第六章 魔弾の姫と悪漢王 十三歳 春

6-1 ツインスプリングカップ開催!



 三月。

 寒い冬も終わり、少しずつ暖かくなってきた。


 雪の神霊である冬空テンカなどは、「嫌ですわ! ずっと冬が良いですわ!」と駄々をこねているが、季節の変化は誰にも止められない。大人しく諦めてほしい。


「おつかれさまでーす」


 時刻は五時過ぎ。

 まだ仕事帰りの人などは来ていないので、久良岐魔法クラブは閑散としていた。運動不足解消のために通っている老人や、平日が休みの会社員、そして、普段何をやっているのかわからない、職業不明の若者などがいるくらいだ。


 コウヤがトレーニングルームに入ると、一人の男性が声をかけてくる。


「やあ、コウヤくん。今日は早いね」

「はい。今日は五時間目までだったんで」


 声をかけてきたのは、メガネを掛けた理知的な風貌の男性だった。


 柳シノブ。

 歳は二十五歳で、会社勤めだと聞いている。


 いつも、夕薙アキラとともに、コウヤたちを可愛がってくれている会員だ。

 理系な風貌の頼れるお兄さんなのだが、実はこの男、素行に難がある。


「そういうシノブさんも、今日は早いですね。休みですか?」

「うん、まあそういう感じかな」


 彼はそう言うと、とらえどころのない口調で、ディープな話をぶち込んできた。


「こないだね、いい感じの女性を引っ掛けたんだけど、それが人妻でさ。まあ知らずにやっちゃったんだけど、それが旦那にバレて、会社に乗り込んできちゃったんだ。ちょっと仕事になりそうになかったから、会社は早退して、旦那と一緒に話し合ったんだけど、今度家に招待してもらえることになったよ。一緒にやろうって。いやあ、良かったよかった。おかげで時間が空いたので、精力をつけるために運動しに来たんだ」

「……………」


 ニコリともせず、クールな面持ちで、わけのわからないことをのたまうシノブ。

 何が良かったのか、何を一緒にやるのか、何のために精力を貯めるのか……さっぱりわからないが、とにかく子供が聞いていい内容ではないだろう。


 コウヤも男子学生であるので、もう少しライトなシモネタであれば乗っているのだが、さすがにこのレベルになると言葉に困る。中学生相手に、不倫の修羅場の話など聞かせないで欲しい。


 ドン引きしてしまったコウヤは、気まずさを紛らわせるように辺りを見渡す。



 すると、ちょうどルームの端っこの方で行われていた模擬戦が終わったようだった。

 周りには野次馬が集まっていて、その中心には、霊子庭園用の増幅器が置いてある。


 霊子庭園が解除されて、生身の人間が現れるのが見えた。


「やーっはははっ! まだまだやなぁ、サッちゃん! 五百円、まいどありぃ」

「く、ぐぅううう! もう一回! もう一回だよ、アキラさん!」


 夕薙アキラと、比良坂キサキだった。


 いつもコウヤたち子供組を可愛がってくれるアキラだが、こうして試合をしているのは珍しかった。大抵は、外から野次混じりのアドバイスを飛ばすくらいで、直接模擬戦をしてくれることは、そんなに多くない。


