6-5 ライト・オブ・ポルノグラフ




(なんにゃあれ! 聞いてニャイ! デタラメにゃ!)

(やかましい! ワイやって想定外や。くっそ、案外行けるかもと思ったんが間違いやった)


 アキラとメグの二人は、移動しながら念話を通じて話をする。

 メインフェイズが始まって一分。すでにクレーは十個射出されており、そのうちアキラは強化クレーを二つしか取れていない。


 13対24


 差は中々縮まらない。


 今回アキラは、ポイントセレクト時に、25点の配分の大部分を強化クレーに入れている。これは、魔力出力に難を抱える朝霧トーコ対策だったが、それでもやはり、その場しのぎ程度の効果しか発揮していない。


(で、どうするにゃ? このまま逃げ続けても、アタシ役立たずにゃよ?)


 現在メグは、『猫』の因子のパッシブ『天性の狩人』によって、存在感を最大限まで消して移動している。


 先程、ウィル・フロンティアと一騎打ちで完敗した彼女は、リベンジがしたくて仕方なさそうだった。まったく学習しない猫である。


 そんな彼女に、アキラは走りながら答える。


(後から好きなだけ戦えばええ。けどその前に、一つやってもらいたいことがある)

(ん? なんにゃ?)

(一瞬でええ。朝霧トーコの動きを止めて欲しい)


 現在も、アキラはトーコに追われている。


 森の中で撒いたと思ったら、気を抜いた時には間を詰められている。そのおかげで、アキラは射撃に全く集中できていない。

 小銃ライフル型のデバイスを持ち込んでいるアキラは、どうしても射撃のために間をとる必要があり、その隙をトーコに狙われていた。


 点差を埋めるためにも、なんとかして相手に隙を作りたかった。


(今から反撃に出る。その時に、朝霧トーコの前に出て、一瞬でええから視界を塞ぐんや。そしたらすぐに、ウィルの足止めを頼む)


 具体的な方法を指示しながら、アキラはその場から大きく飛び上がった。


 彼は木の幹を駆け上がるようにして空中に躍り出ると、空中に向けて、強力な魔力弾を思いっきり発射する。

 強力な衝撃波とともに射出された魔力弾はあらぬ方に飛んでいくが、その勢いを利用して、彼は中央エリアへとショートカットを図る。


 そこに、朝霧トーコが追い打ちをかけてくる。


 彼女は足場を砕くほどの膂力を発揮しながら、同じく空中に躍り出てきた。

 その勢いのまま、彼女は強烈な蹴りを放ってくる。


 その蹴りは、空中で身動きが取れないアキラの腹部を見事に蹴りぬいた。


「ぐ、がはっ」


 予想以上の威力に、アキラは目を剥きながら地面に叩きつけられる。


 トーコのキックは、明らかに生身が出せる膂力を超えていた。

 これは魔力による攻撃判定が入ったはずだ――そう思ってスコアを見てみるが、得点は13対24のまま。


(なんでや――っ、!)


 全身の痛みをこらえながら立ち上がると、同じく地面に落ちたトーコが、のが見えた。


(あいつ、身体強化もせんで、地面だけを爆発させたんや!)


 おそらく、飛び上がる時に足元を爆発させるような魔法を使っただけで、蹴りはその勢いを利用しただけなのだ。

 それなら確かに、魔力攻撃による反則判定は行われないが、同時に自身も相応のダメージを負うはずだ。いくら治癒の魔法式を持ち込んでいても、ダメージによる魔力の消費や痛みはあるはずなのに、無茶苦茶をする。


 そんな朝霧トーコは、負傷した足を軽く修復すると、空中に向けて魔力弾を撃つ。

 どうやら、飛来した属性クレーを破壊したようだった。攻防の合間であっても、彼女は全く油断をしていない。


 彼女は、気を抜く間もなく、すぐさまアキラへと駆けだした。

 機械じみた正確さと行動力である。


(やけど――こっからや!)


 今度はアキラも正面から向かい合う。


 小銃ライフル型デバイスから一旦手を離し、代わりにサブデバイスの拳銃ハンドガン型を手にする。


 それをこれ見よがしに見せつけながら、正面に構えてみせる。


「――『フライクーゲル』!」


 そう唱えた瞬間だった。



 そんな。

 冷めた少年の声が聞こえるとともに。




 




