7-3 原始分化
全日本ジュニア・ウィザードリィ・ゲーム大会。
魔法学府に入る前の、中学生以下の子どもたちを集めた大会で、アマチュアの大会としては最大規模となる。
正式な魔法式の組み方などを習うのは魔法学府に入ってからなので、ここではあくまで、汎用的な術式を前提としたゲームが組まれる。
開場であるドームには、子供以外にも、様々な魔法関係者が集まっていた。試合場は、ドームのフィールドを四分割し、それぞれに霊子庭園を展開して行われる。
春に夕薙アキラが出場したような大人の大会に比べると小規模だが、それでも二百人近く集まっているため、人の多さに圧倒される。
プレイヤーとしては、百人を超える少年少女が集まっているが、その中でも、バディとしての参加者は、二十三組だった。
「案外集まってんだなぁ」
同年代のバディなんて見たことがなかったコウヤは、物珍しそうに周囲を見渡す。
なあ、テン、と。
己のバディに向けて声をかけると、テンカは顔色悪そうにこちらを見た。
「……身体が重いですわ」
「どうしたんだよ。風邪か?」
ファントムって風邪を引くんだろうか、と思いながら、コウヤはタカミに聞いてみる。
「ファントムが風邪引くことってあるんですか?」
「まあ、調子が悪い時はあるけど、風邪を引くってことはないわね」
困ったようにタカミは腕組みをする。
ちなみに今日の彼女は、魔法クラブのスタッフではなく、純粋にキサキのバディとして来ている。服装もカジュアルなジャケットとワイドパンツで、完全にプライベートモードだ。
彼女はテンカの顔を覗き見ながら、神妙そうに眉をしかめる。
「身体が重たいってことは、何か負荷がかかっているのかしら? テンカちゃん。ちょっとステータス見せてみなさい」
「うぅ。お姉さま、お願いいたしますわ」
コウヤのデバイスを借りて、テンカのステータスを解析し始める。
はじめこそ軽い調子だったタカミが、デバイスの画面をスクロールするごとに、少しずつ険しい表情に変わっていく。
やがて、顔をこわばらせたタカミが、硬い声で言った。
「……ごめん、コウヤくん。ちょっとテンカちゃん借りるわ」
「え? はい。わかりました」
「チハルも、ちょっと来てくれる? うちのプログラムだったら、アンタの方が詳しいでしょ」
「わかったよー。じゃ、コウヤくん。ちょっと彼女借りるね」
そのただ事ではない雰囲気に気圧されながら、コウヤは頷いた。
二体のファントムを見送りながら、コウヤは嫌な胸騒ぎを覚えた。
そんな中、一人士気を高めているのが、キサキだった。
「今日の大会は、二度と無いかもしれないものだからね。本気で行くよ。コウちゃん」
その様子からは、必要以上の気負いを感じてしまう。
思いつめたような表情からは、今この時が全て、と言わんばかりの必死さを感じた。
「バカ。あんまり気負うな。ゲームなら、高校に入ってからいくらでもできるんだぞ」
「でも、今のメンバーで、こうして競えるのは今しかないかもしれないよ。だったら、本気にならないと、勿体無いじゃない」
気負いは感じるが、言っていることはいつものキサキだった。
先日の事もあったので、心配は増すばかりだ。
しかし、コウヤにしても、『今』『この時』を重要視していないわけではない。キサキの気持ちも、痛い程分かるのだ。
それが悪い風に働かなければいいと思いながら、キサキの肩を叩こうとした。
そこに、声をかけてくる男が居た。
「よう。久良岐の二人。今日はバディでも参加するのか?」
背の高い少年だった。
中学生らしからぬ精悍な顔立ちと、落ち着いた雰囲気。武道を嗜んでいるという話を聞いて、納得したことがある。
龍宮クロア。
中学三年。関東の小竹原魔法クラブ所属の男だ。
一年前の夏、魔道連盟の総会でキサキが意気投合して以来、こうして会うたびに挨拶をするような仲になっていた。また、彼の妹が良く久良岐魔法クラブにも顔を出していたので、その縁でよく顔を合わせる相手でもある。
