6-2 憧れの人




 そして、二週間後。

 春休みの最初の土曜日に、コウヤたちは県営のアリーナを訪れていた。


「にゃあ! 応援に来てくれたか! 嬉しいにゃ!」


 現代風にアレンジされた赤い着物が揺れ、後ろからは尻尾が二本生えている。猫又の擬人化である二夜メグは、嬉しそうにコウヤたち四人を歓迎した。


 ツインスプリングカップの関西第一ブロック予選は、県営アリーナで行われていた。

 参加者百組を越えるこの大会は、地区予選であるにもかかわらず、三千人以上の来場者が訪れている。


 選手用の控室には一般客の入場が出来ないため、アキラとメグは、試合の合間に外に出てコウヤ達と合流をした。


 待ち合わせの場所を見渡しながら、感心したようにアキラが言う。


「しっかし、随分ええとこに場所取ったな、シノブくん」

「早起きしましたからね。荷物番は必要ですが、これで場所には困らないです」


 アキラの言葉に、シノブは柔和な笑みで返した。


 アリーナ外周の広場に、彼らはシートを引いて場所を取っていた。

 人工芝が敷かれたちょっとした平原には、他にもシートで場所を取っているグループが見える。アリーナの中は広いが、人が多いと観戦以外で座る場所にも苦労するため、こうした場所取りが行われるのだ。


「さっきの試合、すごかったよ、メグちゃん!」


 すでに一戦終えたアキラとメグに対して、興奮したようにキサキが感想を言う。


「飛んでるクレーをほとんど素手で叩き落とすなんて、ほんとすごかった! しかも、大型エネミーをボッコボコだったし! 相手のペアなんて、まったく目じゃなかったよ!」

「にゃははー。そんな風に褒められると、照れるにゃ」


 照れてだらしなく顔を緩めているメグを見ながら、期待したようにアキラが尋ねる。


「なあ、サッちゃん。ワイは? ワイはどうやった? 相手にダブルスコアつけて勝ったで?」

「アキラさんは、別に普通」

「普通って……」


 メグに対するものと違い、そっけない反応に、アキラはがっくりと肩を落とす。どうにも先日の賭け勝負以来、アキラに対する当たりがきついキサキだった。


 しかし、同じく見ていたコウヤとしては、アキラも十分すごかった。


 彼は今日、基本の拳銃型デバイスを持ち込んでいるのだが、狙いが間に合わないときなどは、ノールックで魔力弾を射出するといった高等技術を使っていた。また、相手への妨害の魔法の使い方もうまい。

 この大会の参加者は全員プロのライセンス持ちという話だが、先程の一戦を見る限り、その中でもアキラの実力は飛び抜けていた。


「でも、一日でこの人数ですよね。何試合くらいになるんすか?」

「あ? そうやなぁ」


 コウヤの質問に、アキラは気を取り直したようにサングラスをかけ直す。


「最初に四人グループのリーグ戦で、上位者がトーナメント進出やからな。えっと、決勝まで残ると、八試合ってところやな」

「そんなにするんすか」

「ん、なんや。大会やったら当たり前やで」


 平然として言うアキラだったが、普段は三試合もすれば魔力が尽きてしまうコウヤからすると、尋常じゃない試合数だ。


 驚いているコウヤに対して、チハルが補足するように言う。


「公式試合だと、一日中試合しっぱなしだから、魔力配分もプレイヤーの戦略の一つなんだ。だから、序盤の試合では、魔力弾を打つ回数を減らして、あえてファントムに得点源を積極的に壊すのも戦略だったりするんだよ」

