E.S.R.I.1 《Deadlock Chronology》

築山きうきう

終章A デッドロック・クロノロジー

エンオーザー山脈の決戦(1)

 時はプオリジア暦644年。熾烈を極めたプオリジア大戦記の内に、人知れず歴史の転機となる一戦があった。

 のちに【エンオーザー山脈の決戦】と呼ばれるその戦いは、大戦を終結へと導く青年の輝かしき英雄譚の始まりでもあった。



 トルデ砦の城壁の上に立ち、腕を組んで一人静かにエルシェンバラの夜空の眺める。涼しい風が黒の髪を戦がせ、二対の角は風を切り、尾が靡く。

 天の光は全て星。そんな言葉を聞いたことがある。星は途方もなく遠い場所からこちらを見下ろしていて、どれほど手を伸ばしても指先一つ届かない。天と地を隔てる夜空はまるで、劇場の役者と観客を隔てるプロセニアムアーチだ。


「アルケイド!偵察終わったよ!」

 俺の頭上を黒い影が通過し、黒い翼の鳥人、『フリンピーノ』が舞い戻る。噂をすれば夜空の星に最も近い奴が帰ってきた。

「なあフリンピーノ。空から大地を見下ろす気分って、どんな気分だ?」

「それ、前にも聞かなかったっけ?」

 フリンピーノは首をかしげる。そう言えば確かに、以前にも同じような事を聞いた覚えがある。彼はあの時、何と答えたんだっけか。…今更聞くのも恥ずかしいし、この話はもう無かったことにしよう。


 フリンピーノが偵察から戻ったので、砦では早速本格的な作戦会議が進められた。これから始まる戦争は、簡単に言えば人間と魔族の大決戦だ。魔族の帝国リギアが不可侵条約を破棄し、人間の王国テオリアへの宣戦布告を行ってから一か月。局所的にお互いの腹の中を探り合うだけの小規模な戦闘が続いていたが、二国間を遮るエンオーザー山脈の渓谷にリギア軍が続々と集結しているという報告を受け、それを迎え撃つ為にテオリア軍が決戦の要となる砦、トルデ砦に多くの戦力を終結させているというのが現在の状況だ。


「…という訳で、リギア軍は渓谷の向こう側にどっしり陣を構えてたよ、兵力はざっと10万くらいだと思う。」

「対するわが軍は8万と4千。…差は1万6千か。」

「とりあえず、渓谷内におびき寄せて逃げ道を塞ぎ、高所からの奇襲を行う作戦で行きましょう。」

「奇襲部隊を率いるのは?」

「やはり彼でしょうな。」


「…ん?」

 いつのまにやら全員の視線を一身に浴びている俺。まあ、期待されるのもしょうがない。俺は物心ついた時から人間の国に暮らしていたが、両親は人間ではなく魔族だった。俗に言う龍人って奴だ。おかげで俺には尾も角もあるし、力も人間の数倍は強い。種族の違いで起こるいざこざはあったが、全て力でねじ伏せた。こういう経緯もあって両親から目の上のたんこぶ的な扱いをされた俺は半ば無理やり軍制学校に通わされ、この間ついに史上最年少の指揮官に任命された訳だが、こうして実際に戦地に赴くのは今回が初めてだ。


 翌日の朝、さっそく1000人ほどの奇襲部隊を4つ編成して出発する。俺が率いる事になったのは第一部隊だ。まぁ模擬戦通りにやれば楽勝だろうと、当時の俺はそう呑気に考えていた。

「…という訳でみんな!弓とか魔杖は持ったか?」

「ばっちぇオッケーっすよー!王子様ー!」

 俺の事を王子呼ばわりする金髪の男の名は『ハイン』。巨大な全身鎧を纏う大男だ。図体に反して童顔な所が意外と面白い。いついかなる時でも鎧を脱がない変人としても有名で、彼を部隊長にしてしまった第二部隊が心配だ。

「ってか、その王子様ってのは何だよ。」

「いやーアルケイド先輩って何か王子様っぽくないっすかー?」

 っぽいと言われても、どの辺りが王子様なのかさっぱりだ。まあコイツの事は放っておこう。


「着いたよっ!」

 エンオーザー山脈を軽装で登ったおかげで、昼前には目標の地点に到着する事が出来た。フリンピーノの報告通り、この場所は樹が多くて向こうからは見えづらく、一方でこちらからは渓谷全体を一望する事が出来る絶好の奇襲ポイントだ。

 作戦に変更がなければ、今頃はテオリア軍の主力部隊が進撃を開始している頃だろう。と言っても、最初の進撃の目的はあくまでも敵の陽動だ。わざとらしく押し負け、わざとらしく撤退して敵を渓谷に封じ込める。俺たちの出番はその後だ。