気さくなクロアの声掛けに、キサキが楽しげに笑いながら答える。
「うん、そうだよ。今日はバディ戦もだからね。負けないよ、クロアさん」
年上であっても気にせず、キサキは挑戦的な言葉を投げかける。
そんな彼女に、クロアは楽しそうに笑う。
「なんだ。随分自信満々だな。よっぽど強いファントムを連れてきたのか? だけど、こっちだって、ファントムの強さなら負けないぞ」
そう言って虚空に視線をやる。
そこに、実体化する影があった。
赤黒い肌をした、長身の男性だった。百八十あるクロアよりも大きいので、百九十はあるだろうか。
目元をマスクで隠しており、和装の上に袈裟を着崩したような格好をしている。東洋の武人のような姿をした彼は、その存在だけで周囲を威圧する。
彼は、「かかか」と気分良さそうに笑うと、コウヤたちを見下ろした。
「こいつらがお前のライバルか、クロ。その割には貧弱そうだなぁ。カカカ! おら、もっと肉を食え、肉を」
「わ、ちょ、ちょっと」
豪放磊落、といった様子で、彼はグリグリと、コウヤの頭を掴んで撫でてきた。
彼の大きな手で掴まれると、そのまま握りつぶされるのではないかと恐怖すら覚える。急なことに対応できず、コウヤは目を白黒させる。
一通りコウヤの頭をなでた後、彼は満足したように手を離し、にやりと口端を歪める。
「
「ど、どうも。鏑木コウヤです」
「比良坂キサキだよ。よろしくお願いします」
名乗り返すコウヤとキサキを見て、彼はまた気分良さそうに笑う。
腰に手を当てて、目元を覆ったマスク越しにこちらを見下ろしたセンリは、侮ったように言う。
「安心しな。クロの方は本気でかかるだろうが、俺は基本武装の弓は使わないでいてやる。せいぜい頑張れよ、少年少女」
「また始まったか。お前」
センリの言葉に、クロアは困ったように苦笑いを浮かべた。
「そうやって自分でハンデを背負うの、好きだな」
「かははは。そりゃあな。考えても見ろ。この俺が弓を持てば、一瞬で終わっちまう。そんなのは面白くねぇだろうが」
自身のバディの言い分に、苦笑を漏らしながらも、否定はしないクロア。
つまり、それだけバディの実力を信じているということだ。
その姿を見て、コウヤは身をこわばらせて警戒する。
なるほど。
今の時点でバディを持っている魔法士というのは、こういう奴らがいるわけだ。
その事実に、かすかに警戒と緊張を抱いたコウヤだったが、そこに、キサキが言葉を重ねた。
「奇遇だね。うちのタカミも、弓を使うんだ」
何の気負いをした様子もなく、ただ不敵に、彼女は挑発を返す。
「せいぜい油断しててよ。その間に、その首、貰ってあげるから」
「へぇ」
その真っ直ぐな長髪に、センリは興味深そうに目を丸くする。
「カカカ! 細いだけかとおもいきや、随分と威勢のいい嬢ちゃんだな。そりゃあ楽しみだ! ぜひとも、この俺に弓を引かせてみろ」
最後に「かはははっ」と大きく笑い声を上げて、彼は霊体化してその巨体を消した。
後に残されたクロアは、やれやれといったふうに、頭をかいてみせる。
「最近ようやく、あいつに認められたんだ」
どこか誇らしげにそう言った彼は、少しも誇張のない声色で言う。
「悪いが、本当に強いぞ、あいつは」
「龍宮さんが言うんなら、そうなんすね」
「おいおい。他人事みたいに言うんじゃないぞ。そいつと戦うのは、お前らの方なんだからな」
大仰なふうに言ってみせるクロアは、この対戦前の空気を全力で楽しんでいるようだった。
そこで、キサキがふと、キョロキョロと辺りを見渡して尋ねる。
「やっぱり、今日もハクアちゃんは来てないの?」
「ああ。それどころか、実はちょっとした音信不通だ」
肩をすくめて見せながら、クロアは自分の知ってることを口にする。
「予定だと、今はヒューストンのはずだが、なにぶん本人からの連絡がないからな……。ま、年末には帰るとジュンから電報があったから、心配はしていないけれどな」
