第五章 雪山の復讐者 十三歳 冬

5-1 雪山のペンションへ行こう!



「『スキーシューター』に興味はない?」


 それは、龍宮ハクアの一言がきっかけだった。


 時は十二月初旬。


 二ヶ月前にあった道場破り以来、彼女は週一くらいの頻度で久良岐魔法クラブに顔を出すようになった。週末に新幹線で片道一時間半、更には泊りがけ前提でクラブに通う小学生という、とんでもない少女である。


 そんな彼女ともだいぶ打ち解け、今では彼女がクラブ内にいるのが当たり前となってきていた。


 そんなある日。

 模擬戦の間の休憩中に、ハクアが唐突に、『スキーシューター』なる競技名を出してきた。


「……いや、聞いたこと無いな」


 スキーシューターなる名前を聞いたことのないコウヤは、疑問符を浮かべて聞き返そうとしたのだが――それに真っ先に反応したのは、案の定キサキだった。


「あるある! めっちゃある!」


 三度の飯よりシューターズが好きな射撃少女である比良坂キサキは、シューターという名前だけで、かじりつかんばかりに飛びついた。


 身を乗り出しながら詰め寄るキサキをなだめながら、ハクアは、年下らしからぬ堂々とした態度で、疑問を浮かべるコウヤに説明してみせた。


「スキーシューターってのは、複合競技の一つなのよ。聞いたこと無い? 『ウォーロック・バイアスロン』って」

「いや、初耳だけど……魔法競技って、確か六競技じゃなかったか?」



 コウヤが知っているのは、六つの競技と、その細かい種目だけだ。



魔法格闘競技マギクスアーツ

集団乱戦競技メイガスサバイバー

魔法射撃競技ソーサラーシューターズ

魔法駆動機競技ウィッチクラフトレース

迷宮攻略競技ドルイドリドル

謎掛け問答競技ワイズマンズレポート



 この六競技の中で、更に種目が別れ、合計十三種が競技内容になると教わっている。


 そんなコウヤの答えに、横で聞いていたチハルが、補足するように言った。


「正式に登録されているのはその六つなんだけど、それらを複合した、新しい競技を作ろうって流れが、数年前からあるんだよ」


 それが、複合魔法競技ウォーロック・バイアスロン

 既存のゲームを組み合わせて、新しい競技を作り出す試みなのだという。


「バイアスロンってあるでしょ? 二つとか三つの競技を、ひと試合の中で組み合わせて競い合うスポーツ競技。それの魔法競技版ってとこね」


 そう説明しながら、ハクアはデバイスを取り出して、検索を始める。



「例えば、『レースポイントサバイバー』は、

 競技場をレースしながら、フラッグ射撃をしたり、相手を妨害したりする競技ね。


 他には、『ゼロサムラビリンス』。

 これは、特殊なルールが施された閉鎖空間内で、一人になるまで戦う競技。


 『スキーシューター』も、その中のその一つ。

 スキーレースをしながら、フィールド上の的を撃ち抜いていく競技なのよ」



 つまり、既存の六つの競技の要素を組み合わせた、新しい競技、ということらしい。

 


「そういえば」


 と、付け加えるように。

 キサキが一つ、シューターズに関するうんちくを披露する。


「ソーサラーシューターズの集団戦なんかは、もともとシューターズとサバイバーを組み合わせた『ウォーロック・バイアスロン』の一つだったんだよね。ルールが定まったから、改めてシューターズの公式ルールに組み込まれたって聞いたことがある」