「チハルの言うとおりやな。やから、さっきもクレーはメグに破壊してもらったんや。まあ、あんまやりすぎると総得点数が減るから、判定戦なんかやと不利になるけどな」


 だからこそ、その辺りの駆け引きが重要になるのだろう。


 ちなみに、試合終了時に残った魔力は回収が出来るので、霊子体の破壊が終了条件に含まれないシューターズは、比較的試合数を重ねやすい競技なのだという。

 逆に、マギクスアーツのような霊子体を破壊し合う競技では、その調整が難しいため、トーナメント戦を勝ち上がれば勝ち上がるほど、厳しい戦いを強いられるのだそうだ。


 ふいに時計を見たアキラが、試合場に視線を向けながら言う。


「ほな、次の試合があるから、そろそろ行くわ。シノブくん、あとよろしく」

「了解です。お昼、どうします?」

「リーグ戦終わったら、集計に時間がかかるから、昼休憩がある。そんときに一緒に取ろうや」

「んみゃ! お昼!? なあなあアキラ。何食うのにゃ?」

「自分は昼飯の心配の前に、次の試合の心配をせぇや!」


 メグの頭を叩きながら、アキラは彼女を引っ張っていった。




 後に残された四人は、これからの予定を確認する。

 入り口で購入したパンフを覗き込みながら、次はどの試合を見るか話し合う。


 それを見ながら、ゆったりとシートに座ったシノブが、リラックスした声で言う。


「俺はここで荷物番してるから、好きに見て回ってきていいよ」

「本当にいいんすか? シノブさん」

「うん。夕薙さんの試合なら、ここでも見れるしね。君たちは中で直に見てきな。迷ったら連絡できるように、デバイスは忘れないようにね。お昼には戻ってくるように」


 ひらひらと手を振りながら、彼は大きめの電子デバイスを掲げてみせる。魔法用のデバイスだが、ネット端末の代わりにもなる。

 アリーナのエリア内であれば、無線通信を使って試合の中継を見ることも出来るので、座席が空いてなくても問題ない。


 そんなわけで、子どもたちだけで見て回ることになった。


 ちなみに、今日はコウヤとキサキ、チハルの三人だけである。

 はじめはテンカも来る予定だったのだが、春先の暖かさに当てられて体調を崩したのだ。発生して一年になるが、まだまだ自身の因子を制御できていない所為だと、タカミは言っていた。


「くぅうう。外、お外に出たいですわ……」


 ドロドロに溶けそうな身体でらうめいている姿は、ちょっとしたホラーだった。




「さーて。テンの分も楽しまなきゃいけねぇし、早く色々見ようぜ」


 言いながら、三人はアリーナの施設内に入っていった。


 入り口からすぐのロビーには、大きな電光掲示板が置いてあり、その前には人だかりができていた。

 電光掲示板には、試合の予定だけでなく、何やら倍率らしきものも表示されていて、皆それを熱心に眺めているようだった。

 扉を隔てた先のアリーナからは、ここからでも分かるくらい、試合の熱気が伝わってきた。


 それらを見ながら、ふとチハルが尋ねてくる。


「ねえ、コウヤくん。今日、お小遣いってどれくらい持ってきてる?」

「え? そんな持ってきてないぞ。ちょっと多めに昼飯代もらってはいるけど」


 いきなり何を言い出すのかと思って、怪訝な顔をするコウヤに、キサキが口を挟んでくる。


「あ、MAHOくじ買うんでしょ! だったらあたし、狙ってる選手がいるんだ」

「そう。せっかく公式試合を見に来たんだし、ただ見るだけじゃつまらないしね」


 チハルが言っているのは、どうやらスポーツくじの類らしい。


 ウィザードリィ・ゲームの興行の一つとして、公営ギャンブルとしての側面も存在する。

 その名もMAHOくじと言い、賭け金はそれほど大きくないが、選手の人気や期待値がひと目で分かるため、選手の格付けにも利用されている。


 シューターズの場合、試合の勝敗から得点数まで、様々な要素でくじが買えるため、ギャンブル性の高い競技でもある。


「って、俺たち中学生だぞ。買って良いのか、そんなの」


 もっともな疑問を覚えるコウヤに、緊張感のない声でチハルが言う。


「大人向けの、現金が返ってくるのは出来ないけど、子供向けはポイント換算でやるから問題ないよ。ポイントを沢山集めると、景品と交換してくれるんだ」


 チハルが指差す方には、売店が並ぶエリアがあり、そこに換金所のようなものもあった。

 一見すると駄菓子屋か玩具屋のように見えるが、よく見るとMAHOポイント交換可能と書いてある。どうやら、景品所と売店が一緒になっているらしい。


 ポイント購入には、専用のカードを買うことになる。カード自体は五百円から買えて、最大二千円分までポイントの課金が出来る。カードは一人一枚しか買えないので、大きく散財するということもない。


