第26話 鏑木コウヤVS遠宮キヨネ 二戦目
○遠宮清音
魔力性質:固形
ステータス
魔力総量B 魔力出力C 魔力制御B 魔力耐性D 精神強度D 身体能力C 魔力感応C
○ヨハン・シュヴェールト
原始『■■■■■』
因子『剣術』『教義』『伝承』『殺人術』『■■■』『決闘』
因子六つ。ミドルランク
ステータス
筋力値B 耐久値B 敏捷値C 精神力C 魔法力E 顕在性D 神秘性B
霊具『■■■■■■■■■■■■■■』
遠宮キヨネとヨハン・シュヴェールト。
この二人の試合をコウヤは見たことがない。
バディ戦に関係する講義では一緒になったことがなく、また模擬戦などを見る機会もなかったため、完全に初見となる。
キヨネの実力もまだはっきりと測れていないが、何よりヨハンはとらえどころのないファントムだ。
一見すると覇気のないくたびれたオッサンという感じだが、それがポーズであるというのを、コウヤははっきりと理解している。
警戒が必要だ――が、これからやるのはシューターズだ。
「テン。打ち合わせの時間はあんまりない。とりあえず、決めたパターンの内、急戦型でやっていこうと思う」
「……コウヤにしては随分と消極的ですわね。でも、わかりましたわ」
不思議そうにしながらも、テンカはこくりとうなずいてみせた。
急戦型は、オープニングフェイズを速攻で終わらせ、メインフェイズを中心に戦う形だ。
オープニングフェイズでは立ち位置によっては取れないフラッグが出てくるため、得点差は運に左右される。そこを避けて、クレー射撃でアドバンテージを取るというのが狙いだった。
コウヤたちが作戦会議を終えると、キヨネたちも丁度顔を上げたところだった。
キヨネは険しい顔をしてこちらを睨んでいる。その表情はいっそ悲壮なくらいで、まるで自分自身を追い詰めているようでもあった。
開始前の挨拶などなかった。
互いに増幅器にデバイスをつなぎ、霊子庭園を展開させる。
ステージはランダムにするという取り決めだった。どんなステージがあらわれるか、青いベールが引き終わるまでわからない。
「――ちっ。運が悪い」
霊子庭園が展開し終わった瞬間、コウヤは思わず舌打ちをうった。
展開されたのは、火山ステージだった。
障害物が岩肌しかなく、またフィールドのいたるところに溶岩が流れる難易度の高いステージだ。
バディ戦ではたいていステージがお椀状になるのだが、火山ステージでは中央部に山が出来ているため、山と谷が重なり合う高低差のあるステージになっている。
このステージでの一番の問題は、テンカが思うように力を発揮できない点だ。
(コウヤ。やることは変わりませんが、速攻で片付けますわね!)
雪原の神霊であるテンカは、高温に弱い。
二年前に比べれば夏の気温くらいならば活動に支障をきたすことはなくなったが、火山地帯くらいの環境になると、流石に耐えきれないはずだ。
当初の作戦通りではあるが、より一層積極的に責める必要がある。
そう意気込んで、テンカは中央エリアにあるモノリスを破壊するために駆け出す。
と、その時だった。
「おっと、お嬢ちゃん。そうはさせられないね」
テンカの目の前に、ヨハンが立ちふさがった。
彼は手に両手剣を持って、ゆらりと立っていた。
西洋風のロングソードをだらりと下げた姿は、日本剣道における下段の構えのようである。構えてこそいるが、そこに緊張感はなく、ただふらふらと現れただけのように見える。
そのあまりに気の抜けた様子に、テンカは毒気を抜かれる。
「はは……止まれと言われて、素直に止まるとでも?」
慌てて気を張りながら、テンカは冷気を噴出させつつヨハンに敵意を向ける。
そんなテンカに、ヨハンは相変わらず気の抜けた反応を返す。
「いんや? そうは思わないさ。――けどね、お嬢ちゃん」
のらりくらりと躱すように言いながら、ヨハンはまるで散歩にでも行くような気軽さで、その一歩を踏み込んだ。
その瞬間を、バディであるコウヤは目にすることが出来なかった。
それどころか、当のテンカですら、何をされたのか全く理解できなかった。
「君が止まらなくても――俺の剣が君を止めるさ」
それは、瞬きほどの間隙だった。
下段から振り上げられた剣は、テンカの右腕を斬り上げ、更に振り下ろしの一閃によってその素っ首を刎ね飛ばした。
「―――ぇ」
口腔内に残ったかすかな空気が、驚きの声となってこぼれ出る。
