5-7 危機を見据える堅き意志




 小さな明かりが、暗いかまくらの中を照らしている。


 ジュンお手製の護符によって、ほのかな暖かさが空間を満たしている。外の気温に比べるとかまくらの中は暖かく、寒さに凍えることもなく過ごせていた。


 龍宮ハクアは、護符から発せられる明かりを眺めながら、自分の無力を噛み締めていた。


 今の彼女は、明確に助けられて、生かされている。

 外に迫る脅威に対して、ハクアはあまりに無力だった。


 もちろん、自分のような子供に出来ることなんて、たかが知れている。例え怪我をしていなくても、せいぜい逃げるくらいのことしか出来ないだろう。しかし、少なくとも足手まといにはならないで済むはずだ。


 ジュンやテンカだけなら、こんな窮地、すぐに脱出できるのに。


 そんな内心を隠すように、ハクアは寝転がったまま、空元気のような声を出す。



「ジュンなら大丈夫よ。だってあいつ、戦争経験者だし、なにより百年近く存在してて、半ば土地神に足を突っ込んでいるらしいから。この程度の危機、なんてこと無いはずよ」

「…………」

「テンカにしても、雪山っていう立地条件は、彼女にとって最高のはず。だから、気にすることないわ。もう少しの辛抱よ。だから、心配しないで待ちましょう」

「…………」

「ねえ。何か言ってよ」

「……そんなに喋って、身体の方は大丈夫なのか?」



 雪の壁を見つめていたコウヤが、目をそらすことなく、そう言った。


 ずっとだんまりだったコウヤが、ようやく返答してくれたので、ハクアは少しだけほっとする。

 他人の表情が見えないハクアにとって、無言でいられると、そばにいるのが本人なのか不安になってしまうのだ。


 無意識に心細さを感じていたのか、ハクアは少し上ずった声で、コウヤに答える。


「ジュンがしっかり応急処置してくれてるから、大丈夫よ。むしろ喋ってないと、寒さで感覚が鈍くなってどうにかなりそうだから、話に付き合って欲しいくらい」

「……そう、か。悪い」


 思い詰めたような声が返ってきた。僅かに動揺したのか、彼の魔力の形が不安定に揺らぐ。


 真面目なコウヤのことだ。おそらく、ハクアが怪我をしたことに責任を感じているのだろう。

 そんなの気にすることないのに、と。ハクアは自分のことを棚に上げて思う。


「私の怪我を気にしているんなら、お門違いよ。これは私のミスなんだから」

「でも、ハクアは俺を庇ってくれた」

「庇ったのは事実だけど、怪我をしたのは私の実力不足。……行けると思ったのよ。でも、届かなかった。それだけの話だから、あんたが気にすることじゃない」


 土壇場で組み上げた防御魔法も虚しく、ハクアの右足は太ももの肉がごっそり抉られていた。あと少し、直撃の軸がずれていれば、完全に足がもがれていただろう。


 今はジュンの護符によって応急処置がされているが、長時間このままでは壊死しかねない状態だ。場合によっては、将来的に傷害が残ることも覚悟しなければならない。


 血を流しすぎたので、血圧は低く全身がけだるい。少しでも気を抜けば、意識が持って行かれそうだった。


 だからこそ、意識をつなぎとめるように、とりとめのない話をしているのだ。


「でも、無力を感じているのはお互い様よ」


 ハクアは白状するように、ぽろりと弱音をこぼした。


「今、何も出来ないのが、歯がゆくて仕方ないわ。私は、ジュンのバディなのに」

「お前は、十分すごいよ。ジュンさんへの魔力供給だって、俺ならすぐにバテてる」


 今も、ハクアはジュンに向けて、少量であるが魔力供給を続けている。


 怪我で消耗しきった状態なので、ハクアが送っている魔力は本当に少量だ。けれども、ファントムにとって人間からの魔力供給は、実体を保つ要となる。


 そういう意味では、ハクアはバディの役割を果たしている。

 だが――バディに過酷な戦いを強いていることは、変えようのない事実だった。


「ジュンは戦闘タイプじゃない。大きなダメージを負えば、消滅してもおかしくないわ。それなのにあいつは、一人で囮役をやるって言ったの。――私達を、守るために」


