそんな日々を送るのか。何のために頑張っているのか。引き金を引くたびにその結果を計算して心がすり減っていった。安全な帰りの逃走ルートを確保し、時には他者を巻き込みながら、そうやって少しずつ資金を集め、ボロボロになりながら自宅に帰り着き、そして、自分の薄汚れた姿が目に入り、空虚な思いを抱いて――



 そして――かつて、夢中だったものを失った、最悪な記憶を思い出した。



 小学生の頃に野球を失った。

 自分の半身とも言うべき生きがいを奪われて、生きる意味を失った。


 その時に。

 手を差し伸べられたんだ。


 新たな生きがいをくれた、少女のことを思い出した。


「お前が再起不能になったって聞いて、悔しかったよ」


 宝物をなくしてしまったような表情で、コウヤはしんみりという。


「本当に悔しいのは、お前のはずなのにな。でも俺は、本当に悔しかった」


 デバイスを調整し終えて、コウヤは立ち上がった。


「ほんとは、こんなことを言うのは、おこがましいのかもしれない。でも、俺には痛い程分かるんだ。何よりもシューターズが好きだったお前が、それを奪われたんだ。その時の気持ちは、誰よりも理解してやれると思う」


 かつて失ったことがあるから。

 そして、その上で救われたから。


 だから。


「これが恩返しになるとは思えない。けれど、見ていてくれ」


 ライフル型デバイスを片手に持ちながら、コウヤは試合へと向かう。


「行くんですのね」


 ひょこっと起き上がったテンカが、パンと拳を手のひらに叩きつける。

 そんな彼女に、コウヤは気遣わしげに言う。


「身体は大丈夫か? 『アレ』を使ったんだ。さっきの試合も調子よくなかっただろ」

「安心してくださいまし。。次は遅れを取りませんわ」

「そうか。なら期待するぞ」


 そう言うと、コウヤは右の手のひらを上げる。

 そこに、テンカがパンっと右手を打ち合わせた。


「行こう、テン。勝って後悔をなくしてやろうぜ」

「了解ですわ。二年越しのリベンジと行きましょう」


 気負いを感じる。

 それは危険なものだとわかっている。かつてそれで、六年間続けた野球を失った。賭ける思いが強すぎると、空回りして、しっぺ返しが来るのは、経験済みだ。


 だが、この胸の思いは止められなかった。


 別に、今、この時が最後というわけではない。これからも、試合をする機会はたくさんあるだろう。今ここで負けたからといって死ぬわけではない。


 けれど――譲れないのだ。


 他の種目ならいざしらず。

 ことがソーサラーシューターズにおいては、むざむざと負けることなんて、例え誰かが許したとしても、自分自身が許せない!


 状況が悪い? 勝ち目が薄い?

 知った事か。


 負けた時は負けた時だ。今はまだ、考えなくていい。

 考えることは、勝つことだ。


 死力を尽くせ。知力を尽くせ。気力を尽くせ。


 さあ。

 最強の敵を倒しに行こう。



 ※ ※ ※



 試合場で、鏑木ペアと、龍宮ペアは向かい合った。

 遠見センリが、冬空テンカを見て、驚いたように目を見張ってくる。


「カカカ! こうして向かい合うのは二年ぶりだな。以前は小娘だったのが、随分と色気づいてんじゃねぇか。そんだけ成長しているってことは、ますます侮れねぇな」

「あら、お褒めいただき光栄ですわ。けれど、敵に振りまく愛嬌は持ってないのですの。二年前のようにはいかないので、覚悟なさいな」


 不敵な笑みを向け合い、ファントムは互いに見つめ合う。


 そして、魔法士の側。

 視線を合わせた龍宮クロアは、真っ直ぐな瞳をこちらに向けている。


「普段のデバイスと違うな。トラブルか?」

「まあ、そんなところです」


 肩をすくめてみせるコウヤに、クロアは渋い顔をする。


「そんな状態だと言うのに、よく勝ち越せるものだ。尊敬するよ」


 クロアはしみじみとそう言うと、真摯な瞳を向けてくる。


「正直に言うと、こんな形で勝負するのは残念だ。できれば全力のお前と勝負をしたかった」

「はは。なんすか。だったら、手でも抜いてくれるんですか?」

「いや。その必要はあるまい」


 ゆるりと、クロアは首を振ってみせる。


「少しでも気を抜けば、お前は勝機を逃さないだろう。そんな相手に、手を抜く必要はない」


 だから、本気でかかると。

 真剣な瞳で、彼はこちらを射抜いてきた。


 それ以上の言葉はいらなかった。


 霊子庭園が展開を始め、二人の体が霊子体へと転換されていく。


 最後に、コウヤはちらりと観覧席の方を見た。

 ちらりと、教頭の姿が目に映る。苦々しそうな顔でこちらを見ている。それを見て少しだけ胸がすく思いだった。


 キサキが駆け込むようにして観覧席に入ってきた。

 彼女のその姿を見て、思い残すことはなくなった。見ていてくれと、心の中で言いながら、コウヤは目の前に集中する。



 ステージは、森林ステージだった。

 山奥の集落を模したステージで、森に囲まれた外周エリアと、林の中に高見台や木造家屋が立ち並ぶ中央エリアで区分けされている。

 かつてコウヤたちが、初めてキサキとタカミのバディと戦って勝ったステージだ。



 狙撃のし易いステージでもあるので、狙撃型のデバイスが役に立つ。


 3、2、1.

 ゲームスタート!


『オープニングフェイズが始まりました』


 外縁エリアを駆けながら、テンカへと念話を送る。


(まずはオープニングフェイズで出来るだけ得点を稼ぐ! テンは、可能な限りセンリと会わずに、敵周辺のフラッグを破壊してくれ)

(わかりましたわ。ご武運を)


 短く言って、念話を切る。


 そして、手近にある外周フラッグを二つほど破壊し、中央エリアのフラッグを狙撃しにかかろうとした。


 その時だった。



。メインフェイズに移行します』



 まだ、オープニングフェイズが始まって、二十秒も経っていない。


 それにもかかわらず、モノリスが破壊された。

 テンカではないだろう。ということは、これは相手の策ということだ!


(やられましたわ! まずい。コウヤ、逃げて!)

「――え?」



 強烈な勢いで飛んできた念話に、ハッとして、顔を上げた。

 その時だった。



 流星の如き光が飛来し、コウヤの下半身を砕いた。




 鏑木ペアVS龍宮ペア

 スコアボード 2対マイナス8



 メインフェイズ、開始。



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