自身の体が霊子の塵となって消えるのを、テンカは生首の状態で俯瞰することになった。それすらも数秒の猶予でしかなく、間もなくテンカはその全身を消滅させた。
「て、テン!?」
一瞬の出来事に、コウヤは思わず射撃の手を止めて中央エリアを凝視してしまう。
まさに、電光石火の出来事だった。
テンカを斬り殺したヨハンは、また元のようにゆらりと立ち上って、緊張感のない態度で軽く剣を振るって見せる。
まるで流血を振り落とすように、ロングソードに残った霊子の粒は辺りを舞い、テンカの消滅を決定づけた。
そして――ヨハンは剣を片手に下げ、構えを解いて顔を上げた。
「………ッ」
目が合った。
彼は今、外周エリアに居るコウヤへと視線を向けたのだ。
「くそ、やられた!」
コウヤは慌ててその場から飛び退くと、近くの岩陰に隠れた。
ヨハンのことは、警戒に値する相手だとは認識していた。
あのくたびれた仕草は外面に過ぎず、その内側には油断ならない老獪さが隠れているのだと分かっていたはずだ。
だが――まさか、ここまでとは思わなかった。
(テンだって弱くはない。それは、この二ヶ月で何度もバディ戦をやってきたから分かる。だから――あいつは、それ以上だったってことだ)
瞬殺だった。
確かに、火山ステージで全力を発揮できなかったことや、不意を討たれたというのはあるだろう。それでも、無抵抗にやられるほどテンカも弱くはない。それを許してしまうほどに、相手の方が上手だったのだ。
そんなファントムが、今、自由に動き回れる立場にいる。
(切り替えろ。テンが居ない以上、それを前提に組み立てるしか無い)
オープニングフェイズでは、外周エリアと中央エリアは分断されていて、魔力弾以外の干渉ができなくなっている。
つまり今はまだ、ヨハンが直接攻撃してくることは出来ない。
だが、もしメインフェイズに入ってエリア間の行き来が自由になったら、彼はまっすぐにコウヤを殺しに来るだろう。もちろん、マイナス得点は発生するが、その時点でキヨネとコウヤの間に十点以上の差があれば問題がない。
これはシューターズのシングル戦。
一点でも相手より得点が多ければ勝ちなのだから、その手段を取りに来るのは確実だ。
(今の得点は――5対8。あっちが三点優勢か)
コウヤがテンカの消滅に気を取られている間に、キヨネは着実に得点を重ねていたらしい。この得点差が十点になった時点で、コウヤの負けが決定することだろう。
そうはさせないと、コウヤは
外周エリアのフラッグを立て続けに2つ破壊した後、中央エリアにあるフラッグが目に入ったので、それも流れるように撃ち抜こうとした。
その時だった。
中央エリアに向けて撃った魔力弾が、横から弾かれたのだ。
「――おっと。それもさせないよ」
魔力弾を剣で弾いた当人――ヨハンは、ヘラヘラと笑いながらその場に着地した。
距離は百メートル近く離れている。それなのに、ヨハンはまるで直ぐ側でも見るかのように、外周エリアにいるコウヤへと目を向けている。
「……ぐ。マジか」
コウヤは移動をしながら、デバイスをメインの小銃型に持ち替えると、ヨハンに向けて強化魔力弾を連続で発射する。
ファントムの霊子体を傷つければ、最初の一回だけボーナスで十点が得られる。
一点フラッグを破壊するよりは遥かに効率がいい。そう思ってのとっさの行動だったが、それすらも無意味だった。
ヨハンは、手に持った両手剣を器用に振るって、強化魔力弾のことごとくを撃ち落としてみせたのだ。
避けてしまったほうが早いはずなのに、わざわざ全てを受けきってみせたのは、余裕のアピールだろうか。
ファントムの射撃点は、霊子体に触れなければ発生しない。彼の武器はおそらく魔力で編んだ物で、彼の本体ではないのだろう。
(――まずい。作戦を誤った)
当初は、メインデバイスの小銃型で遠間から狙い撃ちしていくつもりだったのだが、現状では遠距離射撃は全てヨハンに弾かれる。よほど隙をつかない限り、あの剣士の防衛をかいくぐっての得点は難しいだろう。
ちらりとスコアを確認する。
7対12
5点差――
「く……! 『
その場から駆け出しながら、デバイスに魔力を通して認識阻害の魔法式を発動させる。
周囲の景色にコウヤの姿が溶け込んだ瞬間、オープニングフェイズが終了した。
『オープニングフェイズが終了しました。間もなくメインフェイズが開始します』
メインフェイズに移行したことで、中央エリアと外周エリアを隔てていた結界が解除される。
これにより、プレイヤーとファントムは、フィールドを自由に動き回れるようになった。