「なっ」


 左から襲ってきたその衝撃に、アキラの両手が右側に弾かれる。


 慌てて衝撃の方向に目をやると、こちらに銃口を向けるウィル・フロンティアの姿があった。

 的確にデバイスだけを撃ち抜いたその一撃は、マイナス点の発生する余地のない完璧な射撃だった。


 先程までの早撃ちの体勢ではなく、彼はまっすぐに銃を構えている。

 あえて銃を構えて見せているのは、狙っていることをわからせて、アキラの行動を制限するつもりなのだろう。


 硬直しているアキラに、トーコが右腕を振り上げながら迫る。

 このままでは、無防備にその打撃を受けるだけだ。


 その時。



「させにゃいにゃ!」



 一瞬前まで完全に姿を消していたメグが、アキラをかばうように目の前に立ちふさがった。


「っ!」


 突然現れたメグに、トーコはわずかに動揺を見せる。

 が、戸惑いは瞬間的なものだ。――すぐに判断を下した彼女は、右のデバイスを突きつけ、魔力弾を撃とうとする。



 向けられる銃口と、それを正面から迎え撃つ猫目。



 その一瞬の攻防を制したのは、メグだった。


 彼女はまっすぐにその銃口を見据えると――着物の裾を振り乱しながら、その銃口の先を、


「な、にっ!?」


 トーコの右手が跳ね上げられ、握っていたデバイスは粉々に砕けた。


 先程ウィルがやったことと同じことを、メグは蹴りで行ったのだ。

 わずかでも相手の身体に触れていればマイナス点確定の大博打。それを、彼女は見事に成功させた。


「やったにゃ……みぎゃ!」


 その直後。

 メグは横からウィルが発射した銃弾に襲われ、転がるようにしてふっとばされた。


 だが、そのおかげで、大きな隙が出来た。


「よぅやった! メグ!」


 アキラは小銃ライフル型デバイスを持ち直すと、それをトーコに向けながら、一つの魔法式を組む。


 その工程数、五工程。


 メインデバイスのメモリをほとんど使った、この一発のためだけに組み込んだ魔法式。

 それを、アキラはトーコに直接ぶち込んだ。




「『ライト・オブ・ポルノグラフ』!」




 そして、まばゆい光が朝霧トーコの身体を包み込んだ。



※ ※ ※



 朝霧トーコは、目の前に二夜メグが立ちふさがった瞬間、「やられた」と思った。


(ファントムに接近を許すなんて、油断した!)


 ファントムは存在自体が魔力攻撃と同義なので、ソーサラーシューターズにおいては、通常攻撃ですらマイナス点の対象となる。

 故にファントムは、基本的には相手魔法士を攻撃しないように立ち回るものだ。

 だが、何事にも例外はある。


 例えば、どうしても相手の動きを止めたい時だ。


 朝霧トーコのような接近戦プレイヤーは、その機動力こそが鍵なので、ソレを止めるためにマイナス前提で攻撃を受けやすい。

 魔法士相手なら身体能力だけでも対処できるが、ファントムが本気で攻撃を仕掛けてきたら、逃げ切ることは難しい。


 だからこそ、ファントムの接近には最新の注意を払っていたのだが――メインフェイズに入ってから、二夜メグの存在を全く感知できていなかった。

 同じファントムであるウィルですら、その接近に気づけなかったのだから、おそらく相手のスキルが使われたのだろう。


 目と鼻の先にまで距離を詰められたら、もはや一撃食らうのは覚悟する必要がある。


(ならせめて、射撃点だけでも!)


 試合中、ファントムに魔力弾を当てられれば、一度だけ十点の射撃点が取れる。それと、直接攻撃を食らった場合のマイナス十点を合わせれば、二十点のリードが取れる。


 そう判断して、二夜メグに対して銃口を向けたのだが――その直後に、トーコの右腕は上に跳ね上げられていた。


「な、にっ!?」


 目の前には、赤い着物の裾から伸びた、白い生足が伸びていた。


(な――デバイスだけを、蹴り上げた……!)


 シューターズのプロならよく見られる技だが、高等技術には違いない。

 それを、このガサツそうなファントムが成立させたことに、思わず瞠目してしまう。


 次の瞬間、ウィルによる射撃で、メグは弾き飛ばされた。


 しかし、今度はその後ろから、夕薙アキラが小銃型デバイスを向けているのが見えた。


(まずいっ、避けられない!)


 仮に普通の魔力攻撃だったとしても、足などを破壊されたら行動に制限が出る。最低限の治癒の魔法式は持ち込んでいるが、欠損レベルのダメージを修復できるほどじゃない。それに、もし撃たれるのが霊子弾だったら最悪だ。身動きを奪われる上に、射撃点まで取られる。


(せめて、防御を)