「第一炎術中隊、炎術砲【ブラスター】の調整が完了した。」

 赤い髪の女魔術師が報告にやって来る。これで奇襲の要となる魔砲の準備は整った。後は土術の岩石投射器や射手たちを並べるだけだが、時間にはまだ余裕がありそうだ。それまで何をして時間を潰そうか。

「それじゃアルケイド!ボクは他の部隊に準備が出来た事を伝えてくるね!」

 黒い翼をばさっと広げて飛び上がり、木の枝に止まるフリンピーノ。ここ最近、彼はいつ見ても忙しなく飛び回っているような気がする。

「そんなに飛び回って疲れないのか?」

「疲れはするけど…、非力なボクに出来る事はこれくらいだから!」

 健気に笑うフリンピーノ。何だかんだで彼も俺と同じくテオリア生まれの魔族だ。小さい頃に出会って以来、今日まで腐れ縁が続いている。


「えっと…、ついて来ちゃっていいのかい?」

「暇だからな。」

 事実。暇だった。俺は空を滑空するフリンピーノと共に山脈の森林地帯を抜け、少し離れた位置で陣を組む第二部隊の元へと向かう。道中では、退屈しのぎに他愛もない世間話をした。それから、互いに好きな本の事を語り合った。だが結局どちらもアレクスダスカルの物語が一番だという事で結論が出てしまい、この話はあっさりと終わってしまった。


「……地震?」

 大地が揺れ動く。いち早く反応したのはフリンピーノだった。


 ゴォォォォン!!

 地鳴りに続いて発射される炎術砲【ブラスター】の音。方角は第一部隊のある来た道の方だ。

「まさか俺の居ない間に戦闘が始まったのか…!?」

「急いで戻ろう!」

 俺たちは急いだ。この先で何が起きているのかも知らないまま、何の備えもなく。


 凄惨な光景だった。木々は燃え上がり、辺りには幾つもの死体が散らばっている。ほんの数十分だ。ほんの数十分離れただけで、俺の率いた第一部隊の半数近くが壊滅していた。


「アルケイド…!あれ!!」

 フリンピーノの目線の先を見る。するとそこには巨腕を振るい、人間たちを蹴散らす三体の巨大なゴーレムの姿があった。ゴーレムと言っても土術で生成出来るような土くれ同然の代物じゃない。あれは一から鍛造された鎧の類だ。鋼鉄鎧に騎乗した魔族が、腕に仕込まれた小型のブラスターを連射して人間たちを焼き殺している。


「あら、珍しい。テオリア軍の魔族ですわ。」

「同胞を殺してしまうのは惜しいですが、これもデータ収集の為です。」

「そうは言っても、姉様方は単にヒトを殺したいだけでしょう?」


 三体の鋼鉄鎧が振り向き、頭部の赤い隻眼が一斉に俺を見る。鎧の反響音と共に聞こえてくる声は三人とも女性のものだ。


「…フリンピーノ!!第二部隊を撤退させろ!奇襲は失敗だ!」

「分かった!けどアルケイドは!?」

「全員が逃げ切るまで足止めする…!!いちいち心配して立ち止まるなよ!!」

「……もちろん!!」

 翼を強く羽搏かせ、その場から高く飛び上がるフリンピーノ。

「逃がしませんわ。」

 飛び立つ彼に狙いを定めようとする鋼鉄鎧の腕。しかし腕の動作は重く、はるか上空へと飛び去るフリンピーノを狙う事が出来ない。

 これをチャンスと見た俺は背中の鞘に納めた長剣を引き抜いて構え、残り二機のブラスター攻撃を回避して接近した。ここまで距離を詰めればあの鈍い腕のエイムは容易く躱せる。まずは足を破壊してバランスを崩し、それから───。


 ズドン。

 届かないはずの鋼鉄鎧の腕が爆音とともに伸長する。俺の身体は直撃を食らって地面に叩きつけられ、気付いた瞬間には目の前が真っ暗になっていた。


「…これが決闘の破城拳【デュエリング・パイルハンマー】、ですわ。」



 何も感じない。何もない虚無の中で、俺は短い人生の結末を後悔した。

 今頃フリンピーノはどんな顔で泣き喚いているのだろうか。戦争は結局どちらが勝つのだろうか。俺の体はちゃんと故郷に帰れるのだろうか。俺の勇姿は歴史に残るのだろうか。少し好みだった赤い髪の女魔術師は無事に逃げ延びたのだろうか。


 …はぁ、もっと生きたかった。生きて世界を見届けたかった。あの星々のように。物語を読む時のように。劇を見る時のように。最後まで続きが見たかった。


 さようなら。世界。

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