なんとか認識阻害の発動が間に合った。
これで少しの時間ではあるが、ヨハンの目を逃れて射撃を行うことが出来る。
と――岩陰を移動しているコウヤに、声がかけられた。
「あいにくと、丸見えだよ。少年」
ハッとあたりを見渡したコウヤに、上方から落石が襲ってきた。
反射的に落石を避けるため、コウヤは岩陰から転がり出る。そんなコウヤの前に、ヨハンが飛び上がりながら近づいてきた。
「この! 『シュート』!」
考えるよりも先に、
流れるように組み上げられた魔力弾は、咄嗟とは思えないほどの精度で空を裂いて突き進む。
しかし、それすらもヨハンは切り落としてみせた。
立て続けに射出される魔力弾を物ともせず、ヨハンはまたたく間にコウヤに迫ると、目の前に立ちふさがった。
枯草の外套で周囲と同化しているはずのコウヤを、目の前のファントムはあっさりと看破して追い詰めてきた。
「なん――、で」
「認識阻害か。あいにく、そういう秘匿の解明はオジサンの得意分野でね」
ヘラヘラと笑いながら、ヨハンはぐっと距離を詰めてくる。
西洋風の革製防具がほんの目と鼻の先にある。
年季の入った戦士の装いだ。手に握った両手剣は岩肌に乱暴に突き立てられ、威圧感を放っている。
それだけでも、目の前の男が自分とは違う時代の人間なのだと分かる。
「さて」
相変わらず緊張感のない声色で――しかし、その出で立ちからは油断なく緊張感をほとばしらせながら、そのファントム、ヨハン・シュヴェールトはコウヤを見下ろした。
「次の手はあるかい?」
「……! さぁ、な!」
少しでも体を動かせば触れ合えるほどの近距離である。
おそらくは、コウヤの動きを封じるためにこれほど密着しているのだろうが、しかしコウヤは、僅かな動作で魔力弾を撃つ訓練をしている。
彼は右手に下げた
この距離なら、たとえ相手がファントムであろうと外さない。
妨害するのならコウヤの首を切り落とすしか無いが、得点差を考えるとヨハンはその選択を取ることが出来ない。少しでもコウヤの体にヨハンの攻撃が触れれば、その瞬間マイナス十点なのだ。だからこそ、今この瞬間だけは、コウヤが一方的に攻撃できるチャンスだ。
そんな、確信に満ちた一撃。
しかし――それは不発に終わった。
宙を舞ったのは、
綺麗に切断された銃身は、数秒の滞空時間を経た後、霊子の塵となって消滅する。
コウヤの右手には、銃身が切り飛ばされたサブデバイスの残骸が残っていた。それも、モデルの形が崩れたために、すぐに霊子の塵となって跡形もなく消え去った。
「―――ッ」
目の前では、ヨハンが両手剣を空へと掲げている。先程まで地面に突き立てられていたはずのロングソードが、いつの間にか上を向いていた。
剣を切り上げる瞬間は、全く見えなかった。
これが、霊子生体ファントム。
ファントムとは上位次元の生命体であり、人間では遠く及ぶことの出来ない上位存在である。それは今更語るまでもない事実であるが、それを今、目の前で突きつけられて、コウヤは戦慄に身をこわばらせることしか出来なかった。
そんなコウヤに向けて。
ヨハンはただ一言、言葉を繰り返した。
「さて――次の手はあるかい?」
「……は、はは」
直接傷つけずとも、ヨハンはコウヤの行動を止めることが出来る。そんな明確なまでの詰みを提示されて、もはや笑うしか無かった。
※ ※ ※
目の前にヨハンがいる限り、コウヤにはこのゲーム中に取れる手段がない。
あとはただ、ゲームの終了条件が整うのを待つしかなかった。
ゲームは進み、スコアが更新されていく。
メインフェイズのクレーが射出され、それを破壊する音が響いてくる。キヨネが淡々とクレーを破壊し、得点が開いていく。
7対14、7対16、そして――7対18。
11点差。
それは、マイナス得点を差し引いても、勝ちとなる点差。
勝利条件が整った瞬間、ヨハンは振り上げていたロングソードを、雷のように振り落とした。
言葉もなければ、予備動作もない。
おそらく、キヨネとヨハンのバディは、最初からその作戦を立てて試合を申し込んできたのだろう。
無防備にそれを受けたコウヤたちからすれば完全にしてやられた形である。不意打ちじみた敗北ではあるが、しかし負けは負けだ。模擬戦とはいえ勝負なのだから、勝つためならどんな作戦を打とうと非難される謂れはない。
そう。
これは、勝負なのだ。
ゆえに、ルールの範囲内ならば、どんな手段をとってでも勝ちを目指すのが正義だ!
