7‐4 止まれ、世界よ凍々と
ソーサラーシューターズの一回戦は、難なく勝ちを拾った。
相手はあまり、シューターズには慣れていないようだった。地力の実力差によって、コウヤは二回戦へと進出した。
そして、二回戦は。
「……嘘だろ。おい」
思わず絶句する。
二回戦の相手は、龍宮クロア&遠見センリのバディ。
まさかこんなに早く当たることになるとは思わなかったが、トーナメントなのだから仕方がない。やるからには、全力で当たるだけだ。
問題は、テンカだった。
「は、はは。ちょろいですわね。こんなもんですの、全国というのは。普段からお姉さまとみっちり練習をしている、わたくしたちの敵ではありませんわ」
テンカは、青い顔のまま、無理やり笑顔を浮かべて強がりを言った。
一回戦において、テンカは良くも悪くも大活躍だった。
コウヤの目に入らないフラッグを、強烈な冷気で一掃し、続けて敵ファントムを瞬時に凍りつかせて消滅させた。その圧倒的なパワーは、敵の反撃すらも許さないほど強烈だった。
問題は、その余波で相手プレイヤーにもダメージを追わせてしまったので、マイナス得点をしてしまった点だ。
明らかに、スキルの操作がうまくいっていない。
体調が悪そうなのも変わらない。とにかく、身体から溢れてくる魔力を吐き出したくて仕方がないといった様子だ。
そんな彼女に、コウヤは声をかけられないでいた。
「どうしましたの、コウヤ。勝ったというのに、随分と浮かない顔ですわね」
人の気も知らずに、テンカは精一杯虚勢を張ったまま、コウヤに話しかける。
「別に。なんでもないよ」
「も、もしかして、先ほどのマイナス得点を怒ってますの? あ、あれは少し調子に乗りすぎただけですのよ。次はもっと上手くやりますから、安心なさいな」
精一杯取り繕ってみせる姿が、痛々しく見える。
事情を知らずにいたら、彼女の言葉を素直に信じることができただろうか。
そもそも、何も知らなければ、疑うことすらしなかっただろう。そう思うと、心がずんと重くなってきた。
仮にも一年半。バディの真似事をしてきたというのに、テンカのことが、欠片もわからないことに、後ろめたさを覚えた。
「さあ、何をしてますの。行きますわよ」
苦しむ彼に向けて。
テンカは手を差し出して、微笑を浮かべる。
「龍宮クロアと遠見センリ。あの二人が、優勝候補なのでしょう? でしたら、あの者たちを倒してしまえば、わたくしたちが優勝ですわ」
まるでそれが、容易いことであるかのように。
雪原の神霊は、軽やかな足取りで振り返りながら言う。
「最強の敵を、見事倒してご覧に入れましょう」
コウヤの気の重さなど、知ったことではないと言った感じの機嫌の良さ。ムリに元気に振舞っているはずなのに、彼女はとても、楽しそうだ。
調子が悪いくせに。
今にも、倒れそうなくせに。
それなのに――なんで、そんなに楽しそうなんだ。
※ ※ ※
○魔法士・
魔力性質:固形
所属:久良岐魔法クラブ
○
原始『雪原』
因子『氷雪』『棘』 因子二つ ローランク
霊具『白雪湯帷子』
筋力値F 耐久値E 敏捷値C 精神力E 魔法力C 顕在性D 神秘性C
--------------------------------------
○魔法士・
魔力性質:無形・流形
所属:小竹原魔法クラブ
○ファントム・
原始『■■■』
因子『透視』『鬼』『読心』『必中』『狩猟』『■■』『■■』 因子七つハイランク
霊具『■■■■■』
ステータス
筋力値B 耐久値D 敏捷値A 精神力B 魔法力C 顕在性C 神秘性B
※ ※ ※
試合が始まり、オープニングフェイズ。
フィールドは火山地帯だった。
よりによって、テンカが一番苦手なステージ。
今のテンカは、有り余る力を操作するだけでも大変なのに、フィールドそのものが彼女の存在を脅かす。
このステージの時の作戦は決まっていた。
先手必勝。
敵ファントムの動きを止め、できるならば、相打ち覚悟で仕留めるつもりだ。
ソーサラーシューターズのバディ戦において、ファントムが取れる行動は、大きく二つある。
プレイヤーの援護か、敵ファントムの相手のどちらかだ。
テンカは基本的にサポートを得意とするファントムなのだが、この時は、敵ファントム――遠見センリへと、一直線に駆けて行った。
「喰らいなさいな! 『
巨大な氷の槍を作り出すアクティブスキルを使い、彼女は一斉にそれを敵へと降り注がせる。
鋭い氷の雨は、無防備に受ければ全身穴だらけになる危険なものだ。
溢れんばかりの力を全力でぶつけた、ある意味で必殺に近い攻撃であったが――実は、これは陽動にすぎない。
本命は、相手が避けたところを、直接触れて凍らせることにあった。
使うスキルは、『
触れた存在を凍らせる『氷雪』のアクティブスキルであり、今のテンカであれば、瞬時に相手を氷に閉じ込めるだけの威力を発揮できる。
四方を覆うようにして襲いかかる氷の槍は、あえて一箇所だけ、逃げ道を残している。