 消え入るような声で、ハクアは言った。


 このメンバーで、その役割が出来るのはジュンだけだった。

 それは同時に、ジュンが敗北すれば、ハクアたちの命はないということでもある。その重荷を背負い、風見ジュンは今もなお、自身の何倍も強大な敵に対して防衛戦をしている。


「私が何も出来ないのは、子供だからじゃない。実力がないからよ」


 守られるのは、力がないからだ。

 そのことを、ハクアは深く理解している。


「……こんな時、あのたちだったら、きっとうまく解決できるんでしょうね」

「神童?」


 ふと零れた単語に、コウヤが怪訝な声を返す。


 自分でも意識せずに口にしていた神童という言葉に、ハクアは苦笑する。

 こういう時、自分の劣等感の根深さを自覚してしまう。


「そ、神童。そう呼ばれてた奴らが、ちょっと前に居たのよ」


 努めて明るく聞こえるように、ハクアは茶化すようにして言う。


「いけ好かない女子と、薄気味悪い男子の二人組。確か、コウヤと同い年よ。そいつらは、若干十歳で、いくつもの霊子災害を調伏してみせた。中には、Aランクどころか、Sランクの災害もあったらしいわ。それだけじゃない。九歳の時には魔法式の論文を発表して、魔法界に衝撃を与えたそうよ」

「何だそれ。そんなやつら、ほんとにいるのかよ」

「嘘みたいな話よね。でも、本当に居たのよ。私は実際に、会ったことがある」


 もう三年も前の話だ。


 龍宮家に招待されてきた神童の二人は、ハクアの祖父と軽い試合をして、互角の戦いを繰り広げていた。

 仮にも先の戦争で活躍した魔法士と、互角に渡り合ったというのだから、規格外にも程がある。


 当時のハクアは、能力の制御がうまく出来てなかったので、直接その二人と対峙はしなかったが、兄のクロアは、無謀にも挑戦をしていた。そして、赤子の手をひねるように負けていた。


 ある程度実力がついた今なら分かる。

 あの二人の神童は、別格だった。


「ほんと、嫌になる。コウヤは私のことをすごいと言ってくれるけど、あいつらに比べたら大したことないわ。どんなに努力しても、私はあいつらに敵う気がしない。だって……あの兄さんが、敵わないって言うような相手なんだもの」


 自分で語りながら、自分が何を言いたいのか、わからなくなる。


 ハクアにとって、あの二人の神童は一度ちらりと見ただけで、あとは噂話を聞いただけの存在だ。

 それなのに、彼らのことを意識してしまう自分がいる。


 分かっているのだ。

 ハクアにとって、本当に意識しているのは、神童の二人ではなく――


 その答えから目を背けるように、ハクアはそっぽを向くように言う。


「でも、その神童たちも、あっさりと表舞台から消えたんだけどね」

「……そうなのか?」

「もう二年になるかな。事故なんだって。それで、あっさり再起不能」


 魔法実験の事故で、身体に障害を負って、魔法を使うのが難しくなったそうだ。


 溢れる才能を持ち、世間に大きな影響を与えた神童ですら、消える時はあっさりしたものだった。

 たった二年しか経っていないが、もはや彼らは過去の人である。


「ひどい話よね。散々魔法界を引っ掻き回して、色んな人に影響を与えておきながら、あっさりと居なくなっちゃなんて。彼らに影響された人はたくさんいるってのに……その人達は、どうすればいいっていうのよ」


 自分を変えてくれた人は、こちらを見向きもしない。


 背中を向けて、『彼』はまともに自分を見てくれない。ただまっすぐに先を見据えて、ひらむきに走り続けている。顔が見えないのに、家族というだけで強く意識するたった一人の兄妹。今はまだ近くに居ても、そう遠くない未来に、その人は自分の前から姿を消すだろう。


 その時に、自分は――


「ねえ、コウヤ」


 とりとめのない話がしたかった。


 現実に迫る危機から目を背けたかったのか、それとも、先の不安から逃げたかったのか。


 感覚のない足と、徐々に体温が奪われる感覚に心細くなる。左手はずっと目の前の少年が握ってくれているが、その少年の表情はわからない。短い受け答えはしてくれるが、その奥にある感情が見えない。


