7‐6 鏑木コウヤと冬空テンカ




 比良坂キサキと龍宮クロアのバディは、決勝戦で当たった。

 結果は、接戦の末、クロアの勝利。


 終始安定した射撃に対して、魔眼を使っての最後の一撃必殺を狙っていたキサキは、大型エネミーをセンリに破壊され、逆転出来ずに敗退した。


 この試合においても、遠見センリは弓を使わなかった。


 それどころか、他の競技に至っても、バディ戦において、彼は徒手空拳を貫いた。結局、弓を使ったのはテンカとの一戦のみだった。


 コウヤとテンカのバディは、その他の競技を棄権した。テンカの体調を見て、これ以上は危険だと判断したのだ。

 あまりにも急成長した力は、下手をすると霊子庭園を壊して、現実を侵食しかねなかったからだ。


 シングル戦だけは、コウヤも出場したものの、成績は振るわなかった。そもそも、シューターズ以外の競技は、あまり興味もなかった。


 二日目に行われたシューターズのシングル戦。


 個人戦は、三回戦で負けた。

 三回戦の相手は、キサキだった。


 いつも予備校で模擬戦はしているのに、その時の二人は、とにかくがむしゃらにプレイした。

 フィールド中を全力で走り抜け、互いの妨害に万策を尽くし、得点を取ることに全霊をかけた。


 泥仕合のような勝負を勝利したのは、キサキだった。


 勝負が決した時。

 まだ三回戦だというのに、キサキは優勝したかのように喜びの雄叫びを上げた。涙が混ざったその叫び声に、誰もがぎょっとした顔を向けた。


 霊子庭園が解け、生身に戻った時。

 目を赤くしながら、彼女は言った。


「まだ、負けてなんてやらないんだから」

「……ああ。すぐにリベンジしてやるからな。待ってろ」


 拳を突き出すと、彼女は涙を拭って、同じように拳を合わせてくれた。





 そうして、全日本ジュニア大会は、終わりを告げた。


 年が明ければ、コウヤは日本からいなくなる。

 その残りの日々は、あまりにも短く、そして空虚に過ぎていった。




 ※ ※ ※




 まず、テンカが眠りについた。


「本来なら、時間をかけて強化していくべき因子が、異常な速度で成長している」


 テンカを診察した魔法医は、そんな風に言った。


「多分、元の霊格である『スノーフィールドの停止冷原』に近づこうとしているんだろうね。彼女は安定ではなく、成長を選んだ。君たちと同じように、成長したいと思ったんだろう」


 ファントムは、強力な逸話や概念が実体を持った存在なので、時間経過による成長はない。

 あるとすれば、それは精神的なものに由来するらしい。


 冬空テンカという神霊は、変わっていくことを選んだのだ。



 テンカの休眠は、久良岐魔法クラブの地下で行われた。

 そこにはファントムの生活所があるらしく、そこで大型の魔法デバイスの中で、新しく生まれる因子が安定するまで、眠りにつくのだそうだ。


 眠りにつく直前。

 コウヤとテンカは、二人きりで話をした。


 テンカが好きだったかき氷屋で、最後の会話を交わした。彼女は『ふわふわ白雪のイチゴみぞれ』という名前のかき氷を、幸せそうな顔で食した。


「結局、未練が残りましたわね」


 大会でのことだ。

 龍宮クロアと遠見センリのバディには、何をやっても勝てたとは思えなかった。魔法士としても、ファントムとしても、あまりにも実力差がありすぎた。


 嫌な思い出が蘇り、二人して神妙な顔を突き合わせて、気まずい時間を過ごす。

 先に口を開いたのは、テンカの方だった。


「ねえ、コウヤ」


 テンカは居住まいを正しながら、真っ直ぐにコウヤを見つめてくる。

 その様子は、外見の幼さとは裏腹に、良家のお嬢様のように楚々とした美しさがあった。

 