 それが今日は、どんな風の吹き回しだろうか。


 悔しがっているキサキを前に、アキラは調子に乗ったのか、ケラケラと高笑いをしながら、何やら条件をつけていく。


「おう、ええで。ほなら次は、両手使わずにやってやるわ!」

「りょ、両手!」


 びっくりしたように目を丸くしたキサキは、ムッとしたように声を荒げる。


「そんなの無理だよ! そんなふざけたことして、まともに勝負できるわけ無いじゃん!」

「ほぉ。なら、サッちゃんが勝ったら、賞金三千円に釣り上げてもええで?」


 目を丸くしたキサキに、更にアキラは言葉を加えていく。


「その代わり、負けたら千円な。ほらほら、負け金取り返すチャンスやで?」

「せ、千……。う、うう、良いもん! 両手使わないとか、絶対負けないんだから」


 あんまりな条件設定にたじろぎつつも、奮然と立ち向かうキサキ。

 その様子は、負けん気が強いと言えば聞こえが良いが、どちらかと言うと、ギャンブル中毒のそれに見える。


 再び霊子庭園を展開して、仮想空間に入っていく二人。

 それを引き気味に眺めながら、コウヤは側のシノブに尋ねる。


「……何やってるんすか、あれ」

「ああ。なんでも、特訓らしいよ」


 柔軟体操をやりながら、シノブが愉快そうに言う。


「ちょっとしたお遊びなんだけどね。アキラさんのハンデ戦で、勝てたら賞金、負けたら罰金。何人か挑戦してたんだけど、それにサッちゃんが面白がって乗っちゃってね。罰金額はさっきまで百円台だったけど、もう千円になっちゃったみたいだ」


 周囲では、暇な大人たちが面白がって観戦をしている。目の前で大人が子供相手にお金を巻き上げているわけだが、誰も止めないのだろうか。


「っていうか、両手使わないとか、さすがに無茶じゃ」


 そう思いながら、コウヤも観戦の集団に混ざり、霊子庭園を見下ろす。


 種目はやはりシューターズのようで、アキラは本当に両手を使わずにプレイをしていた。ポケットに手を突っ込んだままで、彼は悠々とフィールドを駆け回っている。


 空中に作り出した魔力弾は、首筋と腰につけたデバイスを使って生成しているようだった。それを目視だけで射出するというデタラメなやり方なのだが、ものの見事に全弾命中させている。

 本当に手を使わずに、彼はどんどんキサキを追い詰めていた。


「うわ、すご……」


 見入りながら、コウヤは思わずそんな声を口にしていた。


 アキラが実力者なことは知っていたが、ここまで圧倒的だとは思わなかった。この試合を見てしまうと、たまにコウヤ達とやってくれる模擬戦は、手加減していたのが分かる。


 結局、38対14という点差で、キサキが敗北した。


 さすがにそれにはショックだったらしく、霊子庭園が解除されて生身に戻ったキサキは、ショックで顔面を蒼白にさせていた。


 呆然とした顔をそっとうつむかせた彼女は、周りの声にも耳を貸さず、ヨロヨロと歩いてすぐ近くのベンチに座り込んだ。


「き、キサキ?」


 さすがに心配になったコウヤは、近くによって声をかける。

 すると、ブツブツと声が聞こえた。



「許せない許せない許せない許せないあんなの絶対に許せない、あんなのシューターズをバカにしてる。銃デバイスどころか両手すら使わないとかバカにしている。なのに、なんで勝てないの? なんで銃を使わずに正確な射線が引けるの? なんで目測だけでクレー落とせるの? なんなのあの人? わけわかんない、わけわかんないわけわかんないわけわかんない」



 どうやらガチで動揺しているらしく、呆然とした顔で怨嗟の言葉をつぶやいている。


 彼女にとって、シューターズは何より入れ込んでいるものである。だからこそ、一見ふざけたようなアキラのプレイは許せないらしい。

 子どもたちの中ではキサキが一番アキラに懐いてことを考えると、相当根深いショックのようだった。


 しかし、敗北したのは明確な事実だ。


 アマチュアとは言え、キサキは大人相手でも、普通に圧勝するような実力である。それをハンデありで軽くいなしているのを見ると、アキラは相当な実力であると言える。


(確かアキラさん、自分は中の上の実力とか前に言ってたけど、大嘘じゃねぇか)


 実際のプロのレベルを知らないのではっきりとは言えないが、アキラが普段手を抜いているのは確実だった。


 ジト目を向けるコウヤに気づかないのか、アキラは調子に乗った声で言う。


「よっしゃ、そんじゃ、同じ条件でまだやるで? どんどん挑戦してくれや! なんやったら、まだハンデ増やすか? やったら罰金もうちょい釣り上げるけどな、ぎゃははは!」