「そうだね。ちなみに、『メイガスサバイバー』も、もともとは『マギクスアーツ』の発展で、今のバディ戦中心になる前は、公式競技じゃなかったらしいよ」


 ハクアと、チハル、それにキサキの三人が、代わる代わる説明してくれる。

 口々に出される情報に、コウヤは目を白黒させながら、整理していく。



 そもそもの話。

 ウィザードリィ・ゲームというのは、成立してから二十年程度しか経っていない、新興競技なのである。



 二十七年前に、世界中を巻き込んだ異界との戦争が終わり、魔法という技術が人目を浴びることになった。

 それまでも、世界中で魔法の存在が認められることはあったが、才能が必要であることや、閉鎖的文化な面もあって、大々的に普及されることは無かった。


 それが普及したのは、霊子戦争と呼ばれる十年に渡る異界との戦争の結果である。

 そして、魔法の普及とともに、霊子災害レイスと霊子生体ファントムが、世界中で認知されたこととなった。


 戦争がひとまずの終局を迎えて、魔法という技術が大きく知られ渡ってしまった状況を、世界は持て余していた。

 古くから伝わる魔法の家系や、研究者たち、そして、世界中に存在する潜在的な魔法の才能を管理するためには、システムが必要だった。


 それが、魔道連盟や霊子学会、国際魔法条約インターナショナル・マギア・カンバセーション、通称IMCなどであり、そして、競技としての魔法の使用、ウィザードリィ・ゲームの発足だった。



「最初にあった競技は、ほんと簡単なものだけで、マギクスアーツと、ソーサラーシューターズ、ドルイドリドルの三つだったんだって。それも、バディ戦なんて考えられてもなかったんだ」


 こういった歴史については、やはりチハルが詳しい。

 彼は講義で教える教員のように、スラスラとウィザードリィ・ゲームの歴史を並べていく。


「それから五年くらいかけて、バディ戦が追加され、ウィッチクラフトレースとワイズマンズレポートが加わった。今の形になったのは、十五年前って話かな。ま、僕も聞いた話だから、当時の様子とかはわからないんだけど」


 異なる世界へのチャンネルを開ける存在に、魔法士という定義付けをし、更に競技という形での存在意義を与えた。そうすることによって、世界における魔法の地位を確立するのが、目的だったのだという。


 それについて、ハクアが途中で口を挟んできた。


「実は、うちの祖母は、発足当時の競技者だったんだって。今は引退しているけど、それこそ初期は、ハチャメチャで面白かったらしいわよ。ルールも曖昧だし、そもそも霊子庭園自体が、まだ魔法式がテンプレート化出来てなかった時代だから、とにかく手探りで、大会のたびに問題が起きてたって、面白おかしく言ってたわ」


 どこか楽しげに、ハクアは祖母のエピソードを語ってみせる。


 当時の魔法業界がどういうものだったかは、伝聞でしか知り得ないことだが、まだ近い時代の話であるので、コウヤたちの大人世代は、大抵が経験している内容だろう。


 そうした前置きをしたあとに、ハクアが話を戻す。


「そんなわけで、ウィザードリィ・ゲームって、まだまだ発展途上なの。だから今は、まだ正式に競技種目に含まれてない、ルール調整中の競技が、『ウォーロック・バイアスロン』って括りで呼ばれている。『スキーシューター』も、その一つってわけ」


 気取ったように指を立てて語るハクア。


 ようやく、話が戻ってきたらしい。

 周りがどんどん話を勧めていく中、コウヤ半ばついていけなくて、「それにしてもコイツ『発足』だとか『発展途上』だとか、小学生のくせに難しい言葉を使うな」などと、まったく関係ないことを思った。


 そんな彼のやっかみに近い感情を知ってか知らずか。

 ハクアは猫をかぶったようにニッコリ笑って、主にキサキに向けて言った。


「それで、提案なんだけど」

「うん! どうしたの?」

「親類が経営するペンションがあるんだけど、その近くにスキー場があるのよ」

「うんうん。それでそれで?」

「毎年クリスマスに招待されているんだけど、中々家族で行く機会って無いのよね。いつもは兄さんと一緒に行ってるんだけど、今年は用事があるんだって。だからよかったら、スキーの練習がてら、一緒に行かない?」