未だ武装せず、素手で佇んでいるセンリならば、氷の雨を避けるために、間違いなくそちらに逃げ込むだろう。
そう、信じこんだのが間違いだった。
遠見センリというファントムのことを、甘く見すぎていた。
「かはは! 甘いぞ、小娘」
遠見センリは、愉快そうに顔を歪める。
そして彼は、足を持ち上げると、その場でおもいっきり地面を踏み抜いた。
――発勁法・震脚。
「そんなもんじゃぁ」
踏みつけによる衝撃で発生した勁を、全身に巡らせる。
それを右腕に収束させ、彼は思いっきり振りぬいた。
「あくびが出るぞ!」
――八卦掌、螺旋勁。
回転による勁力の増幅で、常軌を逸する膂力を発揮する。
センリが振りぬいた右腕は、空を切った。
しかし、その衝撃だけで、テンカが召喚した氷の槍は、強烈な風圧に砕け散ったのだ。
あまりのことに、テンカは目を丸くして思わず叫ぶ。
「ま、マジですの!?」
「おう、マジだぜ、嬢ちゃん!」
答えるとともに、センリは地面を踏みしめて高く跳び上がった。
その衝撃で地面が割れ、マグマが雪崩のようにくぼみへと流れ込んでいく。
そうして、遠見センリは、空中に浮遊しているテンカへと殴りかかる。
そこには、先程までの武術に則った動きは欠片もない。ただがむしゃらに、己の持つ破壊的な膂力だけを使い、乱暴に殴りかかっただけの雑な一撃だ。
そんな、児戯にも等しい殴打であるにもかかわらず。
――テンカの半身は、その一撃で吹き飛んだ。
「が、ぁ―――はぁっ」
左半身を粉々に砕かれながら、テンカは中央エリアの端まで弾き飛ばされる。
砕け散った身体の破片が、霊子の塵となって消えていく。行き場をなくした魔力が弾け、氷の結晶となって辺りに散らばる様子が、外周エリアにいるコウヤからでもよく見えた。
テンカを殴り飛ばしたセンリは、地上に着地しながら、右手を軽く開いてみせる。
「む。殴られる瞬間に、パッシブでも発動したか」
彼の右手には、つららが何本か突き刺さっていた。
それは、テンカの『棘』の因子のパッシブスキル『氷筍つらつら』の効果だった。敵意あるものがテンカに触れると、自動的に皮膚から氷柱が飛び出るというものである。
しかし、センリは軽く右手を握りしめ、その氷柱を破壊してしまう。
「ふん。この程度で傷つくとは、俺もまだまだ修行が足りんな」
悠然と佇みながら、彼はそうつぶやいた。
怪我をしてはいるものの、大したことのない軽傷だ。それ以外に目立った外傷はないことから、行動に支障はないだろう。
それに対して、テンカはたったの一撃で満身創痍である。
左半身が吹き飛ばされたテンカは、立ち上がることも出来ずに倒れ込んでいる。いつ霊子体が崩壊してもおかしくないくらいだ。
勝者は地面に立ち、敗者は地に伏して虫の息。
その様子に、誰よりも驚いたのはコウヤだった。
「テ、テン!」
思わず、フラッグを狙う手を止めて、中央エリアのテンカへと声を掛けてしまった。
まだ、魔力パスは途切れていない。テンカの霊子体は完全に壊れていない証明だ。しかし、そのダメージは計り知れない。
高温の岩肌に身体をめり込ませたテンカは、砕けた左半身からダラダラと水のような透明な血を流し、ピクリとも動かない。
あの様子では、霊子体だけではなく、ファントムを構成する因子の方も、かなりの傷を負った可能性がある。
「――――ッ」
すぐさま、コウヤはライフル型のデバイスを構える。
最初にセンリの方へと照準を向ける。調子が悪い状態のテンカを、いともたやすく瞬殺した敵。もし狙えるのなら、ファントムの射撃点だけでも取ってやらないと、気がすまなかった。
スコープ越しに、コウヤが狙いを定めた、その瞬間。
遠見センリは、こちらを見返してきた。
「ぐ、……うぅ」
思わず、コウヤはデバイスを取り落としそうになる。
距離にして五十メートルは離れているにもかかわらず、コウヤは首元を掴まれたような危機感を覚えた。背筋にドッと冷や汗が流れる。引き金に指をかけているのはこちらなのに、射撃をした瞬間、自分が殺される未来を幻視した。
にやりと不敵に笑うファントムの姿は、明確に存在としての力の差を理解させるものだった。
たとえ狙ったとしても、当たる気が全くしない。
「………ちっ」
コウヤはすぐに狙いを変える。
ゲーム開始直後に見つけたモノリスの方だ。
運良くコウヤの狙撃可能範囲にあったモノリスを、彼は即効で破壊する。
「『バーストショット』『シュート』!」
十分に魔力を貯めた、強力な魔力弾で、一撃のもとにモノリスを破壊する。
『モノリスが破壊されました。メインフェイズに移行します』
外周エリアと中央エリアの間にあるシールドが解ける。
それとともに、コウヤは全身に強化魔法を施すと、すぐさま脇目も振らずにテンカの元へと急いだ。
それがいけなかった。
「ぐ、――うぁ」
横合いから、腹部にハンマーで殴られたような衝撃が響いた。
腹部を撃たれた。なぜ? 何に?