 すがるような気持ちで、ハクアは彼に尋ねる。


「あんた、将来の進路とか、考えてる?」

「……突然だな。まだ中一だぞ。想像もできねーよ」

「本気で魔法を学ぶつもりなら、魔法学府に通うしかないわよ。日本だと、他に魔法士の資格を取る手段は、他にないから」



 日本には、六つの魔法学府が存在する。


○オリエント魔法研究学院

 関西に存在する、日本で初めて魔法の統一機関として成立した学校。通称、『オリエント』


○国立魔法テクノロジー学園

 関東に置かれた、魔法を技術普及の観点から研究する学園。通称、『テクノ学園』


○聖マルグリット魔法学院

 東北にある、宗教魔術からの派生として魔法を扱う機関。通称、『マリナ院』


○東欧オカルト工芸学苑

 場所は北海道。世界中の神秘やオカルトを集積する文化魔法カルチャークラフトの専門機関。通称『オカルト芸学』


○日本アニミズム魔術学園

 場所は中国地方。自然魔法カニングフォークの研究を中心とし、それを個人レベルの人工魔法で再現することを目的としている。通称『アニマ園』


○修験陰陽専門学校

 神道から陰陽道まで、日本に古くから伝わる古典魔法フォークロアを扱う学校。通称『陰陽専科』



 それらの名前を軽く上げて、ハクアは言う。



「関西に住んでるコウヤなら、オリエントが一番近いかな。でも、あそこって歴史が古い分、権威主義でエリート揃いだから、あんまり学ぶって感じじゃないかも。オススメはテクノ学園かアニマ園。この辺は、個人レベルでの魔法習得を目的にしてるし。逆に絶対オススメしないのはマリナ院。理由は、宗教色強くてあくが強いから。最後の陰陽専科は――」


「いや、そんな今言われても、困る」


 まくし立てるハクアに、コウヤは困惑気味に言った。


「まだ魔法を続けるかもわからないのに、そんな、進路の話なんて」

「え? 魔法士にならないの?」


 素直に意外だったので、キョトンとした声を返してしまう。


 シューターズへの入れ込み様から、彼はこちら側に来るものだと思っていたのだ。確かに、彼のような一般家庭の出身者で、魔法学府に進むのは、全体の半数くらいとは言われている。


 魔法は使い方にもよるが、常に危険がつきまとう。

 霊子庭園を使った魔法競技でも、あまりに過度なダメージを受け続けると、精神的な負荷から傷害を負うことがあると、近年は危険視され始めている。そうした危険も踏まえた上で、進路は考えるべきだろう。


「てっきりコウヤは、こっちに来るもんだと思っていたわ。そっか、普通の進路もあるのか」

「決めてるわけじゃないぞ。ただ、お前らみたいな魔法関係者を見てると、俺みたいな一般人が、安易に進んで良いのか、わからないだけだ」

「別に特別なことなんてないわよ。よくある派閥争いや、よくある親族問題ばかり。歴史が古いとか言いながら、ここまで技術が統一されたのは、この三十年くらいなのよ?」

「生まれる前の話を、昨日のことみたいに言うんだな、お前は」


 僅かに苦笑を漏らす息遣いが聞こえる。

 表情は見えないが、どうやら彼は笑ったらしい。


 固かった空気が和らぐのを感じたが、すぐに引き締まった。


「お前、頭いいよな」

「……な、なに、急に。褒めても何も出来ないわよ」

「褒めてねぇよ。ただの感想だ」


 ぶっきらぼうに、コウヤは理由を語る。


「大人みたいな話し方するし、将来のことだって考えてるし、それに――この危険な状況でも、俺を落ち着けようと話をしてくれるし。それなのに、俺は自分のことで一杯一杯だ」


 彼の言葉に、ハクアは思わず口ごもってしまう。


 確かに彼女は、同年代の一般人に比べたら、ある程度知恵をつけている自信はある。でもそれは、魔法を学ぶ上で必要だから学ばされたものだ。

 実際、同じ神咒宗家出身のキサキやチハルも、年齢不相応の知識を持っている。


 それは、ハクアが特別なのではなく、環境が特別なのだ。


 だからそれは違うと、否定の言葉を口にしようとして――彼女は、その言葉を飲み込みながら、悔しくなって奥歯を噛み締めた。


 今のコウヤの気持ちが、痛いほど想像できたのだ。


 