「行く!!」


 目を輝かせながら、キサキは食い気味に言った。


 というわけで、クリスマスは二泊三日でスキーに行くことになった。




 ※ ※ ※




「でも、よく許可されましたわね? 二泊三日の旅行なんて」

「あー。まあ、クラブの合宿みたいなもんだって言ったら、親も納得したみたいでな。加えて、旅費がいらないってんだから、文句もないらしい」


 デバイスの中から響いた声に、コウヤは声を潜めながら答える。


 正確には、ただと言うのは決まりが悪いので、参加費として三千円を出しているのだが、ちょっとした食事代かリフト代程度なので、破格といえるだろう。


 そのコウヤの答えに、デバイスからは嬉しそうな声が響く。


「ま、おかげでわたくしも参加できるので、そこは貴方に感謝しますわ」


 デバイスの中で情報体となっている冬空テンカは、窮屈そうに体を動かしながらも、喜びを押さえきれないように、顔を緩めた。


「久しぶりの雪原、雪山、雪景色! いわば故郷みたいなものですもの。まさに、テンションアゲアゲ、ってやつですわ!」

「どこでそんな変な言葉覚えるんだよ……」


 苦笑しながら、コウヤはそっと周囲を見渡す。


 新幹線の一人座席。

 今の会話が周りの迷惑になっていないか気になったが、幸い、周囲も気にしていないようだった。


 安心したコウヤは、そのままデバイスの中にいるテンカへと視線を落とした。


 テンカはというと、ディスプレイの中で、窮屈そうに身体を動かしている。


 霊子生体ファントム。

 人間の上位生命体と言われている彼らは、情報体となって上位次元に干渉することが出来るのだが――彼らのその特性を応用して、こうして電子情報として、ネットワーク上に霊体を投影することが出来るのだ。


 最も、現実界において情報体になるには、魔法士との契約が必須である。


 今回の場合、一部のバディ権限を制限した、条件付きでの仮契約だった。

 普段なら、仮契約でも長く縛られるのを嫌うテンカだったが、今回は雪山に行けるということで、積極的に同行してきたのだ。


 そんな彼女は、道中ずっと恍惚とした表情で喜びを口にしている。


「ああ、やっぱり冬は素晴らしいですわ。体の隅々まで活力がみなぎりますの。今回ばかりは、不服な契約でも看過してあげますわ」

「そりゃどうも」


 軽く流しながら、釘を刺すようにコウヤは忠告する。


「けど頼むから、あんま魔力引っ張ってくれるなよ。せっかく遊べるのに、魔力不足でバテるの嫌なんだから」

「大丈夫ですわよ。実体化くらいなら、そんな魔力を使わないのは、貴方もご存知でしょう? 霊子庭園と違って、現実でスキルを使うことはそうありませんから、安心なさいな」

「とか言いながら、ちょっと前のネコ凍結事件のこと、俺は忘れてないからな……」


 苦々しく顔を歪めながら、コウヤはテンカにジトリとした目を向ける。

 痛いところを突かれて、テンカは顔を強張らせた。


「あ、アレは、あの泥棒ネコが悪いんですの! わたくしは悪くありませんわ!」


 慌てたように必死に手を振って否定しているテンカだが、アレは明らかにこいつが悪い。


 十月のハクア襲撃事件以来、コウヤはたまに、テンカを連れて外に食事をしに行くようになった。

 大抵は甘味系なのだが、繁華街をぶらぶらと歩き回りながら買食いして、クラブに戻る、ということをよくやるようになったのだ。


 それは、ちょうど一ヶ月前。

 フランクフルトを食べていた時のことである。


 テンカがフランクフルトを落としてしまい、それを野良ネコにかっさらわれたのだ。

 ブチ切れたテンカは、止める間もなく『凍えろ、氷河よ彼方までアイスエイジ・グレイシャー』を発動させて、周囲の道ごと、ネコを凍りつかせてしまった。


 幸い、現実における今のテンカの影響力は、さほど大きくない。


 すぐに能力を解いたことでネコは無事に逃げ去り、大きな騒ぎにはならなかったのだが――代わりに、現実で能力を使った反動で、コウヤはごっそり魔力を持って行かれた。


「霊子庭園と違って、現実だと消費魔力の割に、魔法の効果って薄いんだよな」


 その時のことを思い出しながら、コウヤはしみじみという。


「クラブで受けた講義によると『補正作用』って言うらしいけど……えっと、なんだっけ? 現実界から情報界にアクセスする過程での誤差、とかなんとか。ファントムもそのせいで、魔力供給がないと現実での活動が制限されるんだよな」

「そうなんですのよ。ほんとやりづらいったらありゃしませんわ。まあ、おかげでやりすぎるってことはありませんけど。……実はあの後、お姉さまにこってりと絞られたんですわ」