苦笑しながら、愚妹について語るクロアだった。
龍宮ハクア。
クロアの二つ年下の妹で、文字通り天才と呼んで良い少女。
彼女とも一年前から縁があって、よく練習をともにしていたのだが、今年度の初めから、急に海外留学をすると言って、実家を飛び出したのだった。
龍宮家はもともと、海外の魔法組織とつながりがある家であるので、留学そのものは大して難しいものではなかった。
問題は、ハクア自身がひとところに落ち着いている性格ではなく、とにかくあっちやこっちと場所を転々としていることだ。今はまだ、アメリカ大陸から外には出ていないようだが、他の国に足を伸ばすのも時間の問題だろうと思われていた。
「あいつ、帰ってくるたびに強くなってるからな。年末に勝ってきた時、勝負しても負けないよう、俺も鍛えておかないと」
そう言って、筋肉質な腕を叩いてみせるクロアだった。
彼は仕切り直すように、二人を――主に、キサキの方を見ながら言う。
「悪いが、今年は負けてやるつもりはないぞ。俺にとっちゃ、中学最後の腕試しだ。全部の種目で、上位を独占してから、胸を張って魔法学府を受験するつもりだ」
自信にあふれた物言いは、その分の研鑽の証だろう。
龍宮家は、神咒宗家と言われる魔法の大家の一つだ。
その本家の長男である彼は、幼い頃から、その家柄にふさわしいだけの実力を得るために、修行を続けてきたはずだ。
シューターズだけではない。マギクスアーツや、ウィッチクラフトレースにしても、彼は並々ならぬ実力を持っている。今回はそれに加えて、バディ戦でも上位を狙うと宣言しているのだ。
そんな彼に対して。
「それはこっちのセリフだよ、クロアさん」
シューターズで彼から白星を奪ったことのあるキサキは、不敵な笑みで返す。
「他の種目ならともかく、シューターズだったら絶対に負けないんだから」
火花を散らせながら目線を合わせる二人は、口角が歪むほどに楽しげな笑みを浮かべた。
魔法士にとって、ジュニアの世界は、狭い界隈である。多くの魔力持ちが、まともに魔法の修練を始めるのは義務教育を終えてからであり、中学の時分で魔法技能を競い合える仲間というのは、それだけで貴重なのだ。
最後の腕試し。
そう言ったクロアの言葉が、他人事ではなく、胸に重くのしかかってきた。
※ ※ ※
大会は二日かけて行われる。
シューターズのバディ戦は、一日目の午後に行われた。
午前中に、ウィッチクラフトレースの個人戦に参加し、初戦敗退したコウヤは、本番であるシューターズに備えて、デバイスの調整を行っていた。
ジュニアの大会では、個人的に作ったオリジナルの魔法式などは持ち込めない。あくまで、汎用的なテンプレートの魔法式だけを用意されるので、その中で戦略を練らないといけない。
無論、その場で魔法式を書き換えたり、自身で組み直したりはできるので、その余地を残すような組み合わせを考えておく必要がある。
デバイスも、
そもそも普段、キサキと無茶苦茶な試合ばかりをやっているのが悪いのだが、少しだけ物足りなさを覚える。
そんなことを考えながら調整をしていると、チハルが神妙な顔をしてやってきた。
「少し良いかい? コウヤくん」
「何だよ。怖い顔して。テンに何かあったのか?」
当てずっぽうのようなものだったのだが、どうやら当たりだったらしい。
チハルは珍しく、真面目な声色で話し始める。
「本人には黙っているように言われたけれど、敢えて話すよ」
その口調は、普段のおちゃらけや、適当さがない。
真剣に考えたうえでの結論であるというのが、痛い程伝わってきた。
彼は、静かに重い口を開く。
「あの子、『原始分化』の時期が来ている」
「げんしぶんか? ……えっと、それ何だよ」
怪訝な顔をするコウヤに、チハルは丁寧に説明する。
「ファントムには、原始と因子があるでしょ? 原始ってのは力の源で、因子はその力を出力する場所って感じかな。ファントムは自分の力を使いやすいように、原始を幾つかの因子に分けて使っているんだ」