 兄の背中を追い続ける自分。

 顔が見えず、内心も読めない兄を、ハクアは勝手に大きな存在として見ている。いつまでも自分を子供扱いしてくる兄に、敵意を返すことで、なんとか張り合おうともがいている。


 おそらくコウヤも、そうなのだろう。


 普段は対等であろうとする彼が、弱音をこぼしている。それは、ハクアの存在を大きく見ている証拠だ。

 確かにハクアはコウヤより強いし、自分がなんとかしなければという義務感も持っていたが――別に、自分は彼が思うほど、大した人間ではない。


 だって、ハクアがこうして無駄話を続けているのは、コウヤを落ち着けるためでも何でもない。


 ただ、自分を落ち着けるためにやっているだけなのだから。


「…………ッ」


 急に、心細さが大きくなってきた。


 この危機的状況において、無意識のうちに、ハクアは傍らにいる少年を拠り所にしていた。


 その事実を直視してしまうと、これまで目をそらしていた恐怖が、ひょっこりと顔を出した。

 ダメだ、と思いながらも、恐怖は次第に大きくなる。

 しっかりしなきゃと思いながら、その重圧に押しつぶされそうになる。


 それに耐えながら、ハクアは絞り出すように、話題をそらした。


「私、ね。……中学になったら、九州に行かされるの」

「……行かされる?」

「付属の魔法学校。中学は義務教育だから正式なものじゃないけど、マリナ院と、アニマ園、そして陰陽専科の三つに、附属中学があるの。どれも全寮制」

「嫌なのか?」


 ハクアの口調から察したのか、気遣わしげにコウヤは尋ねてくる。

 それに、顔をそらすようにしながら、ハクアは言う。


「兄は、地元の中学に通ってるんだ。私だけ、遠くの学校に行きなさいって言われてる。期待されているんなら良いけど、体のいい隔離なのは分かってる。私はちょっと特別で……その『特別』が制御できないから、都合のいい所に隔離してしまおうって考えみたい」

「拒否はできないのか?」

「まだ、希望を聞いてくるくらいだから、強く言えば拒否できると思う。でも、そうしてまで、やりたいことなんてないのが問題なの。先が見えてないのは私も同じよ。少し前までは、言われるままでも良いかなって思ってた。でも……」


 考えが変わったのは、やはり兄が原因だった。


 兄が、同年代の少女を褒めるのを聞いた。二人の神童に破れて以来、めったに人を褒めなくなった兄が、一人の少女を褒めたのだ。


 その少女は、比良坂キサキというらしい。


 気になったハクアは、無理をして彼女に会いに行った。

 キサキに会えば、少しは兄がこちらを見てくれるんじゃないかと思って。


 そして――キサキやチハルとともに、コウヤとも出会った。


「あんたたちと会って、本当にそれで良いのかって思った。初めてだったのよ。自分で行動して、知らない土地で友だちを作ったのって。電車に乗るのも、泊りがけで移動するのも、自分から友達を作るのも、本当に初めてだった。でも――出来た」


 出来てしまったのだ。


 何より、家族が反対しないのを、知ってしまった。


 もちろんそれは、ジュンというお目付け役がついていることが大きいし、二度目以降の遠征には、しっかりとルールを決められた。それでも、自分が行動すれば、物事が変わるのだと分かった。


 ぼんやりとしていた視界が、開けた気がした。


 相変わらず人の顔は見えないけれども――世界は自分が思うより、ずっと見るのが簡単なのだと、分かってしまった。


「だから――」


 と。


 とりとめのない話で、何を言いたいのかもわからず、ただ勢いに任せた言葉を口にしようとした、その時だった。


 手を握るコウヤが、はっと目を見開いた。




「ハクアッ!」




 彼はハクアに覆いかぶさるように、彼女の上に飛び乗った。そして乱暴に手を引き、ハクアの体を強く抱きしめる。


「え、ちょ、コウヤ!?」


 突然抱きしめられて、何がなんだかわからず、ハクアは目を白黒させる。


 その次の瞬間だった。




 