「ちなみに、未成年は勝敗しか賭けられないから、そんなに大きく差が出ることもないよ。配当も最大で1.5倍だから、最大獲得ポイントもたかが知れてるし」

「へぇ。つまりお遊びレベルではあるんだな」


 詳しい内容を聞きながら、とりあえず一枚カードを購入する。

 コウヤは千円分、キサキとチハルは二千円分をチャージし、遊び方を確認していく。


 その時、ポイント交換所を見ていたキサキが、嬉しそうな声を上げた。


「あ! バーチャウィザードの最新版がある。これってまだ発売前だったはずだけど……もしかして、競技場限定の先行版!?」


 目を輝かせながら、ゲームのパッケージを見るキサキに、コウヤは視線を向ける。


「……なんだそりゃ」

「え、やったことない? 魔法競技を題材にしたゲームだよ」


 不思議そうな顔を向けてきたキサキが、満面に笑みを浮かべて説明をしてきた。


「ほんとにいる選手をゲームキャラにしてあって、すっごくできが良いの。プレイも、VR形式でリアリティあってすごいんだよ!」


 要するに、実在の選手を元にしたアクションゲームである。


 競技種目はマギクスアーツ、ソーサラーシューターズ、ウィッチクラフトレースの主要三種目で、それぞれ、有名プレイヤーがデザインされて登場しているらしい。


 キサキのお目当てはもちろんシューターズで、弾むような声でその面白さを伝えている。


「これね、プロプレイヤーが五十人くらい出てきて、そのキャラの多さもすごいんだけど、それだけじゃなくて、隠しキャラとして、毎年のインハイやユースカップの優勝者とかも出てくるんだよ。中でも、五年前のインハイで、シューターズの優勝者がほんっとすごくてね! ほら、このキャラ。トーコちゃんって言うんだけど、この人の再現が完璧なの!」


 猛然と語ってくるキサキは、完全に好きなことを語る時のモードに入ってしまっている。その猛攻に若干引き気味になりながら、コウヤはさっとチハルの方を見る。


 彼はと言うと、まじまじと景品を見ながら、ふとつぶやく。


「四千ポイントで交換か。お店で買うより安いから、狙い目かもね。ゲーム機本体はさすがに一万ポイントするけど、こっちなら、何試合か当てれば交換できそうだね」


 真面目に交換レートのことを計算しているチハルを見て、思わずコウヤは尋ねていた。


「え、何? お前らって、ゲームする人なの?」

「ん? そういうコウヤくんは、テレビゲームしないの?」


 頷いたら、未開人を見る目を向けられた。


「嘘でしょ、コウちゃん……」

「コウヤくん、学校で友達とどんな話しているの……?」


 ガチで心配された。


 あまりに可哀想な人を見る目で見てくるものだから、コウヤは慌てて弁明する。


「べ、別に全くやらないわけじゃないぞ。学校の友だちの家とかでは、普通にやるし。まあ、野球やってた時は、そっちばっかりだったけど……」


 そもそも親との約束で、野球道具を買ってもらう代わりに、他の娯楽品は基本的に買ってもらえなかったのだ。

 今ではそれが、魔法競技に変わっただけである。

 クラブの会費はかかるし、交通費も自腹だ。さらに、道具も中古とは言え揃えてもらった。それ以上求めるのは、贅沢な話だと思っている。


 それに、コウヤ自身、野球や魔法競技に夢中の状態で満足しているため、特にテレビゲームをやりたいと思うこともなかったのだった。


「ってか、クラブから帰るのいっつも八時過ぎじゃねぇか。俺と違って、お前らはほとんど毎日クラブに行ってるくせに、いつゲームなんてやってんだよ」


 何言ってるの、という顔で首をかしげながら、キサキは言った。


「いつって、家に帰ってからだけど……?」

「遊びすぎだろ!」


 思わず突っ込みを入れるコウヤだった。




※ ※ ※




 いよいよ、試合場に足を踏み入れた。


 予選の間、アリーナは八つのエリアに分割されて、それぞれで霊子庭園が展開される。

 試合の様子は、霊子庭園の間近で見られる立ち見の観戦エリアと、二階部分の観戦席があり、いたるところに設置された電子モニターで、ゲームの様子を見ることが出来る。


 はじめは立ち見の観戦エリアの方に行ったのだが、人がごった返していて、目的のエリアに行くのも一苦労だった。


「入場する選手を近くで見れるのは良いけど、これ、集中してみるのは厳しいね」


 人の流れに流されそうになるチハルを捕まえながら、キサキが残念そうに言う。


 その間にも試合は進んでいるようで、二つ離れたエリアで、アキラとメグが勝利したというアナウンスが聞こえてきた。これで彼は二勝しているので、あと一戦勝てば確実に決勝リーグ進出である。