 トーコはチョーカー型デバイスに魔力を通して、全身に強化を施す。


 その直後、夕薙アキラのデバイスからまばゆい光が射出される。


 それはトーコの身体を包み込み、一層大きな光を放つ。

 一瞬、そのまばゆさに視界を奪われる。痛みはない。熱さや寒さと言ったものもない。ただ、目がくらむような強い光だけが広がっていた。


 身構えていたトーコは、覚悟していたダメージがないことに疑問を覚える。


 やがて、光が収束をはじめた。


「ん?」



 違和感は、周囲の反応にあった。




 バディであるウィルが、あっけにとられた顔をしている。

 敵ファントムである二夜メグは、起き上がりざま、とんでもないものでも見たように全身の毛を逆立てている。

 また、実況役のアナウンサーが、絶句したようにコメントできずにいる。

 加えて、霊子庭園からでははっきりとは見えないが、青いベール越しに見える観客の様子が、なんだかおかしい。




「えっと……」


 一様に、


 故に、当然の帰結として、トーコは自分の体を見下ろした。


「ふぇ?」


 そして。

 目に入ったものを前に、思わず、叫び声を上げた。


「え、ぇええええええええええっ!?!?!?!?」


 見えるのは、

 先程まで着ていたはずの衣服は見当たらず、一糸まとわぬ姿が衆目にさらされていた。


 一方。

 夕薙アキラは、高笑いを上げながらさっさとその場から退散をしていた。




 ※ ※ ※




 選手が突然全裸になった。

 そんな前代未聞の事態を前に、会場は騒然としている。


 当の選手である朝霧トーコは、胸元と股の部分を両手で隠そうとし、それで足りないと思ったのか、その場にしゃがみこんでしまった。

 かすかに赤く染まった横顔を見る限り、彼女にとっても予想外の事態なのだろう。



『こ、これは、どうしたことでしょう……』



 恐る恐るといった様子で、実況のアナウンサーが場をつなぐように言葉を発する。


 その間も、試合は続いている。

 次々と発射されるクレーを、夕薙アキラはフィールド中を駆け回りながら撃ち抜いている。対戦相手であるトーコが動けない以上、独壇場に近かった。


「ぎゃははは!」


 どんどん得点を重ねながら、下品に笑い声を上げるアキラ。

 完全にヒールである。


 その時、ようやく実況席に、情報が入ってきた。



『え、えーと、審判より情報が入りました。

 現在、その……朝霧選手に起きたのは、夕薙選手の魔法の効果であり、ルール上は、問題ない……そうです? え? 映像の投影? 服を脱がせたわけじゃない? だからマイナスにもならない……。えー』



 横から耳打ちされる情報を、戸惑いながらそのまま伝えるアナウンサー。


 話をまとめてしまえば、簡単な話だ。

 アキラが撃った魔法『ライト・オブ・ポルノグラフ』は、対象に立体映像を投影するという効果だった。

 それを使い、アキラは『全裸に見える映像』を朝霧トーコに投射しているのだ。

 言われてみると、確かにトーコの姿は、裸と言うには少し粗く見える。しかし、肌色は肌色だし、胸の膨らみなどもしっかりと見える。


 反則ではないのか? と誰もが思ったが、これは霊子体を破壊したわけではないので、反則のマイナス点にはならず、またシューターズのルール上禁止されている行為でもない。そのため、試合を中止する理由もなかった。



 そういった説明が一通り終わった上で。




「ば、ば、バカにゃあああああああああああああ!!」




 この会場にいる全員の意見を、犯人のバディであるメグが代弁してくれた。



「バカにゃ! 大馬鹿にゃ! 信じらんニャイ事するにゃ! お前は鬼か、アキラ!」


 クレー射撃を続けるアキラを追いかけながら、メグが非難を浴びせる。

 それに対して、アキラは下品な笑い声で返した。


「ぎゃはは! うるせぇ、勝ちゃあいいんだよ勝ちゃ!」

「守銭奴にゃ! クズにゃ! ゴミクズにゃ! ああ、お客サンの目が痛い。こんにゃ勝利、むにゃしいだけにゃ!」

「やかましいわ! こちとら、お前の釈放金の借金に、大会費用と、色々かかっとるんやから、ここで勝たんと大赤字なんや! ええから黙っとれ!」


 もはやクズ以外の何物でもない開き直った言い合いに、会場はドン引きだった。






 ちなみに。

 観客席で試合を観戦していたコウヤとチハルは、朝霧トーコの全裸もどきを見た瞬間、ドギマギと居心地の悪い思いをしたものの、そこは青少年、ハプニング映像を見れて、ちょっとだけ邪な気持ちになっていた。


 しかし。


 隣にいる少女が、不自然なまでに無言なことに気づき、思わず身を震わせた。


「え、っと……キサキ?」


 恐る恐る、コウヤは隣にいる少女を振り返る。


 そこには、絶対零度の怒気を発している比良坂キサキが居た。


 視線だけで凍りつくんじゃないかってくらい、彼女は冷めた瞳をしていた。

 普段明るい彼女が、無言でそんな雰囲気を発しているので、なおさら恐怖だった。そんな彼女の感情は、事情が説明されるごとに、更に温度を下げていく。


 そして。

 フィールドで大暴れしているアキラの姿を見ながら、一言。


「……最低」


 聞いたこともないような冷たい声で、アキラを非難した。



 ※ ※ ※


 観客の好感度は急暴落していたが。


 周囲の評価など点の足しにもならん、とでも言うように、アキラは得点を重ねていく。



 39対27



 十二点もの差を作りながら、メインフェイズが終了した。



 そんな風に、アキラが大暴れしている間。


 身を屈めて動かなくなってしまったトーコの前に、バディであるウィル・フロンティアが駆け寄っていた。





 そして、戦いはラストフェイズにもつれ込む。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る