7-7 別れは再会の約束で



 チハルとは、男同士、軽い挨拶で別れた。


「僕は、中学を卒業したら、テクノ学園に行くつもりなんだ」

「何だよ。オリエントじゃないのか」

「うん、僕がやりたいのは、技術系でね。オリエントのような技能魔法士の方は、ちょっと肌に合わないんだ」


 実力も足りないしね、と苦笑を漏らす。


 日本には魔法学府が六つある。

 関東にある国際魔法テクノロジー学園(通称・テクノ学園)は、日本でも二番目に規模の大きい学校で、主に魔法の技術普及を目的とした教育を行っている。チハルはそこを受けると言っているのだ。


 それに対して、キサキが受けようとしているのが、関西にあるオリエント魔法研究学院、通称オリエントだ。日本最大の魔法学府で、優秀な魔法技能士を排出することを目的としている。ウィザードリィ・ゲームにも力を入れており、魔法の技術を純粋に磨くならば、ここだろうと言われていた。


「コウヤくんは、通うとしたらオリエントでしょ? ここからもそんなに遠くないし。何より、サッちゃんが行くしね」

「まあ、そうだな。けど、まずは入学資格を得ないとな」


 受験のための単位はもう取り終えたが、問題は義務教育の方だ。


 向こうの学校でも義務教育は受けられるが、魔法学府を受験する際には、必ず日本の卒業証明が必要という、ややこしい問題があった。これは、魔法という技術が武力という一面があるため、日本国内では、それを完全に管理するという建前がある。その元で、ややこしいルールがいくつも作られているのだ。


 その問題を解決するため、帰国子女枠として今の内から転入先の学校を決めておいた。その辺りは、久良岐比呂人の助力によって融通を効かせてもらっている。


「キサキと一緒に入学できるように、努力するつもりだ」

「うん。そうしてあげてほしいな」


 落ち着いたら連絡をすると言って、悪友とは別れた。

 学外で出来た親友とは、離れてもまた会える気がした。この気持ちを大事に、必ず戻ってこようと思った。



 そして、出発の日の前日になった。



 ※ ※ ※



「コウやんが居なくなるってなると、さびしなるなぁ」

「いじる相手がいなくなるんすからね。そりゃあ寂しいでしょうよ」

「や、そういう意味やなくてな。ワイはちゃんと自分のこと」

「それよりアキラさん。こないだ貸したジュース代、まだ返してもらってないっすけど、どうなってます?」

「そ、そんなことあったっけなぁ~」


 目をそらしながら口笛を吹く夕薙アキラに、コウヤはジト目を向ける。

 この年上の男性に対して、こんなに気安い態度を取れるのも、この二年間のたまものと言えるだろうか。


 出発の前日に、コウヤは久良岐魔法クラブに挨拶に来ていた。


 土曜日で休日だからか、そこそこ人がいる。お世話になったスタッフの人や、可愛がってくれた大人たちに挨拶をしながら、軽く運動をするだけであっという間に時間は過ぎた。


「でも、本当に寂しくなるね」


 ちょうどシフトの空き時間なのか、休憩スペースにやってきた矢羽タカミが、コウヤの頭い手を伸ばしながら、しみじみとした風に言う。


「はじめてクラブに来た時はまだ小学生だったけど、あの頃からするとずっと大きくなったよね。なんだか感慨深いなぁ」

「その……さすがに頭撫でられると、気恥ずかしいんすけど」

「あ、ごめんね。なんか懐かしくなっちゃって」


 恥ずかしそうに口元を抑えながら、タカミは苦笑を漏らす。

 クラブに来たばかりの頃、こうやって子供扱いされて何度も慰められた。その度に気恥ずかしかったけれど、なんとなく甘えてしまう雰囲気があったのだ。


 タカミはニコニコと笑いながら、ふと思い出したように尋ねる。


「そういえば、サキとは会った?」

「いや……それが」


 ここ一週間ほど、キサキの姿を見ないのである。


 年始を挟んだので忙しいのかと思っていたが、久良岐魔法クラブが通常営業を開始しても、キサキは一向に顔を見せなかったため、別れの挨拶がまだなのである。

 今日が最終日であることは、タカミを通じて伝えてある。さすがに、顔を見ることなく別れるのは寂しかった。


 メールも返信がないので、どうしたものかと困り顔になった時だった。


「あ、サキ。やっと来たの?」


 タカミの言葉に振り返ると、入り口の所に、キサキの姿があった。

 キサキは、両手に拳銃型のエアガンを二丁抱えている。見覚えがあるので、おそらくはクラブの備品だろう。


 そのまま彼女は、つかつかとコウヤの側に歩み寄ってくる。


 普段は騒がしいくらいに口を開くのに、今日の彼女はむっつりと黙り込んでいる。眉尻を寄せたキサキは、「ん」とエアガンを一丁、コウヤの方に差し出してきた。


「……どうしたんだよ?」


 怪訝な顔で尋ねるコウヤに、キサキは口をへの字に曲げて、小さく言う。


「いつもの。こっち」


 短く言って、彼女は先導するように歩き出した。


 本当にどうしたのだろうか?

