第29話 フォーレン・ソードの覚醒。
コンステラ氏の厚意を受けてがう車に乗り込んだ俺達は、快適な乗り心地を堪能しながら悠々と亡霊の谷への道を進んでいく。亡霊の谷はその名の通り、日中を深い霧に包まれた薄暗い渓谷だ。とは言え生息するモンスターは比較的おとなしいものが多く、危険があるとすれば出ると噂の亡霊くらいだろうか。
「ねえアルケイド、亡霊ってほんとに出ると思う?」
「どうなんだろうな。」
「何?おぬしら亡霊を見たことが無いと申すのか?」
他愛もない会話をしながら到着までの時間を潰す俺たちに、青龍姫のコンステラは亡霊に関する様々な逸話を半ば強制的に教えてくれた。未練がましい男の話や、亡国の皇女の話。どの話も結末は残酷でスッキリとしなかったが、下手に美化されていないこれらの話はそれとなく現実味を帯びていた。
「要するに、死んでも死にきれない奴は亡霊になっちまうのか。」
コンステラ氏の話を聞いて、俺はなるほどなと思った。成し遂げたいのに成し遂げられなくて、死んだ体を置き去りにしてでも這い上がろうとする。そうなる気持ちも分からなくはなかった。
そうこう話し込んでいるうちにがう車は渓谷の奥深くへと入り込んでゆく。辺りは伸ばした手の指先が隠れるほど深い霧に覆われており、御者ゴブリンの持つ霧払いのカンテラが無ければ前にも後ろにも進めない程だ。そして、この渓谷を抜ければいよいよ青龍の領地にたどり着く。旅の最初の目的地だ。
乱心し、暴君と化した魔王。彼を永遠の玉座から引きずり下ろす為には、青龍の州を含めた四方の州の全ての貴族から協力を仰がなくてはならない。そう考えるとやはり青龍姫コンステラの存在は非常にありがたい。彼女を介して説得すれば、青龍の民はきっと皆が納得して俺に協力してくれるだろう。
「──とでも考えているのだろう?顔に出ているぞ。」
「はッ…!?」
「やはり図星か。」
考えが甘いと嘲笑うコンステラ。やはり説得だけで協力してくれるほど向こうさんも甘くはない。4つの州にはそれぞれ次期魔王にその素質があるかを見極める為の【試練】と言うものがあるらしく、それに合格出来なければ笑い話にすらならないと彼女はなおさら嘲笑う。
「でも、アルケイドならきっと大丈夫!」
「そうだなエリー。ここで合格できなきゃ──」
ガタンと音を立てて唐突に停止するがう車。二人の会話は唐突に遮られる。
「おい騎手よ、何故止める?」
「コンステラ様…それが、路上に人が立っていて…。」
御者ゴブリンが魔道具のカンテラで霧の道を照らす。俺とエリーもがう車の幌から首を伸ばして外を覗いてみたが、言われてみれば確かに人影らしきものが遠方にぼんやりと浮かんでいる。…それも一つではなく、十数体の黒い人影が。
「何だよこいつら…?」
「まさか…亡霊?」
近くに寄って確認しよう。そう思った俺はコンステラと共にがう者から飛び降りて黒い人影の群れに目を凝らす。
「おぉ〜い!お前達は何者だぁ〜!?」
「………。」
声を掛けたが、向こうからの返答はない。薄気味悪い連中だ。どうせ賊か何かだろう。そう推測した俺は王剣・
「…コンステラさん!」
「あぁ分かっておる。術式が済むまで適当に時を稼いでくれ。」
権杖を掲げるコンステラの援護を背にして俺は剣を正面に構える。後はエリーの力を借りて黄金の一撃でもお見舞いしてやれば脅しには十分だろう。
「さあ、用が無いならそこを退いてもらうぜ。…行くぞエリー!!」
後方に居るエリーに向けて合図を送る。…しかし返事は無い。いつもなら威勢よく返事をしてくれるはずなのにこれは妙だ。
「……エリー!?」
「剣をこちらへ渡せ。継承者アルケイド。」
俺は再び彼女の名を叫ぶ。そして、その叫びを突き破るようにして忠告をする黒尽くめの男。連中が何も仕掛けて来ないのは単にこちらを警戒していたからではない。奴らは仕掛けていたのだ。がう車に乗っていたはずのエリーを、既に人質として捕らえていたのだ。
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「ごめん…、しくじっ…ちゃった。」