 そんなイケイケのアキラの言葉に、特に若い世代の大人たちが湧き上がり、次は俺だと言い合っている。

 いつまでも童心を忘れないのは良いことかもしれないが、現在進行系で子供のコウヤから見れば、大人って見苦しいなとしか思わなかった。


 というか。

 お遊びとは言え、お金をかけるのはやはりいただけない。


 案の定というべきか、彼らの行いを見過ごせない人が現れた。




「……なーに、しているんですかねぇ。みなさぁん」




 地を這うような声が、トレーニングルーム全体に響いた。


 ダンッ、と足で床を叩きながら、スタッフ用のスポーツウェアを着た女性が、入り口のところで仁王立ちしている。

 その全身からは、怒りのオーラが漂っていた。


 久良岐魔法クラブ所属のスタッフ、矢羽タカミである。


「なんだかぁ、すごく楽しそうな感じですねぇ。みなさん?」


 彼女は額に青筋をたてながら、盛り上がっているバカな男性たちを威嚇する。


「せっかくだし、私も混ぜてもらってもいいですかね? ええ?」

「や、タカミちゃん。これはちゃうんや」


 何が違うというんだろうか。

 歩み寄るタカミを前に、アキラはさっと両手を上げて幸福のポーズを取る。ちなみに、周囲にいた大人たちはすでに散っていた。逃げ足の早い人達である。


 にじり寄るタカミに向けて、アキラは早口に言い訳をする。


「これはな、ワイの特訓に皆が付き合ってくれてただけなんや。そんでほら、勝負には条件があった方が、真剣になるやろ? やから別に、大したことはしとらへんで。な?」

「それで、お金を賭けたの?」

「あ、遊びなんや! 千円くらい、ちょっとしたレクリエーションなんやって!」


 追い詰められながら、情けない言葉を口走るアキラ。

 どうでもいいが、そうやって早口で言い訳している時点で、もうすでに結果は見えているようなものである。


 そんな往生際の悪いアキラの態度を、タカミは冷めた目で見下ろしながら、口を開く。


「ねえ、アキラ。あなたなら、もちろん知ってるよね?」


 額に青筋を立てたまま、タカミはニッコリと笑って言った。


「『賭博及び宝くじに関する罪』って言葉」


 具体的な罪状を出しながら、タカミはゆっくりとにじり寄った。


 その後。

 大の大人が土下座をする所を、コウヤは生まれて初めて目撃することになった。



※ ※ ※



 春期全日本魔法射撃大会。

 ツインスプリングカップ。


 魔法士のライセンスを持つ人を対象とした、ソーサラーシューターズのバディ戦の大会である。

 毎年三月から四月までの春期に行われる全国規模の大会であり、ライセンス所有者であれば、参加は自由である。


 ウィザードリィ・ゲームのプロ団体に加入していない魔法士でも参加できるため、スカウトを得るためのアピールの場として、多くの魔法士が参加する大会でもある。


「ちょいと賞金が必要やって頼まれて、それに参加することになってんや。けど、まともな競技は久しぶりやから、勘を取り戻そうと思おたんよ」


 ほとぼりが冷めて、土下座から解放されたアキラは、ベンチに座りながらそう言った。


 時間帯も遅くなり、人も増えてきてクラブ内は賑やかになっている。出勤スタッフも充実してきたのを見て、タカミは休憩がてら、アキラに事情を尋ねたのだった。


「はぁ。それで賭け事? 乗る方も乗る方だけど、いくらなんでも、子供相手に賭け事はちょっとやりすぎよ」

「や、ちゃんと返したやん。いい加減許してや。なあ、サッちゃん」

「…………」


 焦ったように助けを求めるアキラに、ジト目を向けるキサキ。その目は、不信感に満ちていて、思わずたじろいでしまう迫力がある。


 助け舟を出すつもりではないが、話の続きを聞きたかったコウヤは、先を促す。


「それって、バディ戦の大会なんすよね? アキラさん、バディはどうするんすか?」

「ああ、それなんやけどな」


 助かった、とでも言うように声を弾ませて、アキラは言う。


「そもそも、頼んできたのが相方の方やねん。ほら、こないだちょっと会うたやろ。二夜メグって。アイツがどーしても賞金が必要やって言うから、協力することになってん」

「ああ、あの人ですか」


 二夜ふたつやメグ。

 年末に、コウヤが霊子災害に巻き込まれた時に、アキラと共に助けに来てくれた猫っぽいファントムのことだ。


 中々愉快なお姉さんで、一度会えば忘れられないインパクトがあった。


 その時、意外にもタカミがその名前に反応した。


「え、メグちゃん? あの子、いつしたの?」


 名前の呼び方が親しげなので、どうやら元からの知り合いなのだろう。

 しかし待て。

 何か、今、不穏な言葉が出てきたんだが。


「え。出所って……」

「ああ、それな」


 それに、アキラはなんでもない風に答える。


「去年の九月くらいやって聞いとるから、もう半年は経つんやないか? いやぁ、長かったなぁ。あいつ結局、三年くらいブチ込まれとったしな。なんや、タカミちゃんのとこには連絡来てへんのか?」