※ ※ ※
「『
首筋につけたサブデバイスに魔力を注ぎ込み、コウヤは青い外套を瞬間的に起動する。
コウヤの姿を覆い隠すように、青い外套がヨハンの視界を覆った。
あらゆる魔法攻撃の向きを反らすその外套は、僅かではあるがヨハンの剣筋を迷わせる。
だが――騎士のファントムは、その程度で攻略できるほど甘くない。
(微かに剣筋をそらし、即死を避けて反撃か。だが、無駄だ)
ヨハンの目は、視界に広がる青い外套を真っ直ぐに見抜く。
彼の隠蔽された因子――『暗号術』の因子は、秘匿された真実を詳らかにすることに長けている。
特に、パッシブスキルである『教義解読』は、魔法式などの法理を自身の解釈で解明するという特性を持っている。
ヨハンは魔法に携わった人間ではない。
彼はただ、剣の道に生き、剣術にその生涯を捧げた、とある西洋剣士のなれはてに過ぎない。
だから彼には、魔法式の何たるかを読み解くことは出来ない。あくまで彼は、殺人術としての剣術の延長として、魔法を読み解くのだ。
つまりは、どうすればそれを『殺す』事が出来るのか。
理屈を積み重ねた道理で。
感覚を組み立てた論理で。
彼は目の前の少年を殺すために、その暗号解読の技術を全力で行使する。
そして――『偏光する青い外套』の特性を大雑把に見破り、その弱い部分を突くようにして、真上から叩き割るようにして剣を振り下ろした。
あらゆる武術の達人が至る境地として、技を放つ前にすでに結果が見えているというものがあるが、ヨハンはその時、明確に鏑木コウヤの霊子体を叩き斬る未来を視ていた。
それは、目の前に提示された情報から組み立てられる、逃れようのない未来だった。
故に。
青い外套を切り裂いた先に、赤い外套とともに血しぶきにまみれた鏑木コウヤが居たのは、ヨハンにとって計算外にも程があった。
「――『
赤い外套――物理攻撃を受けた上で僅かに打点をズラすというその魔法。
それが青い外套の裏に隠されていたことまでは、ヨハンには読みきれなかった。
「な、まさか!」
目を見開き、ヨハンは驚愕に顔を染める。
そんな彼に向けて、コウヤは赤い外套を振り払いながら
右腕はヨハンの一撃で切り落とされており、魔力が粒子となって散っていた。
即死こそ間逃れているが、それは明確な致命傷である。
「う、おぉおおおおおお!」
半身を斬り抉られながらも、コウヤは消滅までの一瞬に全てを賭けていた。
これがもし魔法士同士の対決であれば、コウヤが競り勝つこともあっただろう。
だが、ヨハンはファントムである。
驚きこそしたが、この程度の不意打ちで追い詰められるほど甘くはない。
ヨハンは剣を振るうよりもより確実な方法として、横から蹴手繰りで
剣術ばかりに気を取られていたコウヤは、突然飛んできた蹴りに対応できない。
粉々に破壊される小銃型デバイスと、その余波で吹き飛ばされるコウヤ。
これでさすがに終わりだろう、と。
ヨハンはロングソードの構えを解いた――その、手の先に、魔力弾が着弾した。
「なッ!?」
「へ、へへ」
溶岩が流れる地面に叩きつけられながら、半身をもがれて今にも消滅しそうなコウヤは、勝ち誇るように表情を歪めた。
これ以上のマイナス得点を避けたいヨハンは、きっとデバイスを破壊しに来るだろうと分かっていたからこそ、その意識の間隙をついた策だった。
スコアは、17対8。
ファントムの射撃点によって十点加点されたコウヤは、攻撃によるマイナス点によって十点減点されたキヨネペアよりも得点で上回った。
そして、コウヤの霊子体は消滅する。
これで勝ちだと、コウヤはそこでようやく、張り詰めていた意識を緩めた。
「『フライクーゲル』!」
その脳天に、霊子弾が着弾した。
「が、ぁ……」
崩壊間際だった霊子体は、トドメの一撃を食らってすぐに崩壊した。
その様子を、遠宮キヨネは百メートル離れた岩肌から、狙撃型デバイスの照準越しに見送ったのだった。
スコアボードが更新される。
17対18
勝者。
遠宮キヨネ&ヨハン・シューヴェルト
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