 この調子だと、目的の試合を見逃す可能性が高い。


「もう二階の座席に行こうぜ……」

「僕も賛成。二階のモニターでも十分見えるし」

「えー。近くで見た方が、試合の前と後の選手の様子とか、しっかり見えるのに」


 早々にギブアップしたコウヤとチハルに対して、最後まで抵抗を示したキサキだったが、彼女も大人に押されて列からはじき出されたため、渋々二人に従った。


 そうして、一旦ロビーに出てから、二階席に移動を始めた時だった。



 外に出ようとしたキサキが、入り口の所で、勢い良く飛び出してきた女性と正面からぶつかった。



「わっ、きゃ」

「痛っ、つぅ」


 正面衝突した二人は、その場で思いっきり床に倒れ込む。


「お、おい、キサキ、大丈夫か?」

「い、いてて……うん、大丈夫。あ、ごめんなさい!」


 尻餅をついた彼女は、床にぶつけたお尻をさすりながら、慌ててぶつかった人を見る。


 こちらは、若い女性だった。

 年齢は二十歳くらいだろうか。ショートの黒髪と、健康的な肌色が目を引く、快活そうな女性だった。服装はスポーツウェアであるが、フードやスカートがついていて、どことなくおしゃれなデザインである。


 おしゃれなスポーツウェアを着た彼女は、ランニングスカートを押さえ、恥ずかしそうにはにかみながら頭をかく。


「あいたぁ。ご、ごめんね。わたし急いでて……。大丈夫? 痛いところない?」

「いえ、あたしの方こそ、ちゃんと確認しな、く、て……」


 その女性を真正面から見返したキサキは、目を丸くして、呆けたように口を開ける。


 それに対して、その女性は立ち上がってキサキの服のホコリを払いながら、余裕を取り戻したように言う。


「怪我とかしてないよね? ああ、せっかくすっごい可愛い子なのに、痛い思いさせちゃった。もう、試合場はわからないし、何度も転ぶしで最悪だよ」

「か、かわっ……」

「よし、これでおっけー」


 さり気なく頭をなでながら、女性はにこやかに笑って言う。

 その目が、どこか怪しく見えるのは気のせいだと思うが、当のキサキは、サラリと言われた「可愛い」の言葉に、赤面して硬直してしまっていた。


 そんな中、サバサバとしたその女性は、ふとコウヤたちの方を見る。


「もしかして、この子のお友達?」

「は、はい。そうっす」

「ほんとごめんね。ついでに悪いんだけど、Aエリアってどっちか分かる?」


 両手を合わせながらウインクをして、彼女は尋ねてくる。そのお茶目な様子は、狙っているものではなく、どうやら彼女の地のようだ。


 その質問に、チハルが平然と答える。


「Aエリアなら、外から回ったほうが早いですよ。もしかして、選手ですか?」

「うん、そうなの。もうすぐ二試合目なんだけど、お手洗い行ってたら迷っちゃって」


 困ったように肩をすくめながら、女性はふっと目を上げる。


 そして、「あ」という声を漏らした。



 次の瞬間。


 