「まったく。あの子、気まずいのか知らないけど、出所したならちゃんと連絡しなさいよね」


 ぷりぷりと怒りながらも、どこか懐かしそうに語るタカミ。

 何やら二人の間では軽い話のようだが、言葉の一つ一つは明らかに不穏だった。


「その……出所って。二夜さん、何をやったんですか……?」


 恐る恐ると尋ねるコウヤに、アキラとタカミの二人が、しまったという表情をする。


 それからおもむろに、アキラが神妙な顔をして語りだした。


「ああ。メグはな、三年前に警察に捕まって、ずっとムショ暮らしやったんや」

「そう。あの子、そんなことする子じゃないんだけど、あの時は魔が差しちゃったって……おかげで、それまでメインでバディを組んでたアキラとも、解消になっちゃったし」

「ムショって……それじゃあ二夜さんは、犯罪者だったんですか?」


 犯罪者、とひとくくりに言っても、人間のそれとファントムのそれでは、意味合いが少し変わってくる。

 現代では基本的人権が与えられているファントムだが、その存在が神霊である以上、人に仇なすとみなされると、下手をすれば討伐対象になりかねないのだ。


 一体どんな罪を犯したのかと、恐る恐る聞いてみると。


「ああ……ほんに、凶悪な犯罪やった」

「本当に、そんな子じゃないのよ。でも、あの時は仕方がなかったの」


 沈痛な面持ちを浮かべた二人が、互いに顔を合わせて、ゆっくりとコウヤを見る。



「それはね」

「それはな」



 そして、ゆっくりと。

 見事にハモった声で、その罪状を告げた。





「「無銭飲食」」





 ずっこけるかと思った。


「む、無銭……」


 聞き間違いかと思いながら、アキラとタカミの顔をうかがうと、二人共してやったりといった様子で、愉快そうな笑みを浮かべている。


 また、すぐ横では、笑いをこらえているのか、両手を口に当ててくぐもった声を漏らしているキサキの姿がある。それを見るに、彼女は知っていたらしい。


 顔をひきつらせているコウヤに、アキラがケラケラと笑いながら続けた。


「あんのバカ猫、腹すかせて海鮮丼屋に入りおって、後からマネーカード忘れたんに気づいて、食い逃げしやがったんや」


 ファントムは基本、空腹は魔力の供給で事足りるのだが、ファントム用に霊子処理を施せば魔力吸収ができるため、それを好んで食べる者も多い。

 メグは特に食事を楽しむ方だったのだが、その時は数日間仕事で食事をしておらず、飢餓感を覚えて正常な判断ができなくなっていたのだそうだ。

 おかげで、マネーカードを忘れたことでパニックになり、思わず逃げ出したのだという。


「そんときは、そりゃもう大捕物やってな。逃げる時に、器物破損に軽い傷害もついて、実刑一年をくろうたんや」

「まあでも、それだけだったら、執行猶予ついてすぐに出られるはずだったんだけどね」


 アキラの話を補足するように、タカミが苦笑しながら続ける。


「あの子、何を考えたのか、脱獄しようとしちゃって、成功しちゃったのよ」

「あっはっは! いやあ、あれは傑作やったで!」


