3‐4 集団戦と不穏な空気



 国見キリエ。

 男の子のような少女は、柔和な笑みとともに手を差し伸べてくる。


「………」


 国見という名前に、チハルが僅かに反応を見せた。

 しかし、チハルが口を出す前に、キサキが目を輝かせながらうなずいた。


「ほんと! うん、行きたい」

「それは良かった。一緒に、お二人もどうです?」


 サラリと誘われたが、コウヤはチハルの反応が気になった。

 チハルの方をちらりと見ると、彼は頷き返すようにコクリと首を動かして、同意を見せる。しかし、あまり乗り気なようには見えなかった。


 そんな彼の様子を気にもせず、キサキは喜びながらキリエについていく。

 途中、ボソリと呟くように、チハルが言った。


「『國見』は神咒宗家の自然派だよ。言ってしまえば、血筋を重んじるタイプ」

「………」


 その情報がどんな意味を持つのか。

 不穏な空気を感じながらも、今は何も起きていないので、後を追うことしか出来ない。



 キリエに案内されたのは、大ホールの端っこだった。

 そこに、子どもたちだけが集まっていた。


 一番歳が上でも、中学二年生だという。本当に子供だけで集まってゲームをしているらしく、霊子庭園の展開のための操作も、大人に頼らず自分たちだけでやっているという話だった。


 八人の集まり。

 国見、日向ひゅうが磐戸いわと。そして、その分家。


 神咒宗家につらなる家が三つも集まった集団であり、それだけで、ただの子供の仲良しグループでないことは察することが出来た。


 さすがにそれはキサキにも伝わったのか、彼女は戸惑いながら、言いづらそうに口を開く。


「えっと、あたしは比良坂キサキっていうの。その……」

「大丈夫ですよ、キサキさん」


 さらりとファーストネームで呼ぶキリエに、コウヤは若干の抵抗を覚える。

 そうとも知らずに、キリエは穏和な様子のまま、キサキを安心させるように言う。


「ここで集まっているのは、今日の会合で知り合っただけです。みんな、それぞれ実家で鍛えられていて、ちょっと力試ししようって話になっただけなんですよ。だから、家柄のことなんかは気にしないでください」

「そ、そうなの? それなら私も喜んで参加しようかな」


 おずおずといった様子で、キサキが周囲の顔色を伺っている。

 そんな彼女に、さらに安心させるかのように、キリエはニコニコと笑いながら付け加えた。


「はい。ちなみに、キサキさんが一番得意なのは、シューターズで間違いないですか?」

「そうだよ! ……え、でも、どうして?」

「簡単ですよ」


 戸惑うキサキに向けて、あくまで穏やかに、キリエは説明をする。


「だって、さっきのメイガスサバイバーも、あなたは魔力弾を主体に使っていましたから。あなたの動きは随分と洗練されていました。ただ闇雲に動いているのではなく、目的を持って訓練された動き。サバイバー用ではなく、シューターズ用に鍛えたものでしょう?」