原始と因子は、よく心臓と血管に例えられるらしい。
力の源である原始が心臓であり、全身に回った因子が血管。そこに、魔力という血液を通すことで、ファントムはその全身を使って現実を改変する。
例えば、冬空テンカの場合、『雪原』という原始を、『氷雪』と『棘』の二つに分けて、力の出力を行っている。
ファントム自身が持つ強大な力に対して、方向性を与えて制御しやすくするのが、因子の役割だ。
「原始分化ってのは、簡単に言えばファントムの成長のことを言うんだ。原始が強大になりすぎて制御できなくなったから、新しい因子を生み出したり、今ある因子を変化させようとしているんだ」
チハルの言葉に、コウヤは考え込むように眉根を寄せる。
「確かに、ここんところすごい成長しているのは知ってたけど、それの何が問題なんだ?」
「成長が急激すぎるんだ」
危機感を募らせるような真剣な口調で、チハルは言う。
「元の霊格に合わないスピードで成長しているから、このままだと力が溢れだして、爆発する。下手をすると、消滅しかねない」
なん――だって。
予想外の事実に、思わず言葉を失ってしまう。
ぎょっと目をむいたコウヤに、チハルは真剣な表情で告げる。
「普通は数年がかりでゆっくり成長するんだけど、ファントム自身の精神に変調があったり、価値観の変化でこうした急激な成長が起こることがあるんだよ。霊格が安定していればなんてこと無いけど、生まれて一年ちょっとのテンカちゃんじゃ、変化が大きすぎて耐えられない」
「……それは、どうすれば良いんだ?」
恐る恐る尋ねたコウヤに、チハルは目を伏せながら答える。
「対策としては、器である霊格を成長させるために、一時的に休眠状態にさせることくらいだね。そうすれば、エネルギーの増加は最小限に抑えて、その全てを成長に向けることができるから、暴走の心配はない」
「……それは、すぐにした方がいいのか?」
「魔法医が言うには、早い方がいいって」
すでに一通り話は済んでいるのだろう。会場に来ている魔法医にも見てもらっているのなら、ひとまず大丈夫だろう。
そう思ったのだが、そう簡単に話は終わらなかった。
「だけど、それをテンカちゃんが拒んでる」
「ど、どうして……? あいつ、まだ大丈夫って言ってるのか?」
「ううん。はっきり言って、テンカちゃんは限界だよ」
ゆるゆると、力なくチハルは首を振る。
「身体が重いなんて言ってたけど、そんな次元の話じゃない。力が溢れだして、日常生活を送るのも大変だったはずだ。過剰な魔力を、常に吐き出し続けていたに違いない」
――そういえば、力を持て余しているということを、最近しきりに言っていた。
それがまさか、こんなことの兆候だとは、思いもしなかった。
「……じゃあ、なんでテンカは、治療を拒否してるんだ?」
「拒否しているだけじゃないよ。あの子は、絶対に言わないでくれ、と言ってるんだ」
どこか諦めたような口調で、チハルは目を細めて言う。
「僕は言うべきだと思うから、あえて言うよ。テンカちゃんは、君にだけは知らせないでくれって言ってるんだ。せめてコウヤくんがいなくなるまで。海外に行ってしまうまでは、言わないでくれって」
「…………」
それは、どういう意味だろうか。
心配をかけたくない? コウヤに未練を残したくない?
少なくとも、一つだけ分かることがある。
彼女は――コウヤと後腐れなく別れるために、意地を張ろうとしている。
「はは。なんつーか、いきなりいろんな事が起き過ぎだよな」
コウヤの海外留学に、テンカの原始分化。
これまで一年半続けてきた日常が、一気に崩れようとしている。
自分たちは子供だ。
成長すれば自由度も広がるが、その分、昔と同じでは居られない。
考えることが多すぎて、頭がぐちゃぐちゃになる。
そんな中、試合の時間が、刻一刻と近づいていた。
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