 当時のことを思い出したのか、アキラは笑い転げながら言う。


「捕まった三日後くらいに、『助けてくれにゃ!』とか言って、普通にうちに来るんやからな。なんでも、ムショの脆弱性を突きまくって脱走したもんやから、当時の霊子セキュリティ担当は軒並み減給やったらしいわ。ま、おかげでメグ自身は、懲役二年プラスやったけどな」

「あの時のメグちゃん、ほんと私達のこと、少しも疑ってなかったよね……。安全な場所に連れてってあげるって言ったら、ニコニコ笑いながら素直についてきてくれて」


 そこまでは冗談交じりだったタカミが、ふと思い出したように遠い目をして、どこか悲しそうな表情で言った。


「結局、私達全員で示し合わせて、内緒で警察に連れてったんだけど、警察の前に着いた時のあの子の無表情は、今でも忘れられないわ。『騙したの?』ってすがるように見てくるのが、なんだか申し訳なくて」

「そうか? ワイは思い出すだけで笑えるんやけどな」


 本当にゲラゲラ笑って見せながら、アキラは苦しそうにお腹を押さえて言った。


「そんでまあ、脱獄犯っちゅうことで、関東のファントム専用のムショにブチ込まれとったんやけど、この度めでたくシャバに出てこれたわけや」


 それが、去年の九月の話。

 そこからすぐにでも知り合いのいる関西の方に戻ってくればよかったのだが、先立つものもなく、また器物破損の借金も抱えていたため、ひとまずは関東の自治体に所属して、バイトをして生活していたのだという。


 それを、たまたま魔道連盟の依頼で関東に行ったアキラが見つけたのが、十一月の話だそうだ。


「ま、短い間とは言え、一時期はバディ契約を結んだ関係やし、少し借金返済の手助けに、仕事の手伝いなんかもしとったんや」


 ちなみに、年末の霊子災害の時に彼女が居たのは、せっかくだからとアキラがメグを誘ったのが理由らしい。

 ひもじい思いをしている彼女に飯でも食わせるか、という軽い気持ちだったようだが、お陰で最低限の戦力が整ったため、速攻で救出に行けたのだそうだ。


 更に言うと、現在もまだ、メグは関東の自治体に半ば飼い殺しにされている状態らしい。


「んー。っていうことは」


 そこで、ずっと黙っていたキサキが、ふと首をかしげながら尋ねる。


「その大会参加って、メグちゃんの借金返済が目的ってこと?」

「まあそういうことやな。前科ありでも問題なくやれるんは、ゲーム関係くらいやし」

「でも、それならマギクスアーツの方がいいんじゃない? アキラさんはともかく、メグちゃんって、細かい戦略とかって苦手じゃなかったっけ」


 中々に失礼なことを言っているが、それは皆の共通認識らしく、全員ウンウンと頷いている。


 コウヤですら、こないだ少し会っただけであるが、彼女があまり頭の回る方じゃないのは察しているくらいだ。


「それなんやけどなぁ」


 アキラも、困ったように頭を掻きながら言う。


「直近のマギクスアーツで賞金の出る大会やと、四月まで待たんとあかんのや。やから、その前の腕試しって感じやな。今回のツインスプリング杯やと、地区予選の優勝でも百万、全国大会優勝やと五百万やから、挑戦する価値はある」