 だから、シューターズをしましょう、と。

 キリエはニコニコと笑い、手を合わせながら言った。


「僕たちはすでに何試合かしたんですけど、まだシューターズはやったはないんです。だからどうかなって思って。集団戦ですけど、どうです?」

「うん、やる! やらせて!」


 ゲームがやれればなんだっていいとでも言うように、キサキは大きく頷く。

 ニコニコして、「よろしくね!」と、参加する一人ひとりと握手をかわしていく。初対面の相手を前に尻込みしている男どもとは大きな違いだ。


 所在無げにしていたコウヤの元に、キリエがやってくる。


「よろしくお願いします。えっと、なんとお呼びしましょう?」

「……鏑木コウヤだ。中1。よろしく」

「じゃあ先輩だ。僕は六年生です。よろしくお願いします」


 ニッコリと天使のような笑みを浮かべて、キリエはコウヤの手を取った。


 改めて真正面から見ると、少女というより、美少年と言った感じの容姿をしている。可愛らしさの中に、理知的な凛々しさがある女の子だった。

 だからだろうか。

 コウヤはなんとなく、対抗心のようなものを抱く。


 彼女は続けて、チハルにも握手を求めて来たのだが、それをチハルはやんわりと断った。


「僕は取るに足らない分家だからね。本家の人間に覚えてもらう必要はないよ」

「今はそんなこと、気にしなくてもいいですのに」

「『そんなこと』、か」


 キリエの言葉に、チハルは目尻をキツネのように細めて、静かに返す。


「それは『君』の立場で言って良いことではないと思うけれどね。ま、無礼講と言うのなら、好きにさせてもらうよ。誰が好きにするか、分かったもんじゃないしね」


 含みのある言い方をして軽く手を振ると、チハルはそっぽを向いてデバイスをいじり始めた。


 そんな風に険悪な面もあったが、ゲームの準備は滞り無く進んだ。



 競技はソーサラーシューターズ。

 集団戦も、基本的なルールは同じである。

 最大七人までが同じフィールドに召喚され、現れる的を射撃していくことになる。


 得点源は最大で三百点分用意されており、最初に百点を取得したプレイヤーが出るか、ゲーム終了時点で最高得点のプレイヤーが勝利という形になる。


 あと、シングル戦では一つしか配られない『霊子弾フライクーゲル』が、集団戦では、敵対プレイヤーの人数分配られる。

 七人でプレイする場合は、自分を除く六人分――すなわち、六発が配られるということになる。


 フィールド中に配置された的を狙いつつ、限られた六発で他のプレイヤーを牽制する。場合によっては協力しあったりすることも出来るため、実力が伯仲するごとに、高度なゲーム展開が予想されるようになる。


 第一試合は、コウヤとキサキ、そしてキリエと他三人が参加だった。


(まあ、またとない機会なのは確かだ。胸を借りるつもりで頑張ろう)


 試合開始の合図を待ちながら、コウヤは周囲をぐるりと見渡す。


 図書館を模したステージ。

 ドミノのように並んだ書架と、吹き抜けの天井。三階建ての円形の図書館は、狙撃に適した高所や、物陰になりそうな本棚がいくつも見受けられる。


 ソーサラーシューターズはキサキの一番好きな競技でもあるので、久良岐魔法クラブではよくプレイしているゲームだ。集団戦にしても、他の会員たちと何度もプレイしている。

 この半年でようやくまともに得点ができる程度には成長しているが、果たして、同年代の魔法士にどれだけ通じるか――


(ま、さすがにキサキ以上のやつはいないだろ……。なら、いつもどおり、だ)


 そう、コウヤは自分に言い聞かせながら、集中する。




 ゲームスタート。

 立ち上がりは、静かに行われた。




 狙撃銃を持つものは狙撃場所を探し、拳銃を持つものは物陰に隠れながらフラッグを探し始める。


 片手で取り回せるタイプの小銃ライフル型デバイスを持つコウヤは、周囲を気にしながら、螺旋階段を登って二階へと移動する。


 最初の二分は、オープニングフェイズ。フラッグを狙う時間である。

 二分が経つとメインフェイズに移行し、クレーが射出され始める。飛来する的を狙うのは難しく、思うように点を取れるとは限らないので、オープニングフェイズの間に稼げるだけ稼いでおく必要がある。