 疑問符を浮かべるコウヤだったが、タカミにはキサキの意図がわかったらしく、クスクスと微笑ましいものを見るように笑っていた。


「行ってあげて、コウヤくん。あの子、あれで誘ってるつもりみたいだから」

「……まあ、それは構いませんが」


 従うままに、コウヤはキサキについていく。

 案内されたのは、クラブ内の射撃訓練場だった。すでに訓練のための準備は整えてあるらしく、キサキは射撃台の前に立つと、プラスチック弾の入ったカートリッジをげて寄越した。


 キサキのやりたいことを察したコウヤは、黙ってそれを受け取ると、手に持ったエアガンに装填する。

 そして、隣の射撃台の前に立つ。


 ルールは、五分ワンセットの長距離射撃。十秒ごとに、十メートル、三十メートル、五十メートルの三つの位置に的が現れる。それをプラスチック弾で撃っていく。


 魔法競技以外での練習は、ずっとこれだった。


 コウヤは左肘の関係で、現実でエアライフルの長距離射撃がうまくできないので、競い合う場合はいつもピストル射撃だった。


 無言のうちに始まった練習は、淡々と続けられた。


 的が立ち上がる音と、プラスチック弾がそれを撃ち抜く音が訓練場に連続して響く。ワンセットが終わると、弾の補充をしてすぐに次のセットに移る。そうして、二人は一時間ほど連続で撃ち続けた。


 二人の間には、短い言葉だけが交わされる。


「コウちゃん、英語ってできるの?」

「英会話教室に通ったから、挨拶くらいは。正直、やってけるか不安だ」

「治療してくれるお医者さんって、有名な人なの?」

「再生医療で有名な人らしいぞ。手術とリハビリは必要だけど、十分治るって言われてる」

「それは、いいね。そういえば、アメリカのどこ?」

「カリフォルニア州。サンタクララってとこ」

「ふぅん。なんか有名なの?」

「さあ……カリフォルニア全体だと、確かロサンゼルスが有名じゃなかったか?」

「えっと。なんとかってカジノがあるとこだっけ。ギャンブルするの?」

「ラスベガスな。未成年だし無理だろ」

「そっか。ちなみに、そこってヒューストンから近い? もしくはニューヨーク」

「ヒューストン……ああ、ハクアのことか。えっと、ヒューストンはわかんないけど、ニューヨークは真反対だったはずだ。さすがに同じアメリカでも、そうそう巡り会えないと思う」


 交わされる雑談に、意味なんて無い。


 これが最後の会話になるかもしれないのに、口から出る話題はどうでもいい話ばかりだ。後になれば、もっと話したいことが思いつくかもしれない。でも、今は何も思いつかなかった。


 口を動かしながらも、二人は次々に的を撃ち抜いていく。

 やはりと言うべきか、キサキの方が得点数は多い。しかし、そんな結果など、二人はまったく意識していなかった。

 この時間を惜しむように、コウヤとキサキは、会話する口も射撃する手も止めなかった。


 そして、利用時間の区切りである一時間が過ぎた。

 最後の的を撃ち終えた二人は、しばらく無言で前を向いていた。


 名残惜しさに胸を締め付けられる。これまで散々やってきたことだが、これで最後だと思うと、まだ続けたくなる。


「なあ」


 このまま続けるか、シューターズの試合でもしないかと、提案しようとした時だった。


「コウちゃんは、言ったよね」


 前を向いたままのキサキが、不意に話しかけてくる。


「『魔弾の射手ソーサラー』を目指す気持ちに、嘘はないって」

「……ああ」

「だったら、待ってる」


 ゆっくりと、顔だけを向けるように、キサキはこちらを見てきた。

 その瞳は、微かに赤く充血している。


「コウちゃんが遠くに行ってる間に、あたしは誰にもシューターズでは負けないようになる。ハクアちゃんにも、クロアさんにも……アキラさんにだって、負けない」


 だから、と。

 目尻に浮かぶ涙を必死でこらえるようにしながら、比良坂キサキは指先を突きつけながら、鏑木コウヤに向けて宣言した。


「勝負だよ、コウちゃん。次に会った時、どっちが勝つか。だから、それまで……絶対に」


 こらえきれずに、キサキの声に嗚咽がまじり、彼女は顔を伏せた。


 その姿を瞬間、鼻の奥がツンとした。

 こみ上げてくる感情を、こらえるのが辛かった。


 ――彼女と出会って二年。


 自暴自棄になった自分に生きがいをくれた少女。彼女が居なければ、今の自分は居なかった。それを意識するとともに、シューターズへの情熱もまた、嘘ではないとはっきりと意識した。


 目頭が熱くなる。


 シューターズが好きだ。野球も好きだ。そして、このクラブで過ごした日々が好きだ。喉が震えるのを抑えきれない。その好きは、比べ物にならないからこそ、辛い。その隙を守りたいのに、自分はもうここにいられない。


 ならせめて、繋がりだけは残したい。


「あぁ」


 と。

 コウヤは頷いた。


「次は、絶対に勝ってやるから、待ってろよ」


 拳を上げてみせたコウヤに、キサキは泣き笑いの表情を浮かべながら、同じく拳を握って軽くぶつけてきた。





 何の意味があるの? と尋ねられた。

 その意味を見つけてこよう。

 そうして、鏑木コウヤは、海外へと旅立った。





 第七章『別れの季節』 終


 第一部『久良岐魔法クラブ』編 完


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