「え、シューターズって、そんなに賞金出るんすか?」


 急に生々しいお金の話が出て、コウヤは思わず驚きの声を上げる。

 それに、嬉々とした様子でキサキが口を挟んできた。


「えー、コウちゃん知らないの? 百万なんて序の口だよ。プロリーグのレーティング戦とか、タイトルマッチだったら一戦一戦に賞金出るし、スポンサー付いた大きな大会は、優勝賞金一千万とか当たり前なんだから!」

「……マジかそれ」


 まあしかし、そうでもなければプロ競技者なんていう職業が成り立つはずもない。


 特に現代では、魔法競技は興行として人気を集めている。他のスポーツと違って、性別や年齢、体格などの区別がなく、様々なプレイヤーが存在することが、幅広い層に人気を集める所以だ。

 まともに成立して二十年ちょっとの新興競技ではあるが、今では世界的に推進されている競技となっている。


 基本的にはプロリーグに所属してのレーティング戦が主であるが、個々のスポンサーが開催する大会などは、団体に所属していなくても参加できる。


 今回アキラが参加しようとしているのは、そうした個別大会の類である。


「夢のある話ではあるけど、その分厳しい業界よ」


 沸き立つキサキとコウヤをなだめるように、タカミは困ったような顔で言う。


「サキ以上の天才はごろごろいるし、それに新興競技だから、まだまだ不安定だしね。最近は、霊子障害も問題になってきているから、絶対安全とも言えなくなってきたし」


 霊子障害とは、霊子体で負ったダメージが、現実に影響することをいう。

 本来なら、霊子庭園で負ったダメージは現実には反映されない。しかし、大きなダメージを負った時に、精神がそれを記憶して、麻痺などの症状が起こることがあるのだ。


 一つ一つは軽度なものだが、精神に過剰なダメージを受け続けると、大きな障害となることがある。近年問題視されてきた話であり、特に、霊子体の完成度が高い、実力のある魔法士ほど危険であるとされている。


 もっとも、これは霊子体を生身と同じレベルで作っているプレイヤーに起こる問題であり、コウヤたちのようなお遊びレベルの霊子体では、まず起きないとされている。


「まあまあタカミちゃん、そんなおどさんでええやん。今はまだ、夢を持たせておくんが、大人の役割ってもんやろ」

「それを自分で言ってる時点で、あんまり説得力無いけどね」


 はぁ、とタカミはため息を付いて、罰が悪そうに肩をすくめてみせた。


「それで? その大会って、参加者招待枠って無いの?」

「お、それやそれ。それを言おうと思おとったんや」


 タカミに促されて、アキラはこれ幸いといった様子で、キサキとコウヤに言う。


「普通は観戦チケットが必要なんやけど、参加者は、身内を四人まで会場に呼べるんや。というわけで、特にサッちゃん、どや? シューターズの生試合やで」

「いいの!?」


 その提案に、キサキは目をキラキラさせながら、前のめりになる。


 現金な様子に苦笑いしながら、コウヤは遠慮気味に尋ねる。


「その、いいんすか?」

「かまへんって。どうせ特に呼ぶ相手もおらへんしな。ま、地区予選やし、交通費も対して掛からへんから、遠慮せんでええよ」


 軽く言いながら、アキラは人数を数える。


「サッちゃんにコウやんと、あとチハも入れて、あと一人大人がいりゃ、引率としちゃ十分やろ。ファントムは、デバイスに入ってれば普通に入場出来るけど、タカミちゃんはどや?」

「私はパス。その日仕事だし」


 あっさりと首を振りながら、ふと考えるように小首を傾げる。


「そーね。テンカちゃんなんかは、連れてったら喜ぶんじゃない? またコウヤくんとの契約になるけど」

「それは大丈夫です」

「じゃあ後は大人やな」


 アキラは軽くトレーニングルーム内を見渡して、目的の人物に手を振ってみせる。


「まあ休日やし、シノブくんに頼むか。おーいシノブくーん! ちょっとええかいな!」




 そうして、ソーサラーシューターズの大会観戦の予定が組まれることになった。




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