「てめぇ。何遅刻して、こんな所で油売ってんだ、ぁあん?」




 それはまさに、降ってきたというのが正しい表現だった。


 二階の観戦席から、壁伝いに斜めに走って飛び降りてきた影は、少年の姿をしていた。


 革のシャツにダメージジーンズ、頭にはテンガロンハットという、西部劇のコスプレのような少年だった。

 年齢は、十代前半くらいだろうか。

 見た目はコウヤたちと変わらないくらいなのに、彼は堂々とした出で立ちで女性の前に立つ。


 すると、女性は嬉しそうに顔を明るくした。


「ウィル! よかったあ! やっと会えたよ」

「やっと会えた、じゃねぇ! てめぇ、今何分だと思ってんだ!」


 間の抜けたように喜ぶ女性に対して、ウィルと呼ばれた少年は憤慨して睨みつける。


「だぁああ、もう! だからトイレなら一緒に行くっつったんだよ」

「え、でもさすがに、トイレの中まで入られるのはちょっと」

「誰がそこまで一緒に行くっつったよ、こんのバカ女!」


 まるでコントのような言い合いをしながら、ウィルはハッと、Aエリアの方を見る。


「ってか、ああ! もうマジで試合始まるんだぞ! 不戦敗とか冗談じゃねぇからな」

「それはわたしも冗談じゃないよ」


 怒り狂うウィルに対して、マイペースな女性は、ニコっと笑って言った。


「じゃ、運んで、ウィル」

「……いっつも嫌がるくせに、良いのかよ」

「怖いけど、背に腹は代えられない。でしょ?」


 そうかっこよく言った後、女性はコウヤたちの方を振り返った。


「なんか謝ってばっかりだけど、ごめんね、君たち。わたし、もう行くね」

「あ、あの……」


 ウィルに抱えられようとしている女性に向けて、キサキが思わずと言ったように口を開いた。


「な、名前。あなたは、もしかして……」

「ん?」


 キサキの問に、女性はキザらしく笑うと、すぅっと、

 それが答えだった。


「じゃあね! よかったら、試合見てね!」


 そう言って、女性はウィルに抱えられて、その場から飛び上がった。

 その小柄な肉体の何処にそんな膂力があるのか、ウィルは成人女性を一人抱きかかえると、十メートル以上高い二階席に飛び移る。そしてそのまま縁を走って、Aエリアの試合場までショートカットで駆けていった。


 後に残されたコウヤたちは、呆然とそれを見送った。


「ねえ、サッちゃん。今の人って――って、ちょっと!」


 チハルが尋ねるのも聞かず、キサキはすぐさまその場から駆け出すと、外のロビーを通って、Aエリアへと走っていく。


 慌ててコウヤとチハルも、その後を追う。


 人混みをかき分けて、ようやくAエリアの近くでキサキを見つけた時には、早いことにその試合は終了していた。


「は、はぁ、はぁ。おい、キサキ。いきなり走り出して、どうしたんだよ……」


 上がった息を落ち着けながら、コウヤはキサキに尋ねる。

 それに対して、キサキは興奮したように、口元に手を当てて目を丸くした。


「うそ……

「あ? 本物って、何が」


 怪訝に思いながら、コウヤは前を向く。


 試合場では、霊子庭園が解けて、プレイヤーが生身に戻っているところだった。

 そこには、先程の女性の姿もある。手を振り上げてハイタッチをしているのを見るに、どうやら彼女のほうが勝ったらしい。


 直ぐ側のモニターに、勝者の名前が映る。




 WINNER

 朝霧トーコ&ウィル・フロンティア




「ほんとに、トーコちゃんだ……」


 随分親しげな愛称で呼ぶキサキに、疑問を覚える。


「お前、あの人と知り合いなのか?」

「ううん。知り合いじゃない。一方的に知ってるだけ」


 けれど、と。

 キサキは熱に浮かされたような瞳で、言った。


、だよ」


 競技場の上で手を振る朝霧トーコを、キサキは夢見るような瞳で、ずっと見つめていた。



 ※ ※ ※



 五年前。


 当時十七歳だった少女が、ソーサラーシューターズのアマの大会を総なめにした。


 高校のインハイから始まり、主要六ケ所の大会を制覇。そのプレイスタイルは、シューターズにおいて革新的であり、賛否を集めながらも、圧倒的な強さでその実力を見せつけた。


 そして、オリエント魔法研究学院において卒業前にライセンス取得を達成し、いち早くプロの競技者として活躍を始めた。


 しかし、その二年後。

 とある事件をきっかけに、彼女は日本の表舞台から姿を消す事になった。




 朝霧あさぎりトーコ。

 その名は、今でもソーサラーシューターズにおいて、語り草になっている。



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