 本棚の影、机の下などにあるフラッグを立て続けに射撃し、本棚の裏に隠れる。


 そこに、敵プレイヤーの射撃が行われたのを感じた。


「……あ、ぶな」


 コウヤが隠れた直ぐ側の本棚から、煙が上がる。

 おそらく霊子弾だろう。

 あと一瞬でも遅ければ被弾していた。


 すぐに別の本棚の影に移動し、牽制気味に魔力弾を放つ。

 もしこれが直撃すればマイナスポイント確定であるが、コウヤが狙ったのは相手ではなく、遠くの本棚である。

 コウヤの射撃によって、本棚は大きく揺れ、収納している本をバラバラと落とす。

 本の落下程度では、側にいたとしても大したダメージにはならないだろうが、床に本が散乱していれば、それだけで行動のじゃまをすることが出来る。


 そうしてフィールドのギミックを上手く使いながら、フィールドを跳びはねるコウヤだったが。

 そこで、宿敵が現れた。


「甘いね、コウちゃん!」

「……ちぃっ」


 上空から降ってくるキサキ。

 おそらく、吹き抜けになっている三階から飛び降りてきたのだろう。


 ワンピースドレスの裾がはためき、中が見えそうになるが、まったく気にしていない。

 彼女はすでにデバイスをまっすぐに構えており、その銃口はこちらに向いている。ということは、つまり――


「『フライクーゲル』『フォイア』!」

「させるか!」


 こちらもデバイスに魔力を通し、魔法式を起動する。


 魔力弾を散弾にする術式を起動させ、水平にばらまく。それで、周囲にあったテーブルをなぎ払い、破片を飛び散らせて視界を悪くさせる。


 それとともに、コウヤは全身を庇うように左腕を前に出した。そこに、霊子弾が着弾し、はじけ飛ぶ。

 キサキが引き金を引いた次点で、回避は不可能だと思っていたので、あえて使い物にならない左腕で受けたのだ。傷口から、血の代わりに霊子の塵が舞う。


 キサキの追撃を避けるように、コウヤはその場から離れる。

 今しがた壊したテーブルの破片で、キサキは着地に若干のダメージを負ったはずだ。すぐには追って来ることはない。


 半ば吹き飛んだ左腕に、簡易的な修復術式を施す。これで霊子体を構成する魔力がこぼれ続けるのを防止出来た。コウヤにとって左腕は、故障して以来あまり使えないので、実際のダメージはそれほどでもない。