 愚痴を言いながら、シュンと小さくなるテンカだった。


 許可区域以外での魔法使用は、度が過ぎると行政罰が科せられる。

 傷害などになると更に刑事罰も加わるため、笑い事ではすまない。そんなわけで、テンカはクラブに帰宅後、タカミからかなり手ひどく小突かれたらしい。


 テンカはまだ発生して一年未満の生まれたてのため、それほど大きな力が振るえるわけではないが、それでも注意は必要だった。


 最も、実力のある魔法士であれば、ファントムへ送る魔力量を制限して、バディの挙動を止める、なんていうことも出来るため、テンカを止めることができなかったのは純粋にコウヤの実力不足でもある。


「それで」


 と、テンカは話を切り替えるように言う。


「あとどれくらいですの? そろそろわたくし、窮屈になってきたんですけど」

「予定だと、このままあと一時間かけて関東に。そのあと、電車に乗り換えて東北までさらに一時間半。最後は、駅からバスで四十分」

「………」


 電子端末で経路を確認して言ったコウヤに、テンカは黙り込む。


 気持ちはコウヤにも痛いほど分かる。

 彼にしても、新幹線くらいならリトル時代の遠征で乗ったことはあるが、一人というのは初めてだ。その上、これほど長時間かけて移動するのも初めてなので、ずっと緊張しっぱなしである。



 というか、もともとは、誰か大人と一緒に行く予定だったのだ。


 さすがに中学生だけの泊まりの旅行というのは問題だったので、誰か大人がついていくはずだった。


 そこで、ちょうど暇だった柳シノブと、いつも暇な夕薙アキラが引率を買って出てくれて、冬休み開始の十二月二十三日に、一緒に出発する予定だった。


 しかし。

 直前になって、コウヤ以外のメンバーに問題が発生したのだ。




 比良坂キサキの場合。

「ごめん! コウちゃん、ハクアちゃん! その日、クラスでクリスマス会やることになって、あたしがまとめ役なの。昼過ぎには終わるから、そこから追いかけるから!」



 泉チハルの場合。

「僕もサッちゃんと同じクラスだからね。さすがに不参加はクラスの人に申し訳ないし。まあ、当日の六時過ぎにはつくから、先に行っててよ」



 夕薙アキラの場合。

「すまん、お前ら。その日、どーしても、午前のバイトが抜けられんのや。午後には終わるから、そっからでええんやったら送っていくけど、どないする?」



 柳シノブの場合。

「ごめんね。ちょっとこの間引っ掛けた女性が、未成年でさ。途中で気づいて未遂に終わったんだけど、保護者がそれを信じてくれなくてね。ちょっと話し合いに時間がかかりそうだから、終わりそうだったら追いかけるよ」




 とまあ、三者三様。


 最後の一人の事情がちょっとディープ過ぎてコメントに困るが、全員それぞれの人間関係の問題なので、仕方ない。


 もともと初日はガッツリとスキーをするつもりではなかったので、他のメンバーは夜前にペンションにつくように予定を調整した。

 最初はコウヤもそれに合わせようかと思ったが、先に待っているハクアを一人にするのも可哀想だったので、先に一人で行くことにしたのだ。


 そんなわけで、中学一年生にして、初めての大旅行となったのだった。


「ま、昼過ぎにはつくみたいだから、我慢してくれ。乗り換えの時は、実体化していいから」

「うぅ、……そりゃあ、わたくしもお金のことを言われたら、強く出られませんもの」


 不服そうにしながらも、テンカはそれを了承する。


 ちなみに、こうしてデバイスの中で電子情報化しているファントムには、消費魔力の節約という名目の他に、電車賃等の交通料金がかからないというメリットがある。これがあるため、バディ契約をしているファントムは、公共機関を利用する際に電脳化をするのだった。


 デバイスの中の環境は、メモリ容量によって大きく変わってくる。

 コウヤが今持っているマルチデバイスは、親にねだって買ってもらった中古品なので、はっきり言って大した容量がない。テンカにとっては、かなり窮屈だろう。


 少し前なら、こうしたことでもグチグチと文句を言っていたテンカだったが、最近はある程度譲歩をしてくれるようになってきた。正式なバディではないが、少しは気を許してくれたのではないかと、思っていた。



 そんな感じで。

 見習い魔法士と生まれたてのファントムによる、初めての二人旅だった。



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