 身を小さくして丸まっていた二人は、その勢いとともに外に放り出される。


 幸い、地面は雪が厚く降り積もっていたので、衝撃はある程度吸収された。しかし、安全な場所がなくなってしまった。

 地面に転がり込んだ二人は、その冷たさに飛び上がりそうになる。


 さらに、吹き飛ばさんばかりの吹雪が、二人に叩きつけられる。


「ぐっ――『起動』!」


 コウヤはいつの間にか手に持っていたデバイスを構える。

 それは、ハクアが持っていた電子端末型のデバイスだった。土蜘蛛に足をやられたときに落としたものだが、どうやらコウヤが拾っていたようだった。


 組み込まれているのは、ハクアが組んだ三工程の魔力障壁の魔法式。それは、コウヤが瞬時に使うには、若干難易度の高い魔法だった。


 しかし、あっさりと魔法は完成し、目の前に青い光で壁ができる。


「え……嘘」


 驚くハクアを尻目に、コウヤは必死に魔力障壁を維持している。

 その姿を見て、ハクアはハッとする。


「コウヤ。あんた……」

「ぐ、くぅうう」


 おそらくコウヤは、この瞬間まで、ずっとこの魔法式を読み込み続けていたのだ。


 いつ襲われても良いように気を張り、もしもの時のために、自分ができることを考え続けていた。だからこそ、かまくらが壊されるのにいち早く気づけたのだ。


 返答が鈍かったのも、打ちのめされていたのではなく、ずっと気を張っていたからなのだろう。


 彼には全く余裕がなかったのだ。

 怪我をしたハクアを前に、まともに動けるのは自分しか居ないのだという、重圧に耐え続けた。


(く、私は、バカだ……ッ)


 コウヤを気遣っているふりをして、実際の所、自分のことしか考えられていなかった。自分がなんとかしなきゃと思いながら、何も出来ずに頼りきりだったのは、一体どこの大馬鹿だ。


 その隣では、実力不足を痛感しながらも、コウヤは次の危機に対して気を張り詰めていたというのに。


 吹雪に紛れて、木々や土の塊が飛んでくる。


 それらを、コウヤの魔力障壁が弾いてくれる。しかし、一撃ごとにその青い光の壁は削れていく。

 このままでは、あと数秒と持たないだろう。

 まずい、と思って、手を伸ばしたときだった。



「お嬢! 鏑木!」



 二人をかばうように、風見ジュンが雪を巻き上げながら落下してきた。


 彼は手に持った護符をばらまくと、九字の印を結ぶ。

 九字護身法――縦四列、横五列の線が空間に走り、三人を衝撃から守るように現れた。


「無事か、二人共」

「無事って、ジュン、あんたの方こそ……」


 風見ジュンの姿は、ひどいものだった。

 左腕はだらりと垂れ降ろされており、腹部には大きな穴が開いている。頭の右側が真っ赤に染まっていて、右目は潰されていた。


 治癒すら間に合わないほどにダメージを受け、それでも彼は、まだ食い下がっていた。


「すまない。因子の力が弱まってきた。流れ弾すらも、制御できそうにない」


 言いながらも、ジュンは九字護身法の結界から外に出る。


 もう敗北は確定という状況でありながらも、ギリギリのところまでしのいで見せると、意思だけを表示する。


 でも、これ以上は無理だ。




GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAギャアアアアアアアアアアアアアアア!!」




 吹雪の中に、土蜘蛛の影が浮かび上がる。


 その足が振り下ろされるだけで、周囲の地面がひっくり返って、ハクアたちは大きく中を舞うだろう。土の塊や木の破片と混ぜ合わされ、粉々になって地面に落下する。


 明確に想像できるその未来に、ハクアは息を呑んだ。


 隣では、まだ魔力障壁を展開し続けているコウヤがいる。身の丈以上の魔法行使に、彼は意識を失いそうになりながら、それでも懸命に両足で立っている。



 でも、もうダメだ。


 そう諦めかけたときだった。




 無数の魔力の雨が、土蜘蛛に向けて上空から降ってきた。




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