倒れた地面から起き上がり、慌てて得点を確認する。
4対15。
二十秒秒と経たずにオープニングフェイズを終わらせたはずなのに、龍宮クロアが十五点も得点している。
答えは一つだ。
「く、霊子、弾……。でも、こんな精度で」
霊子弾が飛んできた方を見る。
強化されたコウヤの視力で見通す先には、百メートルは離れているだろう外周エリアから、こちらを狙うクロアの姿があった。
構えているのは、ライフル型デバイス。まさか、あれを使って狙撃したというのか。
一発しか使えない霊子弾を、ただでさえ当てにくい動く的に向けて、長距離狙撃で狙い撃つ。
改めて、龍宮クロアという男の恐ろしさを実感した。
「く、チクショウ!」
傷口を霊子属性の魔法で無理やり塞ぎながら、コウヤは改めて、テンカのもとに急ぐ。
自分はまだいい。所詮はゲーム中の、霊子体で負った傷だ。痛覚情報は現実よりは緩和されているし、霊子庭園で負った傷は現実には反映されない。
しかしテンカは――ファントムは、ことと次第によっては、大事になる。
「テン! 大丈夫か、お前!」
「……ぁ。コウ、ヤ」
意識を朦朧とさせながら、彼女はコウヤを見上げる。
「だめ、ですわよ。まだ、試合、ちゅう。ですわ」
近づいたコウヤを見て、テンカは懸命に起き上がろうとする。
しかし、その身体はすぐに崩れ落ちる。
左腕から左太ももにかけて、身体がごっそりとえぐれているため、自由に動くことができないのだ。傷口からは、漏れでた魔力が霊子の塵となってどんどん消えている。
普通、こんな状態になったら霊子体が崩壊しているはずだ。それなのに、彼女はまだ霊子庭園にとどまり続けている。
「おい。もう霊子体を解け。それ以上はムリだ。明らかに因子が傷ついてる。これ以上因子にダメージを受けると、お前死んじまうぞ」
ファントムは、因子が意思を持ち、魔力を集めて存在している。普段のゲームでは、霊子体の表面の魔力だけが削れるだけで済むが、概念を破壊するほどの大きなダメージは、霊子体を貫通して直接因子を傷つけてしまう。
ファントムの命そのものとも言える因子。
それを破壊されるというのは、霊体としての死の危機ですらある。
慌てふためいているコウヤに向けて、テンカは弱々しく笑ってみせる。
「は、はは。バカも休み休みお願いしますわ。ファントムが、そんなに簡単に死ぬわけ、ないのですよ。ちょっと調子が悪いですが、こんなの、かすり傷ですわ」
言いながら、彼女は半身の欠けた部分を、氷で補強する。
フィールドの熱気によって溶け出す身体を、常に冷却し続け、なんとか形だけは整えた。
半死半生の状態でありながら、彼女は好戦的な笑みを浮かべ、コウヤに言う。
「さあ、何をぼうっとしているのですの。シューターが手を止めたら、誰がポイントを取るというのですの。ここから、反撃するんですのよ」
「……なん、で」
わからなかった。
なんで彼女が、そこまで勝負にこだわろうとするのか。
これが、キサキとの勝負ならまだ分かる。
久良岐魔法クラブで、一年半前からずっと争ってきた相手だ。意地もあるし、見栄もある。負けたくなんか、無いだろう。
だけど、今回の相手は、テンカにとってはほとんど知らない相手だ。
そんな相手に、半身を奪われても、なお立ち上がろうとする。
勝負にかける意気込みがあるわけでもないのに、どうしてここまで頑張れるのか。
「お前、そうでなくても、『原始分化』とかいうので、今にも消滅しそうなんだろ? なのにどうして、そんなに無理するんだよ。こんなの、ただの試合だろうが。これから何度だってできるのに、なんで今、意地を張るんだよ」
「……あぁ。やっぱり、知っていたんですのね」
切なそうな表情で、テンカは目を細める。
上空を、クレーが飛ぶ音が聞こえる。
それが、連続で幾つか破壊された。おそらく、クロアが破壊したのだろう。
試合は依然として進んでいる。
そんな中、立ち止まって話しているバディを、外野はどう思うか。
構わずに、テンカはよろよろと立ち上がる。
「どうして、意地を張るのか、と言われてもですね……」
テンカは上空を見上げる。
「そんなの、決まっていますわ」
そして、因子を最大に活性化させながら、大きくその呪文を唱えた。
「『
瞬間。
フィールド内の全ての物質が、運動を停止した。
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