…少しだけ無茶をしてしまった。追手くらいなら一人でも追い払えると思ったのに、相手は私が思っていたよりも遥かに手練れで、魔術の剣を鍛造する間もなく一撃でやられてしまった。
自分の胸から流れ出る血を見た時、痛いとか、怖いとかよりも。「…ああ、そっか。自分はもうじき死ぬんだな。」って思った。連中は私を人質にしたつもりだろうけど、抵抗した時に出来た切り傷は結構深くて。…自分でも分かるんだ。これはもう、助からないんだなって。
「やめろ…!!エリーを……、放せ……っ!!」
「剣を渡せ。それはおまえが持つべきものではない。」
「っ……!エリー…!!」
アルケイドが私の名前を叫んだ。曇り切った私の瞳に彼の姿は写らず、聴こえる声までもが遠のいてゆく。深い湖の底へ、溺れ沈む様に。
「…よせ、剣を渡すな。どのみち彼女はもう助からん。」
「馬鹿言うなコンステラ…!!!俺とエリーはな…!同じ村で育って、二人で一緒に旅をしようって…!ずっと昔から、約束してたんだよ!!それなのに…ッ!!」
──それなのに、私は約束を果たす事が出来ない。彼の夢を見届ける事すら、叶わない。…生まれて初めてだ、こんなにひどい嘘をついたのは。
「戯けが。君が剣を振るうのは祖国の為ではなく、彼女一人の為だと?実に矮小な世界観だ。…もう良い。妾がまとめて蹴散らそう。」
「や、めろ…ッ!!」
「穿てよ氷槍。──
「やめろおおおおぉぉーーッ!!!!」
コンステラさんは正しい判断を下してくれた。アルケイドはきっと彼女をひどく恨むかもしれないけれど、これ以上の最善な選択肢なんて他に見つかりっこない。何度同じ本を読み返しても、本の結末が終わらないのと一緒なんだ。
ねえ、アルケイド。
あなたの紡ぐ英雄譚は、私みたいな村娘の小さな冒険とは訳が違う。…あなたの旅はこんな所で終わらせて良いものじゃない。
…英雄アルケイド。キミはきっと良い魔王になれるよ。
私なんかよりも、ずっと素敵なお姫様に巡り合える。
だから泣かないで。前を向いて。どうか希望を捨てないで。
ごめんね。アルケイド。
本当は私も──あと少しだけ。生きてみたかったな。
*
終わりゆく世界。彼女は独り、瓦礫の山の頂で空を見上げる。
空は暗く、色のない霧だけが宙を漂う。
天上に星は無く、忌々しきあの塔だけが目前に聳えている。
「うん。また失敗したよゼクン。今回も
瓦礫の山の頂で彼女は微笑んだ。空を見上げる彼女の瞳には、いつだって無限の希望が満ち溢れていた。
「大丈夫だよゼクン。私はこの力で…絶対に世界を救うから。」
彼女は前向きな言葉で通信端末の向こう側にいる誰かを励ます。そう、諦めなければ絶対に負けない。勝てなければ勝てるまで繰り返せばいい。彼女は自分の力を過信し、この世すべての絶望を覆せるものだと思い上がっていた。
──【
故に彼女は幾つもの絶望を踏み潰した。傲慢に。貪欲に。何度も何度も。どこかにある希望を。最良の結末を掴み取る為に。
…けれども、彼女が希望を手にする事は終ぞ無かった。
ちっぽけな希望の代償に与えられたもの。
それは、何度繰り返そうと覆しようのない──確定した世界の終焉。
彼女の踏み捨てた無数の因果律が。
傲慢の果ての絶望が、彼女に精算を求めている。
デッドロックカウンター:9.9999996。
プオリジア暦4646年。エリー・ハーンの死亡によって世界の終わりは確立される。
このプオリジアの長き歴史の間にも、多少の希望はあった。
けれども、それらの希望に見合う救済など何処にも無かった。
*
イービストルム大図書館寄贈の超常魔術歴史資料書によると、初めて光の柱現象が記録されたのは【637年】。第一次プオリジア大戦【以前】の出来事である。【以降連続的に発生する光の柱現象の原因】は通説ではリギア軍による大規模魔術式の極秘実験の影響とされているが、事実確認出来るような資料は未だ見つかっていない。
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