 そのまま上の階にでも逃げようかと、階段に向かったところだった。


 横合いから、特大の魔力砲が撃ち込まれた。


「うわっ。何だこりゃ!」


 慌てて避けたコウヤは、魔力砲が撃ち込まれた射線を視線で追う。


 そこには、今回参加しているプレイヤーの一人――確か、磐戸家の人間だったか。そいつが、大型ライフルを抱えながら移動している所だった。


 敵は一人ではない。


 すでにフェイズはメインへと移っている。

 スコア表を見ると、先ほどの磐戸家のプレイヤーが四点ほど稼いでいるので、クレーを狙った射撃に巻き込まれたと見える。


 風切り音とともに、クレーが発射される音が聞こえる。


 その影を探して闇雲に魔力弾を放つが、当たりはしない。

 どこかから狙った射撃がそのクレーを打ち砕き、また誰かに得点を取られる。


 それに気を取られていると、またもコウヤのいる場所に狙撃が行われた。


 それが単純な魔力弾なのか、それとも得点可能な霊子弾なのか判別がつかないので、気づいたら避けるしか無い。


 床を転がりながら、負けじとコウヤも、新たな得点を求めて走り出した。

 その時だった。



「『フライクーゲル』」



 声とともに、階段の目の前に、人影。


 穏やかに微笑む、少年のような少女――國見キリエがいた。

 彼女が握っているのは、拳銃ハンドガン型デバイス。


 両手でしっかりとそれを握り、正中線と合わせてまっすぐに構え、両足も開いて――まさに教科書通りの構えで、彼女は弾丸を発射した。


「『フォイア』」


 ヘッドショット。

 キリエの声を聞いた直後、コウヤの意識は刈り取られた。



 ※ ※ ※



 やはり、神咒宗家の人間ともなれば、かなりの実力者揃いと言うべきか。

 素人同然のコウヤでは、あっさりと敗北を喫してしまった。


 それに対して、キサキは大活躍だった。

 勝負から脱落したのち、すぐに霊子庭園内の映像をモニターで観戦していたが、飛ぶや跳ねるや、とにかく縦横無尽に暴れるキサキの姿が見られた。


 アクロバティックなキサキの動きは、どうしても注目をあつめる。試合が終わっても、キサキの注目度はかなり高かった。

 しかし、得点自体はあまり離れていないのは、やはり実力者が集まっているからだろう。そのことに、キサキはご満悦といった様子だった。


「すっごい、楽しい!」


 全力で楽しんでいる彼女を見ると、なんだかすごく幸せに思える。


 自分の実力がそこまで届いていないことに、悔しさを覚えるが――それでも、先ほどのように、疎ましく思われるようなことがなくて、良かったと思えるのだ。


「次! 二戦目やろ!」

「俺は一回休むよ。さすがに連戦できる体力がない」

「僕もパス。もう少し見ていたいからね」


 コウヤとチハルに断られて、「んー、そっか」と少し残念そうな顔をしたキサキだったが、すぐにキリエ達に声をかけて、次のゲームを始める。


 通常、ソーサラーシューターズの試合は、一日に五試合もできれば上等と言われている。

 真剣勝負ともなれば、もっと消耗も激しいので、そう何試合もするものではない。魔力弾は一発一発が魔力で放つので、使えば使うほど、消耗も大きくなる。


 そうした意味で見ると、先ほど別グループと三試合ほど行ってきておきながら、こちらでも試合数を重ねるキサキは、化け物じみた魔力量とスタミナといえる。


 あくまで遊びなので、それほど本気でやっていないにしても、やはりキサキの魔力量はかなりのものと言える。


「まったく、バケモノだな、あいつは」

「………」

「ん? どうした、泉」

「ちょっとね」


 チハルは、試合の光景が映し出されたモニターを、厳しい様子で観察していた。

 先ほどから、ずっと彼の様子はおかしい。


「なあ、どうしたんだよ。なんか気に入らないことでもあるのか?」

「気に入らないって言えばそうなんだけど、どうも勘違いじゃないみたいだ。……さっきの試合、コウヤくんは何か気づかなかった?」

「何かって、別に、俺はあっさり負けちまったからな」

「あっさりすぎるとは、思わなかった?」

「……何が言いたいんだよ」


 確かに、コウヤはあっさり負けた。


 周りを気にしすぎた挙句、正面に近づいたキリエに気づかずヘッドショットを食らった。しかしそれは、単純にコウヤの実力不足だ。


「まさかお前、あいつらが全員組んでるとか、そんなこと言い出すんじゃないだろうな」


 残っている仲間二人に聞こえないように、小さな声で言う。


「もしそれが本当だとしても、別に悪いことじゃないだろ? 集団戦は協力プレイも作戦の一つだ。そりゃあ、仲間内で結託して集中攻撃するのは嫌らしいけど、そこまで目くじら立てなくてもいいだろ」

「違う。そうじゃない。そうじゃないんだよ、コウヤくん」


 モニターから目をそらさずに、チハルは真剣な声で言った。


「僕は、サッちゃんが傷つけられないか不安なんだ」

「………?」


 疑問を覚えつつ、コウヤもモニターを見る。



 今回のフィールドは、植物園のようだった。

 木々に隠れた場所と、様々な花々が視界を覆う、見通しの良くないステージだ。



 そこでは、苦戦しているキサキの様子が映っていた。

 得点だけを見ると、大して負けていないのだが、なんだかやりづらそうにしているのが、モニター越しでもわかる。しきりに首を傾げながらも、すぐに狙った的に射撃し、得点を重ねる。


 ……調子が悪い?

 さすがに連戦で疲れてきたということか。


 そうこうするうちに、その試合が終わり、キサキたちは生身に戻って帰ってきた。


 そこに、さっきまでの満面の笑みはなかった。

 神妙な顔をしているキサキは、誰とも顔を合わせずに、ぼそぼそと何かをつぶやいている。


「おっかしいな。気のせい、だよね? でも、なんで……?」

「では、二試合目……は、もうやりましたね。えっと……そう、三試合目です。次は三試合目ですね。どうしますか?」


 つぶやいているキサキに向けて、キリエがニコニコと笑いながら声をかける。


「え? あ、うん。次も参加するよぉ!」


 話しかけられたことで、すぐにキサキも笑顔で対応する。その様子を見る限りは、いつものキサキと変わったようには見えなかった。


 その時、横にいたチハルが立ち上がり、デバイスの準備を始めた。


「次は僕も参加させてもらうよ。いいよね?」


 先程までそんな素振りも見せていなかったのに、どうしたのかと誰もが目を合わせる。


 そんな中、キリエだけが、あいも変わらず穏和な笑みで応える。



「はい。もちろんです。大歓迎ですよ」



 そうして、三試合目が始まった。


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