「貴方は、日本に帰ってくる気はあるんですの?」

「そのつもりだ」


 テンカの問いに、コウヤは即座に頷く。

 一瞬、気まずそうに目をそらしたが、すぐに正面を向いて、誠意を込めた言葉で答える。


「すぐにはムリだけど、魔法学府に通える頃には、戻ってくるつもりだ。そうできるように、親も説得してみせる」

「なるほど」


 と。小さく頷いた後。

 彼女は表情を変えずに、澄ました顔で言った。


「だったら、待っていることにしますわ」


 その言葉に、コウヤは思わず、テンカの顔をまじまじと見つめる。

 真意を探るようなコウヤの視線にも動じず、テンカはしれっとした態度で、己の中で下した決定を口にした。


「わたくしもできるだけ早く目を覚まして、コウヤが帰ってくるのを待っていますわ。わたくしにとって、バディは貴方だけですもの」

「おい。何言ってんだよ」


 急な出来事に、コウヤは戸惑いながら目を泳がせる。


「お前のバディは、もっと才能と実力のある、素敵な殿方じゃなかったのかよ」


 テンカはこれまで、何度も言っていたはずだ。

 コウヤとの関係は仮の関係にすぎない。自分には、もっと理想とする主人がいるのだから、これは一時の関係にすぎないと。


 動揺するコウヤに向けて、テンカは何食わぬ顔で言う。


「だから言っているじゃないですの。素敵な殿方を、バディにすると」

「それは……」

「そもそも、今更他の殿方に、この身を預ける気にはなりませんわ」


 そこで、テンカはふいに表情を緩める。

 自分の抱く感情を愛おしく思うように、彼女は柔らかく笑った。


「それくらい、わたくしは貴方と長く過ごしてしまったのですよ。今のわたくしには、貴方以上に信頼できる相手なんて、存在しませんもの」


 そのテンカの言い分に、コウヤは動揺を誤魔化すように、苦笑を漏らしながら言い返した。


「その言い方だと、なんかなし崩し的に決まってしまったみたいだな……」

「そうですわね。実際、自分でもびっくりしていますわ」


 どこか吹っ切れたような顔で、テンカは語る。


「初めは、こんな子供がバディだなんて、とんでもないと思ったものです。それどころか、貴方が懸命に努力する様子は、見るのが辛いくらいでしたわ」


 それは、知性を持った神霊であるからこそ抱く感情。

 つまりは、嫉妬したのだと、テンカははにかみながら言った。


「最初の頃は、貴方の懸命な姿を見ていると、とってもイライラしましたの。一度挫折したくせに、また挑戦しようとするその姿勢が、わたくしへのあてつけのように感じて、気に食わなかった。でも、それは、羨望の裏返しだったんですわ」


 去年の秋。

 龍宮ハクアが来た時のことを思い出す。


 その時、テンカはコウヤに対して、ファントムと魔法士の関係を語ってみせた。ファントムの無力さと、人にすがるしか無い苦しみを、彼女は感情のままにぶつけてきたのだ。

 その態度には、そんな感情があったのかと、今更ながらに知った。


「そんな自分が嫌で――だから、張り合うようになった」


 その感情を大事に抱えるように、テンカは胸元に手を当て、目を閉じた。


「そうするうちに、なんだか自然と、気持ちが楽になりましたの。本当にふんわりとしていて、具体性は無いのですが――わたくしはその時、ようやくファントムとして、生きる決意ができたのです」


 テンカは目を開くと、穏やかに見つめてくる。

 その瞳は、大切なものを手に入れられた喜びと、目の前にいる相方への親愛に満ちていた。


「貴方と過ごす日々は、とても充実していました。わたくしはきっと、貴方に救われたんですわ」

「な、何勝手なこと言ってんだよ」


 満足気に語るテンカを直視できなかった。

 彼女の語るコウヤは、自分とはまるで別人だ。コウヤはそこまで、誰かの人生観を変えるようなことはできていない。


 声が震えてしまうのが抑えられない。

 それをごまかすように、コウヤは唇をぎゅっと噛みしめる。


「俺は別に、何もしてねぇってのに。勝手に期待して、勝手に満足してんじゃねぇよ。そんな風に思われるほど、俺は何もできてないのに……」


 小刻みに震える身体は、まるで自分のものでないかのようだ。


 そんなコウヤの姿を見て、テンカはくすぐったそうに笑った。


「まったく。何を泣いてますの」

「な、泣いてねぇよ」

「本当に子供ですわね、コウヤは」

「お前に言われたくない。このロリ雪女」

「まあ、失礼」


 テンカは目を丸くすると、ぷくっと頬を膨らませてみせる。


「見てなさいな。次似合う時には、ぐっと成長して、驚かせるんですから」


 ふん、とそっぽを向いて見せる。

 その後、こらえきれないように、クスクスと笑いだした。


 テンカの様子に、コウヤもつられたように笑い出す。目尻には涙が浮かんでいたが、それは笑ったせいだと思い込んだ。



 ひとしきり笑って。

 テンカは胸に手を当てると、歳相応の可愛らしい笑みを浮かべると、誓いの言葉を口にした。



「貴方様に、わたくしの操を立てるとしますわ。――行き遅れないうちに、迎えに来てくださいな。ご主人様」



 テンカの休眠の予定期間は、一年半と言われた。

 それまでには帰ってこようと、コウヤは決意した。



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